第一八話 変貌に呑まれる
二時間目。信頼できない事前情報って普通に罠だと思うの。
九人の女王はそれぞれが独立の思想と魔力術式、極端な政治観念と独裁精神を備えた赤の他人で構成されている。邪神によって見初められた彼女らは出自も人種も何もかもがバラバラであり、最下層は奴隷から最上位は貴族に至るまで彼女達に統一性という概念は存在していない。
唯一判明しているのは極めて高い魔力濃度とそれを納めることが可能な器のみであり、内部対立も珍しい話ではなかったことが伝承からも明らかにされている。
その彼女達の霊魂が極彩色の島に残存している理由は一切不明として捉えられており、考察班が調査に訪れたが、迅速な攻略ペースとイベントの消極的な情報開示、何よりも女王が交代する毎に自然環境が一から変貌する島の特性によって頓挫が後を絶たなかったのだ。
「つまりその女王様が妹と似てるから謁見したいと・・・まぁ、人の趣味はそれぞれだけど・・・シスコンとかじゃないよね」
「んなわけねぇだろ。他人の空似とかなら別にいいんだよ。けど、あまりに似すぎてるから少し気になっただけだ」
「当然だが女王はNPCのボスキャラだ。それ以上でもそれ以下でもない。だってのに誰かと似てるとなれば―――」
「単純なモデリングでの一致か、若しくは急遽運営サイドのイベント方針が変更になったか――」
「まぁ、普通に考えればその辺が妥当だろうな」
ゲームに限らず、漫画やアニメの登場人物が別作品や現実の人間と酷似しているなどのケースは稀に確認される。
それらは著作権や肖像権などにも関わるデリケートな問題だが、今回の場合は全くの証明がないカイトの直感頼りの代物でもある。普通ならばありえないで断ずるべきなのだが、
「それに加えて極彩装備と自己強化とは・・・ここで一気にケリをつける気満々だね!」
「そういうお前はどうしてこのイベントに参加したんだ?遠征は必須でもねぇだろ」
「んー・・・そうだねぇーー・・・」
問われて、顎に手を乗せつつアイナが返答を考える。それは他愛のない会話にしては妙に慎重に見えた。
「・・・強いて言うなら思い出作りってとこかな。折角の一夏なんだし、現実じゃできない倫理スレスレの派手な祭りを堪能したいじゃんか!」
「確かにそりゃそうだな、VRでもARでもやることは変わらねぇ。どれだけ幻想と不条理を楽しみきるかだ」
先の戦闘から見事に打ち明けた二人はガハハと声を上げながら無用心に進軍していく。完全に油断しきっているが散夜の洞窟自体の戦力は高く設定されていない。
無論、下手に挑めば詰むのは当然だが、オーク程度で遠征を阻まれるパーティは本イベントに参加していないだろう。
「とりあえず彩瞑山に着き次第、各々で氷魂魄を収集していくぞ。初日で情報不足な以上、荒稼ぎはできねぇだろうが・・・先んじることは可能だろう」
「極彩装備関連はどうすんだ?アレって遠征任務とは独立してんだろ?」
極彩装備には個々に伝説が内在しており、それを島内で辿る専用任務の解放と進行、そして契約の成就によって達成される。これらは《極彩任務》と呼称され、遠征任務とは異なる島の意志が関わる文字通りの幻想録を指す任務として成立している。
その性質から発生条件を含めて一切の詳細が伏されており、極彩装備は名称だけが事前に発表される仕組みとなっている。
「確か今回は《八咫鏡》と《冥動ノ矢》だったけか。仮にも北欧神話に日本神話を混ぜるとは・・・何とも日本らしいというか何というか・・・」
「まぁ、極彩装備については急ぎじゃないから問題はない。それにその辺のゴタゴタは考察好きを含めたギルドの領分だろ」
全方位に埋め尽くされた天然鉱石の星空を跨ぎつつ散夜の洞窟を探索していく。従来のルートがそのまま採用されているのならば、もう間もなく北出口の終着点へと行き着く筈であり、事実、洞窟内部にまで冷風が立ち込めつつあった。
「うっへぇぇぇぇ・・・!途端に空気がさぶくなってんだけどぉぉぉ・・・!」
「キリカ、炎を寄越せ。でないと俺は余裕で奪衣婆と遭遇する」
「はいよ、それとそろそろ外界だからな。方針を確認しておくぞ」
彩瞑山麓は女王の魔力変換に曝されやすい環境であり、恐らく極寒が根底から支配している空間だと推定される。
このため、パーティプレイにおける報酬共有を利用した各個撃破が最も効率がよいのだが、カイトが寒冷地域での戦闘に慣れていない以上、下手な別離は自滅を招くのみだろう。
「彩瞑山は交流島の地理上、殆どがオブジェクトで構成されている。だから基本的には麓での稼ぎが中心となるが、初日ぐらいしか利用できないことは覚悟しとけよ」
「やっぱ狩場にされて行列ができんのか・・・」
「そこまでは行かねぇだろうが・・・氷魂魄が無限なのか有限なのかも不明だからこそ、荒稼ぎはできるときにしとかねぇと意味がねぇからな」
「ま、そりゃそうだね。理には適ってる。けど、懸念材料も多そうだよねー」
「その辺は無視だ。いらん可能性は考えるだけで無駄に増幅する。とにかく今は目先の情報だけを信じて進むぞ」
外界の光が僅かに零れる。それは来訪者に対する歓迎であると同時に、意識の途絶が自らの死を決定させる地獄の銀世界への手招きに他ならなかった。
