35:城塞都市ナイニタル 南門 領主:ヴィシュヴァ(3)
ナイニタルの街壁は、湖の地形と、岩山と、自然巨石を生かして形作られた。それで不足する部分に人為的な石垣、日干し煉瓦、焼煉瓦にて外壁を構成することによって街と外界とを隔てている。急峻な岩山斜面は、大鎧どころか人すらまともに走破が出来ないそそり立つ壁だ。僅かな窪みを足場に歩みを進めることが出来得る生き物は、頑健な蹄を持つ動物――山羊や牛ぐらいなもの。そして要所要所を固める巨石は、大きなもので高さが40mを超えるものすらある。
そういった壁に、身の丈8mの大鎧すら乗り越えることは不可能な高さを持たせ、郭や、矢狭間や、櫓などが構築されている。故に街壁は一個の城砦として完成している。しかしその、強固に見える壁も、槌や丸太で突き崩すのならばその限りではない。構造上、人為的に組んだものなら低いところで高さは十数m程度の箇所もある。大鎧が繰り出す破壊槌は凶悪で、人の力で作られた壁はどうしても脆い。そして街門には扉も付けねばならない。
ナイニタルの南門は、大鎧を凌駕する巨大な2つの自然石を利用した強固なものだ。そして門は、鉄板を組み込んだ3重の樫板の門扉にて閉ざされている、扉の幅は4mほど、高さは10mほど、大鎧も1機づつなら通りぬけることが出来る大きさである。そして門扉に数十mほどの距離を挟んでもう一つ、同様の門があるのだ。つまり南門は「内門」と「外門」の2重構造を持った強固な門となっている。
これら地形と設備、そして傷だらけの機体5体がナイニタルの防衛戦力であった。
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防衛戦は、その「外門」にて行われている。
外門の外には、僅かながら広場らしき空間が出来ている。平時ならば市街の中に入るまでもない交易品を取り扱う自由市場が開かれている場所だ。足場のよろしくない緩斜面でありながらも広場といってよい大きさを持ち、そこでは近郊在住の農民が麦や果物や簡易な工芸品を並べ、時期にもなれば馬や山羊なども取り交わされる場所となる。
いまその場所に、攻め手ムグールの軍勢が詰めている。
敵の主力は計28機の大鎧と獣機、そして歩兵――戦人としての生まれ育った戦士階級、独自の知識と育成を受けた工兵、そして多くの戦闘奴隷――が合わせて7~8百人といった数か。その他、補給品の管理や、食事や医療などの専門職として徴兵されたであろう人員の姿もある。全てを合わせ約千人といった人の群れが、ムグールの拠点で蠢いているのが外門城壁の上からも見て取れる。
ムグール側は、大将機たる大型機<ラーヴァナ>と、傍仕えの護衛機に2機の<ラークシャサ>を温存し、5機の<ラークシャサ>と10機の<ハンダル(猿)>、10機の<シュリガーラ(狼)>を中心に、連日攻撃を仕掛け続けているという訳だ。
5日前より、敵は広場にどっかりと腰を下ろして陣を張っている。簡易ながら柵をこしらえ、その柵は広場側を広く、交易路側を狭くした「漏斗」の形で陣としてた。漏斗の細い口には、色鮮やかな布で張られた陣屋が、幟旗と共に街壁からことさら目につくように設えられている。背後には難所の交易路を背負っているため背後の防御は手薄だが、その足場の悪さから挟撃はとてもできない。もっともナイニタル側に、ムグール領方面から派遣を期待できる援軍などあるはずもなかった。
敵の陣幕からは、今日の損耗を修繕する槌の音以上に大きく、音曲が流れてきた。派手で雅な弦楽器に管楽器に打楽器、そして女どもの嬌声。敵の大将は、強力無比な重量級大鎧をこの5日間動かすことなく待機させる余裕っぷりだ。陣幕は、目視はできるが距離と高度差からとても矢や投石器を届かせることが出来ない位置に配置されている。いかにこちらが腹立たしく感じようと、敵の大将は自身の手を、脚を、汚すことなくただ配下の郎党にすべて任せ、吉報を待つ構えで宴を開いているのだろう。
その威容を見せつけられ、聞かされて、ナイニタル守備側は、一兵卒から領主に至るまで埃まみれの汗まみれで明日の準備にかかっていた。
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ヴィシュヴァは、軋む音を立てる愛機をゆっくりと屈ませて駐機姿勢を取った。
ここは南内門の街路に設置された臨時整備場だ。平時なら、隊商用の馬や馬車を預け入れる馬房や、隊商護衛用の傭兵機士たちが乗り入れる駐機場がひしめき合う区画ではあるが、今は戦時だ。ナイニタルの正規守備兵が、一時の休息を取るのにわざわざ城まで戻ってはいられない。整備・補給の用もある。それらを内門扉のすぐ側でこなす必要があり、接収していた。
ヴィシュヴァは操縦槽から、汗で湿った重たい身体を引きずり出すと、疲れを見せないよう虚勢を張って大鎧の胸部より飛び降りた。足元がふらつく。気心知れた機体整備兵が問いかけるような視線を向けながら、手桶を持ってくる。中は水で満たされていた。清涼な水だ。1度だけ顔を拭うと、そのまま手桶を受け取り愛機に登る。手桶の水で機体の頭部周りの汚れを拭い、首周りの人工培養筋肉の状態を確かめ、そこに水を注ぎ込んだ。ヴィシュヴァが抱えることの出来る桶程度の水では到底足りず、筋肉はいまだ熱を持ったままだ。これから長い時間をかけて水を補給し、筋肉を休ませ、その状態を確認する必要がある。しかし領主たるヴィシュヴァには、その全ての世話をするだけの時間的余裕はなかった。城付の整備兵に任せるしかない。しかし慣例に習い、最初の1杯だけは機乗者が与える。愛馬の世話をするようなものである。ちらりと足元を見る。割れた右脚部が痛々しかった。
