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36:城塞都市ナイニタル 南門 領主:ヴィシュヴァ(4)

 陽が登った。


 街壁を揺るがせる地響きを立て、敵の機体が横一列になって接近してくる。人型の大鎧は大盾を構え、機体の姿のほとんどをその陰に隠して歩み寄ってくる。獣機でも猿型の<ハンダル>はやはり盾めいたものでその胴体を隠している。四足の狼型<シュリガーラ>はその傍らに位置取っている。この光景は何度見ても慣れることがない。敵が一歩一歩近づく毎に、その巨体と畏怖が大きくなってくるのだ。そして機体と機体の間には、梯子や縄を担いだ工兵が、後続に軽装の兵士を引き連れてやってくる。ずらりと、一面に、びっしりと。その数の夥(おびただ)しさの、眩暈のような光景。


「総員、持ち場に付け!」


 ヴィシュヴァは、傷つき、疲れ切った身体に鞭を入れて声を張り上げた。曾祖父や祖父の代より仕えてきた機士たちは、疲弊しきった愛機を軋ませながら持ち場に付く。家族をナイニタル市内に残している兵士たちは、砂と汗でまみれた姿を引きずって持ち場に付く。武器を持ち、矢をつがえ、投石の準備し、落し戸のレバーを綱を握る。緊張と不安――だが、僅かだが、今日はそれ以外の感情もあった。それは希望と評されるべきものだった。初戦時に抱いていた「見てろよ返り討ちにしてくれる」という胸の灯、自己と仲間たちへの信頼、武骨な反骨心であった。



☆☆☆☆☆



 昨夜の時点では「もうこれ以上持たない、装備も打つ手もない」そんな心理状況であった。領主としての重責に押しつぶされそうになっていたヴィシュヴァであった。そこに届けられた援軍の報――先遣隊隊長アルマムベトによりしたためた書簡――それを届けに来た騎兵隊長トリグラフは凛々しかった。ヌワコットの騎士隊長と言えば高名な戦士だ。その高潔さと実力は折り紙付きで、あまたの祭事や武闘大会、盗賊退治で名を馳せていた。その戦士が自ら協力を申し出て、先遣隊に参加し、指揮下に入ったという。その事柄に驚きを隠せないまま、ヴィシュヴァは自ら書簡を受けて文面に目を向けた。


「トリグラフ殿――」


 ヴィシュヴァは文面に2度、目を走らせた後、乳兄弟ダクシャに書簡を渡した。視線はいまだ礼を取った姿のトリグラフに向けていた。語りかけた。


「――この書簡を読む限り、その策とやら、ずいぶんな危険な賭けでもあるように見受けられる」


「はい」


「囮の立場に立つ我らナイニタル守兵、困難を乗り越えねばならぬ援軍大鎧3機――」


 ヴィシュヴァはそこで息を一度飲んで、言葉を繋げた。


「――そして最も危険な立場に立たされるのは、その方たち騎兵隊ではないのか?」


 ヴィシュヴァは、一挙手一投足を見逃さぬという意志を込めてトリグラフを見た。短く刈られた髭、日焼けした顔、逞しい首と腿。強く握りしめられている拳には、砂と埃と手綱にて擦切れた傷痕と節くれた指。トリグラフは顔を上げると真っ直ぐにヴィシュヴァを見返して、僅かに微笑んだ。


「そのとおりです」


「それでもトリグラフ殿はこの策に従うと?」


「はい」


 ヴィシュヴァは眉根を寄せた。叫ぶように言った。


「もし、もしだ、アルマムベト殿がこの策に間に合わなかったら――なんとする!」


 情けない姿だと思った。だが、言わずにはいられなかった。ヴィシュヴァは領主なのだ、この街を守る責任がある。書簡を読み終えたダクシャも不審げな表情を隠さなかった。そう――あまりに荒唐無稽な、あまりにも予想外の策ではないか。破天荒すぎる。大鎧の役分を超えている。「実は、失敗しました」後から、そう報告が届きそうな内容であった。

 するとトリグラフは微笑んだまま、言った。


「その時は、我ら騎兵隊のみで目的を果たします」


「だ、だが――」


 椅子から半立ちになりヴィシュヴァは言葉を重ねようとした。それは無茶を超えた無謀な役割を担うと言うことだ。しかしその次の言葉がなかなか出てこなかった。するとトリグラフは微笑んだまま一呼吸の時を待ち、口を開いた。


