33:城塞都市ナイニタル 街壁 領主:ヴィシュヴァ(1)
ずしんっと重たい音がした。厚みを持つ街壁が揺らぎ、椰子の繊維を練り込んだ日干し煉瓦がぱらぱらと剥がれる音がした。街壁に罅が入る。敵の大鎧が、巨大な破城槌を持って突進し、その重量と強度を街壁に叩きつけたのだ。街壁の上に立ち、長槍や長柄斧を振り回してそれを守る味方機は、素早く波状攻撃を続ける獣機に翻弄されており、破城槌の大鎧には手が回っていない。敵の大鎧はもう一撃を壁に繰り出そうとしていた。
「押し返せ!」
領主であり、守備側で大鎧を操るヴィシュヴァは叫んだ。その声はもう冷静とは呼べない声になっていた。
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ナイニタル領の領主であるヴィシュヴァに、ムグール帝国から兵を向けられたと国境沿いの兵から報告が届いてから既に10日以上が経過していた。領主ヴィシュヴァは、決して広いとは言えない領内に分散させている守備兵をかき集めるべく伝令を飛ばした。それと同時に同盟都市郡にも伝令を送り、ヌアコットへ援軍を求めた。
そして自身は野戦へと打って出た。奇襲である。
ナイニタル領内に入った直後を狙って夜襲にて一撃、侵攻軍に打撃を与えようとしたのだ。しかし敵の陣立てをその目で見て、ヴィシュヴァはそれが非常に危険な賭けであることに気が付いた。帝国が出してきた侵攻軍はナイニタルの奇襲隊と比してとても多かった。帝国側は充分な数の歩兵を要し、野営時には主要な部隊の周囲を柵で囲う徹底ぶりだった。その強固さ故に夜襲は「ほぼ様子見」としか言えない成果しか上げられなかった。深夜に遠方から火矢を射かけ、帝国兵の睡眠時間の一部を奪うというのがそれだ。
結果として一兵も損なわず、侵攻軍の進軍速度をやや遅めることが出来たのだから、その時点では充分な成果とも言えた。しかし次の手を打てないまま時は経過した。夜襲後、帝国の進軍速度はやや遅くなったものの、慎重に軍を進めてきた。そして日が落ちる前の早い時刻から野営準備を行い、物見の兵の配置を広く伸ばしてきた。夜襲は小規模なものにならざる得なかった。そして1歩1歩とナイニタル領内に侵攻してきた。
前述したとおりナイニタル領はそれほど広くはない。領主の居城とナイニタル湖を有し、交易路の中継点として重要な拠点でもある「城壁都市ナイニタル」以外に街と呼べるものは3つしか存在せず、その規模はナイニタル市と比べるととても小さいものだ。そしてそれ以外には、乾燥地帯で細々と育てている麦畑や、放牧を営む宿営地としての村が点在するだけである。
やがて侵攻軍がナイニタル城壁から目視できる場所に陣立てをする日を迎えた。それから今日で5日。ナイニタルは立場を変え、逆に朝夕に攻め立てられる身となった。受け身で、待機をし続ける防御側の兵には疲労が見え始め、何より大鎧の疲弊度に至っては限界が迫っていた。
ナイニタルには3機の大鎧がある。
伝統的にこの地方の領主が有し操る大鎧の銘は<ラーヴァナ>という。<ラーヴァナ>は身の丈は8mを超え、骨格からして大柄で、外角装甲の形状は角ばっており「大型機種」に分類される。人間で表記するなら「筋骨隆々とした大男が鉄鋲を打ち付けた皮鎧を着ている」といった風情のものだ。そして頭部の眼は正副合わせて10もある。前に4つ、横に2つ、背部に2つ、そして額から触覚のように飛び出たものが2つ。鬼面である。死角が無いと言われる視界を持つが、その複眼の面立ゆえに、見る者によっては雄々しいというよりやや禍々しさを感じることもある面立ちだ。しかしその人外ともいえる形状は、名機の名にふさわしい性能を示し、剛腕さではかの悪名高い大型獣機<ハヌマーン>すら凌駕した強力な機体だ。
