第三話
長屋に戻ると、出迎えた妻のやそを無視して床の間に入り、そのまま頭から布団を被り、横になった。
様々な思念が頭のなかを駆け巡る。やがて、それはあの日の出来事に収斂されていった。
慶応四年八月二十三日――
その二日前には東の藩境にある要衝、母成峠が突破され、官軍の会津若松城下への進攻は避けられない状況に陥っていた。
主要街道の中山峠を固めていた会津藩の裏をかいて母成峠に殺到した官軍は、土佐・長州・薩摩藩兵を始めとする精鋭三千、それに対する会津側は、歩兵奉行・大鳥圭介率いる旧幕府伝習隊を中心とする僅か八百の兵力でしかなかった。そのなかには、俺が隊長として率いていた新撰組およそ五十人の姿もあった。
午前九時頃に始まった戦いは、正午過ぎには呆気なく勝負がつき、潰走した俺たちは、大滝山山中に逃げ込み、猪苗代城を経て会津若松城下に舞い戻っていた。
郭外上一ノ町にある旅館「斎藤屋」で身体を休めていた俺の許に元新撰組副長・土方歳三が訪ねてきた。宇都宮城攻防戦の最中に、足の甲に敵弾を受けて歩行もままならなくなっていた土方は、この時、新撰組の指揮を俺に任せて、旧幕諸隊を統率する指揮官の任に就いていた。
俺の顔を見た土方は、険しい表情をして言い放った。
「官軍が滝沢峠を越え、市街地に侵入した。すでに外郭の甲賀町口で戦闘が始まっているらしい。もはや会津は保たぬ。仙台まで退くぞ」
土方の唐突な言葉に混乱した。
「待って下さい。まさか会津藩を見捨てるおつもりですか?」
「かくなる上は、やむを得ぬ。榎本釜次郎率いる幕府海軍が品川沖を離れ、仙台に向かったとの報せが届いた。最新鋭艦『開陽』がある限り制海権は我々にある。庄内藩と仙台藩が力を合わせれば、雪が降り出すまでこの合戦を長引かせることができる」
「いったい何を言っているんですか? 我ら新撰組は、元々京都守護職だった会津藩主、松平容保公の配下ではありませぬか」
「おまえの時計の針はどこで止まっちまってんだ。俺たちは、容保公をお守りするために戦っているわけじゃねえ。薩長の賊どもを阻止するために戦っているんだ」
「歳さんこそ、何も見えちゃいねえ。悔しいけど、錦の御旗を掲げられてしまった以上、もう薩長のやつらに勝つことは出来ない。俺たちに出来ることは、もう義を貫くしかないんだ」
その言葉に、土方が不敵な笑みを浮かべた。
「判っちゃいねえな。たしかにもう薩長に勝つことは出来まい。だが、やつらの思い通りにはさせねえ。奥羽越列藩同盟が、何のために帝に連なる輪王寺宮公を東武皇帝に祭り上げたと思っているんだ。薩長の賊どもが造るまがい物の国に対抗して、東北の地にもうひとつの国を建設するのさ。そう、真の日本国をな」
「……そんなこと、薩長が許すわけがない」
「冬になり、雪が積もれば、自然と休戦にならざるを得ない。なんとしてでも、そこまで戦いを長引かせるんだ。そうすれば、必ず潮目が変わる」
土方の話には納得できなかった。いや、むしろ土方自身がそんな話を本気で信じているとはとても思えなかった。
「東北諸国が何を企んでいるのかは知りませぬ。けど、俺たちは新撰組じゃないですか」
「莫迦野郎! まだ判らないのか。俺たちは、新撰組の隊士である前にまず幕府の一員なんだ」
「……結局、逃げ出したいってわけだ」
俺がぽつりとつぶやいた言葉に、土方が思わず目を剥いた。
「なに……?」
「会津が駄目だと判ると、荷物を纏めてさっさと逃げ出そうって寸法なんでしょう。そんなに自分の命が惜しいのですか!」
「なんだと! 言わせておけば……」
土方が、思わず腰に佩いた刀の柄に手をかけた。
「やる気ですか? 断っておきますけど、剣の腕なら、俺の方が上ですよ」
「おのれ……」
土方が悔しそうに柄から手を離した。
