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23:中央街区 宮殿前練兵場 控室:チェルノボグ(2)

 武門の家に生まれた男児は、基本的に一族一家によって鍛えられる。幼少期においては祖父や父より読み書きを習い、剣を習い、乗馬を習う。男として、兵士として、兵長として、一門を統べる者としてといった様々な角度の、いずれ背負わねばならぬであろうありとあらゆる技術と心構え、そして責務を学ぶ。それは騎士としての技であり、規範であり、業であり、やがては機士としての生き方や誇りの伝承へと発展して繋がってゆく。

 一方、市井(しせい)からの生え抜きとして「最初に身を立てる者」ならば、学問所の師や地区の老師などから文字の手習いを受け、同時に剣や槍の名手の元へと通い技を習う「通い弟子」となり、そこで戦場における口承伝承や書物の読み聞かせなども受けるという形になる。

 しかし、本当に貧しく、受け継ぐべき歴史と資産をまったく持たない者が進むことになる形式は、そういった手習いを受ける余裕さえない。つまりはいきなりの「実戦現場」となるであろう、隊商護衛や傭兵稼業における雑役から始まる荒事人生――という形だ。


 おおよそ、市井の者が一気に機士になることは、それこそヌワコット数百年の歴史でも指折り数えるほどの「稀(まれ)」となる。まして建国当初ではなくここ数代においては皆無と行っても良い。そこにはあまりに多くの挫折や失敗や道を踏み外す要素、そもそも当初の出会いから有益なものを選べはしなかったというような、土地柄の不毛さ等々もある。何より――道半ば、志半ばで死する者がいるからだ。

 つまりは幼少期に見聞きし、胸躍らせるような、夢のような立身出世は生まれはしない。歴史上ないなどと言いはしないが、おそらく世間一般の人々の前では起きはしない。それ故に「夢物語」と呼ばれるのである。立身出世の物語とは、それほどの希少さでなければ具現しないのだ。


 故に、素地がある者は幸福である。その幸運に感謝すべきである。そこにどのような困難があろうとも、だ。


★★★★★


 控室に歓声が響く。


 しっかりした作りである兵舎の扉とはいえ、すぐ外は会場である。大勢が詰めかけ声援を送るその華やかな場ともなれば、感極まった観客たちの声が控え室まで貫くように届く。


 チェルノボグは武芸大会予選を事もなく通過し、本日の本戦に臨んでいた。

 一昨日と昨日の2日間で行われた予選試合、チェルノボグの第一戦で相対した相手は、同じ立場でヌワコットの守護を勤める騎士であった。

 といってもヌワコットには2百名の騎士がいる。顔を合わせたことはあるかもしれないが、同じ部隊に配属され、共に仕事をしなければほとんど面識を交わす機会はない。しかし試合前に顔を合わせてみると、相手は組み合わせの籤(くじ)表を見たときから決めていたのだろうか、4~5歳ほど年長と思われる向こうから「初回で貴公と当たるとは。怪我をする前で運が良かったというべきか、組み合わせ番表の担当を恨むべきか」といった言葉を懸けられた。そして最後に「腕試しのつもりで臨ませてもらう、よろしく頼む」とまで言われてしまった。


 そういった言葉を懸けられたとて、2年越し3年越しで臨んだ武芸大会である。油断も、手を抜くことも、ありえはしない。万全の心体で応対した。騎士であるゆえにか相手の得物は槍であった。チェルノボグは得意とする剣である。広い会場を四つに区切り、その一つで行う予選。走り回るほどに広くはないが、間合いを作り出すのには十分すぎるほどに広い。その空間と雰囲気は野戦に近い。となれば遠くの間合いから攻撃できる槍がやや有利――しかしチェルノボグは相手の攻撃のことごとくを剣で打ち返した。十ほど撃ち込まれた斬撃をことごとく弾き返し、その次に来た斬撃の合間に身体を走らせると一気に懐に飛び込んだ。長柄の得物、相手の利き手を殺す角度、低い姿勢から剣を差し込む。剣の切っ先は相手の喉元に到達し、すぐに「――まいった」との声と共に、相手は槍を地面に落とした。そして対戦相手は「やはり敵わぬ、せめて貴公が優勝を飾ることで、優勝者に敗れたのだと言う事を誉れとしよう。しかし私は運が無い」と言い残し、笑って去って行った。


