18:中央街区 酒房、石積み師:シチェク
シチェクは今年の春に17になったばかりの青年だ。背はひょろりと高く痩せており、ちょっととぼけた気合の抜けた顔立ちが場合によっては軽んじられる風がある、幼少期では近所の元気の良い悪ガキどもたちからからかわれたりも良くした。のんびりだらけたのっぽのシチェク、そのように囃し立てられた幼少期はちょっと悲しい。しかし2年前、市場の仲買人だった親父の手伝いを毛嫌いした結果、ちょっと勘当気味に、大方放置気味に、知り合いの石積み組合に叩きこまれてからシチェクは変わった。のっぽなのは変わらないが、貧相さが前面に出いていた体つきは引き締まり、二の腕は太くなり、足腰もしなやかに強靭になった。共同浴場などで上着を脱いだらよく分かる。そして猫背気味だった背筋は伸び、剽軽な顔立ちは人好きされる様が前面に出て来るようになった。表情が明るくなったのだ。いつもうつむき加減のいじめられっ子だったシチェクから、まあなんだ、ありていに言えばどこにでもいる楽天的でお調子者の青年になった。
親父の商売は長兄が継いでいるのでシチェクは気軽な次男としてこのまま石積みの世界で生きていこうと思っている。何にせよ職替えして再スタートを切ったばかり。職工としての修業開始にはやや出遅れ感もあるが、まだまだ若いし気軽な独り身、仕事を終えれば酒房で、休日の昼下がりならば市場で、気の合う仲間と呼べるような者たちとの交友も増えた。どうやらシチェクは算盤をはじいている近所の人種たちより、日々汗を流して埃まみれになっている職工たちとの方が気が合ったようだ。似たような職種の、似たように独り身な、同じように次男三男あたりのお気楽で自身の身体と才覚だけで身を立てようとする、ちょっと楽天的な連中と一緒になって遊ぶことの楽しみを、やっと知ったところだった。
今夜、シチェクは久々に仲間たちと会って酒を酌み交わす。2週間ぶりだ。だぶんいつもどおり、仲間が色目を使っているのか使われているのかカモにされているのかよく分からない、酒場の給仕娘の品定めなどをしたりしながら、ちょっと大声では言えない女遊びの場所での計画なども語ることになるのだろう。
だが、しかし、今夜のシチェクはちょっと違う。彼に2度目の変化が起きた。久方ぶりに会う仲間たち、彼らにちょっと聞かせたい話ができたのだ、聞かせたい身の上話が出来たのだ。そして聞いてもらいたい考えがある。シチェクは興奮気味に、足早に、夕闇が濃くなり始めた宵の口の広場を軽やかに歩く――。
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昨夜まで、十日と数日ばかりの間、シチェクはヌワコットを離れていた。シチェクはヌワコットの生まれだ。親父の商売は先だって語った通り市場の仲買人で、つまりシチェク一家はヌワコットから出ないまま過ごすことのできる、まあそこそこ恵まれた中産階級の一家といっていい。もっともその恵まれた環境を継ぐのは長兄な訳だが。それゆえシチョクは商売の手伝いに身が入らなかった、そう言えば言い訳になるか、ならないかもしれない。しかし何はともあれ今のシチェクは「石積み師」という仕事に充実感を感じている。
何しろ形に残る仕事と言うのが良い。仲買人は商品を右から左に流す仕事で、確かに交易都市ヌワコットでは花形に近い商売だろう。だがそれは形が残らない。なんとも虚しい。立派な貫禄を持つ親父、すこぶる頭の良い兄貴には決して言う事はできなかったが、なんだかそういった家業が、こすっからい盗みをやっているような気分になってしまうのがシチェクだった、だから家業に身が入らないかったし、交渉ごとでの押し出しも弱腰になっていた。いややはりそれは言い訳だったかもしれない。
