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22:中央街区 宮殿前練兵場 控室:チェルノボグ(1)

 チェルノボグはヌワコットで武勇を轟かせるかせる名家出身の若手機士だ。今年で19才という若輩ながら、剣を持たせればヌワコット随一との評判もある。実戦実務などの経歴ならばまだまだ機士団長と騎士隊長の足元にも及ばないが、もし剣によって一対一で対峙したならばヌワコットの双璧たる彼らでも、その勝負の結果は怪しいものになるというのが武で身を立てようという者たちの間での評価だった。

 チェルノボグは大柄な骨格を持ち、鍛え抜かれた肉体は精悍、その筋肉は若獅子のように研ぎ澄まされている。威風堂々たる将としての余裕ならば年長者に分はあろう。実戦での働きもまだ上かもしれぬ、しかし仕合などで対峙するというならば、その若さと筋力、素早さと意気軒昂さによって、今まさに伸び盛りといえる新進気鋭の若獅子に古強者ベテランが縊り倒されることも大いにあり得る。チェルノボグはそういった評価を得るほどに研ぎ澄まされた切っ先を示す剣の名手であり、騎士であり、そして――失機者であった。


★★★★★


 チェルノボグの出身であるポレヴィークは武門の名家だ。父も、祖父も、曾祖父も、その前も、ずっとずっと前から一族の男たちはヌワコットを守護する剣となり盾となり戦ってきた。その歴史と、戦場における武勇により曽祖父は機体――ヌワコットの誇りたる大鎧「セマルグル」を賜る栄誉を得た。祖父においても若かりし頃において同様の実績を示し、また武芸大会で優勝したことで同様の名誉を授けられ、ポレヴィーク家は一時2機のセマルグルを有する名実ともに武芸で名をはせる名家となった。そして父が生まれ、父もまた機士としての素養を立派に示したことで、老いた曽祖父からその生涯を終える際に大鎧を譲り受けた。まだ年若かった父は一族の柱となる家紋入りの大鎧を駆り、数多くの剣戟の戦場を駆け、一門の存在を示し続けた。


 そのポレヴィーク家に暗雲が垂れ込めたのはチェルノボグが12歳になったばかりの頃。

 ヌワコットの民が言うとおり、チェルノボグの目から見ても、祖父も、父も、立派な機士であった。そしてヌワコットの民が陰でこっそり語るとおり、父は祖父ほどに腕は立たなかった。祖父はといえば兵役については巌のごとく、戦に出れば強力無双、武芸大会で優勝を飾り、やがてはセマルグルを賜った勇士。そのような者と比べるのがそもそも間違いかもしれぬ。しかし祖父は同様の評価と実績を示した曽祖父に従い、連なってその評価を得た。だが父は――立派で、雄々しく逞しく、何より優しい父であった。チェルノボグは、決して人前でそれを語りはしないが祖父より父のことが好きだった。尊敬していた。父の大きく暖かな手で、何度この頭を撫でられたことか。

 ヌワコット随一の武門。騎士の、機士の名家を継ぐ者として、父はやや優しすぎる気質だったかもしれぬ。確かに父の実力は神懸かりとは言えない腕前だったかもしれぬ。それでも一級の腕であったことは確かであり、武人として己を律し、敵を前にして臆することなぞなかった。だが日常においては、やはり生来の穏やかな気質が前に出てくる人ではあった。剣鬼と呼ばれるほどに人を退ける祖父とは違い、父はチェルノボグに課した日課たる激しい修練と稽古の合間に、打撲に打撲を重ねて青黒くなったチェルノボグの腕や脚をさすってくれた。「すまんな――」自ら訓練を課しながら、自ら謝るその姿を人は矛盾していると言うかもしれぬ。武人として完成していないと言うかもしれぬ。だがチェルノボグは、決して口にはしないがその姿を喜ばしく、嬉しく、頼もしく思ったものだった。「痛くはありませぬ、私の精進が足りぬのです」武門の頭首一家に生まれた少年らしさをもって、愚直さと意気込みさで、いつもチェルノボグは謝る父にそう言った。言いながら父の手を払うことは決してなかった。できることなら、かなうなら、いま少し父にその赤黒くなった傷を温めてほしかったから。


 その父は戦で死んだ。父とともに戦場に立った祖父も死んだ。そしてポレヴィーク家2機の大鎧もその時に死んだのである。

 戦そのものはひとまず勝ち戦だった。少なくともヌワコットではそう伝えられ歴史に記された。攻め込まれ、落城同然だった同盟都市を見事奪還、敵国を押し返した。雄々しく戦った勇士に対し、侮蔑の言葉を投げかけるような不遜な者はヌワコットにはいない。だが――その後、ポレヴィーク家の歴史に暗雲が垂れ込める。


 一族を総べる家長が死に、跡取りたる息子も死に、まだ12歳になったばかりの少年が残された。一族の縁者で主だった男たちも従僕として戦場に赴いていていた。セマルグルに侍り従い激戦区に乗り込みことごとく討ち死にした。わずかに生き残った者の多くは不具者となっていた。