再び飛び降りるように地面に降り立つ。待機している整備兵に手桶を渡し、破損個所について伝達する。最も重症である右脚部装甲については「明朝の出撃時までに交換をしておいてくれ」と念を押すように伝えた。担当の整備兵は「出来る限りやってみます」と回答をしていたが少し不満気だ。装甲板を引き剥がし、新たに貼り付け、その部品が「癒着」するのを待つだけの余裕は到底ない。機体に無理をかけることなるだろう。場合によっては癒着が弱く、戦闘中に装甲が剥離するかもしれない。状況が悪ければそもそも癒着しないことも考えられる、無理を重ねればそこから腐食腐敗も始まるだろう。機体整備兵としてそれら複合的な心配をしているのだ。むろんヴィシュヴァとてそれは理解している。しかし、今はその無理を必要とする時だった。
「頼んだぞ」
ヴィシュヴァはそう言うと、戦況報告ために自身を待ち、その順番を競っている各所責任者たちへ足を向けた。
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「若。皆、限界が近づいております」
「分かっている」
側仕えの――幼少の頃より共に育った乳兄弟にして妹の婚約者、大鎧<ラークシャサ>を駆る機士「ダクシャ」――が報告を取りまとめた後、小声で伝えてきた。報告内容は厳しいものばかりであった。守備兵の疲れは当然のこと、各種の装備も底を尽きかけていた。敵を街壁に近づけないために、ありとあらゆる手段を行ってきたのだ。遠くからは投石器で岩を投げつけ、近くでは大型弩で射かけていた、壁にへばりつかれれば頭上から油や糞尿を投げ降ろしもした。それらの備蓄が尽きかけている。投石器用の大岩が不足し、今日は瓦礫や岩をかき集め、袋で包んで飛ばせることもした。しかし今度はその「大袋」が不足し始めているのだ。大型弩のための矢は、弓の巻き上げに時間がかかる故にまだいくばくかの残数がありようだが、1度矢を放てば再度の装填に半刻もかかるとなれば、とてもそれだけを頼りにはできない。そして油は貴重品である。
「唯一、足りているのは糞尿だけか」
ヴィシュヴァは眼光鋭く言った。ダクシャは「糞尿を作るための食料と人員は充分にありますが」と返してきた。2人の周囲にはまだ多くの家臣や兵士がいる。笑顔と余裕は必須であった。
そこに砂まみれの兵士が一人、駆け込んできた。
「伝令が――、先触れが、届きました」
慌て、息を切らしての伝達に、ヴィシュヴァとダクシャの眼が光る。緊急か。
「援軍です。ヌワコットより」
兵士の手にはひと筒の書簡が握られていた。2人の男は同時に叫んだ「来たか!」
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「ヌワコットは我らを見捨てるおつもりか!?」
ヴィシュヴァは叫んだ。叫ばずにはいられなかった。
内門の傍に設えられた陣幕で、ヴィシュヴァは汗に濡れた上着を着替える間も惜しんで、ヌワコット伝令兵と謁見していた。用意された椅子に腰を下ろすこともなく、兵より「伝言内容」を伝えられると、思わず声を大にして叫んだ。隣に立つダクシャが顔をしかめるのが分かった。しまった、陣幕の外に聞こえたかもしれぬ。ぎりりと奥歯を噛みしめる。しかし、声は落しても声音を震えるのを堪えることが難しい。ヴィシュヴァは押し殺した声に熱を込め、ヌワコット伝令兵に語りかける。
「大鎧が3機、騎兵50、か。足りぬ、足りぬぞ! 敵は25機を超えている! ヌワコットには百近い機体を保有しているのでなかったか! 何故だ!」
ヌワコットより駆けてきたのであろう先触れ兵は、埃にまみれた顔と狩衣姿でありながら、凛々しく、眼光鋭かった。短く刈られた髭から垣間見える口元は厳しく引き締められている。そしてヴィシュヴァに礼を取り、片膝を立てた着座姿勢のまま、真っ直ぐにこちらを見返してきた。
「二十日の後、ヌワコット本隊が参ります。セマルグル蒼穹機士団と共に」
「遅い! それではナイニタルは持たぬのだ」
そう言うと、どかり、とヴィシュヴァは椅子に腰を下ろした。もう立ってはいられなかった。傍らに立つ、ダクシャが自らの言葉の後を保管してくれた。
「我らは現在5機の総がかりで押しとどめているが、既に機体は限界を迎えている。防御設備もいくつかは壊れ、投石器の岩も獣脂も足りぬ有様だ。ここで3機の援軍で、あと二十日というのは無理というもの。ヌワコットの動きはなぜこうも鈍いのだ。他に兵は来て下さらんのか」
伝令兵はじっとこちらを見返し、視線だけで周囲を見回すと、声を少し落として返答してきた。
「秘策を――先遣隊隊長であるアルマムベト殿より授かっております」
「3機の援軍で二十日を持たせる策、あるのか、そのようなものが?」
「いえ、3機と騎兵の援軍で、敵を撃破する策でございます」
2人は同時に声を発した。言葉にはなっていなかった。