だが言い訳にせよなんにせよ、石積みは違う。形がしっかり残る。きちんと残り、きちんと人の役に立っているモノが見える、その結果が充実感を与える。何より「残り続ける」という部分が良い。日々折々の時折にそれを見上げて「オレも立派に仕事がこなせたな」と感じ入ることが出来るのが良い。そして何より、仲間たちと一緒になって汗を流して組み上げるというのが特に良い。仲間たちが競争相手となる仲買人とはちょっと違う、いやだいぶ違う。それにシチェクは、自身の頭が良いほうだとはとても思えなかったが、ありがたいことに身体は頑健だったようで、日々しっかり汗を流して働くことは決して嫌いではなかったのだ。
皆で一緒になって積み上げた石壁が城壁が、きちんとそろってそびえたったものを見るとき「ああ、オレも立派な仕事をしたな、オレも立派な男だ」という感慨を、秘かに胸に抱くことが出来るというのは、なかなかに気持ちの良いことであったのだ。
そんなシチェクもまだ若い分類に入る、早々に見習い期間は終了したが、所帯を持つのはまだまだ早いと次男坊の気軽さで、年配者からのたまの心配の声などは「金が貯まったら、別嬪で気立ての良い娘さんでも紹介してもらうさ」と軽く流し、フラフラと日々仲間と遊ぶのを楽しんでいる。
だから今回の、2週間の砦補修作業の給金と手当についても、当初はぱーっと使うつもりだった。仕事に行く前に仲間たちには伝えていたのだ「いつもどおりの半月分の給金に、ヌワコット外での砦補修という特別手当があるのなら、手元の金はおよそ2倍!」という話をネタにして「ヌワコットに戻ってきたら、ちょっと豪遊しよう!」とか景気の良い話を振っていたのだ。見栄と気障が売りの若い連中だ、仲間内から誘いがあれば、どいつもこいつも「本日オレは金が無い」とは決して言わない。お互いがお互いの払いはきっちり受け持って、なけなしの給金をすっかりはたく勢いで、酒房に女給に娼館にと突撃する、気が良くノリが良く頭の軽い仲間たちなのだ。
だが今夜、その提案は反故になったことを仲間たちに伝えねばならない。今回の金は別に使う事に決めたのだ。仲間たちはきっと残念がるだろう、でもチョットほっともするだろう。たぶんそう、いつだって誰か一人が景気のいいことを言ったら皆で勢ぞろいで付き合っている。それが続くともう仲間内の懐はすってんてん。もう17だ、そろそろそんな乱痴気騒ぎにも「抑え役」が必要な気が、していた。そして今回の仕事では腰を抜かしそうになることが起きたのだ。その土産話とその時感じたこと、そして今後の計画を、ぜひとも仲間たちには聞いてもらいたい。きっと仲間たちは身を乗り出して聞いてくれるだろう。
――いや、どうだろう。仲間たちはオレを批判するかもしれない「約束を反故にするのか」「せっかくぱーっとやろうと準備していたんだぞ」とか言うかもしれないな。だが、それでも、シチェクは言わねばならない、聞いてもらわねばならない。今度の仕事で腰を抜かしそうに驚くことが起きたこと、感じたこと、全てをだ。
ちょっと気恥ずかしい、己の弱気と、臭いマジメな話もしなくてはならない。どうしよう、やっぱり恥ずかしいや、でも、いや、言おう。言わねばなるまい。まず切り出しは――そうだな、やっぱり獣機「シュリガーラ」の話からだ。
見たことあるかい? そうかあるか、じゃあ襲われたことはあるかい? もちろん誰一人そんな体験をした奴はいないだろうな。ちょっと得意げに、でもありのままに、仲間たちにはきちんと話そう。
☆☆☆☆☆
