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第一〇話 風神演武-結-

過去最高に筆が乗ってただ衝動のままに書き連ねたら、まさかの一万字オーバーとなってしまいました。


 段階制のボスはゲーム内の物語構成や仕様にもよるが、概ね二から三程度の変質を有しており、その都度、攻略の方針自体を切り替えなければ対応できない場合も多い。

 特にオンラインでのレイドボスなどは逐一のアップデートとプレイヤー間の情報交換にも晒されるため、時には批判や炎上が生じるほどの調整が施される。


 しかし、それらは予定調和であり、どれだけ理不尽であろうとも余程運営が悪辣でなければ最終的には打倒され、それらは情報として様々な媒体に開示される。その意味においては今回の虚駆魔神の変貌は極めて稀であった。


 威風を象徴するかの如き竜巻が周囲に召喚される。完全に退路を断たれた。それどころか中心に寄せられればそれだけで身体は容易に四散するだろう。それを避けるためにも一刻も早く未知と化した風神の弱点を見つけ、潰しきらねばならない。


 「いいかカイト、現状は最悪とまでは行かずとも芳しくない。何せアレは全プレイヤーが遭遇したことのない形態だからな。だが、HP自体が減少しているのも事実だ」


 「そうは言っても、下手に突っ込めば死ぬんだろ?それに俺のダメージ総数なんてたかが知れてるぞ」


 「んなこた分かってる。だが、奴には部位破壊の概念があって、そしてそれは再生しない。脆いところを叩けば一発なのも理解した。つまり、奴自身の耐久性は決して高くない」


 仮にも迷宮守衛が目的の虚駆魔神がそのような体たらくで成立するのかとも考えたが、風神の言を借りるのならば、奴の本質は知識の回収であって、防衛は二の次とも捉えられる。

 何よりも、虚駆魔神の同時顕現が滅多に起こりえない以上、脅威となるのは防御力ではなく、正確な数値を特定できなくなった攻撃力にある。


 「どちらにせよ、俺らが取れる戦法は短期決戦しかない。しかも、これまでよりも苛烈且つ多彩な魔法を掻い潜ってな」


 「・・・手段がないわけじゃないんだろ」


 「あぁ、当然」


 元より長期戦など想定していない。というよりMMORPGではまま発生する持久戦潰しの概念が本作にも取り入れられている以上、下手に停滞すれば碌な死に方を迎えないだろう。


 「タンクは俺が務める。お前はとにかく我武者羅でいいから突貫しまくれ。アイツの狙いはお前だ。だから必ず隙ができる。後、余裕があれば背後で寝てる馬鹿の生存を確認してこい」


 「オーライ。背中は預けたぜ、相棒」


 「ハッ、精々気張れよ」


 術式展開。魔剣使用も視野に入れたが、閉鎖空間ではあまり有用ではない上、自身の二つ名をコイツにまで悟られれば本気で失踪しかねないので撤回する。


 「言霊蝕令、《影法師二式 暗媒鴉》」


 キリカの呪言と共に、周囲に魔力で形成された鴉が現出する。それらは号令なしに骨格自体を崩壊させると同時に、キリカと寸分違わない体型へと変貌していった。


 「コイツらと俺でタンクと後方支援を担当する。臆せず行けよ、でないと死ぬぞ」


 「ほざけ。言ったろ、つけ麺を奢られるためにも俺は死ねねぇんだよ」


 その余りにも迷いのない返答に逆に感心する。最早、技術値の確保でも、討伐による名誉でもなく昼飯の争奪戦レベルの意地で神殺しを実行せんとするカイトの精神性は確かに風神が興味を示すわけであり、だからこそ容赦も激情による大振りな応酬も風神からは撤廃されているのだと理解する。


