犬、かくも語りき
初めに断っておきますが、これは僕があなた方人間のいうところの五歳の意識で書いています。
幼少期に確たる自我もなければ、あなた方人間に意志を伝える術さえ持っていなかったのですから。
従って、おぼろげな記憶を辿ったものであったり、主人の思い入れによる記述になったりもします。
文体が堅いのは、これまた人間がいうところの文系の主人に仕えたことによるものです。アップロードも当然主人に依存しています。僕がキーボードを扱えれば良いのですが、この前足の形状ではとても無理です。主人の肉体を借りて書きあげて行こうと思います。
先ずは自己紹介を。僕はゴールデンレトリーバーという食肉目イヌ科の哺乳類です。血統書に記された本名はアンディ・スカイハイ・JH・JPと長ったらしいのですが、主人は僕をイッポと名付けて呼んでいました。そして、冒頭に述べた五歳などといった年齢を認識するものではありません。暗い時間と明るい時間を千二百回ほど過ごしてはいますが。
だから、犬の年齢は人間の幾つに相当するなどといった乱暴な換算は無意味であるとご理解下さい。そしてストーリーに過度の期待をもたれることなどないよう、お願いします。大きな変化のない暮らしをこよなく愛する僕達です。散歩に連れ出してもらう、友人(勿論、犬です)と遊ぶ、食事をする(餌と呼ばれる類の物ではないものを主人は供してくれました)、排尿、排便をする。ストレス解消のために走り回る。そんな日常を書いた所で、お読みいただくあなた方の興味をそそることなどないであろうと思うのです。
また、誤字・脱字、稚拙な文章、さらには整合性の不一致についても、予めお詫びしておきます。ですがそれは僕のせいではなく、代筆をする主人の能力が及ばなかったのだ、と言い訳を添えて。
僕が産まれたのは愛知県春日井市というところにある動物病院です。母はサクラと呼ばれていました。母の御主人は医療関係にお勤めになる大町さんという温和な人でした。明るい奥さんと元気なお子さん達、猫も数匹一緒に暮らしていました。
そもそも母が僕達を産むことになったのは、人に譲るためだったと聞いてます。無体な話しです。父親の名前も血統書には書いてありましたが、見たこともなければ育ててもらった恩義もないので省略します。
六頭兄弟で唯一オスであった僕は、岐阜というところに住んでいた主人にもらわれて行くことになりました。偶然ですが、その主人の名前も母と同じ、佐倉でした。彼は書物で ≪メスの方が飼いやすい≫ と、いった情報を仕入れ、妹か姉を譲り受けるつもりだったらしいのですが、大町氏の『オスは尻尾をピンと立てて歩くんです、格好いいですよ』との言葉に、心変わりをされたようでした。ただ後に述べる理由で僕は尻尾を上げることなく歩き、主人を落胆させました。
余談ですが、佐倉氏はよく言ったものです。『愛情を伴わない性行為は無意味だ』と。だとすれば僕の出生は無意味なものだということになります。しかし世の多くの犬がこんな風に産まれてくるのです。人間の価値観で計られても困るというものです。
言い忘れましたが、僕は世間一般のゴールデン・レトリーバーと呼ばれる連中に比べてかなり色白です。正確には体毛が白いのですが。そして友人だったジョンも僕同様に白かったように記憶しています。父親がイギリス系だからという理由でしたが、本当の所はよく分かりません。
夜目にも所在が分かりやすい以外は、あまり嬉しいことではありませんでした。汚れが目立ち、その都度あまり好きではないシャワーを浴びせられたのですから。 人間にとってよい香りのシャンプーであっても僕達には迷惑でしかありません。犬のアイデンティティはそれぞれ特有の匂いによるものなのですから。人間であるあなた方には理解出来ないかも知ませんが、僕達が初対面の相手と肛門付近(臭腺)を嗅ぎ合うのは、それが理由なのです。
僕達、犬の視力及び視覚的認識力というものは、あなた方人間のそれに及びません。そのため、優れた嗅覚と聴覚で五感を補っています。僕がシャンプーされた途端に体に泥や埃を纏おうとしたのは、アイデンティティの崩壊を恐れた、言うなれば自己防衛本能に基づく行為だったのです。佐倉氏は『せっかく、キレイにしてやったのに』と嘆いたものですが、本能なのですから仕方ありません。
人間である、あなた方の世界でもよく聞きますよね。【自分探し】という言葉を。よく言えば感受性が豊かなのでしょうね。ですが悪く言えば被害者意識が強すぎる。或いは自己への過大評価が原因なのではないですか? 機会があれば、ご自身を見つめ直してみられるといいでしょう。
幸い、我々犬はあなた方ほど頻繁に自分自身を見失うことはありません。
古の文豪の小説に、猫が語る手法をとられたものがあったと聞きますが、それを真似た訳ではありません。佐倉氏の友人の勧めでこうなったのです。退屈しのぎになれば、と思って書いておりますが退屈を助長させてしまう恐れもあります。繰り返し言っておきましょう。
犬の語る物語などに過度の期待はしないで下さい。




