媚びる犬
佐倉氏の家に連れてこられて僕は車という鉄の塊の下に潜り込んでしまいました。初めての場所で、初めての人々に囲まれた訳です。恥ずかしさのあまり車の下に潜り込んだことは説明するまでもないでしょう。
成長するに連れ、誰にでもすり寄って行く図々しさを発揮するようになる僕でしたが、幼い頃には、こんな奥ゆかしさもあったのです。そして、それはあなた方人間も同じですよね。
犬の僕達にも、あなた方ほど発達したものではありませんが、前頭連合野が備わっています。つまり、感情はある訳です。ただ、訓練によって、またそれぞれの努力によって充分な発達がなされていないと、時に本能が感情を置き去りにしてしまいます。
人間にも、そんな方々をよく見かけますよね。主人の佐倉氏など、その典型だったと思われます。彼等の暮らす社会では一人のオスに一人の女性が連れ添うのがルールだそうですが、彼の生存本能、或いは生殖本能というべきでしょうかか。とにかく彼のそれはルールに従ってなかったように見えました。
「俺は直情径行型だから」と、僕に自嘲気味に語ったことも少なくありません。そして今なおこの世に迎え入れてやることの出来なかった魂に詫び続けておられます。それほど後悔するなら、短絡的に行動を起こす前に塾考すべきでしょうに。何度もその旨を告げたのですが、僕のアドバイスは終ぞ聞き入れられることがありませんでした。
そして、そんな佐倉氏を舌鋒鋭く非難する社会の”自称常識人”が、それぞれのペットには何頭(小型犬は匹と数えるのかも知れない)もの異性との性交を強要するのです。優れた遺伝子を後世に残そうとするのが目的だといわれますが、僕には納得が行きません。それを金銭で売買しているのですから。
「古来は人類もそうだったんだぞ。もっとも、俺の遺伝子が優れているかどうかは分からんがな」と、その件に触れる毎、そういって佐倉氏は自己弁護をしたものです。彼はこちら側の世界に住むべきオスだったのでしょうね。そうすれば多くの非難を浴びることもなく、あまつさえ賞賛さえ得られたに違いないでしょう。そう考えると同情の念を禁じ得ません。
≪媚びる≫人間にとっては良い意味を持たない言葉だそうですが、僕達にとっては極めて重要な意味を持ちます。生存本能に基づいた振舞いであるといっても過言ではないでしょう。
あなた方人間によって野生を奪われた僕達は、同時に生きるための狩りをする能力を奪われてしまっている。従ってあなた方から与えられる食料が命綱なのです。そのためなら媚びもしましょうよ。
尻尾も振るという言葉を、あなた方はよく比喩や暗喩に使っておられますね。僕達をそうさせたという自覚を持っていただければ幸いです。
躾という大義を振りかざし、いうことを聞かないとあげない。オアズケ、待てなど、様々な方法で、その生存本能を抑制しようとなさいますね。本能を抑制出来なければ、僕達をペット=家族として受け入れてはあげない、そう言っておられるのでしょうか。
酷い話しを聞いた事があります。猟犬として飼われていた犬が、狩猟シーズン終了と同時に、そのまま山に置き去りにされるそうです。翌年にまた訓練された犬を買う方が安上がりだと言う理由で。
あなた方に捨てられ、努力して本来の野生を取り戻した彼等は、野犬と呼ばれます。そして、そんな事情があっても、危険であるという理由で駆除の対象となってしまいます。二重拘束を押しつけたあなた方の手によって。
人間のオス諸兄にお訊ねします。眼前に全裸の眉目麗しい女性が居て、おいでおいでをされたらどうなさいますか? あなた方の本能への訴えです。人目さえなければ倫理観などひとたまりもなく吹き飛んでしまうのではありませんか? オアズケはその女性との間に分厚いガラスを張られたようなものです。とても、残酷な行為だと思います。