 空隙はなく、死闘は秒読みを始めている。優位を有しているのは風神であり、余韻さえ許されずに鏖殺される未来がほぼ確実に到来するだろう。

 だが、それでも口元は歪み、武者震いに身体が妙な恍惚感を覚えてしまう。


 それは恐怖ではなく、未知との対峙という奇想天外に震えるゲーマーの魂が想起したからこそであり、それを二人は言語化せずとも当に受け入れていた。


 「カウントは省略。部位はなるべく心臓か露出した頭部を狙え」


 「了解」


 これより以後に対話はない。あるのは神の討伐と生還した後に特製つけ麺をドヤ顔で啜って図に乗っている自分自身のみであり、敗北の可能性などは微塵も両名の内に掠ってさえいなかった。


 駆ける。狙うは右側頭部の欠陥のみであり、意を汲んだキリカが術式に集中した瞬間を以て風神は遂に己の真意を全うすべく起動した。


 『――虚空風弾・祓天』


 周囲の魔力濃度の一斉上昇。竜巻の壁はその役割を放棄して変貌していき、巨大な質量砲弾に錬成される。それらは一切の躊躇いなくキリカと分身体のみを狙撃するべく射出され、一発たりとも本体に辿り着くことなく爆散した。


 「魔力を零したな」


 そして、風と闇の残留物は余すことなくキリカの精錬された制御によって、粒子に至る残滓までを取り込み尽くし、風神が再詠唱を決意したときにはそれらが既に自身の味方ではなくなっていた。


 「言霊蝕令、《影法師二式 暗媒鴉・風雅ノ戯》」


 ∀ROには通常の九大属性とは他に、それらの属性を自在に融合することによって人知を凌駕した魔法を行使する《複合魔法》の概念が存在する。

 これには非常に高い練度と構築技術が求められ、何よりも本来は反発し合う魔力質をMPまで計算して形象化するには刹那の反射神経とセンスが要求される。


 それ故に発動さえしてしまえば、頭一つ抜けた超常で以て万象はただ平伏すのみとなる。その摂理は神のレプリカであっても例外ではない。


 無数の鴉が暴風を纏わせて特攻する。それは比喩ではない文字通りの身体を利用した直接砲撃に他ならず、されど純粋な魔力の産物である鴉に惜しむ心も忠義の対象もなく、彼らはただキリカの命令に従って、絨毯爆撃を風神の全身へと浴びせていった。


 これ自体がダメージソースとして機能するなどとは微塵も驕っていない。むしろ少しでも削れれば幸運だと考えている。鴉たちの犠牲はあくまでも純粋な裂傷ではなく、それによる福次効果にあった。


 爆煙が舞う。鴉の強襲によって散布されたエフェクトである無数の灰煙は容赦なく風神の視界を簒奪し、されど研ぎ澄まされた聴覚によって煙を掻い潜る小人の気配を察知すると、右脚を踏み鳴らして、鴉の残骸を除去する。それこそが合図になっていたとは知らずに。


 「もう一発、テメェの頭に風穴開けてやらぁッ!!」


 直上。無鉄砲を絵に描いたような男が迫っている。事実それは自らの右脳を焼却し、小物ながらも白理迷宮に価値を認めさせた少年であり、視界に宿した時点で風神の優先順位はキリカからカイトへと繰り上がっていた。


 『――風鎖結陣』


 「アガッ!?」


 突如として躍動が停止する。不可視の槍にでも貫かれたかのような感覚がカイトの外郭を駆け巡り、その影響で僅かな駆動さえも起こせなくなっていた。


 風属性中級魔法、風鎖結陣。儀式拘束魔法の一種にして本来ならば複数人の術師を必要とする中規模術式を簡易発動したばかりか、それをたった一人の捕縛に用いるなど、魔力消費を鑑みれば正気の沙汰ではなく、それを可能としているのが左腕の幾何学模様なのだとキリカが悟った時には、カイトと風神の距離が目と鼻の先となっていた。


 「チ、キショウめ・・・ッ!」


 虚駆魔神の思想回収方法は種類によって区分けされている。壁画の場合は形状維持、書籍の場合は瞬時のインプットによる保管。

 大脳を有する生命体の場合は自ら喰らい、魔力炉に吸収することで新たな知見を獲得させる。喰われた生命体は記憶領域に加えられ、二度と輪廻することなく迷宮と共に無間に満ちた生涯を辿るとされている。


