16:中央街区 路上、町娘:リタ(3)
先ほどからカルマは矢継ぎ早に土笛のおじさん――アルマムベトに向かって話しかけている。やれ「仕事を斡旋していただけて良かったですね」とか「アルマムベトさんならすぐに女王への面会が叶います」とか「しかしあの大鎧を砦修復作業なんかに使うのはもったいないですよ」とか「初夏の大会が楽しみです」とか、もうすっかりリタのことなんで忘れているに違いない。カルマの表情は朗らかで、それを受け止めるアルマムベトの瞳もまたなんだか同じように朗らかだった。ちょっとリタには向けられたことのない、ある種の共感めいた朗らかさを発しているとリタは感じた。
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兵に突き飛ばされ、無様に転がったカルマはすぐに立ち上がると兵士に掴みかかった、そこを蹴とばされて再度転がされ、そこにアルマムベトとリタが駆け込んできたのだ。アルマムベトはまっすぐに兵士とカルマの間に立ち、リタはカルマに駆け寄った。自らを転がした兵と、アルマムベトの背中を見つめたカルマの瞳は燃えあがるように煌めき、すぐ傍らで手を伸ばしたリタを焼いた。カルマの瞳は、どのような灯火より、焚火より、夏の日差しより、熱くリタを焼いた。身体を熱くさせた。それは夕暮れに耳にしたアルマムベトの土笛より、ずっと強くリタの全身を震わせた。
臆病すぎるほどに躊躇ってからカルマの肩へと乗せたをリタの手は、静かな動作ではあったが、カルマの確固たる拒絶の意思を感じさせる所作で、払われた。払ったカルマの手は熱かった。真っすぐに前を見つめる瞳同様に、その熱はリタの手の甲に残った。その熱は、怖いほどいリタの心に食い込んだ。
カルマはゆっくりと立ち上がるとアルマムベトの隣に立った。そして彼と同じように腕を組んで仁王立ちになった。背中には緊張が漲っているのが分かった、次に殴られるのは自分かもしれない。そう知り、覚悟を決めた背中だった。リタはただそれを眺めていた。
それと同時に姿を現したオジサンが仲裁に入ってくれ、怪我の治療までしてくれた。そのオジサンは騎士隊長という役職の「とてもエライ兵士」らしい。カルマに暴力を行った兵士も叱っておいてくれるという。そしてアルマムベトの希望を叶えるために、一つ提案もしてくれた。つまりだ、女王に面会を求めるなら「初夏の武芸大会」にて優秀な成績を収めるのが良いだろう、そうすれば面会の要望も叶うはずだ、というものだ。アルマムベトは機士だし、武芸にも秀でているだろうから確かにそれが一番良い。武芸大会で上位に入賞したのなら、機体との相性もあるが「新しい機体」の授与もある。その際には、女王の手から直接祝福の祝詞を授かるのだ。ヌワコットの機体は名機だと評判なのは、あんまりそういった事に興味のないリタでも知っている。なるほど、機士のアルマムベトにはぴったりな提案というわけだ。――ただ、武芸大会に参加できるのは「ヌワコットの市民」か「ヌワコットの国民」か「推薦を受けた者」だけだ。
そこで仕事の斡旋となる。
アルマムベトがヌワコットのために仕事をしてくれれば、あの「とてもエライ兵士」であるトリグラフというオジサンが大会参加の推挙をしてくれるという。ちょうど春になり、ヌワコットの城壁や、砦や、各所の橋や街道の補修工事が始まる。たくさんの職人たちが動き出す訳だが、当然大きな足場を組んだり、重い荷物を運んだりという人力では大変な作業がたくさんある。しかし大鎧なら、手足ある機体ならそういった作業に従事するのもお手の物のはず。今度の砦補修、2週間ほどの泊りがけの仕事に護衛兼作業補助として働かないか、というものだ。
石詰み職人も大勢いるし、兵士も騎士も機士すら護衛に付く。何しろヌワコットの城壁から遠く離れた場所での仕事だから、オオカミにユキヒョウを初めとする山野の獣、山賊や夜盗の襲撃など危険はたくさんある。それらの危機から職人のおっちゃん達をしっかり守り、無事に作業の務めを果し終えたならアルマムベトももうヌワコットの一員だから推挙してくれると言ってくれたのだ。
そういった提案をカルマもアルマムベトも受け入れた。
だが、なんだろう、そういった話の間、リタはずっと置いて行かれていた。男たちの話はいつもそうだ。なんだか固くて、なんだか別のルールで進んでいてよく分からない。正直リタはそんなことはどうでもよかった。カルマは突き飛ばされて泥だらけ、尻や背中や後頭部すら打ったようだった、手のひらや肘だって擦り剥けていた。アルマムベトも左頬が赤黒く腫れていた。
リタにとって大事に思えるのは面会でも大会でも仕事の斡旋でもなく、怪我の治療だ。カルマは大丈夫なのだろうか、アルマムベトはまた土笛を吹けるのだろうか、そして――暴力が怖かった。そういった事ばかりが頭を駆け巡り、リタは話の流れも、話の目的も、なぜ今、カルマがやり遂げた顔で笑顔になっているかもさっぱり理解できなかった。
リタは口元を歪ませて心の中で呟いた。
(だから男の子なんて嫌いなんだ、男なんて莫迦ばっかり、ゾーリャ姉さんや女将さんの言うとおりだ)
くだらないことにこだわって、くだらないことを目指して、大事なことは全部後回しをする莫迦だ。しかし、そう呟く心の底で何かも疼いていた。それは哀しみであり、羞恥であり、彼らとそれらの価値観を共有できない、その心の動きが理解できないという疎外感だった。リタは嫌った。自身が抱くこの感情に無頓着なカルマを、アルマムベトを、男という存在を嫌った。そして、一方的に朗らかに気持ちよく笑いあえる男という存在を理解できない、女という存在を、自分自身を憎んだ。
(だからカルマなんて嫌いだ、男の子なんて嫌いだ、女ってヤツも大嫌いだ)
心の中で呟き続けた。




