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32:中央街区 大広場 騎士隊長:トリグラフ(2)

 トリグラフは、朗らかに笑う少年を微笑ましげに眺め、少年の感動が静まるのを見計らってからゆっくりとアルマムベトに歩み寄り、声をかけた。


「早朝から駆け参じた若人、深夜から待ち構えていた一騎当千の若武者2名、それがお前を支える勇士となった訳だな。これから出てくる我々をお呼びでない老兵だとは言わんでくれよ」


 軽口を交じえた台詞には親しみの感情が多く含まれていた。トリグラフの年は30半ばではあるが、精悍な体つきと姿勢、きっちり切りそろえられた髭には覇気が宿る。その姿は、見送りに出てくれた家族である妻と娘から「貴方、立派ですよ」と太鼓判を押されたものだ。立派という言葉の中には、姿かたちだけでなく、その選択も含まれていたことは間違いなかった。故にここで恥をかく名乗りを上げる訳にはいかぬ。ましてや自身の背後には出自や部下の垣根を越えて同調し、駆け参じてくれた騎兵たちが控えているのであればなおさらだ。


「先遣隊に参加を希望する。騎兵50、大鎧2~3体分の働きを約束する」


 トリグラフは胸を張って宣言した。

 アルマムベトは両腕を広げて向かい入れた。



☆☆☆☆☆



 トリグラフが発した「騎兵50、大鎧2~3体分の働き」という言葉に嘘や偽りはない。誇張も無い。優秀な騎兵と騎馬なら、戦いようで大鎧を撃破することは可能だ。部下から信頼された指揮官が、適切なタイミングとしかるべき技法で、50の騎兵をひとつの生物のように突撃させることができたなら、たとえこの世の最大最強の武具たる大鎧とて無傷では済まされない。巨大な武具は下肢関節を粉砕され、地面に座し、倒れ臥し、やがては馬蹄に踏みつぶされるのだ。ただ――同時に騎兵の大半は死ぬことになるのも間違いはない。


 騎士と呼ばれる者は、棒切れのような槍や弓のみを支えに戦場に立つことになる臨時兵士たちからは羨望と恐怖の眼差しを向けられる兵科ではあるが、その騎士――騎兵の死に様というのは、まあ戦場であればいかなる場所でも同様ではあろうが、無残なものになる。骸となればなおさらだ。馬という4本蹄の獣が固まって行動すれば、そして敵対するモノが見上げる大きさの大鎧となれば、死体は踏みつぶされ、人のものか馬のものか分からぬほどの肉の塊に成り果てるであろうに間違いあるまい。勇敢に戦い果てた者たちの勳(いさお)しの証がその家族に届けられるのは、赤黒く染め上げられた頭髪であればまだましで、真っ赤に染まった戦場の土くれや、事前に申し合わせ部隊内や上官に預けてた飾り布の切れ端というのが精々である。


 此度の戦いにおいて給金は支払われるであろう。死亡時の慰労金もおそらくはきちんと支払われることだろう。ヌワコット市民が見守る中での盟約だからさすがにそれらを反故にはされまい。だが、見事な働きをしたとして、それに見合う特別報奨金については、正直なところトリグラフは危ぶんでいる。何しろ戦功評価をするべき役職の人物が同行されない。あえていうなら先遣隊を任されたアルマムベトこそがその役割を担うべきであろうが、あの授与式典での扱いを考えれば、アルマムベトの業績や評価に難癖を付けられるのは明白だ。

 ここ数年、宮殿内部では機士団長ヴォーロス周辺を中心にいろいろと動きが怪しい。奴はあまりに排他的であり、あまりに専制的であり、あまりに選民主義的な思想をもって様々な施策を行ってきた。


 もともと機士には「選ばれし者」であるという自負は強い。明確にそれを証明する<具現化した力(セマルグル)>が存在するのだから、そこに反論できる余地は無い。まったくもって無い。だが、ここ2年ほど前から、機士団長ヴォーロスの言動は、それを知ってなお眉をひそめる言動が増えた。増え続けた。そして宮殿内に高まる反発意識と共に、奴の横紙破りの越権行為は横行し続けた。そして対立構図が出来始めた。

 武力と腕力と声が大きい「機士団長派」、嫌味と嫌がらせと施策遅延を行う「神官派」、その中間で無力に威光を輝かせる「女官長派」という構図だ。そして宮殿の統治者である女王の姿は、人々の前に現す回数が激減し続けた。対立は深まる一方だ。


