13:中央街区 旅籠屋、町娘:リタ(2)
「人を探している」
一組の男女はそう口を開いた。闇夜より黒い衣装と日焼けをしていない襟元の白さの対比が、まるで夜の月光を想わせた。男女ともに彫の深い鼻筋はここから離れた土地を故郷に持つことを伝え、異国を感じさせる綺麗な淡い色合いの瞳は、静かに冷たく燃えていた。
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食堂「モコシ」は庶民的な価格で、程度良い、味が良い、腹もちが良い、と3拍子揃った料理を出すことで地元住人に評判だ。しっかり塩気を効かせバターを垂らしたカラスムギの粥、ふすまを混ぜないきちんとした味の黒パン、根野菜と山羊肉が入った煮込みスープ、そしてバター茶、全てにおいて味が良い。銅貨を十枚足せば新鮮な卵も用意する、お客に出すのは今朝取れたばかりの分だけだ、誤魔化し無し。正直な商売が定期的に来訪する行商人にも伝わり、清潔に掃き清めた居心地の良い寝台と日干しした貸毛布を与える旅籠屋としても好評だ。木賃宿である2階3階には、懐はチョット涼しげだが気持ちの温かな行商人や農夫が定期的に利用しに来る。
そんな店の食堂で、リタは伯母の伝手から厨房の下働きとして入って半年目。最近は僅かながら給仕の手伝いも始め、本人のあずかり知らぬ場所で評判になってたりもするがそれはリタの眼中には関係のない話。とにかく、夕暮れが始まる直前のこの時間、食堂兼宿屋のモコシはお客相手の戦闘前、ある意味これも戦闘中かと思う準備時間、店の者たちは目の前の仕事に集中している。新参者で12歳のリタもテーブルを拭き、床を掃き清め、手桶の汚れ水を捨てに行こうと慌ただしく扉に向き直ったところだった。
そこに闇夜を思わせる男女が現れた。
2人とも揃いの衣装、黒くぴったりした筒袴にゆったりした上着、上着は首を固定するかのような立て襟がある。膝と肩と肘に厚めの革当てという装いは、1組の男女が揃いで身に付けるにはちょっと不似合だ。特に濃く濡れたような黒髪、精緻に整った目鼻立ち、水玉の瞳を持つ、ほっそりした身体の女性が身に付けているのはあまりにもったいない。年齢よりも低く見られる痩せっぽっちのリタだけれど綺麗な女の区別ぐらいはできるし、女の子なのだ、おしゃれの心得だって――まああんまり自信はないが、あるのだ。
そして問いかけの声を発した男も、衆目を引く程度には美形だった。上品さと精悍さを組み合わせた鼻筋、引き締まった口元、瞳の色は緑とも灰色ともいえない曖昧な色で、そこには何か思いつめたような色が滲んでいる。その切羽詰まった感が色気のようなものを醸し出しているようにも見えるが、あいにくリタはそのような剣呑な感じは好みじゃない。リタならもっと朗らかな、夢を追いかける瞳を持つ男の子の方が好みだ、どんな苦労も夢のために乗り越えていくような明るい瞳の――ええと、ちょっと手近には思いつきはしないのだけれど。一瞬、脳裏に浮かんだ幼馴染の、油で汚れた顔は思考の端から追い出して、リタは再度男を観察する。
男の瞳は冷たく熱く、ちょっと怖い。そう、まるで半年1年通った店の看板娘に冷たく袖にされた感じにも似ている。このモコシの看板娘、ゾリャー姐さんに袖にされた、広場向かいの織物商の若旦那みたいだ。いや、あの若旦那よりずっとずっとずっと切羽詰まって剣呑な感じだけれど。そしてまるで捨てられた子犬がもう一度主人を探しているみたいにも一瞬思えた。いやそれは考えすぎだろうか、一瞬だけ「寂しそう」と感じて胸が痛んだのだけれど――。
「――大鎧に乗った機士だ。白い機体、大きな身体をしている。おそらく無口」
(あんたたちも大概じゃない)
リタはそう思った。人探しをしているのに絵図も示さなければ特徴を伝えるのも下手のようだ。そもそも開店間際の店に入ってきて聞く事じゃない。人との会話の糸口の探り方に至っては壊滅的に下手糞だ。そんな風変わりなナリで、そんな剣呑な雰囲気で、用件だけを真っ先に告げて、果たして相手が口を開くとでも思っているのだろうか。もし思っていたら手の付けようのない阿呆で、思い至っていないのなら間抜けの部類――リタは思った。
そして、考えた。
(これは、夕暮れに会う土笛のおじさんに伝えておいた方が良いのかな)
数日前に偶然出会った土笛吹き、白いぼろ着の機体乗り、幼馴染のカルマがここ数日心酔しているあのおじさん、彼にこっそり伝えておいたほうが良さそうだ、と思った。
「で、あんたたちの名前はなんていうのさ?」
口元を少し上げて、はすっばな笑みを浮かべる演技をする。下町の流儀だ、お上品では舐められる。
「私の名は、スヴェントヴィト。連れは妹のルーサルカ」
ふぅん――という仕草でリタは小首をかしげる。赤い袖なしの上着は長卓の後ろに置いてある、薄紅の長袖に肉付きの薄い肩、細い膝小僧が出ている毛織の裳、子どもっぽい仕草は自らの外見によく似合っていると、本人の嬉しからずな部分と共の判断ではあるけれど、使うときはしっかりと活用するのもまた下町流儀だ。
「今は見てのとおりの仕事前、忙しい時間なんだ。もう少し待って、開店直後に注文のひとつでもしてくれたなら、いくらか質問に乗れるかもしれないよ?」
――そして、あんた達の名前と一緒に、きちんと土笛のおじさんに伝えておくね。そう思いながら「あっちて待ってておくれな」とリタは一番奥まった場所の卓を柄箒の柄で指し示した。
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