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40:城塞都市ナイニタル ムグール軍本陣 将軍:ドヴィジャ

 何故だ、何故こうなった――。


 ムグールのナイニタル攻略軍、最終攻略目標で言い表すなら<ヌワコット侵攻軍>となる軍の総指揮を執る「将軍ドヴィジャ」は目を見開き茫然としていた。手から酒杯が落ちていることも、その中身が膝を濡らしていることにも気が付かぬまま、ただ「何故」という言葉を繰り返していた。



☆☆☆☆☆



 ドヴィジャは貴人である。ムグール中央部にある自領には、王都の宮殿にも劣らぬ豪奢な館を所持している。館には多くの家臣と、兵と、奴隷がおり、その数はそれこそ星の数をしのぐほどだ。その全てがドヴィジャとその血族のために奉仕するために存在している。

 館の外観は赤砂岩で統一され、威厳と品格を漂わせる重厚で豪奢な造りだ。本館の傍らには高い尖塔(ミナレット)も4つ設えられており、そこから見わたせる景色――館を取り囲む貴族街、平民街、街の中央を流れる大河、大河が生む緩急な丘と森、赤土が広がる広大な畠と大地――見えるもの全て、有機物から無機物に至るまでの全てがドヴィジャの所有物。それほどの貴人である。


 ドヴィジャの父は血筋良く、有能であり、ドヴィジャの母は美しかった。ゆえにドヴィジャの一族は皆、高い地位や役職に付き、見目美しい肉体を着飾って過ごした。地位や役職は力であり、美もまた力であった。長兄であるドヴィジャももちろん例外ではなく、むしろ際立ってそうであるように努めた。父譲りの鷲鼻に、香油で整えた髭、少し青みがかった瞳はドヴィジャの魅力を引き立たせていた。

 ドヴィジャの貴人論は、常に余裕ある態度で、美しく威厳ある衣装を纏って優雅に振る舞う、というものだ。父がそうだった。母がそうだった。故にそれを忠実に厳守するのが彼の姿勢(スタイル)であった。



☆☆☆☆☆



 ムグールの王宮、その奥に住まう王族の発案と、その周囲に蠢く文官武官たちによって立案された「ヌワコット侵攻計画」は、その履行のために多くの兵や資材を必要とした。そして履行に際し、財力と血統と王族との関係性から「第一王子が娶った第二妃、その兄」であるドヴィジャに指揮権が与えられ、指揮棒が用立てられた。ドヴィジャはムグール王より賜ったその責務に対し、貴人として正しく対応した。


 王命による一軍の将である、それに相応しい振る舞いができるよう入念に準備をさせた。金糸と銀糸で刺繍を入れた長上着、絹布を使った長袴(ズボン)、編み上げられた髪と髭には香油、髪を覆う長布(ターバン)は上質な毛皮や羽毛で飾り立てる、止め針(ピン)は黄金と翠石(エメラルド)と紅玉(ルビー)造り。日差しを遮る大笠を持つ従者に、孔雀の大団扇を仰ぐ従者を揃え、腰台を持ち運ぶ従者も付ける。そして酒壷と酒杯を抱える女官も忘れることは出来ない。そして、自身が所有する重量級大鎧<ラーヴァナ>を、側付き機士と共に同行させる。そういった設えが、ドヴィジャの考える将軍像であった。

 長い行軍の間の困難に際しても、ドヴィジャの「貴人らしい優雅な生活」を維持し続けるよう、ドヴィジャから強い日差しや砂塵といった困難を、傍仕えが支える傘や水差にて克服できるよう命じた。


 典雅な将軍の指揮というものは、


「進め」


 と告げることだ。

 その一言だけで、側仕えが、実務担当が、各隊長に前線指揮者が動き出す。彼の率いる<侵攻軍>は砂塵舞うムグールの大地を縦走し、蒼天の柱と呼ばれるコングール大山脈の麓まで、ただのひとつの困難もなく到達した。それはナイニタル領の奥深くであり、ナイニタルの城壁前までということだ。下々の者が計算した日程に、いくぶんの遅れが生じたことをドヴィジャは知らない。「いましばらく」というのはドヴィジャがよく耳にすることばだからだ。その部分に苛立っては高貴な者の責務は果たせない。「いましばらく」を幾度か聞いて、ドヴィジャはナイニタル城壁を目前に見ることが出来た。


