37:城塞都市ナイニタル ムグール軍列、機士:バッルバン
「ええい、このポンコツめ!」
バッルバンは機体の操縦槽内で声を張り上げた。足を振り抜き激しく操縦槽の壁を蹴り上げる。きしぎしと不満そうに、引っ掛かりのある動作を行っていた機体が心もち滑らかに動き出す。これで良い、機体も馬も扱いは一緒だ。甘い態度で接するとすぐに手を抜く奴隷女のようなもの、厳しく接するのが一番だ。
バッルバンは、ムグールに封土を持つ豪族であり、機士である。親子二代に渡って機乗する大鎧<ラークシャサ>を駆り、ムグール軍の先鋒として敵を排除するのを役割とする戦士階級の徒である。
「気を抜くな! 動け!」
バッルバンの機体は、昨日肩に受けた傷のせいか今朝はまた一段と機体の反応が鈍かった。動作をする度に機体は不調を訴え、ぎくしゃくとした動きを見せる。何度も蹴り上げを要した。
ナイニタル攻略の手順は「機体は、横一列にて戦列を構築し接敵。ナイニタルの投石等の一斉射を大盾にて受け止め、その後に一気に距離を詰めて街壁及び敵へ接敵し打撃を与える」というものだ。ここ5日間、この攻撃手法で攻め立てている。正直なところ、戦列兵として経験のないバッルバンにとって、このような街攻めのような大仕事は大いにビビりながらの戦闘となった。いままでの経験は、山岳部を根城にした山賊退治や、街道を狩場にする盗賊掃討ぐらいなものだったのだ。それも自領や、近郊豪族の封土を舞台としたものばかり。それは小規模で、気ままで、斥候や側仕えが周囲索敵を十分に補助してくれている戦場であった。ゆえに今回のような、大鎧が先陣を切る、大がかりな戦は初体験で、遠征軍に声がかかった時は驚きと共に尻込みもした。しかしバッルバンは戦士である。上位者の要請を断ることなぞ出来ない。
まあしかし、及び腰ながら従軍でも、蓋を開けて見れば初日から今日まで味方機の損失は1機もなかった。街壁を乗り越えることは叶わないものの、敵の攻撃を十全に退け続け、敵の反応は日に日に弱く、散漫になっているようにも感じられた。もちろんムグール側の機体にも傷は出来る。装甲の痛みに、動作不良個所の発生、遠征故に完調稼働状況なぞ望むべくも無く、日に日に不調を訴える声は大きくなっていた。が、兵站要員として工兵や機体整備職人を多く揃えられていたムグール遠征軍では、まだ限界には1歩2歩の余裕があった。
そもそも連日戦闘による不調な部隊同士のぶつかり合いとなれば、いずれ破たんするのは数が少ない方である。故に大軍ムグールの勝利は揺るがない。安心できていた。
だが昨日、バッルバンはかなり手痛い一撃を受けた。驚き、焦り、そして悔やんだ。不運である。「ムグール、初の大破」という不名誉な役割を担わされるところだった。が、なんとか本陣まで下がることが出来、従僕たちを不眠不休で働かせることで、なんとか今朝の戦列復帰に間に合わせた。
戦列から一番最初の離脱というものは、やはり「戦士階級」の者にとって不名誉だ。とても重い。そして何より『失機者』のような汚名なぞは想像もしたくはない。そして今回の遠征軍を束ねる「ドヴィジャ」将軍に、その類の印象で覚えられたくはなかった。何しろ将軍はムグールの第一王子の妃、『第二皇妃の兄』にあらせられる。外戚王族として、王位禅譲の後には第一皇妃の親族と共に、大いに権力を握ることだろう。是が非でも食い込みたい縁である。
しかしバッルバンの思いとは裏腹に、やはり機体の不調は深刻であった。動きが鈍い。故に戦列から少し、半歩、1歩、2歩と歩みが遅れた。これでは左右僚機から、配下の獣機乗りたちから、後々どのように評されるか分かったものではない。「臆病風に吹かれた」なぞという風聞が流れようものならバッルバンの宮殿内での立場は無くなる。不興を買えば機体を召し上げられ、ただの一戦士に落とされかねない。ここでもやはり失機者の危機は生まれるのである。
「動かんか!」
バッルバンがもう何度目か数えることも出来なくなる程に足を蹴り上げた時、激しく大きな音が上がった。衝撃音と地鳴り。気を逸らしているうちに投石が来ていたのだ。大盾を、どうにも上がりきらぬ腕で支えていたバッルバンは首をすくめた。しかし、自機への衝撃は一切来なかった。昨日まで、投石は攻め立てる機体全てに「均等に飛ばされて」きていた。最低1回、岩を受け止め耐える必要があったのだが――。
(なんと幸運なこと)
そうバッルバンが感じた時であった。
(いや、敵もついに岩が尽きたのかもしれん)
そうバッルバンが舌舐めずりした時、バッルバンの左側で倒壊音がした。僚機が、先ほどまで遅れまじと目標にしていた僚機が岩に潰され倒れ臥していた。バッルバンの機体の同型機、強く逞しく厚く丈夫な装甲をもつ<ラークシャサ>が、その装甲のあちらこちらを陥没させ、割られ、倒れ伏している。機体は――機士は? バッルバンは恐怖した。背筋が冷え、嫌な汗がどっと吹き出し、喉がぐびりと鳴った。一瞬の硬直、しかしすぐに機体伝声網を通じ、バッルバンの耳の下、耳小骨を通じて声がかかった。
「突撃!」
戦列指揮官たる部隊長の声であった。そうだ、そうだ、突撃だ。指揮が下りたら従わなければ。重たい盾から手を放し、一気に壁へ――その瞬間、バッルバンの身体に再度激しく何かを打ち付ける音がぶつけられた。そして振動、大音響。バッルバンの視界の右側に、今度は矢に貫かれて倒れ伏した僚機を見た。
バッルバンが、今度こそ固まった。