「あなたはどこまでも逃げ延びるがいい。けど、俺は会津を離れません。近藤さんも沖田さんももういない。俺も鶴ヶ城を枕に死ぬ覚悟です。それが、俺にとっての『誠』なんだ」
「……判った。おまえにはもう頼まぬ」
そうつぶやくと、土方は肩を落としてその場を立ち去った。
それが、俺が見た土方歳三の最後の姿となった。結局、俺は、仲間十二人とともに会津に居残った。
佐川官兵衛率いる精鋭部隊が長命寺の戦いで惨敗した後、俺たちは城に戻ることなく、郊外にて市街戦を展開した。
鶴ヶ城の三里北方にある塩川村は、旧幕府脱走軍を始めとした千人以上が集まる会津側の一大拠点となっていた。そして、その南方の高久村には、長岡藩から転戦してきた古屋佐久左衛門率いる衝鉾隊が先鋒として詰めていた。
九月四日夕刻、塩川村の本営に凶報が届いた。明朝を期して、官軍が塩川方面に総攻撃を仕掛けてくるというのだ。
軍議の席では、幹部たちが暗い表情をして取り囲んだ大地図を睨むばかりだった。
「薩長の大軍を相手に正面から戦っても、勝ち目はありませぬ」
俺は堪らず口を開いた。
「何かいい策があるとでも申すのか?」
俺は、高久村の半里ほど南にある阿賀川沿いの一角を指さした。
「ここに建つ如来堂が陣地として使えます」
それは、街道から数丁西に入った小高い丘に建つ観音堂である。そこは、かつて戦国時代に建てられた神指城の城郭跡で、まだ土塁や石垣が一部残っていた。
「俺たち新撰組は、今夜のうちに如来堂に移動します。そして、明朝、北上してくる官軍を一旦やり過ごし、背後からその本陣を襲ってやります」
「できるのか?」
「任せて下さい。やつらに鉄砲を撃たせる暇も与えずに、敵の大将を討ち取ってみせます」
翌朝は、一寸先も見えないほどの濃霧が辺りを覆っていた。
そのなかを斥候に出していた隊士が、血相を変えて戻ってきた。
「大変です。官軍がこちらに攻めてきました」
「なに! 何故、策が漏れた……」
いまさら嘆いても栓のないことだった。
「皆の者、ここを我らが死地と覚悟せよ。ひとりでも多くの賊どもを道連れにしてやれ」
濃霧のなか、官軍の銃撃が始まった。スペンサー銃の群れが放つけたたましい銃声が響き渡り、辺りの樹々や土塁を次々に削っていく。
「撃て! 撃て」
だが、圧倒的な兵力差は如何ともしがたい。
その時、大音響が轟き、俺が背にしていた祠の一部が吹き飛んだ。敵の大砲が着弾したのだ。その瞬間、俺の意識は飛んでいた。
次に目が醒めたとき、俺は小舟の上に横たわっていた。
「ここはどこだ?」
その声に、清水が俺の顔を覗き込んだ。
「もう大丈夫です。久米部さんが、密かに脱出用の小舟を手配してくれていました」
俺は阿賀川に浮かぶ小舟のなかにいたのだ。戦地から脱出できたのは、俺を含めて七人の隊士に過ぎなかった。
「このまま南下して、一旦、官軍の包囲網の外に抜け出します。よろしいですね?」
「ああ……」
俺は、まだぼんやりとした意識のなかでそう応えた。
その十日後、前藩主・松平容保は降伏勧告を受け入れ、会津戦争は終結した。俺が会津の地で死ぬことは叶わなかった。
函館戦争において土方が戦死したことを知ったのは、それから八ヶ月後のことである。
土方は、官軍の総攻撃により函館市街地が制圧されるなか、五十人の兵たちとともに籠もっていた五稜郭を飛び出し、孤立していた弁天台場の救援に向かう途中で狙撃されて、命を落としたのである。その時、軍を率いていた榎本武陽は、すでに降伏の意志を固めていたという。それは、まさに自ら死地に赴くに等しい無謀な行動だったのだ。
函館で土方とともに戦った榎本は、いまでは政府の高官に収まっている。俺が、あの時、あんなことを口走らなかったなら、土方のその後の人生はきっと異なったものになったに違いない。
俺が、歳さんを殺したのだ。




