第八話 風神演武-破-
白理迷宮を管轄する虚駆魔神は世界各国に伝わる元素の概念が取り入れられており、それぞれが高度な結界術を誕生時点で含有しつつ、古今東西を問わない神の名を冠しているというのが、攻略サイトと∀ROの世界考察を生業とするギルドの共通認識である。
「つまり、あの風神がデフォで纏ってる防護を剥がすには、一定以上の火力が必要ってワケか?」
「そうだ。どうあれヤツらの本質はあくまでも迷宮自体の統括にある。だから自分の守護には然程頓着していない。物理的、もしくは魔法攻撃の類で簡単に削りきれる」
カイトからの問いにキリカが淡々と答える。
眼前に仁王立ちしている風神の存在意義は自己の生存ではなく迷宮の存続にある。ならば、そこに心血を注いでいる間はこちらを殲滅対象とはせず、ただの障害物と見なして迎撃行動を取るだろう。
少なくともこのパーティではダントツの経験者であるキリカが言うのだからその情報に虚偽は含まれていない筈だ。問題は、
「だが、あの防護壁は所謂、自動発動・・・パッシブスキルに分類される。つまり下手に剥がしてもたちどころに塞がっていくってわけだ」
「だとすりゃ、その鬱陶しい鎧を逐一潰し続ける奴と、それで生まれた隙を一気に突く奴で分ける必要性があるな」
「それは俺が引き受ける。黒雷槍程度で叩けるのなら、大した心配はない。それよか体力消費で特殊技やら形態変化を仕掛けられる方が御免被るからな」
矢継ぎ早に作戦を決定するキリカとアルバードの熟練者ぶりに見事に圧倒されたカイトは、作戦内容を聞き取るどころか除け者にされた錯覚に陥りかけていた。
「――い、おい、聞いてるかカイト。コイツを倒すには手っ取り早く防護を破りつつ、弱点部位に魔法か剣技をぶつけるしかねぇ、んで、その役割はお前とアルバードに任す」
「・・・あ、あぁ、分かってんよ。要はあの偉そうなご尊顔を歪ませろってんだろ」
「ハ、だったら俺とお前でダメージ総量勝負と行こうぜ。負けた奴はモール内のつけ麺屋で特製つけ麺おごりでどうだ?」
「・・・言ったな?今の俺はひと味違うと知った上でのその発言・・・俺が勝ったら遠慮なくトッピング天国としゃれこむぜ?」
「問題ねぇさ。他人からのお情けでのお恵みに縋ってるような奴に負けはしねぇよ」
風神とは関係のない場面で心底どうでもいい争いが開戦する。この二人にユーリを含めた三馬鹿の関係性は基本的にこのようなしょうもない賭け事の元に成立しているとキリカは踏んでいる。
それらは時に教師の説教を付随させつつも、今回に限っては余計な緊張を緩和させる清涼剤として機能しているのだから恐ろしい。
「・・・いいか、作戦の是非はお前らの粘りに懸かってる。俺がなるべく空隙を作るが、何が起こるか分からん。だからこそ、最前線での即席の判断及び勘を優先する。いいな」
「「了解」」
合図とカウントは省略。風神の行動予測を看破できていない以上は先制を奪取することに意義がある。特に虚駆魔神は貴本則があるとはいえ、一度の討伐でサーバーがセオリーを変容させた新型を投入する性質であるため、下手な攻略情報を取り寄せられない難点を保有しているのだ。
キリカが魔力を込める。増幅し、形象化されつつある漆黒の刃はそれ自体が魔法による奇跡の具現であり、防護壁の突破に有用な最適解の構築でもあった。
「――黒創の鉄剣・連舞」
詠唱は簡潔に、されど洗練され、殺傷能力と速度のみを重視して強化された闇の呪文は神さえも腐食する毒牙を帯びて無数に展開し、一斉射出されると同時に、二人の少年が一気に駆けた。
疾駆。現状可能な最大速度で着弾した部位から起爆し、徐々に無防備になっていく風神の土手っ腹を射貫くべく、カイトとアルバードがその剣先を向け、しかし魔力探知により先手を奪われた両名は風神の鉄拳にその身を晒すこととなった。
「うおわっ!?」
風神による制裁の一撃は百貨店と改札の境界面を中心に隕石が飛来したかの如く炸裂し、絶対の衝撃を三者へと提供する。
