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第一一話 演武後の夜話

 新宿の喧騒は千差万別である。駅構内を歩けば老若男女が様々な装いで触れあい、夕方にでもなれば双眸の濁ったサラリーマンがそれぞれの足取りで家路へと着く。場所によっては外国人観光客が道に迷い、上京した学生が案内看板として成立していない案内看板に嘆く光景を目にすることもあるだろう。


 地上に出れば、ネオンに染まった鮮やかな色彩が昼夜問わず光沢を発し続け、営業マンや遊びたい盛りの高校生、歌舞伎町にでも寄れば、客引きにヤクザまで十人十色の人間模様を拝められる。


 それは∀ROも同様であり、I・フィルターによって現実と隔絶された第二の新宿は迷宮都市と言うだけあって、日々攻略に励むものから情報交換にカジノへと繰り出す者など、その華やかさに陶酔したプレイヤー達は現実とは異なった喧騒に身を委ねていた。

 しかし、今日限りはほぼ全員が《魔法商業組合管轄ディスペル・スタジオ》の魔液晶、現実では新宿アルタの電子モニターに釘付けとなっていた。


 それは数ヶ月に一度とは言え見慣れた筈の虚駆魔神討伐報告と白理迷宮の弱体化。そして、討伐プレイヤーのネーム紹介。それは一部の人間からは英雄視されるものの、弱体化の規模もあって、殆どは無関心に終わる情報だった。だが、


 「・・・ちょっと待て。迅駆風神ってなんだ?聞いたことないんだけど」


 「虚駆魔神の新種か?あれって確かランダムだったろ」


 「だとしても、虚駆魔神の名前が変わるなんてあったか?」


 驚愕と唖然。自身どころか攻略サイトにも記されていない未知の魔物の討滅は瞬く間に迷宮都市中を波及し、次々と小規模の考察や論争を生み出していった。


 「何処の攻略情報にも載ってねぇんだけど・・・」


 「だったら新手のレイドボスってことか?だとしたら初出ってことじゃねぇか!?」


 「おい、みんな聞いたか!?これから二週間、虚駆魔神に大幅なデバフが付くってよ!」


 「「マジでかァッ!?」」


 その情報はさらなる動揺と即席の討伐班を生み出し、迅駆風神のみならず、それを討伐した三人のプレイヤーへも興味と特定が進行していった。


 「ヤベェな、だとしたらガチの偉業じゃねぇか!っていうか、都心初の迷宮完全制覇もあるんじゃねぇかコレは!?」


 「キリカって万軍のキリカかよ・・・そりゃ三人での攻略も可能なワケだわ・・・」


 「マジ!?キリカってアレだろ!?ソロ専の魔剣使いだろ!?ソイツがパーティ組んだってのかよ!?」


 「アルバード・・・って誰だっけ?」


 「ほら、あれ、アイツだよ。紅燐流使いの国立競技場でやったさ」


「あー、アイツか!刀術大会八位の奴!あんな解放条件がしち面倒くさい紅燐流使いって生きてたんだな」


 「ってか、そんなヤツらに挟まれてるカイトって誰だ?まさか本名プレイとかじぇねぇよな」


 「さてな、ただゲームなりリアルなりで交友関係を持ってるのは確かだろ。何せ勇者のギルド勧誘さえ断ったキリカだぜ?」


 「マジでか・・・・・・、だったらカイトって奴を特定した方がはえーなこりゃ」


 それぞれがそれぞれの談話に華を咲かせる。都市部の迷宮は極めて厄介な性質と魔物が跋扈しており、その攻略は容易ではない。

 それが弱体化したどころか残り三柱の虚駆魔神まで封殺されたとあってはガチ勢や白理迷宮に固執する一部のプレイヤーは黙っておられず、既に新宿駅東口の入場門には相当な人数の人だかりができていた。

これに考察ギルドや分析ギルドまで加われば、最早ある種の夜祭と化すだろう。それほどの盛況ぶりが迷宮都市の一角を支配していた。


 そしてその片隅、適当な椅子に腰を掛けつつ自身の魔銃を調整する女性が一人。無事に新規加入者のレベリング作業を終え、彼女たちと別れた矢先に舞い込んだ一報はジトローネの耳にも届き、彼女を感嘆させた。