「ナイニタル領主、ヴィシュヴァ殿」


「な、なにか――」


「他に現状を打破できる策がこざいませぬ。守兵5機、援軍3機と騎兵、これにて28機の敵を、歩兵にして千という敵を撃退しうる策は、他に出てこなかったのです」


 トリグラフはそう語り、立ち上がった。そしてヴィシュヴァとダクシャに向かって背筋を伸ばし、拳を胸に当てて言葉を重ねてきた。


「ご安心ください。アルマムベト殿は約束を違えるような御仁ではございませぬ。そして私も」


 トリグラフは強く拳を握りしめ、語った。


「約束を守ります」



☆☆☆☆☆



 美しいと思った。

 ヴィシュヴァは領主である。貴人である。交易都市の領主として武ばった部分を多く鍛えてきたが、美を見ることが出来る目も持っていると信じていたし、多くの貴石、宝石、玉、黄金に細工物に触れてきた。取り揃えてもいる。人の流れがあるが故に、東西南北の異国の美女も良く目にした。そのヴィシュヴァにして、生死をかけて仲間を信じる、迷いなき瞳の騎兵隊長を美しいと思った。


(負けられぬ――)


 ヴィシュヴァは、ぎりりと歯を噛んだ。目の前の敵にも、南門で待機する騎兵たちにも、負けず、恥じず、雄々しい姿と結果を示さねばならぬと噛んだ。家宝の――藍銅鉱(アズライト)を散りばめたの黄金の兜、それよりも美しい姿を示さねばならぬ。表さねばならぬ。日に焼けた騎兵隊長に類するほどに、凛々しい領主足らんと欲した。



☆☆☆☆☆



 ずしんずしん。


 敵の歩調に、ヴィシュヴァの機乗する<ラーヴァナ風セマルグル>が揺れる。


 ずしんずしん。


 その音を感じる度に、心の臓が早鐘を打つ。胃の腑がきゅっと競り上がる。口元が酸っぱくなる――負けぬ。ヴィシュヴァは呟く。操縦桿を握り直す。


「まだだ! まだだぞ! もっと近づけさせよ!」


 ダクシャが兵士たちの――そしてヴィシュヴァの、逸る気持ちを見透かしたように声を張り上げた。そうだ、今日はいつもと違う。充分に、十二分に近づけるのだ――。


「放て!」


 岩が、たくさんの岩が飛んだ。使える投石器すべてによって繰り出された大岩が「一点」に集中していた。いつもならば牽制に使われていた、広い範囲に伸ばしていた投石を、一か所に集中して投擲していた。――敵――<ラークシャサ>の近くに、足部に、脚部に、胸部に、そして頭部に命中した。一方的に集中砲火を受けたその機体は、左足を取られ、右膝を砕かれ、胸部をべこりと窪ませて、崩れるように横臥した。土煙を上げて倒れ込んだ。


 敵の隊列に一瞬、硬直が見られた。「突撃するか、待機するか、後退するか」逡巡を感じ取れた一瞬であった。そして突撃が繰り出された。いつも通り、こちらの一斉射の後に一気に距離は詰めて敵は来襲する。盾を放り出し、一気に――大型弩(バリスタ)の矢が放たれた。いつもより早く、いつもと変わって「一点」に向けて。

 大岩にて倒れた<ラークシャサ>の2つ隣。そこにいたもう一体の<ラークシャサ>に対して複数の矢が命中した。1本は右腕部に当たり弾かれた、1本は胸部に当たり弾かれた、1本は左膝に当たりその関節を粉砕した。機体は横転した。


 土煙。


 敵の軍勢は再度硬直した。指揮官である<ラークシャサ>が2機も倒れたのだ。周辺の獣機に工兵・歩兵は硬直した。


(投石や弩矢は1点に集中せよ。1機でよい、大鎧<ラークシャサ>を撃破せよ。相手は「仲間が倒れない故に、我が身も安全である」と感じ、考えて攻めている。1機でよい、ナイニタル街壁は大鎧を倒せるのだと示せ。さすれば敵は壁を恐れ、消極的になる。敵陣に一瞬の硬直を生み出させよ)


 それが先遣隊隊長アルマムベトから届いた書簡、その最初の文面であった。


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