11:中央街区 整備工房、機体整備職人見習い:カルマ(2)
親方の傍で作業ができるということは、怒らせた際の怒声と拳骨は恐ろく、すごくすごく緊張する作業助手をこなすことになる訳だが、学べることもとても多い。少なくとも大きなヘマさえしなければ、拳骨の痛みにさえ耐え抜けば、この機体、親方が乗り気となっているこの大鎧の「1体にまるごと」の整備に関して特等席で観察できると言うこと――とまぁ、最初はそんな心持で内心浮かれに浮かれて作業に入ったわけだが、これが実にきつい。親方はカルマから見れば「思いつきのような順番」で各所を確認してゆく、そしてその度に工具の指示をするのだ。
鋼を主要な部材とする工具は高価で、また専門性が要求されるものだ。親方はその貴重で高価な工具を多数持ち、かつ自分が使いやすいように独自に手を加えている。当然そのような大切なもの、細々としたものは親方自らが腰に吊るしている訳だが、何しろ整備する相手は大鎧だ。工具も一抱えあるような大きなもの、複雑なものもある。となればやはり作り付けの大棚にまで取りに行かねばならない、それが助手としての役目のひとつだ。当然その工具の扱いは慎重に、そして手早く、だ。しかしこれが大型部品を取り外すような工具となれば当然のことながら大きく重い訳で、やれそれと矢継ぎ早に指示されるそれら大型工具を取りに戻しにまた取りにと、整備やぐらと大棚との間をひたすら登り降りを繰り返す、なかなか親方の傍でその手際を拝見する時間なぞありやしない。それでも時々ならば、その工具の使いどころやコツを盗み見る事は出来た。それは僅かでも貴重な機会だった。
そして予想外な喜びもあった。
親や祖父や先祖伝来の武具として機体を譲り受け、機士となった者たちの中には(といっても大抵の者たちはその方法で機士になる訳だが)機体の扱い方に関して尊敬できない、むしろダメ出しを出したくなるような者がいることは事実だ。もちろん整備職人の矜持はある、たとえどのような顧客であろうとベストは尽くすつもりだ。しかしそこもやはり人間の仕事である、カルマが一生懸命修繕し、調整しようにも、そのことに関して重きを置かず、また協力もしてくれない顧客となれば気が乗らないものは乗らないし、嫌な奴からの依頼となるとやはり気は滅入る。満足のいく整備調整もできやしない。
そもそも工房に来るということは、修繕するために「壊れた状態」でやってくる訳なので「本来の形状や機能」が分からない時がある。となれば使用していた機士から、それなりの協力が必要なのは自明の事なのだが「壊れた事実」で腹を立てている高慢な機士ときたら「説明能力が無い」「説明する気が無い」「調整で協力する気が無い」という事は良くあるのである。
機士はエライ、それは間違いない。どんなボロな機体であろうと、機体であれば兵士10人分の働きはする、きちんと整備された優秀な機体なら100人分の働きだってする。つまりは機士とは「百人力」の兵士なのだ。上級兵士であり支配者階級となるのは自明のことだ。しかしそれ故に増長している者は大勢いる。機体が与えてくれる、機体と共にある「能力と評価」を、己の評価、己のみの能力と勘違いしている莫迦が大勢いる。体も鍛えず、技も磨かずにいる機士のなんと多くいることか。
機士ならば、一級の機士ならば機体からは離れない。自らの肉体を鍛え上げ、自らの業を磨き、それを機体という肉体で増幅し具現化してゆくために同調と共有と一体感を求め続けるならば、機体と機士は一心同体、一蓮托生。子供たちが舞台で見聞きした、寝物語で聞いていたどの物語でもそう語られる。幼くして両親と生き別れたカルマだってそう大人たちに聞かされていたし、そういうものだと思っていた。しかし実際の機士を知る機会に恵まれると、それを実践している機士がいかに少ないかということを知った。
隊商を警護する流れ者の機士たち、ヌワコットの雇われ機士たちはいうに及ばず、ヌワコットを守護する正規機士――は、さすがに気位も高く、宮殿に専門工房を用意しているためにこの工房ではまずお目にかかることないが、、整備士が集まる酒場で漏れ聞く話を聞く限り、どいつもこいつも、まあ、似たりよったりの素行らしい。唯一まともな評判なのは筆頭正規機士でありヌワコット軍団長でもあるスヴァローグ機士長くらい。彼の直属部下の機士たちだって、まあ雇われ機士たちよりはマシという程度で、とても立派な機士とは言い難い。
しかし白い搭乗服の機士は違った。その「本来あるべき」と語られているとおりの行動をしていた。機体に関して目を離さず、機体に対する思いやりがあった。
その証拠に、驚くべきことに、アルマムベトと名乗った白い搭乗服の機士は機体小屋の片隅で眠り、機体とともに目を覚ます生活を行った。そして整備時には職人たちと共に同席し、共に作業することを願い出てきた。そう、願い出たのだ。「工房の中は親方の管轄だ、そこで作業するのならば自身は間借り人だ」そう言って親方に願い出た。親方は相変わらずの威嚇の笑顔で「整備台の隅っこしかねぇんだが、それで良いならな」と丈夫そうな歯をむき出しにして笑った。そしてアルマムベトは、棚板に油が染み込んだ作業台の一つを確保するとそこに自ら毛布を敷いて眠ったのだ。
流体神経回路との繋がりこそが機体をより正確に動かす糧となる、騎兵が馬と信頼関係を築くように、機士は機体と信頼関係を築かねばならない。技師に全てを任す機士にはなりたくはない――口数少ない会話の中で彼はカルマに語った。
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