 無論、ゲーム内でアバターの永久封印などは御法度のため、実際には死亡扱いになるのだが、それには文字通り捕食という過程を経てからとなる。


 だが、どうあれこのままでは碌な末路を迎えないのはキリカのみならず、現在進行形で味わっているカイトから見ても明らかだった。


 『思想濾過シークエンス起動。五感、皮膚、神経、筋肉、骨格の一切は破棄。大脳及び脊髄は浄化次第吸収。新たなる異端を迷宮に還元して歓迎する』


 「何ちゃっかりと恐ろしいこと言ってんだテメェはーーー!?」


 ジタバタと藻掻くものの人間の非力な実力でも怪物を討滅できる魔法にたった数時間足らずの経験しか伴っていない冒険者が対応できるはずもなく、またもその解除はたった一人の相棒に委ねられた。


 「――泥寧葬湖」


 風神の膝が泥濘む。三途の川に由来する冥府の泥を限定召喚する闇属性上級魔法は単純な鈍足効果のみならず、侵入した者を奈落へと誘い、脱出に成功しない限りのHP減少及び呪毒などのデバフを強制させる。

 それは風神が纏う純白にとっては致命的であり、さしもの虚駆魔神もその表情筋を苦悶へと歪ませていた。


 「フ、ン・・・ガアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 打ち破る。我は風を司るオンス・レガー・ウインドの発動によって維持が緩んだ風鎖結陣を強引に突破し、その代償に二割磨り減った体力を無視して再度頭へと接近する。


 「喰らいやがれッ!」


 完璧とは評価できずとも射程範囲へと行き着いたカイトは陽光脈の術式を起動する。それは風神が最大限警戒し、カイトの生存力を底上げした曰く付きの一品であり、故にダメージを度外視してでも風神はその元凶を排斥する必要性があった。


 「輝ける(キャスト・)――」


 バキッ、と砕けた音がした。


 その音の所在がカイトには理解できず、戸惑いと唖然だけが脳内を支配している状態では適切な対応や状況への即応などできる筈もなく、次の瞬間には風神の左腕で以てして殴り飛ばされていた。


 想定外だった。虚駆魔神の性質を見誤っていた。風神の言を信じるのならば、奴らが生態の情報を回収するには捕食行動でなければ意味がない。

 つまり、捕食に至れば一切の防御や防具の性能、バフまでもが無効化されることを意味している。それは武器の類も例外ではない。


 風神の特殊攻撃にその捕食が含まれ、それらが任意発動可能だった場合、奴は自らの意志で耐久値を無視したことになる。


 「ナメやがって・・・」


 ふざけている。道理でレイドボス足り得ていると痛感すると同時に、こんな化物に三人で挑もうとし、あまつさえ魔剣なしで勝利しようとした己の浅慮さを後悔する。


 されど、風神の体力自体が無限であるわけじゃない。その事実と三人でもここまで対抗した事実をキリカが無意識に反芻している内にある推測が及んでいることに気づく。


 (虚駆魔神は四柱同体。同時顕現が稀なのは単純に相互作用によるバフの掛け合いで討伐が困難になるからだ。対して一柱の場合も憤怒形態に移行すれば大した差はない。

だが、今の風神はどうだ。致死レベルの魔法を繰り出すとはいえ、苛烈さ自体は鳴りを潜めている。だとすりゃ・・・)


 虚駆魔神の目的が思想回収にあるのならば、カイトの殺害は捕食のみでしか達せられず、それ以外では殺したくても殺せない。それは暗にカイトこそがこの場において最優秀のタンクとして機能することを証明している。


 ここに来て致命的な作戦立案のミスを悟る。前提条件が真逆だった。思想回収に値しないキリカが苛烈な攻撃を凌ぎ、手抜きの発生するカイトが止めを刺すのではなく、その反対こそが有用だったのだ。