 機士に次ぐ武力を持つトリグラフにも、宮殿内の各派閥から声はかかっていた。武力という共通点により同調を促す機士団長派。利をもって語りかけてくる神官派。女王不在の説明が無いまま、ただ責務を果たすことを求める女官長派。そのどれにも賛同は出来なかった。だからトリグラフはそれらから一歩引いた位置で、ただ無骨な職業騎士を、騎兵であることを続けていた。


 しかし、無骨なのと考えないことは同義ではない。


 それらの争いの渦中にはヴォーロスがいる。圧倒的な武力と権力、存在感でもって傲然と立っている。それをトリグラフは感じ取っていた。もし、宮殿内での争いにおいて有利さだけを考えるならば機士団長派と同調した方が有利なことは考えるまでも無かった。だが――


(大鎧(ひとがた)に選ばれることが無ければ、そこですべては終わるのか?)


 選ばれなかった者に価値は無いのだろうか? 選ばれなかった者に力は無いのだろうか? 意味はないというのだろうか? 大鎧に選ばれなかったトリグラフだからそれは常に考えさせられる事柄であった。故にトリグラフは知っている。そのようなはずなど無いということを。

 そして大鎧に選ばれたというだけで、専制をほしいままにしているヴォーロスに、自分は同調できないことをトリグラフは理解していた。


 大鎧(セマルグル)に選ばれなかったならば愛馬に選ばれればよい。愛馬に選ばれなかったならば戦友に選ばれればよい。戦友に選ばれなかったならば己の勇気を選べばよい。


 それが戦士というものだ。勇士というものだ。


 その思考で「力のない者たち」の中で「最も力のある立場」として十年の研鑽を積んできた騎兵隊長であるトリグラフである。決してヴォーロスの専制を認めることは出来ない。故にヴォーロスと違ったものを持つこの砂色の流浪人に肩入れをしたのであった。アルマムベトと名乗る人型乗りに惹かれたのであった。


(さて、となれば出来るだけ活躍し、出来るだけ生き残らせねばなるまいな)


 ヌワコット同盟国は守らねばならぬ。だが若者たちのように、ただ目の前の戦功を求めるのとは違った視点でもトリグラフは動かねばならぬ。やるべき先遣隊(しごと)の後にはまた次の権力紛争(しごと)が待っているのであれば、成果を上げながらもやたら騎兵を失う訳にもいかぬ。まして、騎兵の一人一人にこのヌワコットで帰りを待つべき家族や妻女がいるのであれば、ただの一人も無駄に喪ってはならないのだ。


(――難しい采配を迫られることになるであろう)


 だがトリグラフは楽観もしていた。共に轡(くつわ)を並べ、共に戦に臨む者が「信頼できる」というのは、何よりの得難い良いものなのだ。



☆☆☆☆☆



 自身の思い悩みを抱きながら、男同士の軽い、だが生死を約束した抱擁を終えた後、トリグラフは改めて黒い機体に目をやった。 

 騎士騎兵として生きてきたトリグラフにとって、機体と言えばヌアコットの<セマルグル>こそが基本となる。その視線から見て、黒き機体<ストリボグ>は「がっしりと重厚」なものに見えた。背丈はセマルグルとそう変わらない、中型機種と呼ばれるものに該当するのだろう。しかし全体的にほっそりとして見えるセマルグルに対し、ストリボグはやや骨太だ。特にどっしりと太い腿や下肢に特徴が見える。セマルグルに比べ1まわり以上太い、特にふくらはぎに該当する下腿部の太さは見事だ。腰回りも重量のある武器や荷物を軽々と運べそうな印象を受ける。骨格(フレーム)も人工培養筋肉も太かろう。おそらく短距離での速度や走破性も高いのだろう。

 セマルグルという機体が長期間運用に特化しているのは周知のことだ。過酷な環境において頑健に稼働できる信頼性の高さは類を見ない。しかし、万全の状態でぶつかり合うというのならどうだろうか? 山岳部の過酷な環境で、休息や補修部品が乏しい状況でならセマルグルは優秀であろう。しかし平野部での合戦であったら、砦から万全の態勢で出撃する迎撃戦であった場合なら、逞しい下肢をもつこの黒い機体は、きっとセマルグルを軽く凌駕する性能を見せるのではないか。数多くの兵士や騎士を見てきたトリグラフはそう判断した。この機体が人間同様の「身体」を持つというのならそう判断をするだろう。

 そして思う。アルマムベトの<ペルン>と<ストリボグ>は良く似ているのではないだろうか? 外装の、色とそのみすぼらしさが邪魔をしているだけで。

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