 「まさか、虚駆魔神どころか新たな地平をも開拓するとは・・・恐れ入ったよ。これは私のギルドにでも誘っておけばよかったかな」


 そう言って、彼女は宴と相成った迷宮都市を立ち去る。しかし、その開拓者との再びの邂逅が目前へと迫っている事実に彼女はまだ気づいていなかった。


※※※※※


 「何故、こんなことに・・・・・・」


 「諦めろ。それが世を上手く渡る上で必要な最低限のルールだ」


 「あぁ、理不尽かな。我が人生・・・・・・」


 京王モール内のつけ麺屋。そのカウンター最奥の四席で今か今かと茹でられている麺の美麗な音色を聞きながら、到着を待ち焦がれる高校生が四人。

 内一人は興味なさげに携帯をいじり、続く一人は何処か不服そうにつけ麺を待ち、さらに一人は勝ち誇った笑みを浮かべて隣の男を見やり、そして最奥に座る一人はこの世の終わりかの如く消沈し、テーブルに突っ伏して力尽きていた。


 「結局さ、俺の存在意義ってあったのかな」


 「気にすんなって言ったろ。悠里が遭遇できなかったのは単純に運のなさと宝箱にホイホイ引き寄せられていったことによる自業自得だ」


 「フォローになっていないんですが」


 「つったって、それ以外に言いようがないじゃねぇか」


 暫くして、店員がそれぞれの注文した食券に沿ってつけ麺を置いていく。

 キリカと悠里には普通のつけ麺、一樹には特製つけ麺に加えてチャーハンが追加され、そして最後の男にはただメンマと生卵が隅っこに与えられるのみだった。


 「獄中飯でももう少しマシだぞ・・・・・・」


 「うるせぇな。格ゲーはろくにコンボを決められず、音ゲーでは見事な音痴ぶりを披露して、カラオケでは奇跡の六〇点代を叩きだした奴がすべきことは、ただメンマと卵を食して消沈することだけだ」


 虚しすぎる夕食に絶望しながらも貴斗はそれを頬張る。祝杯にしてはあまりにも惨めなこの仕打ちは迅駆風神戦後に繰り広げられた戦禍の結晶だった。


 結局どちらが止めを刺したのか。それを両者ともに譲らなかった一樹と貴斗はゲーセンでの延長戦に突入。

 しかし、疲労困憊の極みだった貴斗が半身を失っていたとはいえ休憩状態にあった一樹に適う筈もなく、あらゆるゲームジャンルで盛大にボコボコにされ、カラオケで歌唱対決をすれば一樹のあまりに透き通った美声に涙を流し、UFOキャッチャーでは欲しい景品を根こそぎ奪われ、ヤケクソで殴りかかったら普通に組み倒された。


 「――生まれたての子牛みたいで愛嬌があるなと僕は思いました」


 一連の戦いを総評した時の一樹の言葉が延々と反芻している。完膚なきまでに叩き潰されて言い訳のしようもない。というか、つけ麺屋に来ておいて麺の一つも啜れないことがこんなにも辛酸を舐める屈辱だとは思っていなかった。


 「・・・塩辛いよ、このメンマ・・・塩辛い・・・」


 「そりゃあな、本来はつけ汁に入れて喰うヤツだからな」


 「卵の黄身が生暖かいよ・・・口の中が溶けそうだよ・・・」


 「そりゃあな、本来はブレンドして食べるなり、つけ汁で温めるヤツだからな」


 あまりにも哀しい食レポは瞬きの間に完結し、一樹たちがつけ麺を頬張る一方で吹っ切れたのか、それとも現実を遮断したのかは不明だが、携帯をいじっていた貴斗はそこで一つの記事を見つける。


 「・・・・・・なぁ、俺らのことがネットニュースになってんだけど」


 「マジか、うわ、本当じゃん。しかもご丁寧にプレイヤーネームまで晒されてんですけど」


 記事には白理迷宮の最新攻略情報と題した迅駆風神討伐に沸き立つ観衆の様子とキリカ、カイト、アルバードのプレイヤーネームが記されており、考察班と討伐班が既に第二の攻略へと渡っていった様子が報じられていた。