敵意を持って突っ込んでくる獣機の恐ろしさと言ったら、それはもう、言葉でなんか表現できねぇ、肝が冷えるとはこのことだ、小便が漏れるかと思った、いやちょっとまて、漏れてない漏れてない、漏れてないからな? でもな、もう腰を抜かしてへたり込んでいる奴だって出たくらいだけどさ。オレかい? へたり込みゃあしなかったけどさ、でも、足がすくんで動けもしなかったというのが正直なとこさ。
ちょっと考えてもみろよ、そこそこの小屋か家かって大きさの、鉄製の四足の獣がだよ、こう馬も敵わない速度で突っ込んでくるんだぞ? そりゃお前、振動は地震みたいだし、地響きは雷鳴のようだし、しかもこうなんていうかな、空気がヒリビリと震えるんだよ、肌が粟立つんだよ。そして血の気が退けるんだ「ああ、これはもうダメだな――親父お袋元気でな」ってな感じになるんだよ。そう、考えたね。ちょっと親不孝だったなとか、逆仏なんてお袋泣くだろうかなとか、せっかくだから最後の給金で何か買ってやればよかったかなとかそういうことを、ちょっとはな。おい、笑うなよ、マジで一瞬思うんだって、走馬灯ってあるんだって。オレはここで死んじまう、やり残していたこと、結構たくさんあった気がするなぁって感じがする奴を、マジで感じるんだって。まあそこいら辺はいいや。
オレがそう思った瞬間にだ、目もつぶれずに想い至っていた時にだな、一緒に石積みで働いていた雇われの機体乗りさんがだな、機体に乗ってこうぱっと現れてくれたんだよ。格好良かったかって? いやどうだろうなぁ、何しろその機体ってのがボロくてボロくて、見ているだけで泣けてきそうになるくらい貧相なモノでさ。最初に仕事を共にすると紹介されたときは「大丈夫かコレ?」と思うほどだったからな。機体の鎧がだよ、飾りが無いどころか色も塗ってねぇの、素地が見える白っぽさがもう砂のようで、見るからに「行き倒れで寸前でござい」ってな感じさ。操ってるおっさんもこれまた貧相な身なりでさ、いや中身はけっこうごつくてな、着飾りもすりゃそれなりに立派には見えたかもな。少なくとも頼りがいは出そうなくらいにはがっしりした立派な体つきさ。
だから仕事はきちっとしてたよ、助かったな。でもなぁ、あの機体で、もう猛然と突っ込んでくる「シュリガーラ」をどう止めるってんだか、ああこれは体当たりひとつでバラバラになるな、と風のように現れたその機体が、また風のように消えちまうんだろうなと予測しちまったんだ。
ところがだ。その砂色の機体が腰を落として、ぐぐいっと力を込めた瞬間だな、何かが変わったように見えたんだ。なんというか「風景に色が付いた」というか、目を奪われた。と思ったら、驚くほど軽い衝突音の後で、ぽーーんっと、救い上げるように「シュリガーラ」を放り投げたんだ。オレはぽかーんと口を開けて、頭上を吹っ飛んでいく「シュリガーラ」を見たよ。小屋ほどもある鋼の獣が、くるりと半回転して頭上はるか上を吹っ飛んで行ったのを見た。
と、呆けていたらだ、がりりり、という何か擦れる嫌な音がした。視線を前に戻すと白い砂色の大鎧、その脚に「シュリガーラ」が噛み付いている。もう一体いたんだな。あ、これはやばいな、と思ったよ。ほらオオカミってさ、逃げる旅人の脚から襲うだろ、そして首を狙って飛びかかって引き倒して、あとは腹や顔を――それを連想させたね。足場はもろい岩場で、2本の脚で立っている大鎧は不安定だもんな。捉えられたところで大鎧は負けになる流れだと思ったんだ。何しろ大鎧は武器を何も持ってない手ぶらだった訳だし。ところがだ、行き倒れ寸前の貧相さだと思っていた大鎧は意外なほどの力強さで「シュリガーラ」を抑え込んじまった。がしんっって衝撃音と共に、「シュリガーラ」からまるで犬の鳴き声のような排気音まで漏れる始末さ。やるな! そう思ったところに先ほど投げ飛ばしていた最初の一体が駆け戻ってきた、そして再度突っ込んでくる、さっきオレが予測した、首元めがけての飛びかかりってやつなのはすぐに分かった。