29:中央街区 大広場 機体整備職人見習い:カルマ(7)
息を弾ませた少年はヌワコットの中央広場に駆け込んだ。朝靄はまだ厚く、視界は開かない。そんな目の前に大きな大きな人影が3つ見えた。見上げるほどに巨大それは大鎧のものだ。駆ける速度を落し少年は傍に寄った。中央に駐機してあるのはアルマムベトの<ペルン>だった。変わらぬ白砂のごとき色彩の大鎧。だが、装甲の割れや傷は全て親方とカルマの手により修繕され、交換された。砂色の中でたったひとつの差し色、飾りものとして小さな肩垂れの布が架かっている。マロース工房を示す旗模様だった。昨夜遅く、全ての行程を終えてから親方と括りつけたせめてもの餞別であった。そんな素朴で飾り気のないペルンに侍るように駐機しているのは存在感のある2機の大鎧。
ひとつはヌワコット市民にとっては見慣れた、きれいな碧い色の<セマルグル>、しかもそれは新品ピカピカの傷ひとつない「今期もの」であった。その鏡面のように輝く鎧の色鮮やかさはやはり目を惹きつけられる。そして残るひとつは見たことのない<黒い大鎧>だった。四肢に特徴は少ない平均的な中型機種、装甲に浮かんだ細かい傷や、一部色の深みが違う装甲ということは何度か戦場に出て装甲板を一部づつ交換修理した証。古強者の貫禄が浮かび始めた、と言ったところか。そして実用重視向けの各所装甲板に一部だけ見える飾り。肩当に釣り下げられた「黒い鎖の切れ端」があった。一部の大鎧には鎖鎧を関節各部で覆うモノもある。巨人の弱点ともいえる関節部を保護するためのモノではあるが、重量が増すこと、その鎖鎧自体が千切れたり歪んだりすると、逆に関節部に挟まり「より間接を痛める」ことにも繋がるので一長一短だしかしこの黒い大鎧はそういった「関節保護」と違った位置にその鎖を付けている気がする。
少年らしい好奇心と、鎧修復職人見習いに相応しい観察眼でカルマはゆっくりと3体の大鎧を観察する。そして広場の片隅に、その3体から離れたところでその黒い大鎧と良く似通った特徴を持つ黒い機体をもう1体見つけた。その大鎧もの駐機姿勢で待機している。カルマはそれら大きく力強い大鎧に魅入られたように視線を外すことなく3体の大鎧に歩み寄る。
「来やがったか」
「来てくれたか」
カルマが大鎧に気を取られていると、2つの大人の声が同時に語りかけてきた。ひとつはもう何年も聞いているマロース親方のもので、もうひとつはここ数日の間に慣れ親しんだアルマムベトのものだった。2人は<ペルン>の傍らに立っていた。カルマは息を整える間も惜しんで返答した。
「来ました!」
咳き込みそうになる息を必死に抑えてカルマは叫んだ。
「僕も先遣隊として連れて行ってください!」
☆☆☆☆☆
カルマは昨夜のうちに親方に申し出て、先遣隊への志願許可を取り付けていた。アルマムベトが向かう限り、機体が移動し、長期間の継続戦闘が行われる。つまり日々の整備が必要になるという事だ。従軍整備士として、見習いながら参列するのだ。親方が「本来なら儂が行きたいところなんだが…」と言うほどだったのだから、カルマの申し出に対して親方は簡単に許可をくれた。「いねぇ間の給金は払えねぇぞ、そこは兵士の日当で賄ってもらいな」そんな憎まれ口の後「ただな、怪我だけはするな、五体満足で帰ってこい、やばくなったら逃げろ。それが約束できるなら……あとはアルマムベト、奴っこさんの承諾だけだ」といって背中を叩いてくれた。そしてもういちど、ぎろりと視線を向けると「命と身体を大事にしろ、分かったな」と言ってくれたのだった。
☆☆☆☆☆
「頼りにしている、よろしく頼む」
事前に全てマロース親方が話してくれていたのだろう。アルマムベトはカルマの姿を見て、その決意を聞くと、小さく微笑みカルマに伝えた。カルマは胸が熱くなる。視線がアルマムベトから離れない。
頬に風を感じた。
ヌワコットの中央市場に風が流れ込んだ。駐機する4体の大鎧から朝靄が千切れ流れ出す。周囲に明るい陽光が差し込む。朝露を浮かべた綺麗に磨かれた装甲板が光を反射しきらきらと輝いた。目に刺さるようなその刺激を受けながら、カルマは心地よい風を感じた。
初夏の風だった。




