31:中央街区 大広場 機士:チェルノボグ(5)
チェルノボグは軽やかだった。心も身体も軽やかに、生涯この上ないほどの解放感と自由を感じていた。
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チェルノボグは武芸大会で3位であった。
ここ近年、稀に見る激戦であり名勝負と評されたアルマムベトとの仕合後、その直後に行わた試合――ベロボーグに敗れた戦士と3位4位を決める仕合にて相対し、アルマムベトは見事にそれを下していた。僅か1合での決着であった。相手の剣を破断したのだ。精も根も尽き果てるような試合後でありながらも、気絶状態から冷たい水を桶1杯引っ掛けられれば、若きチェルノボグはもう完全回復であった。目が覚めた時、下肢にやや疲労が残っているような感はあったが怪我はただの一つもない。「すぐに次の仕合が用意されるが大丈夫か?」と進行役から声をかけられれば、布で顔を拭くのも待たずに「応!」と答えれるほどに、もう、血気は盛んであった。飛び起きれば心身は充実していた。まるで先ほどまでの試合が、全身の動きを高めるための準備運動であったかのように躍動感に満ちていた。進行役も、相対した戦士も、愕然としていた。
今期、ヌワコットで生み出された<セマルグル>は3体。武芸大会の目玉である一騎打ち勝負で、あれだけの名勝負を行ったうえで、圧倒的差を付けての3位の成績となれば、これはもうチェルノボグの受領は濃厚であった。しかも優勝者は受領を辞退したという。なれば他競技での成績をいかように加味しようとも、チェルノボグは間違いなく受領を確実と予想できた。そして予想通りにチェルノボグは女王代行のヤリーロ女官長より待望の<セマルグル>を拝領したのである。
機体を授かり、名勝負も発揮し、これで「ポレヴィーク家」の名誉は名実ともに回復されたといえる。あとは家名を高めるべく、ヌワコット機士団へ入団し、実績を重ねる続けること――本来ならその流れになるはずであった。本来ならと言う以上そうはならなかった。なぜならないのかと言えば、それはポレヴィーク家のチェルノボグであったからだとしか言いようがない。
質実剛健。それがポレヴィーク家である。誰よりもそれを自覚し、目指していたのはチェルノボグである。一門の者たちは祖父と曾祖父を思って、チェルノボグは父を想って、そうして一心不乱に目指してきたもの、姿がある。
さてそこで、目指すモノとは何なのか。確かに機士の資格を得た。惜しむらくは祖父のように優勝では無かったが「流石はポレヴィーク家の若き当主」と誰もが口々に賞賛し、誰もに納得させるされる実力も魅せることが出来た。だが、唯一チェルノボグだけは一抹の心残りとなる部分がある。それは勝てなかったことではない。そのようなものではない。ただ思われることは――
(勝ち得たと言えるのであろうか? 勝たせてもらったのでは?)
問題は勝負の結果ではなく、その中身であった。自身の技量はあの白き砂色の男「アルマムベト」には到底及ばなかった。それはこの際、致し方が無い。己はまだ若く、まだ未熟。となればなお一層精進し、あのような強者へと至るまで己を高めればよいだけの話である。
(だがしかし、敵わなかったのは技量だけであったろうか?)
あの試合の後、チェルノボグの調子は絶好調であった。でなければいかなる技量差があろうと、試合の準決勝まで登りつめた技量者相手に「剣を折る」などという離れ業での大勝利を得れるはずもない。
あの試合の際、途中からチェルノボグはただ自身の事だけを思って戦っていた。奉納試合である神の事も、自身を応援してくれる一門の者や友人たちの事も一切頭になかった。ただ己の為に戦っていた。相手を乗り越えようと、遮二無二と剣を振るった。相手のことなぞお構いなしであった。
(我が身しか顧みなかった私であった。それに対し、あの男はどうであったろうか?)
相手を考慮し、怪我を与えず、むしろその後に好影響を与えるような仕合ぶり。その先を読む余裕、それを実行できる技量、それを行う懐の大きさ、その度量と経験と見識――
(まったくもって敵わなかっという事だ)
チェルノボグはそう結論を得たのであった。
そしてポレヴィーク家の質実剛健の家訓には続きがある。「借りは一命を投じて返すもの」というものだ。
ならば、借りは返さねばならぬ。
損得抜きで、チェルノボグはそう決めた。決めて、驚くほどに心が軽くなったことを自覚した。そう、きっと己はそれを望んでいた。強い者の傍で研鑽をつむこと、もっと強くなること、自由に羽ばたくことを。
ただ、剣士としての筋目や自由と引き換えに、一門の者たちの悲願についてどう捉えるか。陰になり日向になりチェルノボグを支えてくれた、大叔父や友人たち、母や姉や妹たちの行く末に一抹の心残りはあった。
だが、一門から反対の声は上がらなかった。なぜならばポレヴィーク家であったからだ。
チェルノボグは深夜、親しい者たちと水杯を交わして館を出た。そして黒い機士と出会ったのである。




