19:中央街区 旅籠屋、機士:スヴェントヴィト(1)
黒ずくめの機乗服に身を包んだスヴェントヴィトは、冷めてゆくスープ皿を見つめながら思い悩んでいた。
まだ二十歳になったばかりのスヴェントヴィトの首元や頤はシャープで、生真面目さをそのまま表現したかのような涼しげな表情は、その仕草からその素養を一層際立たせ、思いつめた表情を硬質化させていた。他人から見れば「苦悩」という題名をそのまま付けた、一つの彫像のようにすら見えたことだろう。そしてその当人のスヴェントヴィトは、ただひたすら思考の中にいた。
目的の人物にようやく追いついた、追いついたというのにその接触方法でこのように悩む羽目になるとは思いもよらなかった。もっと簡単に事が済むと思って――期待していたのだ。
瞳には思いつめた色が浮かぶ。スヴェントヴィトの傍らには彼より一つ年下のルーサルカが同じような瞳で座している。ただしルーサルカが見ているのはスープ皿ではなく、スヴェントヴィトだった。水玉のような瞳で、彼女は黙ってただスヴェントヴィトを見つめている。スヴェントヴィトは気づかない。
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スヴェントヴィトは細い身体つきの機体乗りだ。機乗服とも呼ばれる衝撃吸収用の布地を当てた、首元を固定する上着に腰と尻と膝と補強した筒袴の下の肉体はまるで縄を編んだような捩れた筋肉が浮かんでいる。脂肪の付きが薄く、骨格も華奢な体つきは機体乗りとしては一長一短だ。太っていることは短所となるので鍛えられた痩身と言うのは長所だ、しかし華奢な骨格は機体転倒時や激しい動作をする際には操縦者の肉体が耐えきれないと言うことにも繋がるので長所ではない。少なくとも幼少期の育ちによる骨格の細さは彼の密かな劣等感に繋がっていた。彫刻のように美しい青年との評価、街娘たちからの過度の視線、それらは彼にとって嬉しいものではなかった。彼はただひたすらに戦士としての評価のみを望んでいた。荒々しいまでに強さを感じるような、そのような頑健な肉体に焦がれていた。
しかしそのような密かな短所を抱いていたとしても、スヴェントヴィトは「ストリーボグ鉄鎖団」という傭兵機士団に所属している一流の機体乗りだ。ただ対外的には「していた」という過去形になるが。だがしかしスヴェントヴィト本人も、団員の全てが、スヴェントヴィトはいまだに団員であると信じている、はずである。
ストリーボグ鉄鎖団は強固な精神的繋がりを持つ傭兵集団だ。その辺によくいる与太者の集まりの傭兵隊とは訳が違う。団員は皆、お互いを「兄弟」「姉妹」と呼び合い、一つの家族として戦闘から移動から生活までの全機能を補完している集団だ。所属する団員は、まずほとんどが困難な生い立ちの中から傭兵団へと到達し、縁を結んだ者たちばかり。ほぼ全員が戦乱や騒乱、山賊の襲撃や日照りなどで飢饉や飢餓を経験した結果、天涯孤独となったか、ほんの1人2人の幼い兄弟を連れての流浪の末に、死ぬ寸前の状況で行き倒れた所で入団した者たちばかりであった。
喪ったが故に縁故を求め、それが団を家族とする集団となった。
兄弟の序列については、強大にして絶対的な家長である団長を頭に、団への参加順にて決められる。それゆえに年下の兄や姉ができる場合もあるが、その後、技量と度量、団への貢献などを経て随時変更される。序列を整理するのは副団長の仕事である。もっとも妙に軽いノリの副団長は「それでも、第1位の長兄はオレで不動なんだけどな」とかいらぬことを発言し、第2位以下の兄弟姉妹たちから罵倒の言葉を投げつけられるのも仕事に入る。
団長を師とし、また父と崇める兄弟姉妹は、自らを拾い上げてくれた団長に対し、まず絶対的な忠節を誓う。裏切りは許されない。一度失ったモノだからこそ、その願いは神格化されたものとなった。少なくともスヴェントヴィトは知り得る団員全てがそうだった。ゆるぎない不動の忠節、信頼に足る兄弟たち、その結束の証が「鉄鎖」だ。どの兵士も必ず暗色の黒鉄鎖を身に付ける。機体ならば肩飾り、兵なら胸部に、小さく短くはあるが黒鉄鎖を身に付けて、この鉄鎖の先に見えない鎖が仲間と繋がっているのだと信じる。死しても黒鉄鎖が敵を縛り、その身を捕え、やがては仲間が打ち取りに行ってくれるのだと信じて――そうして、無敵無敗の傭兵団は完成した。ただの1度たりとて敗れることは無い、敗れたときは全滅する時だからだ。戦略的な撤退はしても、敗退は1度としてない、それが「ストリーボグ鉄鎖団」だ。
闘うことは慣れている。