 「・・・なんかエラい騒ぎになってねぇか?」


 「そりゃあな。虚駆魔神のみだと思いきや出現した未開のレイドボス。しかもそれを潰したとあっては盛り上がるのは当然だろ」


 「あー・・・だからゲーセンとかでも妙に視線を感じたわけだ・・・」


 「一応、迷宮攻略の新情報を除いても、迷宮自体の攻略はそのままゲームを進める上でも重要な要素だからな。取り分け都心部は競争率が激しい挙句に難敵揃いときてる」


 「アレか、九つの国家ってヤツだっけか?」


 MMORPGには大まかに分けて二つの種類がある。一つは世界設定や物語以上に操作性やモンスター、装備の洗練などの自由度に重点を置いて開発がされている謳歌型。

 二つは物語と世界観を至上命題にし、多人数でそれを探求した上で、世界そのものの謎と進化を促していく探索型。


 ∀ROは前者に位置するゲームではあるが、一応の設定として全国の迷宮完全踏破による邪神の復活阻止という数少ない異邦人としての責務が存在したりする。


 九人の賢者によって創造された新大陸は日本の国土を模倣しており、北海道を《雪息》、東北を《緑縁》、関東を《人涯》、中部を《晶穀》、近畿を《妖黎》、中国を《炬睦》、四国を《暴憐》、九州を《暗甲》、沖縄を《炎廻》として区分けしている。


 これらは独自の国家大系を形成し、その文化や習慣も些細なものから死生観の乖離まで非常に幅広い。

 だが、上述したこれらは世界観には組み込まれているものの、入国審査などはなく、精々がスポーンモンスターの差異や限定の武具防具、地方間でのレイドイベントなどが関の山である。派閥争いも一部を除いては存在しない。


 だが、それらの国家が数少なく相互作用を引き起こす事象こそが迷宮であり、それらの活動状況や近況などの踏破記録、そして完全攻略などは文字通り邪神復活阻止へと直結し、その踏破数は重要な数字として機能している。


 「設定上、異邦人は邪神の復活阻止と復活した場合の討滅が任務だからな。それに迷宮は、下手に無視すれば《活性化》する。これを放置すれば周辺地域にデバフを起こしかねないから死活問題にも成り得るんだよ」


 「なるほどなぁ・・・世界観に沿った動きはちゃんとあるのか・・・俺完全に∀R目当てでやってたわ」


 「ま、本質は老若男女にヴァール・リアリティを理解して貰うってのが大前提だからそれでも間違っちゃいない。この要素はあくまでもそれに満足できないゲーマー用だからな」


 現在の迷宮攻略状況は雪息、暴憐、炎廻が完全踏破を完了。緑縁は仙台駅を攻略次第、これに追従する状態となっている。

 とりわけ関東圏は首都を抱えているために迷宮攻略は絶望的とまで評されるほどであり、その意味においても今回のニュースは大きな進展をもたらすものだったのだ。


 「白理迷宮はギ〇スにも認定されている新宿駅に居を構えている。だからこそ迷宮の維持も魔物のスポーン率も異常であって、今回の迅駆風神討伐こそがそれを穿つ最大の隙になったってわけだ」


 「ってことは、完全踏破されれば迷宮はなくなるってことか?」


 「いや、ただクリアされたっていう証明が貼られるだけで内容は変わらねぇよ。あと解錠の必要性が失せる」


 攻略サイト曰く、マッハの勢いで踏破された東北地方は地味に人気があり、特に一本道で完結する秋田駅や比較的初心者向きとされる盛岡駅は∀ROの影響力も相まって観光客が増加し、一部地域ではこれに便乗した迷宮営業も起きているらしい。


 「∀ROには物語進行は基本的にない。不死性の邪神の肉体とエンドレスに戦い続けるってのが基本コンセプトである以上はな。それでも細部には物語があるのさ。それに、迷宮攻略でNPCに感謝されるってのも悪い気はしないもんだぜ」


 貴斗の知らなかった∀ROに生きる者達の物語は奥深く、その全容の一割さえ理解するにはほど遠い水平線上に佇んでいる。それでも、未知を乗り越えた事実は確かに貴斗の胸を高揚させ、冒険の楽しさを再認識させた。


 「ヤベぇな・・・!俺たちが暴いたのか・・・!世界を・・・!」


 「一端だけどな、それでも前進したのは事実だ」


 それぞれがつけ麺の殆どを食べ終える中で、何とか興奮を抑えようとする貴斗の姿はまるで未開封のゲームソフトを握りしめたまま悶える子供のようで、それはゲーム好きならば誰もが味わう未踏への憧れと望郷そのものだった。


