30:中央街区 大広場 機士:スヴェントヴィト(2)
スヴェントヴィトは見つめていた。カルマという名の少年が、アルマムベトから回答を受け、喜びに打ち震えている姿をただ見みつめていた。胸の奥が痛かった。かつての自分を見つめているかのよう。遠い日の記憶――少年は成功を夢見ている。勝利を、栄光を、輝くものを見ている――まさか、失敗や敗北や挫折なぞを見てはいまい、予想はしていまい。いや万が一、多少の失敗などを想像したとして、失敗というものがどれほどの辛苦を伴うものかなど、敗北にどれほどの屈辱や汚泥を含むものかなぞ、想像出来いるはずもない。
スヴェントヴィトは甘い痛みを胸に感じ、そして少年は輝いていた。
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スヴェントヴィトは誰よりも早くに、中央街区の大広場に到着していた。それこそ早朝とはとても呼べない闇の真っただ中である夜半から待機していたのだ。深夜に愛機たる黒い大鎧<ストリボグ>と共に広場に到着すると、機体を「片膝立ち、片手の拳を地面に当てる」という駐機姿勢を取らせて操縦席から滑り居り、あとは愛機の背嚢から小さな簡易テントを取り出し、寝台としても利用できる組み立て椅子と共に組み立て、あらかじめ焚火で炙って用意していた温石を厚めの布袋から取り出して、それを抱えて行軍用外套にくるまった。春も終わりかけているとはいえ、大陸内陸部であり、大陸で随一の山間部に位置するこの街の夜は冷える。
義妹のルサールカについては、少し離れた広場の端にて待機させた。自身同様に温石を持たせてある。相互に相手へ目配りし、その安全を確保する――とルサールカには言い含めたが、要はスヴェントヴィトは危険に対する囮、ルサールカは安全確保の後方要員だった。当然スヴェントヴィトと同じくらいに場数を踏んでいるルサールカがそれに気が付かぬわけがない。だが聞き分けの良い義妹は、一瞬の咎める視線を送る以外は、素直にそれに従ってくれたのだった。
スヴェントヴィトの本来の望みならば、武闘大会にてアルマムベトと直接対決し、その武でもって相手を打ち破ったうえでこちらの申し出を飲ませることだった。だが、スヴェントヴィトはが武闘大会の登録に出向いたところ、予想していなかったことに、ヌワコット市民でなく、ヌワコット市民からの推挙を持たないスヴェントヴィトに参加資格は無いと言う回答だった。大いに慌て、困惑し、自身としては最大限のあの手この手を用いて参加を試みた。が、まあ、そもそもそういった搦め手については生来苦手なスヴェントヴィトである、結局参加することが出来なかった。
そろそろ2年になる。追いかけ続けたアルマムベトを、やっと追いつめた。今までは常にその後ろ姿や、立ち去った後での噂話でしか接触できなかった白砂の大鎧乗りアルマムベトにやっと追いついたのだ。直接対峙し、声をかけ、あの男の罪を償わせなければいけない。首根っこをひっつかんで、副団長の元へ、我が団員たちの元へ連れて行かなければならない。遥か遥か西方にて、いまかいまかとスヴェントヴィトの帰還を待っている「ストリーボグ鉄鎖団」の皆のものとへ戻らねばならない。夜になる度に思う決意を胸に、スヴェントヴィトは待機した。今宵、明日の朝が勝負時だ。
やがて明け方近く、まだいくばくか青さを持つ宵闇が残る時分に大鎧の脚音が近づいてきた。スヴェントヴィトはすぐさま機体の操縦席に乗り込むと、相手を待った。すると近づいてきたのは、白い大鎧<ペルン>ではなく蒼い大鎧<セマルグル>であった。冷静に考えてみれば稼働音に違いはあった。己の先入観と、願望の強さに小さく舌打ちをしながらスヴェントヴィトは待機した。何にせよ大鎧なのである。スヴェントヴィトは自然体を保ちながら警戒することは止めなかった。やがて薄暗闇の向こうから、青い朝靄の向こうの、すっきりとした輪郭の<セマルグル>から「声」が届いた。
「貴公も先遣隊に参加を望んで参られたのか」
若い男の声であった。武芸を嗜む武人の声であった。もっとも大鎧を操る者だ、武人で無いはずがない。しかし若々しい声ながら、ずっしりと腹に響く声であった。「軽やかで女性のような声だ」と仲間内から評されるスヴェントヴィトにとって僅かながら劣等感を刺激される声であった。セマルグルの機乗者は声を重ねてきた。
「――違うのか? 朝になればここには先遣隊参加希望者が集う。もし違うのであれば、勇士が集まり出す前にここから立ち去った方が良いと思われるが」
「参加を希望する者だ」
