34:城塞都市ナイニタル 街壁 領主:ヴィシュヴァ(2)
日が暮れた。
山間部に生まれた城壁都市ナイニタルの日暮れは早い。太陽が山の稜線にかかると、急速に宵闇が周囲を覆い隠し出す。その速度は、ムグール帝国平野部と比べて1刻(2時間)は早く、夕焼け空らしき時間がほとんどない。来訪する南方の商人たちは「午後の仕事が、夜になってしまう」と言うほどだ。
闇が濃くなる中で戦を続けるのは難しい。まして「機体」は基本的に視界が悪い。機体の眼は、人間の肉眼より遠くを見ることもできるが常に微調整を要するし、高所にある故に揺れもひどい。また歪むのも特徴だ。操縦者はそれらの「酔い」や「疲労」に耐えねばならない。機体に乗り、視界同調を1刻も行うと、搭乗者は激しい頭痛や眼精疲労に悩まされる。
そして機体側にも稼働時間の制限がある。地上最強と呼ばれる武具であっても全力稼働は4半刻(30分)の半分の時間すら持たないのだ。人間が短距離走を出来る時間に近い。あっという間に全身の人工培養筋肉は加熱し、その熱が流動神経に悪影響を及ぼし始める。やがては筋肉の「踏ん張り」が効かなくなり、感覚の感知制動が混乱し、しかるのにちに各座することになる。よって大鎧を使った戦闘は、明け方に稼働準備を始め、午前中にまず1戦。可能ならば昼前にもう1戦。点検整備を終えて午後に1戦、可能ならば夕暮れ前にもう1戦。という休息時間をしきりに挟んだ、待機と警戒の時が長く続くのが常だった。もっとも彼我の戦力差が大きければ「その1戦」で全てが終わるものでもあるのだが。
とにかく、今日も双方痛み分けで戦闘は終わった。
ナイニタル側もムグール側も、機体についてはただの1機も損なわれることは無かった。だが街壁から離れてゆくムグール側の獣機のうち数機は足を引きずっていたし、大鎧の中にも1体、片腕が上がらない風情のものが見えた。その大鎧は上半身を激しく揺らして立ち去ってゆく。あれはすぐ傍らに立つ僚機が、肩口に長柄斧で鋭い一撃を与えた敵機に違いなかった。追撃をするには絶好ではあった、が、ナイニタル側にその余裕は無かった。
「せめて褒賞を、用意せねばな――」
ヴィシュヴァはそう呟いた。そして足元を見る――街壁の上に立つ、ナイニタル側の機体も敵側に劣らずボロボロだった。確かに手足を失うような損傷はまだ見受けられないが、軽量獣機の<ラングール>は激しく駆けまわってた為に膝関節の劣化が激しく、ぎしぎしと音を発し、自慢の機動力はかなり損なわれていた。僚機たる配下の<ラークシャサ>は、2機共に脛当ての装甲部に無数のひび割れを作り、ヴィシュヴァの<ラーヴァナ風セマルグル>に至っては、右脚部の装甲を完全に割られていた。人工培養筋肉もいくつか破断し、血液と内用液を漏らしていた。損耗や疲労困憊の度合いならば、間近で見てとれる分、こちら側の方が酷く目についた。
機士たちは必至の虚勢を張って機体を立たせている。敵が完全に立ち去るまで、弱みは見せられない。しかし一般兵士に至っては砂まみれの泥まみれ、槍や、石弓を放り出してうずくまり、倒れ込んでいた。しのぎ切ったとはいえ、街壁に張り付く敵兵を、大鎧が立ち回る「揺れ」の中で、何度も何度も押し返したのだ。もう、虚勢を奮い起こせと言う方が無理だろう。
「明日は、保たないかもしれん」
ヴィシュヴァは誰にも聞かせられない独り言を、愛機の操縦席で、相棒たる機体に囁くように発した。ヴィシュヴァは今年の夏で22歳になる。若年で、平素においても「やぶ睨み」と勘違いされるほど目付きがキツい、人当たりは決して良くない。しかし、曾祖父の代から譲り受けた「良く通る声」と「きびした動き」と「痩身長躯」という特徴が、その短所を領主としての頼もしさ力強さに変えていた。自身、その評判に相応しいようにと切磋琢磨もしている。が、家臣たちに見せているそういった姿と、己の内面に隠れる本心には大きな隔たりがあった。それは親しい親族に――そして信頼する愛機にだけしか見せられない。領主に相応しいとは言えない、弱気で、不安で、愚痴めいた、年齢にふさわしい姿であった。
ヴィシュヴァは操縦席で膝を抱えると、そこに額を当てた。昨日も一昨日も、同じ言葉を発していた。しかし今回は本気の度合いが強まった。この脚部の装甲修理が今夜中に済まなければ、明日は脚を損なう一撃を食らうかもしれない。大将機であり旗機であるヴィシュヴァの機体が倒れるようなことになれば、味方の指揮は大いに落ち込み、敵方は活気づくだろう。それに5機で保っている防衛線に隙間が生じる。雪崩式に敵機の侵入を許すことになりかねない。
ヴィシュヴァは操縦桿をそっと触れると
「――苦労をかけるばかりだ、すまない」
と呟いた。大きく息を吸い、吐いた。
正念場であった。
☆☆☆☆☆
ナイニタルは山間の地形を十分に生かした城壁都市だ。
都市は西側にナイニタル湖を要し、小規模ながら桟橋を2つ、漁業用と交易用にと併設している。交易用の桟橋は、対岸の小さな村落を経由して、少しでも山岳路を通らずに交易ルートに乗せるためのものだ。
港を西に、山を東にと構成された地形に、急峻な斜面に階段都市を形成した。その区画割りは、港から順に中央広場に隊商宿、商家と繁華街、そして貴人街を経て「ナイニタル城」へと続く。しかしそれは「城」とは言ってもそれに相応しい機能はほとんどない。「館」といって良い規模のものである。防御としての要は「街壁」で構成されており、城壁都市・城砦都市として成立している。そして交易都市でもあり、住人の安全と財産を守るべく発展した都市である。
都市の北側に急峻な山岳ルートへと続く交易路があり、その先がヌワコットをはじめとする都市国家群だ。一報、南方に向かってはムグール帝国領へと続く平坦な大地を突き進む交易路となっている。ただ、ヌワコット湖は山間の、崖っぷちの、急峻な壁のような湖岸を多く持つ湖である。ゆえに山間部に「やや入り込んだ場所」にナイニタルという都市は発生した。
ムグール帝国領側の交易ルート、平坦な交易路は、ナイニタル湖を包み込む山々の先にある。急峻な山岳路を少し――半日ほど抜けた先から扇状地として緩やかな傾斜が広がる牧草地がある。扇状地は乾燥した大地にへばりつく低灌木とまばらな牧草、いまにも砂に埋もれそうな麦畑で、そこはナイニタル領である。そして扇状地が終了した場所、乾燥の度合いが一層進んだ岩砂漠を経て、その先の赤土の大地がムグール帝国領だ。
ナイニタル湖の周辺は、崖をを削り取って作られた交易路がある。そこを進む者は、常に片側の足下に湖を見下ろして、片側には壁のようにそそり立つ山の岩肌を眺めながら歩みを進めることになる。交易路の全ての道がそうだとは言わないが、要所要所に「ここは本当に通れるのか?」と危惧と懸念を抱かせるほど、危うい難所がある。それが山岳交易路というものだった。