吹雪が視界を遮っている。極寒と冷気が冒険者の一歩さえも硬直させ、その足止めが何よりのデバフとして機能している空間は三人を見事に呑み込み活動不能へと追い込んでいた。
「さ、寒いなんてもんじゃねぇ・・・冬将軍・・・冬将軍ここに来たれり・・・」
「しっかり意識保てよ。拡張神経の作用といえど気絶すりゃ強制ログアウトだからな」
「とは言っても・・・ここまで天候が荒れてちゃ敵の位置どころか余裕で不意打ちくらいそうなんだけど・・・」
味方が辛うじて確認できる状況下で下手に魔物にでも遭遇すれば少なくともカイトは八つ裂きにされるだろう。一日目で一気に差を開いて前提任務をクリアするためには頭数を失うわけにはいかない。
「とにかく視界を確保したい。アイナ、何かしら一時的にでも吹雪を飛ばせる魔法か何か使えねぇか」
「え?うーんとそうだね・・・だったら―――」
言って、自身の刀剣を地面に突き立てる。切っ先には純粋な炎を宿して大地の根源自体に訴える上級属性魔法の揺らぎ。通常ならば周囲一帯に持続ダメージを付与させる効果を持つが、今回に限っては女王の洗礼を払うべく、その炎界を起動させた。
「―――炎廊界」
地面に炎陽が根付く。燃え盛る炎熱が瞬く間に周囲一帯の吹雪を溶かし尽くし、危うく根本からスライムの如く潰れかかったカイトに冷水をぶっかけて蘇生させる。されど、復帰したカイト一行の晴れた空間に君臨していたのは巨大な山岳ではなく、西洋式の崩れかかった時計塔だった。
「あ・・・・・・?」
「あれ、前回ってここに山がなかったっけ・・・?」
「いや、確かにあった筈だ。勿論、彩瞑山そのものを登るわけじゃねぇが・・・麓はちゃんとした狩場として成立・・・」
ふと、ある可能性がキリカの脳内をよぎる。極彩色の島は遠征毎にその特性や環境を変貌させるが、それは全てが女王の一存によって処理され、休眠中の霊魂たちはそれに服従する他ない。それは九人の女王に約束された数少ない誓約だろう。
ならば、当然自身が休眠へと至った瞬間に自治権を根こそぎ略奪されては自身の治世が徒労に帰してしまう。そうなれば当然、取れる選択肢は限られてくる。つまり、
「――統合しやがったな」
「つまり何か?彩瞑山自体がなくなったってことか?」
「というよりも置換された。十中八九他の台頭を恐れた氷の女王の仕業だろ。セコいことしやがる」
「え、ってことはここまでの行動は水泡に帰したってワケですかい?」
「いや、そういうわけじゃないはずだ。多分だが・・・」
外観は敬虔な信徒の集う厳粛な教会。中央の時計とその直下に彩られた女神のステンドグラスがより時計塔の神秘性を向上させている。眼前に位置する扉は大鷲の意匠が彫られており、ここが単純な建造物ではないと警告するかの如く冒険者を威圧している。それは紛れもない脅威の内包を示し、ある一つの事実をキリカに確信させた。
頑丈に施錠された扉を蹴り飛ばす。面倒なシステムや解錠符を求められずに済んだことに感謝しつつ、キリカたちは上空に浮かび上がった文字を確認した。
「《アルセイデス氷堂図書館》・・・!?」
「やっぱりな・・・そんなこったろうと思ったぜクソッタレ・・・」
「ちょっと待て、この図書館全域がダンジョンなのかよ・・・!」
四方八方の本棚に敷き詰められた書籍の数々は冒険譚から実用書、歴史本から魔法学まで数多を網羅しており、それらには魔物名や人物名がタイトルとなったものまで含まれていた。
「完全に封印されてるな。しかもご丁寧に前任の女王が用意した宝まで密封するとは」
「マジで!?ってことはそれを破壊すりゃ宝物がタダで手に入るってワケか!」
「んなわけねぇだろ。この場合、各々に解除方法が設定されていると考えるのが妥当だ」
尋常ではない本の山脈を慎重に進みつつ、差し込む冷気に身震いする。写るのは∀RO内における知識書のみであり、モンスターのモの字もない環境はカイト一行に充分な不安を抱かせていた。
「何ていうか・・・・・・無機質すぎて怖いんだけど・・・」
「同意見ナリ・・・・・・魔物の存在しないダンジョンなんて麺のないラーメンと同じナリ・・・」
「それはただの健康に悪いスープだろ・・・」
「あ、あの・・・・・・」
不意に、第三者の声が響いた。
敵襲を想定し、瞬時に不可視の警戒線を解放する。武器は抜刀せず、されど魔法の発動準備のみは即時可能なままセットし、キリカが代表してその口を開いた。
「誰だ。パーティの偵察か何かなら蜂の巣になる前にさっさと失せろ」
キリカの警告に物怖じしたのか、それとも意を決したのかは不明だが、奥底から人影が現れる。
薄浅葱色の長髪に深海を宿したかのような藍色の双眸。体躯は小学生程度ではあるが、その雰囲気は静謐を通り越して現世から隔絶された妖精を彷彿とさせる。同時に、雪結晶が装飾されたワンピースと周囲に纏った細氷は彼女がただ者ではないことを証明していた。
正体不明の存在。アイコンもHPバーも表示されない少女は異彩そのものであり、続いて彼女の放った言葉がさらに場の混乱を招くこととなった。
「こ、ここは何処なのでしょうか・・・・・・?」




