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第七話 風神演武-序-

  曰く、風神とは台風などの天災を司るのと同時に、風邪などの疫病を運ぶ神としても記されている。


  古事記においてはイザナミとイザナギの間に生誕した子供としても知られており、豪雷を司る雷神とは対の存在として語られることが多い。

 特に古来より人々は風という概念に何らかの神秘性を付与させており、風の又三郎などの擬人化はその代表例だろう。


 しかし、神とは前提として畏敬と畏怖を一身に纏った天災にして厄災の権化であり、自然現象を依り代に人類によって規格された原初の怪物でもある。


 故にその威力も馬力も生命体などとは比較するだけでも不遜極まりなく、それを奇跡で以てして拝んだとき、ただ人々は絶望と唖然を抱くことしか許されない。そしてそれはカイトであっても例外ではなかった。


 一挙一動、たった微細な行為も、汗が額を伝う生体運動さえも容認されていない錯覚に襲われる。

 というよりも、精神が当たり前のように透視されていて、反抗的な思考の一切も統括されるような形容しがたい恐怖感がカイトの全身にびったりと張り付いていた。


 「は、は、ぁ・・・・・・」


 十六年の生涯においてこれほどまでの威圧を覚えたことはない。VRもARもその本質は肉体準拠か脳波準拠かの違いであり、痛覚や精神興奮の制御もある程度はゲーム内に含まれていたため、ここまでのプレッシャーとは相対した経験さえなかった。


 「だからって・・・退けっかよ・・・!」


 震える両膝を叩いて己を鼓舞する。如何に相手が巨躯を誇ろうが、魔神として恐れられていようが関係ない。

 所詮はゲームが構成した虚像なのだ。ならば、何を怯える必要があるというのか。

 カイトがしなければならないことは、キリカとアルバードが到着するまでコイツを足止めすることであり、それ以外は雑念でしかない。


 四柱の幻想。されど実体を持たない怪物はただ眼前の敵にさえ満たない羽虫を見下ろす。しかし、その隙こそが好機であるのと同時に、カイトにとっての開戦を意味していた。


 「ッ・・・!アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 脚部に魔力を蓄積し、解放。風圧による反動よって一気に距離を詰め、陽光脈に秘められし術式を解放する。


 輝ける光撃(スキャン・リーグ)。それ単体では精々がゴブリンを狩る程度の光弾を、魔力の許す限り放ち続ける。元より大したダメージにはならないと察しているからこその弾幕は、直撃状態を示す煙幕へと発展し、連射によってその広がりを増していく。


 狙いは単純、だが、エフェクト効果は万人に共有される仕様にしてシステムである。

 だからこそ、それに一縷の望みを賭けたカイトの予想に反して、鬱陶しいと表情を歪ませることなく、風神の魔力圧によって再度吹き飛ばされた時に、その甘い希望が打ち砕かれたのを遅れて悟った。


 「ガッ・・・!?」


 認識が甘かった。風神とて、そこらのモンスターと変わらないだろうと油断していた。体表全体を覆う風属性の防御結界。アレを超さなければ勝機自体巡ってこない。

 それを抜きにしても虚駆魔神は迷宮維持の要なのだ。それが結界魔法の一つも習得していないなど間抜けにもほどがあるだろう。


 「上等だよ・・・!」


 防御結界の耐久力を自分如きの魔力総量で上回れるとは微塵も過信していない。だが、出力次第では相殺しつつ綻びを形成することも可能だろう。むしろレイドボス相手に初心者であるカイトが実行できて尚且つ生存が叶う手段はこれしかない。


 「――我は風を司るオンス・レガー・ウインド


 風属性中級魔法にして、現状のカイトが唯一使用できる自己強化を全身に付属させる。主な効果は風属性の攻防強化と移動速度及び回避運動の高速化だが、今回に限っては前者のみを優先して実行する。