だけど大鎧は跪くように既に一体を抑え込んでいるんだ。本当に今度こそダメか、と目を瞑ったら、再び何かが衝突する、がしーんって音がして、次に遠くから、がしゃがしゃがしゃーって横滑りするような音。砂色の大鎧は横殴りするような一発で、こう、再度吹き飛ばしていたんだな。後は――まあ、とにかくボロくてボロくて行き倒れちまいそうだった大鎧が、奇襲をかけてきた獣機2体を追い払っちまったってわけ。いや大鎧ってやっぱすげぇもんだな、とまぁそう思った訳なんだ。
いや話はここで終わらないんだけどな。
結局さ、その砂色の大鎧が獣機2体を追い払った後でさ、ヌワコットの正機士操るぴっかぴかの「セマルグル」が2体、待機小屋から出てきたんだよ。ああそれそれ、あの青いヤツ。俺も綺麗でかっこええなと常々思ってたよ、いや我らが郷土の誇りさね。で思ったね、これで安心だと。そして「セマルグル」2体が「シュリガーラ」を追いかけて行った、さ。こちらもちょっとは落ち着いてきたし、先っきは肝をつぶしたし、よくも驚かせてくれやがったなみたいな気持ちだったからさ、ぱぱーっと言ってあの「シュリガーラ」とかいう、オオカミっぽい獣機の首でも切り落として帰って来てくれよーてなもんさ。だけどさ、それから待てど暮らせど日も暮れようってのに「セマルグル」はいっこうに帰ってこないわ、なんだか遠くで嫌な音はするわ、夜更けになるとオオカミの遠吠えはするわ、おいこりゃやべぇんじゃないかと若手連中たちと顔を見合わせた訳さ。いやもう真っ暗だったんだけど。いや大丈夫だったって、じゃなきゃオレはここにこうしていないだろ。幽霊かオレは。
で、動揺し始めたり取り乱し始めた職工たち、まあそれにオレも含まれるんだけど、それを取りまとめたのはやっぱり親方さ。そう、あの頑固親父の古い頭のあの親方! 親方が「ひとまず良いから飯の支度を続けよう、そしてささっと食ったら順番を決めて交代で眠りにつこう」と言い出した。一瞬ね、飯なんか食ってて良いのかと思ったさ! でも誰も彼もがわたわたしている時に、こう「びしっ」と方向性を決めたのさ。そして確かに夕飯はまだだったし1日働いていて腹も減っていたし、そもそも逃げようって言ってももう暗いだろ? 確かにこりゃどうしようもねぇのは確かだ。ヌワコット周辺ならともかく砦の周囲の地形なんて、さして熟知していないんだし、夜更けに脱走しようったって怪我をするか、山道を踏み外しておっ死ぬかのどちらかになるのは、まあかなりの確率だろうな。それにまあ「腹が減っているから気も立つ」とかなんとか、言いながら親方が率先して食事の支度の続きを始めちまった訳だから、古参の老いぼれどもも手伝い始めて、そうなりゃ若手のオレたちが見ているだけって訳にもにもいかなくて――まあ、食事の準備をしている間は、動揺せずにすんだよ。
それにさ、先ほどの砂色の大鎧が「門扉を固めて置く」って言ってくれてたからさ、ひとまずさっさと夕餉を済ませて、まあ輪番を決めて、何かあったら皆を叩き起こす役ってのを決めてさ、手近な荷物だけ取りまとめておいて、さっさと毛布にくるまったさ。さすがにいつもの馬鹿話をする余裕はなかったなか。でもな、目をつむると先ほどの光景が蘇ってくるし、ちょっとなかなか……正直寝付けなかったよ。で何度も「もぞもぞ」と寝返りを打っちまうんだ。そしてそれは皆一緒なのさ。いやな気持を追い払えずに、でも不安な言葉を吐くと、まるで悪いことが本当にやってくるようだし、皆に弱音を見せるのも格好悪いし、とかぐるぐる考えてばかりさ。