その規模と威力はキリカに防御態勢を取らせたばかりか、不遜にも突っ込んできた冒険者を地面から突き放させ、そのまま恰好の的へと昇華させた。
「マズッ!?」
アルバードの危機回避も間に合わず、右掌に収束された風属性の魔力弾が眼前で爆ぜる。それは全身に竜巻を浴びせられたのと同義であり、反動で吹き飛ばされた身体は有無を言う暇さえなく、壁へと激突した。
そして、その制裁は刹那の猶予もなくカイトへも向けられ、返す右腕の剛拳が不届き者の肉体を殴殺せんと迫った瞬間、右手首から先が感覚器の作用もなしに消滅していた。
それはこの空間において最も高い練度を誇る男の魔法にして、空間さえも拒絶する闇属性上級魔法の効力だった。
「隙は作った!そのままゼロ距離で魔法をぶっ込め!」
「言われずともぉッ!!」
――暗天牢。闇に蠢く悪しき呪術師が考案した空間破棄術式。本来は旧世界の邪神が住まうとされる異界への転移を図るために開発された魔法は、後世の時代において研究が進み、現在では攻防の一切において対象を事象ごと消去する魔法として認知されている。それは神の名を冠していたとしても例外ではない。
自身の身に何が起こったのかを搭載されている汎用AIが理解する前に右腕を伝って突貫する。狙うは一点。完全防御が崩れた顔面、より詳細に語れば両目のどちらかに陽光脈の魔法を捻じ込む。
左腕の介入はない。あったとしてもキリカによってそれは阻まれる。その二点こそがこの数瞬の駆け引きでは何よりも重視される項目であり、見事それに打ち勝ったカイトは防護結界の内側へと侵入すると、躊躇わず右目に陽光脈を突き刺し、表面に編まれた紋章を起動した。
「輝ける光撃ッ!!」
光とは自然界に君臨する熱量の権化であり、紀元前から人類史を支え、時に神として、時に文明の利器として発展と発達を支援してきた叡知と英知の象徴である。
それは∀ROでも何ら変わりなく、風神であろうが眼球という人体でも特段に脆い部位を穿たれてはひとたまりもないのは自明であり、起爆した眼は右脳ごと焼却され、それでも尚、生命活動を続ける風神に今度はカイトが度肝を抜かれることとなった。
「マジでかっ!?」
風神の髪が逆立つ。それは荒ぶる神の怒髪天を示し、ただ無害な子羊の願望器として願いを受容するのみの神が極刑の執行を決定した瞬間でもあった。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!」
怒号が京王線改札全域に轟く。その声帯による風圧はカイトのみならず、後方支援に徹していたキリカさえも圧倒し、前者は反対方面へと弾き出され、後者は地に足をつかせるのもやっとの状態まで追い込まれていた。
「チッ・・・まぁ、予測はできていたことだが、仮にも風神なんて大層な名前の奴が初めて数時間も経ってない馬鹿に痛手を被ったのがそこまで癪に障ったか?」
右脳が徐々に内部神経を軸として再生していく。馬鹿二名の羽虫ぶりがそこまで気にくわなかったのか、右手首の傷痕からは、血管が沸騰し、赤い蒸気が可視化されるほどに吹き上がっていた。
ここから先、温情や慈愛は発生さえ容認されない。あるのは一方的な天罰のみであり、それを粛々と受け入れる覚悟をキリカは持ち合わせていなかった。
(・・・ま、今の状態なら魔剣を使うまでじゃねぇか・・・)
魔力を掌に集中。その隙を見逃さない風神の殴打を見越して、いっそ正当な構えで繰り出された正拳に虚無の刺突をぶつけさせる。
「ガッ!?」
風神にとっては三度目の想定外となる非力な人間からの一撃は事実、極限まで強化されているとはいえ、闇属性中級魔法の中でも最初期に会得する《黒刺の鉄塊》に他ならず、風神は脅威度の更新を余儀なくされていた。
拳圧を物ともせず、むしろ逆に圧倒せしめたキリカは第二撃へと移行しつつある風神を見据えて静かに宣告する。
「――スイッチだ、アルバード」
揺らめく陽炎。それは太陽の顕現を錯覚するほどに眩しく、纏う炎熱は閻魔が敷く地獄の業火を想起させた。