 ナイニタルの壁を前にドヴィジャが一番驚いたことは、赤茶けた熱砂の大地と比べ、意外なほどに陽射しが弱まり肌寒さを感じることであった。夜間の寒さならばムグールでも良くあることではあったが、ナイニタルでは朝夕も寒く、またその暗い朝夕が長かったのだ。


「山間部というものはこういうものか」


 そしてドヴィジャは毛皮の長衣(マント)を用立てさせた。傍仕えの者たちにも長衣を与え、きらびやかさを高めた。高貴なる血を持ち、高く洗練された教養を身に付けたドヴィジャにとってそれは至極当然のことであった。そうやってドヴィジャの指揮のもと計画はすべからく順調に進んだ。


 そして今日も、平常通りにナイニタル攻略は開始された。前線指揮の任に充てていた家臣からの報告では、抵抗の動きは大きく低下しているため「今日か明日には街壁を乗り越えることは出来るでしょう」と言うものであった。一方、崖上に配置している監視兵からは「昨日の夕暮れに、ナイニタル北門から騎兵の出入りが見られた」との報告もあった。だが、その騎兵の数は僅か四~五十騎程度のものであり、数としては少なく、脅威となる戦力になりえない、という判断も付随していた。

 故に全てを、いつもどおり臣下に任せ、ドヴィジャは天幕にてナイニタルの街壁を見ていた。酒杯を重ね、その壁が崩壊する日時について、側付きの者たちに予測――賭けをさせるほどの余裕を見せた。


「貴公が予測した、昨日と言うものは外れたな」


「はい、見識が足りず、申す言葉もございませぬ」


「其の方は今日と予測していたな、果たしてその賭け、どうなるかな」


「はい、ドヴィジャ様の威光の下、壁は崩れることでしょう」


「そうか、それが果たされたら、褒美を与えよう」


「はい、光栄にございます」


 そうして総指揮官として、いつもどおりに壁を眺めた。


 朝の日差しが湖面を染め上げ、きらびやかで眩しく乱反射する時が過ぎると――ムグールの大鎧と獣機が横一列になり、その威容を示して進軍を開始した。何度見ても胸を突く高揚感だ。あの機体全てが自らの最下で動いている。男として、支配者として、これほど胸躍る光景はそうはない。高貴なる自身に相応しい仕事だ。


 ナイニタルは豊かな街だと聞く。ナイニタルは東西南北の隊商が立ち寄る街と聞く。きっと珍しく美しい宝物や美女が数多くあるにいるに違いない。ナイニタル攻略後は、それら全てがドヴィジャのものとなる。そして臣下配下の者たちに恩賞として下賜する。その「仕切り」を考えドヴィジャはちょっと気が滅入る。貴人の責務とはいえ、なんとも面倒なことである。だが、貴人であるドヴィジャはその責務をきちんとこなさねばならない。


 順調にいけば今日にもナイニタルは落ちる。さすれば今しばし、配下の兵には休息を与えることができるだろう。人員に資材、共に十分にあるとはいえ、遠征で配下の者共も疲れているはずだ。機体の疲弊や損耗も気にはなる。都市攻略の際には1日の強奪の権利を与えた後、ナイニタルの都市施設や機材を使い、配下の兵に十分な休養を与えねばならない。さて、その舵取りを誰に命じるべきか。それを決めるのが優秀な指揮官の責務である。

 勤勉で実直なドヴィジャ自身も、しばしナイニタル城で休息だ。天幕には浴槽も設えているとはいえ、長い日数を野営で過ごした、少しは自身も休息を取るべきだろう。その時は、遠征に連れてきた踊り子や酌婦以外の――いささか飽き始めている――新たな女奴隷を幾人か見分すべきだろう。次の大仕事であるヌワコット攻略まで、まだまだ時間はかかるのだから、そういった些事に目を向けることも必要だ。