するとだな、ふと気が付くと夜更けに親方が、先ほどの鍋の残りに最後の野菜なんかを入れてスープを作っていたのさ。で、親方はオレの視線に気が付くと、そのスープをカップに入れて手ずから持って来てくれてな「嫌な考えを振り払えとは言わん、だが、考えても仕方がないものはどうしようもない。腹を据えて、何事が起きても良いように覚悟と準備をしておくことだ」とかなんとか言ってな――そのセリフは良く親方が言う事なんだ。仕事が順調にいかない時、天候や地盤や材料に悩まされたとき、よくいう台詞さ「待機していろ」の代わりの台詞。正直、耳にタコができらぁと今まで思っていたさ。いつだっておんなじ台詞なんだから。でもな、その時はな「ああオレもう死んじゃうかもしれないなぁ」みたいな考えがよぎっていた時にその台詞を聞いたらさ、ちょっとこうさ、うるっとしちゃってさ。ああ、オレは準備が足りなかったからこんなに思い悩んでいるんだ、やること、やりたいこといっぱいあったと思っていたんだけど、そうかオレは準備も覚悟も足りてなかったのか、と。こう、なんだ、すとんとその意味が胸のふちに落とし込んできたのよ。で、さ、オレ、ヌワコットに無事に帰れたらきっと今度はきちんとやろう――とか殊勝なことを思った訳よ。
でさ、なんだかんだ言ってさオレは親に迷惑かけてきたわけだしさ、今回の手当てはちょっと両親にだな、感謝の気持ちを込めて何かひとつ、そうだなぁ、お袋に春にふさわしい何か贈ろうとか、親父にちょっとか考えているんだ――おい笑うなよ! いいじゃねぇか、その時、無事に帰れたら親孝行するぞ、しますからオレを生きてヌワコットに戻してください、みたいなことを山神様に祈っちまったんだよ。願いが叶ったんだから誓いは果たさないといけねぇだろ。
それにな、ほらもうすぐ春の祭りがあるだろ? アレの「賭け札」、アレにちょっとな。少しつぎ込もうと思うんだ。
いや終わらない話ってのには続きがあってな。砦から帰る前、夜明けになった時、砂色の機士は率先して周囲の確認に出たんだよ。そしたら砦から下った谷間の場所で、我らが誇りの立派な青瑠璃の「セマルグル」は2体とも、きれいさっぱり返り討ちにあっていたという訳だ。驚くの肝が冷えるの。どうすんの、護衛の騎士は5人ばかりいるよ? でも機体を倒した獣機相手に騎士がなんの役に立つんだよ。こりゃ今夜、いやもしかしたら今すぐにまた襲ってくるんじゃないかって皆思ったわけ。何しろ砂色の機士さんが言うには、周囲の荒れ具合や足跡、散逸した部品から、「シュリガーラ」が4体、あとなんだ大猿型獣機の「ハンダル」とかいうのが2体はいたんじゃないかって言うのさ。もうこりゃ砂色の機士さんだってお手上げだよ。
もちろん「セマルグル」も多少の手傷は負わせているらしかった、でも修復が済んだら、もしくは傷の浅い機体だけでで、なんだ、再編成して襲ってくるかもってさ。6対1だか4対1だか分からねぇが、もうそうなりゃ喧嘩にならねぇ、ましてオレたちを護衛しながら戦うなんて出来やしねぇ、どうしようもねぇよな。
でもな、砦補修の仕事はまた完全には終わってなかったんだ。それを勝手に中止し放置するのもマズイ。かといってどっちにしろもう作業どころじゃねぇ。どこぞの山賊なんだか、はぐれ軍隊だか知らないが、それだけのならず者がいることをヌワコットに知らせる必要もある、「セマルグル」2体がやられちまったことも重大だ。となれば正直なとこ、もう尻に帆をかけて逃げ出そうぜってオレたちは思った。
そうしたらさ、騎士のまとめ役の人も、まあ話の分かる人でな「今は無益な被害は増やさぬほうが良いだろう」とか言ってくれて「仕事は今時点で終了と判断する、急ぎヌワコットに戻られよ」とか言ってくれてなぁ。やったぜってなもんだ。なんだきちんと判断できる人もいる、よかったよかったってなもんだ。ただ最後の問題が残った、それが「この「セマルグル」を放置してゆくこことは忍びない」と。