あまりに親切な物言いにスヴェントヴィトは返答をした。別に相手を困惑させ続ける必要はない。ただ――2人きりでアルマムベトと対峙できる機会を一つ失ったのは痛かった。アルマムベトの事ならば、かなり早い時間から集合地点に来るはずと予測していたのだ。故に二人きりで用件を伝えることが出来る筈だと思っていたのだ。
「私が一番乗りだと思っていたのだが、先を越されてしまったか」
セマルグルの機乗者はそう言うと軽やかに笑った。気持ちの良い笑い声であった。そうして笑い声が治まるとそのまま気安く声を重ねてきた。
「そうなると貴公は先達という事になるのだろうか? 私の名は『チェルノボグ』、この機体は<セマルグル>だ。つい先だって、ヌワコットの女王『ジルニトラ』陛下より賜った。……いや、受領は代行者である女官長『ヤリーロ』殿からだったな。どうにも締まらぬ名乗りになるが、一昨日に受領したばかりの機体であるが故に機体も私も若輩ですらある。先を行く勇士であれば、ぜひよろしくお願いしたい」
なんとも屈託が無く語りかけられた。返答に窮していると再度声がかかる。
「私は機会に恵まれ、幼少期の折りに幾度か機乗したことはあったのだが、正式に操ったのは2日前。一人前の機体乗りとなる為の機乗時間は到底たりておらぬ。だがそれでも、先遣隊へは是が非でも参加せねばと無理を押して頼みに来たのだ。意気込みだけでも見せねばならんと一番乗りを気取ったら貴公がいた、2番手とはこれまた締まらぬ話だ」
そう言いながら声音がずいぶんと朗らかであった。まだ完熟していない機体とはいえ、その機乗者の雰囲気を十全に染み出すのが機体である。重厚な、武芸者の雰囲気を纏いながら、何かにの呪縛から解き放たれたような軽やかで身の上を語り出してきた。スヴェントヴィトにとって正直この手の人懐っこさは苦手であった。しかし
「貴公の名を教えてほしい、そしてその機体の名も――見事な勲を刻んできたと見える」
と語りかけられ、かつ一拍置いて「構わなければ、であるが」と、そこで初めて軽やかな声に遠慮がちな色が混じれば居心地悪さは限界であった。
「『スヴェントヴィト』だ。機体名は――」
答えるべきか、さすがに躊躇われた。言葉に詰まる。すると
「スヴェントヴィト殿、ぶしつけな願いを向けた。機体名や経歴は戦働きでの所作に通じる、無理を言ったのはこちらだ、返答は求めぬ――」
「――<ストリボグ>だ。かつて、ストリーボグ鉄鎖団に所属していた」
相手の言葉を遮り、返答していた。相手は経歴、機乗時間、機体総稼働時間に至るまでの全ての情報を伝えて礼を取ってきたのだ。こちらだけが身の上や愛機の情報を隠匿するのは礼に反している。もちろん、これはひとつの賭けでもある。新人と古強者では、その情報そのものに重さの意味が違う。相手が口軽い、軽薄な機体乗りであれば、損をするのは一方的なこちらとなる。思わず自身の安易さに、脳裏で罵倒を上げる。しかしスヴェントヴィトは、どうにもこのチェルノボグと名乗る機体乗りを嫌いになれなかった。もちろん武芸大会での、あの雄姿、潔さを観客席から見せつけられていたせいもある。が、何より、この男の軽やかで明るい声が気に入ったのだった。
「なんと! ではこれが名高い傭兵団『黒鉄鎖の機体』であるのか!」
「私の機体は『2段目』とした写しだ、だから団の中でも上級機とは言えない」
「この均整のとれた姿でありながら『写し』であるのか! しかも2段目の! となれば黒鉄鎖の団長が操られる旗機となれば、それは勇壮なのであろうな。それにしてもよく育てられた機体にお見受けする」
「私の前に7~8年ほどの機乗時間があったと聞いている。私が引き継いであと少しで10年になる。だからまだ伸び盛りと言っていい」
言わなくていい情報まで吐いていると思った。そして少し見栄を張っていた。スヴェントヴィトはこの機体に乗ってからまだ7年しか経過していない。確かにもう少ししたら10年は経過しようが――。
「おお、機体は稼働して30年目から50年目がもっともよく動くと聞く。いや、名品であれば100年200年目こそが最上だとも。もちろんしかるべき腕前の機体乗りが育ててこそではあるが――いや、先達に今更な話であるな。私もスヴェントヴィト殿に負けぬよう、愛機を鍛え上げようぞ!」
チェルノボグの朗らかな声は、広場の中央で語り合うスヴェントヴィトのみならず、その隅まで、もう一機の<ストリボグ>に機乗する娘にまで届いていた。彼女の怜悧ともいえる顔が柔らかく微笑み
「義兄さんが珍しいこと」
と独り言ちた。