だがその<ラーヴァナ>は、今のナイニタルには無い。
ラーヴァナの生産を可能としているのはムグール帝国だ。かつてムグールの土地より生まれ出でた各勇者たちが<ラーヴァナ>を駆り、各々辺境の土地にてその雄を示し、土着の王となり領主となった。その経緯からムグール国境付近の都市国家群では「旗頭の機体」として永くその雄姿を示し土地を支配してきた。しかしここ百年から五十年ほどにおいて、各国でその機体の姿は急速に消えてきている。機体の寿命が尽きたのだ。そして生産数が著しく低い<ラーヴァナ>は、現在は帝国王族専用としてのみ生み出されており、新たに領主にその機体を譲り渡されることはまずなくなった。
よってその旗機の「姿を写した機体」が生産されることになったのだ。
現行で普及している機体は大鎧<ラークシャサ>。これもムグール帝国で生産されている機体ではあるが、さすがにムグールも全ての大鎧の流出を止めることまではしなかった。周辺領主への影響力を考慮し、従属を促し、主従の関係を結ぶためのものとして大鎧<ラークシャサ>はごく一定数ながら周辺領主へと下賜されていた。
<ラークシャサ>の身の丈は7m強と<ラーヴァナ>より一段小振りになり、骨格は剛健なれど、その腕力も小振りな分、減じられる。そして眼の数も減じ4つ。しかも<ラーヴァナ>最大の欠点である「稼働時間の短さ」についてはそのまま引き継がれた機体である。腕力については優秀なれど<ラーヴァナ>と比べると明らかに下位機種だ。
だが寿命が尽きるほどに老朽化した機体よりはマシである、周辺の領主はそれに飛びついた。次々と従属関係は固定化されてゆく。しかし、誇り高いヴィシュヴァの曾祖父は違っていた。
「我はムグールより生まれ出でし身なれど、戦士であって奴隷ではない」
己が腕と機体で、血と汗を流して切りとった領土を、従属という形にすることを拒んだ曾祖父は、臣下の礼を拒んで孤高を保った。交通の要所として豊かで蓄えがあったことも幸いし、城壁を築き、兵を雇い、独立を保った。
その頃は、老朽していたとはいえまだ<ラーヴァナ>が存在していたことも大きい。しかし祖父の代にてその<ラーヴァナ>はついに寿命が尽きた。明確な敵対とは言えぬまでも、反骨を示し続けた結果、今更ムグールの軍門に下ることも出来なかった祖父は、起死回生の策として、隣国のヌワコット都市連合群に目を向けた。
もともと交通の要所であるナイニタルである。隊商交流で友誼を結んでいたヌワコットとは、思いのほかあっさりとその枠組みの中にナイニタルを組み入れた。ナイニタル領内の宗教や風習にも口を出すことなく、独立独歩独自であることを認めながら、困窮の際には相互間で協力し合うと言う都市間盟約の下、ヌワコットより1体の大鎧も下賜された。下賜された機体は細身ながら頑健な<セマルグル>であった。その外装を、ナイニタルの伝統と風土に合うよう<ラーヴァナ風>に改修した。その機体こそがいまヴィシュヴァが操る機体である。
そして祖父の代から、周辺の盗賊山賊狼藉者の類を排除し続け、鹵獲修繕した<ラークシャサ>が2機。それらに加え、今回の動乱前から長期で雇い入れていた獣機<ラングール>が2機。それは俗称で「痩せ猿」と呼ばれる機体で、素早さと器用さにだけは定評がある機体だ。つまり中型大鎧3機と軽量獣機2機。都合5機がナイニタルの保有する機体の全てであった。
しかし攻め手のムグール側には、大将機に大鎧<ラーヴァナ>を要し、全28機の機体があった。




