12:中央街区 整備工房、機体整備職人見習い:カルマ(3)
そういう訳で、カルマは親方とアルマムベトは共に朝から晩まで汗を流して整備を行うことになった。そう、それこそ朝から晩までだ。早朝、朝靄も消えないうちに見習いカルマは工房に入る、すると既に朝稽古を済ませたのだろう、汗まみれのアルマムベトと、朝食をお預けされた犬のような顔の親方が整備台のたもとにいる。すぐさま前掛けを身に付けると作業開始だ、水の1杯を飲む暇もありやしない。まずは膝下装甲板を外し各所の関節機構や内部インナーフレームの確認、すると装甲板の半分以上が人工培養筋肉と一体になっている。足の甲や指先などは完全に「人工培養筋肉から生成される装甲」で、これはかなり珍しい。つまり、この機体の培養筋肉は「当初の記憶をかなり留めている」ということになる。
調整鍛冶師は「培養師」とは違う、機体そのものを生み出すような技能はない、だから細かいことは知らない。それでも、機体を生み出す際「もとの機体から株分けして増やす」ということは、まあ漏れ聞いている。そしてその際の調整が培養士の腕の見せどころと言うことらしい。その際はどうしても「少しずつ劣化」する部分が出てくるのを免れない、その性能の低下をどれだけ抑え、性能に付加価値を追加・調整するのが培養士、それを維持管理するのが整備職人と言う訳だ。筋肉の筋力持久力耐久力、それらの低下がどのようになっているのか、どれだけ防げるよう調整するのか。そして劣化には「装甲板の再生能力」も含まれる。つまり、細かい箇所の装甲板であればあるほどに「再生されない、当初から生み出されない」ということになる。なのにこの白い機体はその細かい部分まで機体本体が生み出している。機体は「生きている」ものだが、その「生命の力」は個体差が多い。
親方の興味を惹いた理由はコレだったのか――。
この機体はかなり「初代」に近いのだ。
大鎧も獣機も共に、生産される際には2系統の流れを組むという。生み出し方は当然「培養師」のみの秘儀であるが「正しい方法で生み出される、初代」と「初代か初代以降からの写し(コピー)によって生み出される複製」の2系統が機体の生産方法だ。だが、それこそ初代を生み出すなんていう秘儀は伝説の伝説のそのまた伝説、だがら初代なんて見たことはおろか眉唾の噂すら聞かない。いや、聞いたところで一笑されること間違いない。「機体を生み出す女王」のいるヌワコットすら、初代から4代目となる序列の複製を生み出していると言われているのだ。
ついでに言うとヌワコットの年間生産数は1~2機だ。これでも当代女王は優秀で、かつての歴代女王は(それこそ初代以外ではあるが)数年に1機程度しか生み出すことは出来なかったらしい。そして新たに生み出された機体は「初夏の祭り」にてお披露目され搭乗者を決定する。新たな機士を生み出す祭事でもあるその日、ヌワコットは盛大に祝われる。
とにかくこの機体は、そこらの流れ機士や隊商護衛が操っている大鎧とはモノが違うということだ。どこぞの戦場跡で、怪しげな中古市場で、盗品で、そういう経路で入手される普及機――「数打ち」とも呼ばれる――ものとは一段二段三段も違う。ヌワコット正規機士たちが操る4代目大鎧とほぼ同様の――まさか、もしかしたら、それよりも初代に近いのかもしれない! 何しろ親方の鼻息の荒さときたら! カルマは息をのんでその構造を観察した。親方の視線と指の動きを見た。親方が僅かに指先を震えさせながら細かい末端装甲板の状態を確認してゆく。大作業の助手を務めるカルマの額から汗が流れ、それを補助するアルマムベトの顎からも汗が垂れる。親方は、浅く早い呼吸と深いため息を繰り返し、細かい確認と調整を繰り返す。機士は汗もぬぐわずにそれを見つめている。
時折アルマムベトは搭乗槽に入り、反応や使い勝手の確認を行う。その際は逆に親方が瞬きも忘れたかのように、その仕草と動作と調子を見続ける。
☆☆☆☆☆
早朝から休みなしでかかる作業は、程よい切りの時点にて昼食休憩となる、大抵はかなり遅い昼食か、下手したら早めの夕食に近い。三人で車座になり、汗まみれの体を拭きながら、用意された固い黒パンと近所の食堂から届けられたスープが定番だ。板のように固く酸っぱい黒パンを、前歯と指先でちぎり、野菜と肉の脂がしっかり入ったスープに浸して食べる。パンの不味さを旨いスープで補うのはこの工房の伝統だ。単に金が無いせいだが。ひと時の休憩――その合間にも機体の状況と整備の進展について語り合う。さすがに昼食時は助手も休憩に――親方は要件から切り出し過ぎる、前置きが無いだけでなく主語もない場合がある。アルマムベトは口数が少なすぎる、相手の意図が分からない場合は質問を返さず沈黙する。これでは二人の会話は成立しない。おのずとカルマが仲立ちになることが多く、やっぱり硬いパンを飲み込む暇もありやしない。
気の休まる間もなく、せっかくのご馳走のスープは流し込むようにして胃に入れる。見習いにゆっくりとした食事時間は贅沢だが、正直この部分にだけはカルマも泣きたくなる。せめて、せめてこのスープぐらいはゆっくり味わいたい。
――大きな問題はないようだ。
整備を初めて3日目の昼食時に親方が語った。久々にカルマが通訳しなくても良い会話になりそうだった。
――だが、脚部の右脛にいくつかひび割れが見える。騎兵の槍と手斧の傷だろうが、この割れをきちんと修繕するには溶剤で固着させた方が良い。修繕日数は5~6日か。もし念を入れるなら10日は欲しい。あと膝と腰部にずいぶんな疲労色が見える、機体の回復力がいかほどかは知らんが、これは内溶液の交換をした方が手早く回復すると思う。この交換も儂らだけで行うなら余分に2日は欲しい。
全ての報告を静かに聞き、親方の目をまっすぐに見つめた後、アルマムベトはゆっくりと――頼む、と小さく頭を垂れた。
カルマは僅か14年しか生きてはいない、きっと誰もがカルマの評価を笑うだろう。だが、カルマは知った、理解した。かの男と、自身が師事する親方の足元に溜る汗じみの水たまりを見ながら知覚した。間違いなくこの工房は1流で、アルマムベトは最高の機士であるのだと。