 第二戦の相手は、肉厚の蛮刀を持つ流れの傭兵だった。

 その相手は対戦前から血気盛んで気炎を吐き「ヌワコットの騎士が何様だというのだ、実戦ならコチラが上よ」と唾を飛ばしながら恫喝してきた。そのような輩と、まともに応対をする必要も感じなかったチェルノボクは、横目で相手を観察するだけに留めた。すると相手はなお言葉を重ね、チェルノボクを挑発し続けていたがやがては無為な行為と気づいたか「試合が楽しみだ!」とひと吠えしてその場を去っていった。


 その試合内容はというと、対戦相手は初手にて握り隠していた小石をチェルノボクに向かって弾き、足先で砂を蹴上げてからの剣戟であった。なかなかに意表を突く。されどこちらも素人ではない。夜盗や山賊などとの小競り合いや討伐などでそのような「汚れた剣」は経験済みである。鍔迫り合いで唾を吐きつけられると同時にこちらは力押しを行った。人は、息を吐いたその瞬間には力が出なくなるものだ。その呼吸を読み取ってチェルノボクは、もともとの修練の結果も重ねて一気に相手を押し込んだ。膝を屈し、背骨が曲がるような姿勢に押し込んでから最後に駄目押し、相手の体勢が崩れきったところから一撃を浴びさせる。試合ゆえにチェルノボクの剣は刃挽きをしているとはいえ、鋼の得物である。受け損ねた剣で対戦相手の傭兵は鎖骨を折ったか、蛮刀を取り落し、右腕をだらりと下げ、その場に昏倒した。


 控室に歓声が響く。


 この控えの間の扉をひとつ開けば、そこは武芸大会の本戦会場だ。本戦への出勝者は僅か8名。予選においては3戦目以降も全て危なげなく突破をしたが、いざ本戦ともなると流石に手練ればかりが残るものだ。数刻前の、先ほど行われた、チェルノボクが出た本戦第1戦では、開始の合図とともににらみ合いと太刀筋の読みあいだけでかなりの時間を要した。剣気を読む者同士の、なかなかの力量を持つ者が相手となったからだ。

 実力者同士ゆえの、見えない攻防の熱さ――。もっとも見物人にその意味を見いだせたであろうか。はたして観客の何人がそれを感じ取ったことだろうか。


 対戦相手はヌワコット住民の間の評判も名高い、実力派の壮年騎士であった。チェルノボク自身、その高名さは耳にしていたが、あいにくこちらは砦勤めの若手であり、相手は壮年で名の知れたヌワコット勤め。いままで縁もなく、手合わせを望める伝手も無く、互いに初顔合わせとなる相手であった。故に、互いの構え、位置取り、切っ先、つま先、呼気に至るまで読みあい、そして何より全体の姿から検知できる剣気を読む必要があった。そして、実際での剣あわせはわずか2合となった。

 事前の読みで、剣速においてこちらに十分な勝機があると判断した故での結果であった。一気呵成に剣を振るい、合わせた瞬間の返す刀で相手の剣を横から打ち据え剣を弾き飛ばした。一瞬の交合。そのような試合は観客受けは悪かったろう。試合が合わった直後の数呼吸、誰も彼もが何が起きていたのか理解が出来無い様子のざわめきが起きた。試合の号令係である審判が発声し、そして対戦相手からの「――負けだ」との声でやっと観客から拍手を頂戴した仕合いであった。


 いま外で響き渡る大歓声は、先ほどから幾度と届いた激しい剣戟の結果であろう。そしておそらく、いよいよ雌雄が決しようとしているに違いない。この試合が終わば次はチェルノボクの番である。本戦6試合目、チェルノボクにとっては本戦第2戦目、しかし既にここでもう準決勝だ。昨日と一昨日での疲れは、ない。先ほどの試合での疲れも、ない。いまだ体力気力も充分である。この体力と回復力は若いチェルノボクゆえの長所とも言える。先ほどの壮年騎士は明らかに疲労していた。3日に渡る武芸大会では、誰も彼もが少なからぬ手傷を負い、少なからぬ疲れを残しながら次の試合に挑み続けることになるのだ。


 今季、生み出された大鎧「セマルグル」は3体。となればこの試合が分水嶺。何が何でも勝たねばならぬ。いや、ポレヴィーク家再興を考えるならば優勝以外はありえぬのであった。ただの一敗であっても許されぬ。チェルノボクの額に一筋の汗が流れる。


 控室に一層大きな歓声が轟いた。

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