スヴェントヴィトも例にもれず孤児だった。名も忘れた寒村、その年の冬を無事に超えられるかどうかも分からぬ収穫を、領主や盗賊に常に奪われてきた。そしてある年、不作に続く不作により、ついには人買いに売る娘すらなくした村民たちが、木の根にまで噛り付きながら餓死するような冬に彼は鉄鎖団に拾われた。3日3晩を衰弱による意識不明、その後10日間を寝たきりで過ごした。その間、彼を温めてくれたのは尊敬する団長であった。拾われた命を、信じられないほどに無条件に与えられた献身と安寧に対し、その対価を、この身で支払うことを決意した。
傭兵団とはいえ別に皆が皆、剣や槍を持ち戦う訳では無い。大所帯となれば給仕に補給担当、場合によっては子守要員もいる。しかしスヴェントヴィトは幼子の男の子らしさで剣を選んだ。まだ10歳に満たない子どもは、体力が回復すると同時に熱心に団の雑用をこなすと共に木の棒を振り出し始めた。やがてその一方的な熱意は認められ、木剣を与えられ、それが羽曳きの小剣となり、やがては古びた長剣を与えられ、そしてその身体素養から大鎧を与えられた。スヴェントヴィトは、やっと、やっと団に、団長に対して恩を返すことが出来ると張り切った。あらゆる戦場で、あらゆる闘いで剣を振るい、そして勝ってきた。序列はみるみる上がり「最初の5人」と呼ばれる兄姉たちのすぐ下の序列に至るほどまでとなった。
そして現在、ストリーボグ鉄鎖団は大鎧50余機、獣機10余機、騎兵200騎超を擁す大傭兵団となっている。そしてマナス国にて長期契約で団を丸ごと雇用されている状況だった。少なくともスヴェントヴィトが団員総出で見送られた1年ほど前まではそうだ。
かの者を追う――この仕事は重要にして重大であった。団の最重要となる事項であった。しかし、契約中故に全機全団での追撃することは叶わなかった。ゆえに秘密裏の選抜隊を、表向きは脱退という不名誉な評価となる選抜隊を組むことになった。その不名誉さにもかかわらず団員の誰も彼もが名乗りを上げた。あの副団長が、あの手この手の搦め手交えて四方八方丸く四角く言い含め、やっと10機の大鎧と20騎の騎兵の追撃隊を選出したのが1年前。
スヴェントヴィトはまだ20歳そこそこの若輩ではあったが、機体の腕ならば団長を別格としても団で3本の指に入るところまでこぎ着けていた。そしてその生真面目さも指折りであった。ゆえに追撃隊の副隊長としてここまで来た。やっと来た。隊長は結局、楼蘭で欠けた。
なればこそ、ヤツを逃すわけにはいかなかった。隊規に抵触したなれば、奴を捕らえるまで兄弟姉妹に顔向けは出来なかった。雇用主たるマナス王への顔向けから、団員は誰も彼もが追撃を願い出て、それが叶わなかったのだ。いまスヴェントヴィトの両肩には、全身全霊には、500余名を超える団員全ての願いが込められているのだ。
追撃を任された栄えある仲間たちはこの1年弱の間に1機欠け2騎欠けとついにはスヴェントヴィトとルーサルカの2人の機体乗りと機体だけが残ることとなった。しかし、しかしついに追いついたのだ! ここでヤツを――出なければ見送ってくれた兄弟たちに、欠けて行った姉妹たちに顔向けなどできまい。信頼には報いねばならぬ。何より、スヴェントヴィト自身がアルマムベトを捕えることを心の底より願っている。しかし――いまアルマムベトは妙に繋がりを深めた整備場の中にいる。今回の砦での働きでごくごく一部ではあるが職工や市民からの評判も上がっているようだ。機体の整備と、体調の回復のため、整備場から出てこないアルマムベトを捕えることは困難であるといえた。故に思い悩んでいる。接触する方法が思い浮かばないのだ。
本来、優男の風情の割に武張ったことしかできない質であった。口から先に生まれたかと思うほどに人を食った副団長ほどとは言わないが、せめて人並みに交渉事ができる質ならよかったが、それを得意とする追撃隊隊長はもういない。そしてルーサルカはスヴェントヴィト以上にこういった搦め手が苦手だ。何を考えているのかいまいち分からない妹なのだ。腕のほどは認めている、スヴェントヴィトも5本に1本は負かされるほどの腕前である彼女は、ストリーボグ鉄鎖団兄として自慢の妹だ。団でも彼女に敵うものは10人といなかった。しかし、このような事態にはまったくと言っていいほどに役に立たない。「スヴェントヴィトの思うとおりに――」それは彼女の口癖のようなものだ。それに自身は副隊長である。たった2人となった追撃隊ではあるが、隊長が不在となった今、隊の行動を決めるのは自らでなければならない。苦悩とともに額に汗が浮かぶ。
アルマムベトはこのヌワコットで春の武闘会に出場するのだという。
やはり、行かねばならぬ。
腕に自信はある。敵うかどうかはともかく、ひとかどの武人として恥ずかしくない技量はあり、機体も遜色はない。スヴェントヴィトは口元を引き締め、いま一度自らに問い直し、決めた。その横顔をルーサルカが見つめていた――。