 「ガチでぬかってたな・・・」


 左腕の紋様によって強化された風魔法の乱舞を避けつつ熟考を続けていく。

 泥寧葬湖の効果によって両足の拘束状態から脱することは虚駆魔神であっても容易ではない。それはキリカに時間的猶予を与え、辛うじてカイトのダウンしている位置への移動を実現させた。


 「よぉ、まだ生きてるか?」


 「な、何とかな・・・けど、アレを殺せる術はもうないんじゃねぇのか?」


 カイトの不安はもっともだった。現にHPを確実に減らしているとはいえ、半分近くは保っており、泥寧葬湖の効力も無限には続かない。もうまもなくその大規模な魔力によって封殺してくるだろう。再度の作戦立案はその合間でしか行えない。


 「いや、あるにはある。だが、それにはお前の献身が大前提だ」


 「献身ってお前・・・陽光脈が砕けた俺を特攻でもさせるってか?」


 「よく気づいたな。正解だ」


 最期の冗談のつもりだったのがまさかの本題であったことが余程の衝撃だったのかカイトからみるみると生気が抜けていく。

 恐らく特攻の意味を額面通りに受け取ったからこその反応なのだろうが、現実が証明しているように、特攻そのものの成功率は高いとは言えない。それは一〇〇年以上前の大戦から見ても明らかである。


 しかし、対策を練り、擬似的な不死も可能となったこの世界では特攻も手段によっては立派な戦略と成り得るのだ。


 「いいか、風神は形態変化をして、行動パターンが変貌している。思想回収――つまりお前を確実に喰らうようにな。それはお前が生存している限り、永久にタゲられているってことを意味する」


 「ってことは・・・俺が囮になれと?この状態で?」


 「そうだ、だが、ただ囮になれってことじゃない―――」


 簡潔且つ簡略化した作戦を口頭で説明する。現状ではこれが最善策であり、逃せば今度こそカイトの死が確約されてしまう。それでも、ゲームの特性を熟知したキリカの案は素人のカイトでも有用に響くものであった。


 「・・・・・・正気じゃねぇな」


 「だが、これなら確実に奴を仕留めきれる」


 立ち上がり、疲弊しきった両足に渇を入れつつ、眼前の神をカイトはただ見据える。しくじれば一巻の終わり。カイトの価値が失われればその瞬間に舞台は血染めに彩られる。

 されど、極限状況下でも楽しみきれるのがゲームの醍醐味であり、現に二人の少年は追い詰められながらも、その口元を歪ませていた。


 「んじゃま、行きますか」


 「応。止めは任せろ」


 その言葉が彼らにとっての合図だった。


 接近。無防備にも折れたままの短剣を掲げたカイトが一気に戦闘範囲を縦横無尽に駆けていく。それは統制を失った蟻が右往左往様にも似ていて、風神にとっては潔い死を切り捨てた愚者の無謀な悪あがきとしか写らなかった。


 泥寧葬湖を己が魔力で相殺し、カイトへと風弾の照準を向ける。それは思想回収対象を殺害しないギリギリの調整が成された弾丸であり、カイトが狙っていた事象でもあった。


 『――虚空風弾』


 小規模の台風が容赦なく降り注ぐ。それはカイトよりも周辺の足場を優先して狙い、壁を忍者の如く走り続けていたカイトは見事にバランスを崩したまま地面へと投げ出され、仰向けの体勢で風神との対面を余儀なくされた。


 『思想濾過シークエンス再起動。対象の捕食を開始』


 「悪いが、それはもう少し粘った後だ」


 風神の顔面が爆ぜる。それを起点に再度、カイトは駆けだして自らを的へと昇華させる。それに対して風神は怒りを滲ませるでもなく、ただカイトに追従するばかりであり、攻撃を仕掛けたキリカには目もくれなかった。


 (やはり、一定以下のダメージには感心を示さないか・・・)


 キリカの作戦は風神の行動予測に依存している。通常の虚駆魔神の戦闘は偶然、あるいは特定アイテムによって遭遇し開戦。

 ある程度のダメージを稼げば憤怒形態へと移行し、これが討伐まで継続される。恐らくこの間に問答が用意されているのだろう。キリカ自身、攻略サイトやSNSなどでこの事例は確認しておらず、それの発生確率は極めて低いと予想できる。