∀ROに存在する二種の魔法剣。一つは術式を仕込まれ、魔力を通すだけで予め刻まれた魔法を放てる術式型。そしてもう一つは外界の魔力を事前に編まれた特定の系統へと還元し、自身のMPや威力と剣技を増幅させる抽出型。
通常ならば起こりえない超常の一閃。焔を灯し、大気さえ焦がす火炎の招来。嘗て大地を邪神に略奪され、落涙と共に咆哮した第一の賢者が考案した《紅燐流》の絶技。
「――紅燐流、晴蘭斜陽の陣ってなぁッ!!」
心底悪辣な笑みを携えたまま、炎の台風を叩きつけたアルバードの姿は、剣士よりも格上にも噛みつくチンピラに近く、それでも剣筋自体は寸分のブレもない美麗そのものだったのが、キリカに何とも形容しがたい感情を芽生えさせていた。
「あ?何だよ、他人の顔じろじろ見やがって。俺の実力に惚れでもしたか?」
「・・・いや、技術革新ってのは馬鹿にも最高レベルの剣術を提供するのかってな・・・」
「喧嘩売ってんなら買うぞ」
不意の煽りに対して釈然とせずとも軽口をぶつけあうものの、その数秒の安堵はしかし、顔面に豪炎を纏わせながらも未だ威厳を崩さない魔神の手によって葬り去られた。
「ガ、ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
風の双翼が展開され、竜巻が喪失した右手首を再構成する。対して、左腕が興奮状態からか赤色に染まると、そこから朱色の剛風が全身を纏うように顕界した。それは風神の怒号であり、容赦を完全に捨て去った裁定者としての姿でもあった。
「・・・いつの間にか、随分と物騒な図体になったモンだなあのおっさん」
「そりゃあな、虚駆魔神が段階制なのは攻略情報にも載っていたし、むしろここまでで馬鹿一人が吹っ飛ばされたのを除けば無傷で辿り着けたのが奇跡なぐらいだ」
昨今のMMORPGにおいてHP減少に伴う形態変化を採用しているレイドボスは少なくない。それらには面倒なギミックや特殊条件が仕込まれていたりもするが、幸いにして風神は正面からの一対一でも対応できる部類として設定されている。
だが、それは序盤の風貌を維持したままでの討伐を前提としている。現在の怒り状態が一時的ならまだしも、永続ならば攻略情報も役に立たない。以降の戦闘の一切は挑戦者の技量と生存力に託される。
「――さて、俺はコイツが相手でも問題はないが、お前はどうする?下手な動きすりゃ引火するぜ?」
「ほざけ。テメェこそいい加減、腰の得物を抜く準備でもしとけよ術師気取り」
風神が唸る。だが、それでも二人の態度は揺るがない。それは自信過剰によるものではなく、ただ単純にゲームとしてこの世界を俯瞰して捉えているが故の余裕だった。
そして、その裁きが下る寸前でも恐怖を写さないキリカとアルバードの横柄は風神の沸点をさらに煽ることに成功し、激昂のまま不届き者を誅する鉄槌を風神に振り下ろさせた。
∀ROの素朴な疑問を強制開示するQ&A 第六回
Q:魔法について教えろや
A:魔法は作中で説明があった通り九つの属性によって成り立っている。この内、特能属性のみは初級魔法が無条件で解放され、最初から使用可能となっている。ただし、特能属性はあくまでも得意とする属性を指すため、他の属性が使用不可能となるわけではない。基本的には上述した初級魔法の解放と能力値の強化率向上、速度増加や威力の補正などをもたらし、逆にデメリットとしては弱点属性のダメージ倍加などが付与される。
魔法は基本的に《初級》、《中級》、《上級》、《超級》の四つに区分される。この内、超級のみは選択した特能属性しか習得できない。それを除けば上級までを全てのプレイヤーが獲得できる。
これらはスキルツリーとは別個の九つに枝分かれしたマジックツリーから取得する。マジックツリーではスキルと異なり、魔法のみを会得することとなるが技術値は共有する。そのため、技術値の割り振りは従来のRPG以上に慎重さと自らの理想像への綿密な追求が求められる。
ちなみに、《連舞》とは魔法の連続攻撃や一斉攻撃を指す単語です。小学生の時に適当に考えつきました。それを現在も使っているとは恐ろしいですね。