 「そういや、風神のドロップって何かあったか?ジュンコンだか何だかは全体だろうが・・・」


 「俺はそれとアクセだけだ」


 「俺はそれに短剣もプラス」


 「え、マジで、俺だけか?限定アイテムドロップしてないの・・・」


 無言で両肩に手を添えられ、余計に無情さが加速する。それに反して急に生き生きとし始めた貴斗の姿はいっそ滑稽な形としてキリカには写った。


 「やっぱりね、日頃の行いだと思うんですよ僕は。常日頃から下半身の出来の良さで女の子を批評するエロザルの煩悩を、あの風神様は把握していらっしゃったってことですよ」


 「そうですね。血も涙もなく、精々が鼻水垂らしながらアホ面で幼気な女子高生をナンパして膝蹴り喰らった挙句、そのままジャーマンスープレックスを決められたヤツにはこの程度がお似合いだと思いますはい」


 「・・・・・・お前ら、三日前に奏ちゃんの友達をナンパしてたのバレてるからな」


 瞬間、ギクッと背中を震わせた二人の男はさっきと打って変わって恐怖に怯える被食者の如く縮まりかけていた。


 「本人が大層ご立腹でな、『兄さんには是非とも睾丸をぶった切ってジャグリングをして欲しい、きっと家族団らんのいいスパイスになる』って伝言を預かっている」


 「それもう俺の生命活動の終焉じゃないっすかね・・・・・・?」


 「それと、悠里についてはコレを渡してくれと頼まれていてな」


 言って、それを悠里の手元に渡す。そこには見事なまでに研ぎ澄まされた果物ナイフがあり、咄嗟に隠したもののそれは暗に「腹を切れ」というメッセージに他ならなかった。


 言葉が失せる。ガクガクと子羊の如く恐怖する両者の姿に内心ほくそ笑んでいる一樹とは裏腹に奏の態度が悪かったのが思春期的なものではなく、自身の浅はかな愚行による結果だったのだと今更ながら悟った貴斗は家路が地球の裏側にまで遠ざかっていく幻覚を覚えていた。


 「というわけで、無事にリビングの地面を踏めるといいな。貴斗」


 「俺、来世はアブラゼミかシャコ貝になるんだ・・・・・・」


 完全に現世から解脱ししかかっている貴斗は今にも舌を噛み切りそうで、キリカが何とか軌道修正しつつ内容を戻す。


 「・・・それで、結局アイテムの内容はどんななんだ?聞けば貴斗が俺らよりも当ててんだろ」


 「ん?あぁ、そういやそうだな。何ならここで見てみるか?」


 そう言って携帯とレッドエリークの相互リンクを展開し、アイテムウィンドウを確認する。レッドエリークはそれ単体では∀Rの起動装置でしかないために、現実での間接的なログインには携帯を中継せねばならない。これでレッドエリークに携帯機能まで搭載されていたならば、完全無欠どころかタチの悪いオーパーツとなっていただろう。


 適当な素材が乱雑に置かれたインベントリの奥底に並んだ三つの報酬。それらは説明欄の時点で荘厳を醸し出していた。


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 名称:迅駆の純魂

 カテゴリー:武具強化用素材

 迅駆風神の魔力路にして論理保管と迷宮維持を一手に担う心臓部位。

 虚駆魔神は虚ろなる駆動体。生命と呼称するにはあまりにも虚無に満ちており、結界と形容するにはあまりにも虚構に特化しすぎている。

 それは迅駆風神として覚醒しても例外ではなく、その真意はただ迷宮のみに捧げられる。  

 されど、刹那の瞬間に生命として滅された風神は確かに、黒き論理の先に爛々と輝く暁を拝んだに違いない。それは宝石の純度を軽々と凌駕するこの輝きが証明している。

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 「・・・何かさ、絶対・・・というか確定で虚駆魔神にも結構なストーリーが存在してたヤツだろコレ」


 「だろうな。こんな挙動見せてさえなかったけど、明らかに穏やかそうな顔してたのは事実だしな」

 