 そして、これに成功すれば裏の形態へと変質。思想回収完了までは技は強化されるものの、全体の行動は弱体化し、苛烈さも鳴りを潜める。ここまでが虚駆魔神の全容である。


 彼らの命題が思想回収である以上、カイトはタンクとして非常に優秀な人材となり、中級魔法程度では風神も意に返さない。ここまでがキリカの第一の賭けであり、それは見事に的中した。


 『風鎖結――』


 「させねぇよ」


 詠唱破棄。痺れを切らし、呪文を紡ごうとした風神の魔力をキリカの魔法封印が一時的にだが使用不能にする。それは選択肢を奪うことに成功させ、その間の追撃を加速させた。

 風神のHPが徐々にだが削れていく。自身の体力に頓着がないのは結界としては問題なのだろうが、キリカにとっては好都合だった。


 だが、それは足場を充分に確保できていればの話であり、風神との命を賭した逃走劇は確実にカイトの神経をすり減らし、遂には魔法の行使さえままならないほどに追い込まれていた。


 「ヤ、ベェ・・・もう、MPが・・・!」


 京王線改札は新宿駅の規模内に収まっているとはいえ、広範ではない。捕縛を恐れて逃げる脱兎のスタイルは可能であっても長時間の実用に耐えうるほどステージが着いていけなかったのだ。


 それ故に退路を断たれたカイトは風神の餌食になるしかなく、それを悟った風神は左腕でカイトを掴むと、その口内へと放り込んだ。その放り投げられた餌が不敵にも微笑んでいることに気づかないまま。


 『思想回収完了。白理の意志に基づき、黒き論理への消化を開始。新たなる叡知への還元をここに渇望し―――』


 瞬間。風神の腹部が裂けた。


 より正確に言及するならば、風神の腹部から光帯が現出し、風神の臓腑を食い破ったのである。その異質且つ自身の生命が脅かされた状況は風神にとって困惑でしかなく、体内の腸を伝って這い出たそれに、ただ愕然としたままキリカの編んだ超重力によってそのまま全身を押し潰された。


 「・・・・・・もう二度とご免だ。それとキリカ、今度ジュース奢れ。もしくはレア武器一つ寄越せ」


 「倒せたんだから文句言うな。どちらにせよタンクのお前が居なきゃこの方法は実践不可能だったわけだしな」


 「・・・そういう問題じゃねぇんだよ」


 初期装備がドス黒い血の色で彩られ、半端に溶解されたのか所々が破けた防具を脱ぎつつカイトが愚痴る。それは間違いなく勝利の証であったが、グロテスクなのには変わりなく、おかげでカイトは心底辟易とした状態のまま風神の圧死を眺める羽目となった。


 キリカの立案した作戦は風神の特性の再利用にあった。風神は原則、捕食以外での思想回収を行わない。これは第三形態における虚駆魔神に共通すると考えられる仕様である。そして、それ以外でのカイトの死は風神が容認しない。それ自体が風神の最大の弱点だとキリカは判断した。


 第一に、カイトをタンクとして活用し、その空隙をキリカが貫いてHPを一撃死圏内まで減少させ、不毛な鬼ごっこを強制させる。

 結界術は潰し、風神の手札も同時進行で奪っていく。そして、経路の確保が困難、あるいはMPが切れれば風神はカイトを間違いなく捕食する。それこそがキリカの必中への道標であった。


 術式付与型の魔法剣は欠損状態の際に魔力を供給させることで暴走する性質を持つ。正確には術式暴走という要素であり、即席の爆弾として機能するのだが、キリカはこれを風神の体内で発動させることを考えついた。外部からの爆発と内部からの爆発では威力に天地の差がある。


 カイトに敢えて泳がせ、勝利を確信し、捕食させた瞬間の爆発。それは確実に思想回収と宣うのだから多少の猶予はあると踏んだキリカの読み勝ちは見事に成功し、大幅に削り取られた風神の体力をさらに圧死させることで、風神は遂に完全沈黙を果たしたのだ。


