第二話
俺たちは、品川沖から蒸気船で西に向かった。
江戸時代には、すでに全国的な廻船網が整備されていたものの、それらの大半は小型の和式帆船であり、明治に入って亜米利加の太平洋郵船会社が蒸気船をもって参入すると、一時期、日本の海運業は外国資本に席巻された。
その事態に危機感を抱いた新政府の後押しもあり、明治三年には、岩崎弥太郎の九十九商会が東京・高知間の航路を開き、兵庫東出町の薩摩屋が兵庫・鹿児島間の定期航路を開設した。そして、明治五年には、日本国郵便蒸気船会社が設立され、東京・大阪間で月十二回の定期運航が行われるまでになっている。
品川を出港した船は横浜に寄港した後、三日間の航海を経て神戸に寄港し、大阪港に到着する。俺と永岡は、佐賀に向かう中根と高津に別れを告げると、神戸港で下船して、そこから鹿児島に向かう薩摩屋の豊瑞丸に乗り換えた。それから、さらに三日の船旅になる。
瀬戸内海の小島が浮かぶ美しい景観を甲板から眺めながら、隣に並ぶ永岡に声を掛けた。
「鹿児島までの道のりは思っていた以上に遠いのですな。これでは、西郷が兵を率いて上京するのも難儀ではありませぬか?」
「鹿児島県は県令に薩摩出身の大山綱良を置き、いまだに独立国家の様相を呈している。軍艦や輸送船も所有したままだそうだ。西郷が動けば、その船を使うこともできよう。案ずることはあるまい」
豊瑞丸は、日向の細島に寄港した翌日には、鹿児島に到着する。錦江湾に入ると、威圧するように聳え立つ桜島が、雲ひとつない空に噴煙を上げていた。
昨年、山川に同行して鹿児島に潜入したことがある永岡は、鹿児島の市街地についてある程度の土地勘があるようだった。湊からも間近に見える城山と呼ばれる小高い丘の麓にかつての薩摩藩の本城である鶴丸城が建っており、その手前には南北に延びるように城下町が広がっている。
永岡は事前に調べてきたのだろう、手控えを頼りに大通りを北に向かう。稲荷川を渡ってすぐの清水馬場という広場の前に大きな屋敷が建っていた。そこが、陸軍少将、桐野利秋の居宅である。元々は薩摩城下北郊の吉野郷実方に生まれ育った桐野は、明治に入ると、篤姫の実父・島津忠剛のかつての下屋敷であるこの邸を買い取ったらしい。
玄関先に出てきた下男に来意を告げると、しばらくして幼子を抱えた女性が現れ、桐野の妻のヒサと名乗った。
「あん人ば、いま宇都谷に出掛けちょじゃどん、すぐ戻ってくっで、しばらくお待ちたもんせ」
俺たちは、玄関脇にある広い洋式の応接間に通された。シャンデリアが吊された部屋のなかには舶来の調度品が飾られている。茶革のソファに座り、桐野の帰りを待つことにした。
「永岡さんは、桐野とは面識があるのですか?」
「ああ、あの男も会津戦争に加わっておった。会津藩が降伏した後、鶴ヶ城明け渡しの際に出逢っているのだ」
「ならば、さほどよく知っているというわけではないのですな」
「案ずることはない。あの男ならば、旧会津藩士たちの気持ちも判ってくれるはずだ」
桐野が居宅に戻ってきたのは、それから半刻ほど後のことだ。
「お待たせして済まぬ」
そう言いながら、部屋に入ってきた桐野の姿を一目見た瞬間、俺の身体は、剣客の本能に突き動かされて無意識のうちに反応していた。
ソファから跳び退き、腰を落として刀の柄に手を掛ける。
その動きを見た桐野も、咄嗟に険しい顔をして身構えた。
「……おぬしは……」
桐野が、俺の顔をまじまじと見詰めてつぶやいた。
「……知らなかった。桐野利秋が、かつての『人斬り半次郎』だったとはな」
『人斬り半次郎』こと中村半次郎は、薩摩に伝わる示現流剣術の遣い手だった。嘘か真かは判らぬが、その腕前は、軒先の雨だれが地面に落ちるまでの間に三度の抜き打ちができるとまで噂された。
半次郎は、慶応三年九月に当代きっての軍学者である上田藩士・赤松小三郎を白昼堂々、五条東洞院の路地で斬殺した。待ち伏せていた半次郎は、赤松が懐に忍ばせていたピストルを取り出す暇も与えずに、一刀の下に左肩から右の腹までを袈裟懸けにしている。この事件により、『人斬り半次郎』の異名は天下に知れ渡った。近藤さんをして「薩摩の中村半次郎にだけは迂闊に手を出すな」と言わしめるほどの剣客だったのだ。俺も、半次郎とは京の街で幾度か出会している。
