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「俺、本当は激辛味は一過性のニーズかと思ってたんですけど、少年が挑戦していたんですよね。「もっと大きくなってからまた挑戦する!」って言ってたので、ニーズは続きそうです」
「そうか、ご苦労だった。すっかりスパイス・ハーブクラッカーがカルロ商会の顔みたいな位置にあるなぁ。これは、もうちょっと違うものも考えださないと商会が潰れかねない」
? ああ、そうか。クラッカーが規制されるとか(現実的じゃないけど)、したらカルロ商会が立ち行かなくなるからクラッカーに頼ってばかりではいけないって話だなぁ。
商会として食べ物ばかりに頼るのはどうかと思うんだよなぁ。食べ物じゃないけど、老若男女にニーズがあるもの……。トイレの芳香剤とかか?トイレだけは老若男女使うよなぁ。
「それだと、トイレの芳香剤とか……ですか?シャワーは年代によって好みが出ますよね?」
「ハーブとか香辛料の知識が欲しいな。就業後にSanctuary Silentのマスターに相談するか…」
その日の就業時間後、俺と商会長はSanctuary Silentに来た。目的は、ハーブと香辛料の知識を得るため。
「ほう、トイレの芳香剤ですか…。私が知識を与えることは可能です。しかしそれだと、『カルロ商会=ハーブまたは香辛料』という図式が出来てしまうのではないでしょうか?」
それだと海賊さんがやったように、保冷庫一つでカルロ商会が潰れてしまう。何のための新商品開発なのか全くわからない。
「うーん。俺はまだまだ底が浅いという事ですね」
あれからというもの、酒を飲みながらマスターとチェスをするようになった。マスターに負けるけど。それでもちょっとは上達しているらしい。俺はよくわからないけど。
「ということは、ハーブや香辛料に頼らなくて、老若男女に関わるものを新商品として開発せねば……」
俺も商会長も考え中とばかりにグラスの氷をカラカラ鳴らす。ウッドベースの音とは対照的に高い音が響く。
グラスに氷がぶつかる…。グラス……。俺のグラスと商会長のグラスは違う。飲む物によってグラスが違うってマスターから聞いた。
「お前さんは香辛料がなかった時、何を売ってカルロ商会を大きくしたんだ?」
商会長は黙ってしまった。VRMMOの世界で俺は何を売っていた?‘カルロ’として何を売っていた?
「食べ物ではなかった。香辛料の争奪戦への挑戦宣言は自分との戦いでもあった」
で、何を売っていたっけ?悩めるイケメンもカッコいいが、そうではないんだ。
「そうだ、俺はこのグラスに使われてるガラスを売ってたんだよ。最初はグラス一つ売るのに苦労したなぁ」
商会長にもそんな時代があったんだ。
「カルロ商会は香辛料がなくても生きていけるじゃないか!」
「ああ。ずっと考えてたんだ。マルコ。お前、俺の手を離れて自分の商会を持つのもいいんじゃないか?」
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突然の商会長からの話に困惑してしまう。これはステップアップなのか、見捨てられたのか……。
「あの、えーと。俺には商会を起ち上げるような貯金はないですし」
「俺が出資者となる」
カルロ商会の商会長が出資者?なんか責任重大の商会だなぁ。でも、それを俺が?
「なんでまた俺が?」
「俺が相応しいと思ったからだよ。出資するからには損したくねーし?」
うわー、責任重大!助けてマスター!
「マルコさんは街中の方々からの支持が大きいですからね。さぞやよい商会になるでしょうね」
マスターまで・・・。そんなぁ。
「背筋を伸ばせ!自信を持て!お前は俺の右腕で長いことやって来たんだ。絶対に大丈夫だ」
「街中の皆さんも歓迎してくれますよ?」
そ、そうかな?
「お前に絶対的に足りないのは自信だ。自信を持て!いいな!上司命令だ。ああ、これが最後になるかな?」
俺は…商会長になるのか?
「マルコさんの商会の名前はやはり『マルコ商会』ですかね?」
「俺の紹介も俺の名前がカルロだから『カルロ商会』だし、それでいいんじゃね?」
「マルコさんにはネグローニを。カルロさんにはアマーロ・サワーを」
「マスターは何飲むんだよ?」
「隠していましたけど、私強い酒が好きなんです。だから。この、特製のハーブを漬けこんだ透明スピリッツ。サンクチュアリ・スピリッツです。これは見た目以上に強いですよ?」
「マスターは怖いなぁ」
「いやいや、特別な時にしか飲みませんし。お酒に負けているようでは、マスターなんて職業やってられませんよ。マルコさんの独立に乾杯!」
「「乾杯!」」
チンッとなるグラスの音もカランとなる氷の音もこのSanctuary Silent の音はなんだか心地よかった。
「お前…いつの間にやらネグローニが飲めるようになっていたのか?」
「反応遅いですよ、商会長!」
「コラ!今度からお前も商会長なわけなんだから、商会長じゃねー。「カルロ」でいい」
なんか呼び捨てで呼ぶのは畏れ多いのとくすぐったい感じと複雑だなぁ?