いやオレたちだって、言われりゃ気が付いた。確かに問題なんだろう。何しろこのまま放置したら干からびて機体は死んじまうか、野獣の餌になるか。死なない場合には、まあ山賊に鹵獲されちまうわな。これはこれで寝覚めが悪いというかヤバイ。荒くれ者にヌワコットの機体2機を贈呈するようなもんだ。こんなことがならないように2機1組で動いていたというのに逆に2機ともこのありさま。もうね、がっくりするぜ。でも、どうしようかと言っても、その当の「セマルグル」2体は結構損傷していてさ、どうにも動かせないんだな。操者漕は潰されているし、脚部もずいぶんと痛んでいたんだ。そう、脚を噛まれて引きずり倒されてって流れなのかな、膝がやられてた。どう考えても動けない。
もうこれは完全に壊してここを去るしかないのか? でもそれは本当に大ごとだぜ、さすがに兵士や騎士を取りまとめていた「話の分かる騎士」さんも――と言うときだ、あの砂色の機士さんが「私が背負おう」とか言い出したんだよ! 正直「へ?」て思ったよ。おんぼろの大鎧、まあなかなか大した機体だってのは分かったよ、でも中型機なんだ、それを細見とはいえやっぱり同型の中型機の「セマルグル」を背負って、あの急峻で、つづら折りの峠をいくつも、あちこち崖だ落石だって交易路を踏破するって? 無理だ、それこそ転がり落ちるか、先に砂色の大鎧の膝がやられちまうと思ったよ。それがなんとだ「借り受けたいものがある、手伝ってくれるか」とか言うと、岩を引っ張り上げる大縄を使って2体の「セマルグル」を背負っちまった! 1体じゃないぜ2体だぜ? 最初は「そうか、やる気なんだ――」とか思った俺たちも、よもや2体まとめて背負うなんて思いもしてなかった。これは動けるのか、とそう思ってたら「かなり移動は制限されるが、運べそうだ、ただ2体の脚が邪魔になる」と。
半壊し、膝からぶらぶらしている脚が確かに機体にぶつかったり地面を引きずったりで、これは邪魔だろうなと素人でも分かった。なので仕方がない、もともと片脚同然のセマルグルだ。えいやっと2体とも両膝から下をぶった切って、ひとまずこれで2体を背負って運べる態勢を整えた。
しかし何だ、いやあ、あの大鎧、老朽機なんて言って悪かったと心底思ったよ。帰路、ゆっくりとだがしっかりしっかり歩みを進める、2体の命を背負ったあの大鎧を見ていると、なんだろうな、爺さんを思い出したりしてな。オレの爺さんも、十分な身代を作った後も、お得意様を無下にできねぇと背負子に大荷物を背負って、行商人の真似事みたいなことをよくしていたんだ――。
で、急峻な交易路を、汗を流して命の危険をかけて、いつ背中から襲われるかという不安にも耐えて、へとへとになって1日かけてヌワコットに戻ってきたよ。そして取るもとりあえず、まずは一大事と機士の詰所に顔を出した。かれこれこのような事態でしたと伝えて見ればだ、おい、ヌワコットの正機士殿たちは何て言ったと思う? 砂色の機士に対して言った言葉が「おい、どうゆうことだ脚が無いぞ」だぜ。ねえよ! ねえって言ってんだろ! ドジ踏んだお前らのお仲間を、苦労して苦労して危険を侵してやっとのことで連れて帰ってきてやったんじゃないか。その功労者を、きれいな服来た正機士殿たちは、寄ってたかって囲んで「お前は機体を傷つけたのか」だの「敵への情報提供や協力かもしれんぞ」だの。それらの言いがかりを聞いたらさすがのオレもむかっ腹立てちまって「待ってくれよ」と――いやまあ頭に血が上ってちょっとな、最終的にきちんと説明したのは親方とあの話の分かる騎士さんだったけどさ。
ええっとなんだ、でだ、給金の使い道だったな――。なんでもその砂色の機士さんは今春の武芸大会に出るため、その出場枠を得るために今回の仕事を受けたんだと。帰路でな、ちょっと聞いたんだ。