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 名称:風神百華・一ノ段

 カテゴリー:ネックレス

 耐久力:7821

 術式:我は風を司る

 効果:風属性攻撃力及び魔法威力を2倍、防御力を6%上昇、移動速度の高速化。

 説明:迅駆風神の莫大な魔力が偶発的に結晶体へと至った物をネックレスへと加工した装飾品。

 迅駆風神は魔の恩寵の化身。それ自体が高純度の魔力体である迅駆風神の残骸は、毛髪一本のみでも既存の武具に未知と未見をもたらす。

 それは叡知を徴収し、蒐集したからこそであり、この術式効果も仮初めに過ぎない。魔術師が極点を観測するべく、ありとあらゆる学問を貪食するように、この研磨の最果てには暴風さえ及ばない聖域が凪いでいるに違いない。

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 「Oh・・・・・・」


 「・・・その、何だ。ドンマイ」


 「よかったな。風神様の慈愛と慈悲を直で浴びるとは、友人としてとても誇らしいぜ」


 「それは俺の苦労を奪ってまですべきことですかね・・・?」


 「まぁ、意外と神様って神話とかだと慈しみに唾吐いて、そのまま肥やしにした挙句、それを肥料に畑とか耕すタチの奴多かったりするしな」


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 名称:風神の短剣【封刻】

 攻撃力:8987

 耐久力:9152

 術式:【封刻済み】

 効果:風属性攻撃時によるクリティカル発生率を7%上昇。ごく稀に《風神の寵愛》効果を発動。

 説明:迅駆風神の結晶体から排出された正体不明の短剣。

 迅駆風神の自己防衛本能による封印柱の影響によって封刻された短剣は、旧界文字に酷似した紋章を宿して永き眠りにつく。それは安寧を求道した風神の安らぎであり、解放は生半ではない。

 しかし、真に風との調和を果たし、竜の蜷局さえも意のままに調停してみせたのならば、その双眸もついに開かれるだろう。そして、その難業は迅駆風神に見初められた異邦の論理を有する民にしか成し得ない覇業である。

===========


 「何つーか・・・お前初日から面倒な装備手に入れすぎじゃね・・・?」


 「そうか?言ったってアレだろ?強化素材を求める系だろ、こういうのって」


 その言葉に貴斗以外の三人は静かにだが絶句する。面倒というのはそういう意味ではないと目が訴えかけてきているその光景はすぐに自身が愚直な発言をしたのだと直感させた。


 「え・・・もしかして、恐ろしくヤバい代物なのかコレって・・・・・・?」


 「それ以前に、そもそも何を素材とするのか、他にも何かしらの前提条件があるのか、それが未発見ならば所在は何処なのか。それから探さなきゃならん。何せ迅駆風神っていう攻略サイトにさえ記載のないレイドボスの武具なんだ。説明文通り生半可じゃ済まねぇだろ」


 キリカの言葉に遅れる形で、ようやく貴斗も入手した装備の恐ろしさを悟る。


 強化を大前提とし、その一切が不明。しかもこれだけの品となれば単純な強化にも大金なりそれなりの称号を求められるだろう。

 端的に述べるのならば、陽光脈以上に現状のカイトが振るうには場違いな装備をドロップしてしまったのである。幸い慣れた短剣であったのが救いだが、それでも封刻解除には相当の修練と幸運を要するだろうことは想像に難くない。


 つまり、これらの風神武具は神の名を冠する破格であると同時に、持ち手に賢者並みの修道を要求するのである。

 神の具象を強化するのだから当然だろうと運営は言いたいのだろうが、三人の反応を見るに、尋常ではない素材量が飛ぶのだろう。むしろ、それで済めばいい方なのかも知れない。


 「最悪だ・・・マジでか・・・ってことは、父島とか西表島とか馬鹿みたいに遠いところまで旅行せねばならんというのか・・・」


 「流石に父島はねぇだろうが、西表はありえるかもな。ニライカナイとか神由来の地域で、神器とかの発掘報告があったぐらいだし」


 一気に項垂れる。カイトの旅路が風神一色になっていく感覚がする。このままでは未踏へと勇猛に挑む冒険録が迅駆風神によって塗り潰されてしまう。それほどの危機感が貴斗の背筋を襲っていた。