そんな俺達を目を細めるように強い酒をマスターが飲んでいる。
俺はいつかアレを飲める日が来るんだろうか?
お二人が帰った後にマスターは店に残されていたかつて自分が起ち上げていた商会の資料たちを全て処分した。
「こんなものは過去の遺物。これから新しい時代がやってくる。その眩しさにこんな汚らしいものに縋りついているのはみっともないですね」
そう、資料を燃やしているマスターの頬を一筋の涙が伝った。
「年を取るといけませんね。まだ、自宅に保管している資料の処分もしなくてはならないのに…」
42.
さて、新しく商会を興すことになった。けど、何をすればいいんだ?とりあえず、社屋の場所か?社屋がなかったら取引とか話にならないよな。
「マルコ君、商会を興したって聞いたわよ!」
話早すぎないか?
「どこなの?」
「ははは。一体何をしていいものやら」
「んもうっ、そういうことはオバサンに言ってくれればいいのに、社屋の場所でしょ?街の中の不動産屋さんがいいとこ安く教えてくれるわよ」
「場所が決まったらどうすればいいですかねぇ?」
「うーん、『マルコ商会』が存在するってのをアピールかしら?マルコ君はいろんな人に知られてるから、すぐに人脈でわかるわよ。そのためには名刺みたいのが有った方がいいのかしら?それだって、街の中の人なら喜んで作っちゃうわよ。なんたってマルコ君のためだもの!」
ははは。俺は街中の人の支持マジでスゴイんだな。
「あ、マルコの兄貴!」
俺には弟はいない。
「俺、マルコ商会で働きたいっす!やる気はあるっす!」
まず言葉遣いを正しくしよう。街中から雇用を図るってのもいいかもなぁ。
「なぁ、お前の名前は?アレキサンドリアです」
長くね?そして、似合わずに立派過ぎる。
「長いな。アレクで良くないか?」
「兄貴がつけてくれたなんて感無量っす」
「この商会さぁ、まだ職員全然いないんだよな。それで、アレクが使えそうなやつを勧誘してくれないか?脅すのはダメだからな?本人の意思を尊重すること!」
「わかりました!」
アレクは物凄い速さで街中に消えていった。さて、俺は住むところも決めなきゃなんだよなぁ。これからは男性独身寮生活できないから、完全自活か?
とりあえずの人脈としてT国大使に会うことにした。
「噂は聞いているよ。マルコ君が商会を興したって」
「ハイ。カルロ商会長が100%出資なんですけどね。カルロ商会長を離れて一人でやってみろとのお達しです」
「君もなかなか大変だなぁ。我が国に出来ることがあったら協力させてもらうよ」
「そう言って頂けると助かります」
「いやぁ、君はなかなかのキレ者だからなぁ。ん?無自覚か?」
そうなのか?
俺は街に戻り、住む場所なんかを探すことにした。
「オクサマ!あの、俺住むところを探してるんですけど、どうしたら……」
「オクサマなんて久しぶりに言われたわよ。ええとね、物件探しでしょ?それなら不動産屋さんがいいと思うわよ?」
不動産屋さんかぁ。さっきお世話になったところでいいかな?っていうか、カルロいいとこに住んでんじゃん。部屋だって余ってるし、住ませてくれたったいいじゃん。ケチ!
俺は不動産屋さんに行った。
「住むところ?」
「はい。ほとんど仕事で寝に帰るみたいな感じになるかなぁ?」
「それでしたら、こちらはいかがでしょうか?」
賃貸料金高くないか?ていうか、この場所カルロの家の隣じゃない?カルロはこんな賃貸料払ってんのか?
「えーっと、もっと安いところで。俺は商会興したばっかりだから貧乏なんですよ」
俺は笑って見せたけど、不動産屋さんに憐みの目で見られたような気がする。気のせいかな?
「あ、こんな感じでOKです。これなら賃貸料払っていけそうだし」
俺は現実的なんだけどなぁ。なんか商会長=金持ちとか思ってる?商会興してすぐは貧乏だよ?