 彼らを支え総べねばならない。

 郎党として祖父や父を支えてくれた者たちのその後を、彼らが残した家族を、今度は自身が、党首を継いだ己が支えねばならない。しかしその決意はあれどまだ幼い少年に何ができると、できたと言えようか。故に片腕を失い片足を潰した大伯父が、その傷から壊死に至るまで奔走し一族を支えた。両目と鼻が潰れた叔父が、泥濘に何度も倒れ汚れながら奔走した。母も姉も、決して弱音も泣き言も吐かなかった。そうした中でチェルノボグは己を律した。あらゆる感情を押し殺し、少しでも強く、一時でも早く大人になるためそれこそ必死になって修練に挑んだ。もう赤黒く腫れ上がった傷を温めてくれる大きな手はない。ただその記憶が、その感覚だけ残るだけ。だが、だからこそ鍛えた。鍛えることができた。父の残したポレヴィーク家を侮辱させはしまいと剣を振るい、駆けた。朝とも言えぬ暗闇の早朝に寝所から飛び出し、朝もやへと変わるその境目まで、庭に駆け込みただひたすらに木剣を、歯挽きの剣を振るった。庭木のことごとくがその樹皮を剥がされ、やがては朽ちていくほどに振るい続けた。

 やがて手足が十分に伸びる頃になると、チェルノボグは己が剣を研ぎ澄ますためあらゆる道場に通った。あらゆる技を見聞きし、あらゆる剛の者と対峙するためにならばと遠方にも赴いた。あらゆる伝手を使って武門、名家との交流を結び、試合や手合せに同席参加し、剣の名手の持つその全てを学ぼうとした。それこそ寝る間と食事、そして糞をひりだす時間以外の全てを剣に費やしたと言える。名人、偉人、腕が立つと呼ばれる者たちの体捌き、剣の運びを見た、体で受けた。そして屋敷に戻り一人になると、夜の暗闇の中、何もない虚空に見つめてきた名人の姿を目前に浮かび上がらせ、呼吸を整え、隙を見出し、素早く剣を奔らせる鍛錬を行った。やがては詰め将棋のごとく、剣の運びを考えるようになり、やがてそれは無意識化によって行なうことができるようにと己の意識を改革していった。一瞬の予感に晒されれば剣筋を変え、豪の剣から速さの剣へと変化させ、疾風から怒涛へと切り替え、速さから豪へと変化させる。そのような鍛錬を何度も何度も繰り返した。


 やがてチェルノボグに賞賛の声が向けられる。「さすがはポレヴィーク」「曽祖父と祖父の血を引く者」と呼ばれるほどになった。そしてそれゆえに父の名は日陰になった。しかし、誰もが褒め称えるその自分自身が最も敬愛するのは父だ。誰もが口に出さない父だ。父に教わった技、父への想い、父の暖かい手の記憶ゆえに自身の剣が閃くのならば、己が自身だけは理解できる。父こそ最高の剣士。父こそ至高の機士。父だからこそあの負け戦をひっくり返し得たのだとチェルノボグは信じた。声もなく、言葉もなく、ただ心でのみ信じた。


 チェルノボグは己に機体適性があることを幼少期において既に確認していた。ならばあとは実績を積み重ね、戦場で勲功を重ね、祖父や曽祖父のように武道大会の優勝をもって栄誉ある機体を賜る。そうしてポレヴィーク家の栄光をいまひとたび勝ち取る。そうすることによって父の名誉は回復される。我が父こそがポレヴィーク家の中興を支えたのだと言い切れる、それまでは――父の顔は思い出すまいと決めた。その手の暖かさだけを胸に秘め、ただ強さを求め進む日々を過ごした。


 17才になった時、既にその剣才は際立ち「今年の優勝候補」と呼ばれた。しかし大会の1週間前に、兵役で落石事故に巻き込まれた同僚を救った際、利き腕に怪我を負ったが故にその年の大会への参加は断念せざる得なかった。


 18才になった時、兵役で詰めていた砦周辺にて俄かに山賊の活動が活性化した。賊の操る獣機によって近隣の村々が襲撃された報告により、同僚たちと馬で駆けつけ、弓で槍で剣でと戦った。3日に渡る激戦によって山賊の根城を攻略し終わった時、既に武芸大会の出場には間に合わないことを知った。


 今年こそと満を持しての参加であった。一族の者が総出でチェルノボグの休暇を願い出た。大会の1週前より詰めている砦へ一族の者が交代勤務に入ってくれた。共に激戦を潜り抜けた砦の同僚たちからは「晴れ姿を見に行くことが出来ず残念だ。しかしお前ならば、間違いなく優勝の栄を勝ち取ること疑いなし」との激励を受けた。ゆえに大手を振っての里帰りとなった。怪我や事故に十分に注意を払い、チェルノボグはヌワコットに帰還した。そして予選のことごとくで上位成績を納めたのである。

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