そのとき、永岡が叱声をあげた。
「何を血迷っている。止さぬか!」
その声に咄嗟に己の立場を思い出していた。慌てて桐野に向かって深々と頭を下げる。
「ご無礼を仕りました。なにとぞお許し下さい」
その様子を見た桐野が、思わず破顔して楽しそうな声を出す。
「元新撰組の斎藤さァが、わざわざおいを訪ねてきてくれるとは嬉しか! こげに愉快なことはあいもはん」
そう言って、俺をソファに誘った。
永岡が、俺を諭すように語りかけた。
「桐野殿は、ただの人斬りなどではない。土佐の岡田以蔵らとは違うのだ。その証拠に、新政府では立派に陸軍少将にまでご栄達なさったではないか。それに、桐野殿は会津藩士たちのこともよく判ってくれていた。
会津藩が降伏した後、桐野殿は鶴ヶ城受け渡しの軍監という大役を務めておられた。
開城の式場となった甲賀口大手門の一角に陣幕が張られ、桐野殿は諸藩の兵たちを従えて、錦旗を掲げてやって来た。会津側は、家老の梶原平馬殿らに先導されて、藩主の容保公と世子の喜徳公が麻の裃に無刀という出で立ちで、近臣十余名を従えて陣幕のなかに入った。私もその場に居合わせていたのだ。
桐野殿を始めとする官軍の将官たちは、上座で毛氈の床几に腰を下ろし、容保公や近臣たちは白砂に敷いた筵の上に座った。そのときの屈辱感はいまでも忘れられぬ。ところが、容保公が深々と頭を下げて、謝罪の言葉を口にしたとき、桐野殿は、なんと天を仰ぎ、号泣したのだ」
桐野が、永岡の言葉を引き取った。
「不幸にして敵味方に分かれてしもうたが、おいは会津藩士こそが真の侍だと思っちょりました。会津の皆さんの悔しさは、よう判っておいます」
「有り難い。そう仰って頂けると、少しは心が救われます」
桐野が、表情を改めて問いかけてきた。
「ところで、いきなり訪ねてきて、いったいおいに何用ですかな?」
「桐野殿は、いま何をしておるのですか? まさかこのまま鹿児島に逼塞するつもりではありますまいな」
永岡の言葉に、桐野が憮然とした顔を見せた。
「おいが何をしようが、永岡殿には関係あいもはん」
「左様なことはありませぬ。まさか西郷さんを追い出した、いまの政府をお認めになっているわけでもありますまい」
「もちろんじゃ。いまの政府は国家の大讐敵にして、人民が怨望しておる。それ故、いまの政府を助けようとする者は、国家に対して不忠を働き、人民を塗炭に苦しませるのに加担していると言わざるを得ぬ」
「ならば、なぜ起とうとはせぬのです?」
永岡が、挑発的な言葉を投げつける。
「あの米国の華盛頓を見るがよい。英国が虐政の限りを尽くしているのを目の当たりにしても、敢えて口を開かず、足を挙げず、ひたすらに刻が至るのを待ち続けた。けれども、一旦起ち上がるや、向かう処敵なしで、連戦連勝を重ねたのだ。そして、その兵たちが携えていたのは、農具や工器に過ぎなかったという」
「なるほど。機が熟するのを待つと言いたいのですか。しかしながら、果たしてそうでしょうか? 徒に刻が過ぎ、再び政府が安定を取り戻せば、その機会は次第に薄らいでいくに違いありませぬ。西郷さんを始めとする留守政府組の参議たちが下野し、政府が動揺しているいまこそ、千載一遇の好機ではありませぬか。いまの政府を倒すために、西郷さんに起って頂きたい。私たちは、そのお手伝いをするために訪ねてきたのです」
桐野が、その言葉に目を伏せた。
「おいとて想いは同じじゃ……じゃっどん、肝心の西郷さァにその気がなかとじゃっで、どうしようもなか」
「何を弱音を吐いておられるのですか。西郷さんをその気にさせる、それこそが桐野殿にしかできぬ務めではありませぬか」
永岡が、熱い眼差しで桐野を見詰める。その視線を受けて、桐野が苦笑いを浮かべた。
「簡単に言ってくれるのう」
「我らも協力致しましょう。それ故、一緒に西郷さんを本気にさせようではありませぬか」
「……むろん、おいに異存はなか」
「そうと決まれば、すぐにでも我らとともに西郷さんの許に向かいましょう」
「判った。じゃが、いま西郷さァは湯治に出掛けているはずじゃ。少し待っておれ。すぐにその居場所を探し出す」