ほら、半ば公然とだけど、こっそり陰で「賭け札」かけているあの武芸大会だよ。1位が誰になるか、3位以内は誰になるか、そんな予想屋まで出るあの――まあいつも上位入賞はヌワコットの機士と騎士、そして兵士や腕っ節自慢の武芸者どもが中心のあの大会。どうしたって余所者なら3位に入れりゃ大健闘だ。前に余所者が1位になったのは……4年? 5年前か? まあアレだ、あの賭けの利率情報ってさ出場者にも流れるだろ? もともと当日会場での声援だって、ヌワコット出身者と流れ者じゃ全然違うしな……、だからさ、ちょっとオレは、あのヒトに賭けてあげたいなと思ったのよ。
余所者へ肩入れかだって? おうそうよ、肩入れよ。余所者だろうと何だろうと、あのおっさん、あのヒトはオレたち石積み師を助けてくれたのよ。不安で不安で眠れねぇ、その一晩二晩を、たった一人で守ってくれていたのよ。忍びねぇってヌワコットの誇りの機体を背負って帰ってくれたのよ。そして軽んじられても罵倒されても、文句のひとつも言わねぇでじっと耐えてくれたのよ。ならオレたちが、オレがあのヒトを庇ってやらなくてどうすんだよってもんだ。借りが出来たんだ、でっけえ借りだよ? 余所者がどうしたよ、あの機士はオレの命を救ってくれたのよ、親方や石積み師仲間の命を救ってくれたのよ。確かにヌワコット正機士たちはご立派でよ、崇めるべきお偉方だ。だが、それとこれとは別だ。かの機士は確かにオレ達を救ってくれた。ならばその恩義に応えるのが人の道じゃないか。オレは、オレ達はあの機士を応援してしかるべきだ、していいはずだ。オレは大会当日、精一杯声援を贈ろうと思うんだよ、せめて罵倒やヤジを弱めるくらいにはしてあげたいんだよ。
あの機士は、確かに半壊した機体2体を背負ってヌワコットに帰ってきた。あの険しい山道を背負って、追手が来るかもしれないと皆がピリピリしていたあの状況で、しっかり責務を果たして帰ってきたんだ。立派じゃないか。すげぇことだよ。確かに残った右脚をぶった切って背負ったさ、でもいいじゃねぇか、それ以上積めなかったんだよ、当たり前の事じゃねぇか。脚が必要ならお前らが今から突っ走って取って来いってんだ。あの険しい山道を、2体の機体を背負い、オレ達に気遣い、帰路を誘導したのはあの機士さんなんだ。脚があろうが無かろうが2体きちんと運んできたのはあの機士なんだ。あの人の機体は腰も膝もすごい発熱で、ヌワコットの外壁門を通過するときは、その姿がまるで陽炎のように揺らめいて見えるほどだったんだ。機体から降機してきたときは、まるで水でもひっかぶったかと思うようなずぶ濡れの汗まみれだったんだ。
オレは買うぞ。今回の給金と手当、全部はたいてあの人の勝ち札を買う。そしてその配当金で初孫が生まれる親方に産着を買ってやるんだ。最近めっきり白髪が増えたお袋には、若い娘が身に付けるような若草色の夏用の肩掛けを買ってやる。親父には――ちくしょうが、いままで飲んだこともないような一等酒でも買ってやんよ!
オレは見たぞ、あの人の電光石火の機体さばきを見たんだ。確かにあの人の機体はボロさ。でも違うんだ、あの険しい山岳路を2体の機体を背負って一度たりとて転倒することなく、しっかりしっかり踏ん張って、歯を食いしばって運んできたんだ。どんな奴だってあの人を馬鹿に出来る筈はないんだ、なのになんだ、正機士の馬鹿野郎ども、何が「脚はどうした?」だ、その前に人として言うべきことがあんだろうが。ヌワコットの住人として、命を助けられた身として、これほど恥ずかしいことはねぇ、あんな恥知らずばかりだとは、オレは今の今まで全然知らなかったぜ――。