 そういったもろもろの事を、ドヴィジャはいつも考える。卑俗な下々の者たちと違い、ドヴィジャは常に先々の計画を考えるのだ。


 その時、大きな音がした。

 今日に限って脆弱だったナイニタルの投石器が、大型弩が、自軍の大鎧を倒し貫いたのだった。「おお―?」近習の者どもから声が漏れる。高貴なるドヴィジャは声こそ漏らすことはなかったが、驚きに目をむいた。

 そして驚愕から一瞬の後、湖面から3機の大鎧が次々と現れた。その1機――砂色の白い大鎧が電光石火の勢いを持って、横一列になっていたラークシャサとハンダルに接敵し、その槍を持って次々とムグール機を屠っていった。ばたばたと、見る間に全てのラークシャサが地面に倒れ伏し、ハンダルもその半数が崩れ落ちた。シュリガーラは激しく駆け回っているがどう見てもあしらわれている感が抜けない。それに四足歩行の<狼>では、例え白き敵大鎧を倒せたとしても、その後の外壁に対応できないのは明確だ。


 そして残る2機――瑠璃蒼(セマルグル)と漆黒(ストリボグ)の大鎧がこちらに向かってきた。側付きの機士が慌てて天幕から飛び出し自身の<ラークシャサ>に機乗しようと走ったが、機乗した直後、まだ無人で駐機しているドヴィジャの<ラーヴァナ>共々、蹴倒された。その衝撃と砂埃で側付き機士の姿は見えなくなった。そして吹き飛ぶ馬防柵。2機の大鎧はドヴィジャの聖域たる中央指揮所を蹂躙した。悲鳴を上げて駆け回る女官に炊事兵たち。絶叫と怒号――蹴倒された大鎧の搭乗席(コックピット)を、2機の大鎧の足が塞いでいる。長剣と槍が振るわれる。移動宮殿のような天幕が吹き飛んだ。


 その時には、ナイニタルの南門が開かれていた。扉の向こうには整列した騎兵が一隊。いななき声が聞こえた気がした。すぐさま土煙を上げ、まるで1本の矢のように、名槍の穂先のように鋭く鋭く突っ込んで来る。50騎ほどの騎兵は一塊になり、まるで1個の生き物のように突き進んでくる。混乱している獣機の足元を抜け、工兵と歩兵の隙間を割り込んで突っ込んでくる。破壊された馬防柵を乗り越え、倒れた天幕を蹴飛ばし、突き刺さってくる。馬蹄の音がまるで雷雨(スコール)のように響き渡った。ドヴィジャの周辺で、側付きの兵、側回りの召使たちが姿を消した。駈け去る音、倒れ伏す音がした。

 そして騎兵たちは、短弓と馬上槍でドヴィジャの天幕を、ドヴィジャの視界をぐるりと覆い隠した。


「指揮官とお見受けする――」


 騎兵から1騎、前に出できた眼光鋭い男が言った。


「――この戦、続けるか否か」


 勢いが残るだく足が強く地面を打つ。その音に負けないほど、よく通る声だった。声に負けない眼力がドヴィジャを射貫く。

 ドヴィジャはただ茫然としていた。声も何も出ない。髭を短く刈り揃えた騎兵は屈強な上半身で脇に絞めた馬上槍をぴたりと止めている。その穂先がこちらを示している。周囲の騎兵たちは短弓を構えている。ドヴィジャの周りには、もう、敵騎兵しかいなかった。ドヴィジャはただ呆然としていた。


「ご返答を」


 敵騎兵は、だく足から並足に変えてドヴィジャの周囲を回っている。敵騎兵の隊長と思しき者の騎馬からは、全身汗の蒸気を漲らせていた。ぶるるっと身を震わせた。


 何故だ――ドヴィジャはもう心中で呟いた。何故何故何故――。


 彼の問いかけに答えてくれる者はいなかった。ただ周囲に座卓や飾り扇や御簾が散乱していた。

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