 「上等だよ・・・俺が奴を葬ったんだ・・・これぐらいの報酬と対価は受け取らねぇと、それこそ罰当たりだよなぁ・・・!」


 だが、探求こそはゲームの基本法則。刺激と探索なくしてゲームはゲーム成し得ない。ならば、それを堪能するのみだろう。MMORPGは偶然と必然の出会いに溢れている。ならば、楽しみきらなければ損でしかない。


 「ハッ、初日から潰れてくれた方が、ライバルが減って楽だったんだがな」


 「無理だろ、コイツ俺と同レベルの馬鹿だし。ゲームへの刺激で興奮するとかパブロフの犬と同列じゃねぇか」


 「まぁ、初日でここまでの戦いを経験した上で決意したんだ。そう簡単には折れねぇだろ」


 貴斗の奮起に三人は驚きつつも、納得したかのように向き合って少し笑う。貴斗にはそれが気味悪く写ったが、すぐにそれは崩れ去った。


 「やりきってやるよ。とにかくこの短剣の強化を主目的として、意地でも進みきってやる。お前らの称号にもすぐに追いついてやるからな。覚悟しろよ」


 「初心者風情が息巻くじゃねぇか。精々明日以降潰れないことを祈ってるぜ、魔物のエサさんよぉ」


 「そういやよ。今回の迅駆風神戦で昇格はなかったのか?レイドボスレベルの規模だと普通にありえそうだけど」


 言われて、ハッ、とクリア後のウィンドウに称号が二段階昇格したという報告が表示されていたのを思い出す。称号は基本的に異邦の民のランクを示し、それらは単純な等級のみならず、一部施設の利用制限にも関わる重要なシステムである。


 それが初日で昇格したのだ。攻略サイトによれば初心者の昇格ペースは早くても一週間だとされる。それを一日で成し遂げたのだからペーストしては上出来だろう。


 はやる精神を抑えつつ、貴斗は携帯から自身のステータスを確認する。そこには、確かに劇的な成長を遂げた己の姿があった。


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称号:魔物の高級エサ

名前:カイト

特能属性:風

HP:651

MP:184

攻撃力:143

耐久力:112

知力:68

速力:106

幸運力:46


スキル一覧:『短剣術+5』、『速力上昇+2』、『MP充填率向上+3』、『MP数上昇+3』、『攻撃力底上げ+2』、『風属性攻撃力+4』


装備:陽光脈【明牢一天】(破損)

頭:なし

胴:始まりの装具(西部式)

腰:始まりの腰当て(西部式)

足:始まりの革靴(西部式)

アクセサリー:なし

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 再びの絶句。エサのクオリティが上昇しただけの結果はつけ麺屋に静けさをもたらす。

 それが、どのような感情によるものかは不明だが、冷めたつけ汁が空調によって僅かに靡いて、唯々それを拝むしかない少年たちの心理は想像を絶するのだろうと、偶然通りかかった店員は察した。


 こうして、貴斗の∀ROデビュー初日は完結する。それが、恩恵であれ畏怖であれ、現実では体感しえない幻想を味わった証明となり、明日以降の背中を押す糧となる。困惑と愕然はある。しかし、それが経験の結果なのには変わりない。


 貴斗はそれを己の内に感じつつ、無言で微笑んだまま、仲間達とつけ麺屋を後にした。その背中はあまりにも哀愁が漂いすぎて、明日にでも死んでしまうのではないかと店員を不安にさせるほどに静謐に満ちており、事実、玄関先までただの一言も発さなかった。


 帰宅後案の定、母には心配され、父には一万円以内で欲しい物を尋ねられ、妹にはゴミを見る目でガン無視されたのはまた別の話。



 













∀ROの素朴な疑問を強制開示するQ&A 第八回


Q:∀ROにストーリーはないってマジ?


A:マジ。正確にはあるにはあるのだが、キリカが述べていたように開発経緯としてはヴァール・リアリティのさらなる普及が第一に存在するので、ストーリーよりも運動性や刺激などの感覚面に重点を置いて制作されている。なので、ユニークモンスターだとかとんでもない事細かな世界観などは設定されていない・・・・・・と、言いたいところなのだが、実際問題としては結構内包していたりはする。

 というか、それらの概略やゲーム内におけるゴールもある程度は構築済みなのだが、それを展開してしまうと本筋から容易に逸れてしまうので、それらの開示予定は不明。ただ最終的に開示はされる・・・・・・と思う・・・・・・多分。

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