 風神の筋肉質な腹部目掛けて突進。風圧防御の射程圏内に短剣の一閃をお見舞いする。

 無論、その程度は羽虫の囀りと同義でしかなく、故にその愚鈍なまでの突き光撃が二段構えなのを風神は勘づけなかった。


 「乱舞する暴風(ウィルド・ストーム)ッ!!」


 陽光脈の切っ先から現出したのは魔力によって編まれた擬似的な台風にして指向性を保有した竜巻だった。


 自然災害における風は単なる人的被害を除いても自動車や建造物を見境なく破壊し尽くす天然の力場である。それ故に日本は諺や神話においてその脅威を拡散し、その畏怖から風神を具象化した。

 この一撃は正に恐怖の対象として認知されている風の象徴であり、それは周囲をただ遊泳するのみであった結界を見事に剥がし、風神の注意を底上げすることに成功していた。


 「いっ!?」


 両掌が異次元の速度で迫る。それを辛うじて身を上に捻って回避するも、続く風弾が周囲に構築されている事実が更なる回避を継続させた。


 『――虚空風弾』


 猛々しい男の、しかしまるで禅を極め悟道に至ったかのような静謐な声色による刹那の詠唱は、尋常ならざる弾幕として展開され、一帯に不可視の雨あられを降り注がせる。

 それをギリギリの範囲で避けつつ、弾幕の空隙を穿とうにも、二度とそれを望めない規模の攻撃範囲はカイトに虚駆魔神の強大さを叩きつけ、逆にその動揺を狙った一発の風弾がカイトの眼前で爆ぜた頃には本来は禁止区域である改札内に侵入したばかりか、HPが一撃で八割減というどうにもならない隔絶を生じさせていた。


 「ど、どうしようもなくねぇか・・・コレ・・・?」


 カイトの個人的批評としてMMORPGの難点の一つは圧倒的なレベル格差を有する相手とのエンカウント確率の地味な高さにある。

 RPGのような順当に敵が強くなる仕様ではなく、オープンワールドを売りとした多人数型のゲームとは切っても切れない関係ではあるが、時折、図られたかのように高ランク帯の敵と遭遇する機会がある。

 その場合、逃走が基本となるが、目標が相手とあってはそれも許されない。つまり今回に限っては、闘争以外の選択肢は存在しないのである。


 (MPは既に三分の一を切ってる。それに加えて俺の体力どころか装備が紙過ぎて一撃死も余裕で圏内。っていうか最早、生きてるだけで儲けモンだな・・・)


 こんな所で神の恩恵を感じたとしても敵も神とあってはタチの悪い嫌がらせにしか思えない。それどころか風属性の初心者に風神をマッチングさせるなど運が悪いどころか疫病神の関与を疑うレベルである。

 状況は最悪。風神は一ミクロの損傷も受けていない。このまま戦闘を続行すればカイトの敗北は必定として受容される。何としてでもあの馬鹿どもが到着するまではそれだけでも避けなければならない。


 「・・・やってやるよ。意地でも、死んでも這いつくばってテメェに喰らいついてやらぁっ!!」


 こうなれば、後にものを言うのは自身に宿った意志のみであり、カイトはそれのみで自らのスイッチを入れ直し、ただ偉そうに己を見下す双眸を睨み返す。

 その力量差を弁えない態度に風神が首の骨を成らそうとした瞬間、


 「――黒雷槍」


 顔面が爆裂した。正確には一瞬の間、浮遊していた漆黒の槍に絨毯爆撃を浴びせられ、あっさりと防御結界を破られた挙句、微量ではあるが確かにダメージを負わされていた。

 それが誰による砲撃かは明確で、されど一人付随していた馬鹿の所為でその感謝も盛大に吹き飛んでいた。


 「よー!生きてるかペーペーのエマ〇エル坊やーー!!死んでねぇかーー!?死んでたらそのまま〇〇〇買ってきて貰うからな―!」


 「いちいちうっせえぇんだよこのエロガッパが!言われなくても生きとるわ!むしろお前が死ねッ!今死ねッ!」


 「威勢はあるようで何よりだ。どうあれ持ち堪えてくれてよかった」


 緋色と黒色が並び立つ。それはカイトが何に代えても欲して止まなかった増援にして、風神という究極を打ち崩す神殺しの体現者達が出揃った瞬間でもあった。









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