◆
鹿児島の北方にある霧島平野の中央を天降川が南北に流れている。その中流域の周辺では豊富な温泉が湧き出していた。鹿児島では最も古い温泉のひとつである日当山温泉郷である。鹿児島の中心部からさほど遠くないこの地こそ、西郷が湯治のために足繁く通う温泉地だという。
桐野は、俺たちをその一角に建つ一軒の大きな茅葺き屋根の農家に誘った。そこは、龍宝伝右衛門という元湯を管理する湯守の居宅だった。西郷は、いつもその家を日当山温泉での定宿に使っているらしい。
桐野とも面識がある初老の伝右衛門は、俺たちを笑顔で出迎えた。西郷は、いま近くの山に猟に出掛けており、不在にしている。俺たちは、表座敷で西郷の帰りを待つことになった。
西郷が山から戻ってきたのは、すでに西の空が赤く染まり、辺りに闇が忍び始めた頃だった。
分厚い綿入れを窮屈そうに着込んだ大駆の西郷が、数頭の大きな薩摩犬を引き連れて前庭に入ってくる。俺たちを認めた西郷が、縁側越しに声を掛けてきた。
「おう。桐野どん、来ちょったんか」
「今日は、珍客をお連れしました」
桐野の言葉に応じて、永岡と俺が順番に名乗りをあげた。
「会津ん人ば来っとは、珍しかこっじゃ。ゆっくりして行きやんせ」
「猟の方はいかがでしたか?」
桐野が、西郷に尋ねかける。
「寒うなったで獣が麓に出てこんくなった。今日の獲物はこんだけじゃ」
そう言って、縄で帯にぶら下げていた二匹の野兎を掲げた。
「ちょっと待ってたもんせ。こいつらが腹を空かせちょっで、先に餌を済ましてしまいもす」
西郷は、鉈を持ちだし、庭のなかで手早く一匹の兎を解体すると、茶色い犬たちに餌として分け与えた。犬たちが旨そうに齧りつくのを、西郷はしゃがみ込み、慈しむような眼差しで眺め続けている。そして、犬たちがあっという間に平らげると、二匹目の兎の解体に取り掛かった。
それを見ていた永岡が、声を掛ける。
「二匹とも犬に与えてしまっては、西郷さまの食べる分がなくなってしまうではありませぬか」
「よかよか。おいは、たくさん獲れたときに、相伴に預かれればよかど」
そう言って、高笑いをあげた。
すでに食事の支度ができていた。西郷が家に入ると、すぐに夕餉が始まった。
食卓には、鍋に入った薩摩汁のほかに川で獲れたばかりの焼き魚や豚骨が並んでいる。その堂々とした体躯に似合わず、西郷は酒が呑めなかった。ほかの三人が芋焼酎を呷るなかで、ひとり煎茶を啜っていた。
頃合いを見計らって、永岡が口火を切った。
「実は、我らは西郷さまにお願いがあってやって参りました」
だが、西郷は渋い顔をして永岡の言葉を遮った。
「おはんの言いたかことは判っちょりもす。じゃっどん、そん先は言いやんな。おいは、参議を辞めた男じゃ。もう政事の世界ば戻っ気はあいもはん。これからは、こん薩摩で田畑でん耕して余生を送るつもりじゃ」
「いまの政府をこのまま放っておくおつもりですか?」
「おいは、もともと岩倉さァに請われて政府に出仕したとじゃ。もう要らんと言われれば、それまでのこっじゃ」
「…………」
永岡が言葉に詰まったのを見て、俺は咄嗟に口を挟んだ。
「なれど、何故、征韓論ごときで参議を辞めたのですか? むろん朝鮮問題とて大きな案件であることは間違いありませぬ。岩倉の卑劣な振る舞いにお怒りを露わにされたことも判ります。なれど、征韓論ごときが、職を賭さねばならぬほどの重要な課題だとはとても思えませぬ。いまの政府には、ほかにまだまだ解決せねばならぬ大きな問題が山積しておるではありませぬか」
「もう終わったこっでごわす。いまさら話すつもりはあいもはん」
そう言って、西郷は口をへの字に結んだ。
俺は思わず桐野を見遣った。
桐野は、「それみたことか」と言わんばかりの顔をして首を横に振った。
「せっかく遠かところばおいでなすったとじゃ。政事んこっは忘れて、愉快に呑み明かしもんそ」
西郷はそう言って、人好きのする笑顔を浮かべた。
薩摩藩が長州藩と組んで討幕に突き進んでからは、会津藩とは敵対してしまったが、もともと公武合体派の両藩は長く蜜月の関係を続けてきた。語るべき思い出は山ほどある。その後は、酒も進んで昔話で盛り上がった。