 「だが、これで討伐は叶った。お前の短期強化もな。むしろ感謝されるべきは俺なんじゃないか?」


 「ほざけ、元はと言えばそういうお前が――」


 だからこそ、キリカが瞬時に視界から失せた時には、何を原因とするものなのか。カイトは見当をつけることさえできなかった。


 キリカの失態は二つ。一つは討伐成功時のリザルトが確認されなかったことへの懸念不足。討伐記録と報酬及び技術値の獲得は対象の生命活動停止と共に振り払われる。それは∀ROのみならず、ゲーム全体の常識なのだが、疲労と油断からキリカは勘づく前に反撃を許してしまった。


 二つは風神の体力設定を完全に見誤っていたこと。当然ながら本作がゲームである以上、理不尽はあっても突破そのものを拒絶するシステムや魔法などは実装されない。

 しかし、レイドボスには多少の、あるいは隔絶したスキルや何らかの特異性質が運営によって用意されている場合がある。


 虚駆魔神は思想回収を主とした生体結界。本質は守護と迷宮の繁栄にあり、彼らはそれを遂行するためにいくつものタスクをこなし、自身を含め迷宮を運用している。

 だが、それを破棄した場合に限り、彼らはその内なる膨大な魔力の一切を手中に収めることが認可されている。

 より簡潔に説明すれば、彼らは虚駆魔神の職務を放棄することで、根性とMPの大幅な上昇を得られるのである。


 「う、そだろ・・・・・・」


 絶句する。虚駆魔神がここまで生命を逸脱した怪物だったことにただただ戦慄を覚える。


 五臓六腑が無惨に砕け散り、闇属性の重圧に身体を蝕まれても尚、風神は這いずっている。左腕と両足で、自身を顕在させている。


 最早狂気の類だ。カイトのみならず、後方の柱に背中を激突させられたキリカまでもが悍ましさを隠し通せずにいた。


 『わ、れは・・・虚駆魔神が・・・・・・一柱、ふ、う、じん・・・その役目は・・・思想かい、しゅう・・・』


 譫言のように呟く風神の姿はその異父とは対照的に何処か諦観に満ちた声色をしていて、カイトの第六感を容赦なくザワつかせた。


 『回路・・・破棄・・・。以降の迷宮結界維持を断念・・・セントラルからの供給と魔力配給の停止を強制申請・・・・・・』


 だが、風神の生命維持は先のダメージによって潰されている。だというのに未だ生存を欲するのは思想回収を実行するためでも、泡沫の反逆でもない。


 それは攻略サイトも異邦人さえも遭遇したケースのない幻の第四段階。思想回収不可と判断し、HP二割弱での自己生存が成立した場合のみ起動する最終魔法。


 『承認・・・受諾・・・炉心展開・・・終式・級長戸辺命(しなとべのみこと)・・・・・・』


 まずい。カイトの直感だけがそう告げている。風神の放つ魔法がどのような内容なのかは不明だが、使われれば全員が死亡することだけは目に見えている。そうすればここまでの苦戦と善戦は水泡と化し、後には虚しさが漂うのみだろう。それだけはあってはならない。


 「一か八かだな・・・・・・」


 MPは殆ど尽きている。回復をしようにもゴブリン・ルークとの戦闘で入手した《祈祷師の薬液》一本を除いて他にはない。これを飲んでも精々、巻き起こる風オープワーク・ウインド一発が限界だろう。問題はそれをどの箇所に撃つかだ。


 風神の一帯が巨大な風魔の奔流となり、実体のない偶像が風神の背後に顕現する。それは風という自然の象徴にして、遙か太古より恐れられた神罰の具現でもあった。遍く罪の調停者。

 それは己が牙を利己的意識で向ける異邦人も例外ではなく、降りかかれば、骨さえも竜の巻いた暴風によって、ただ裁定される。


 「いいぜ、やってやるよ・・・!」


 勝ち筋はない。それでも突貫でしか勝機は掴めないのならば、縋るしかカイト一行の勝利は約束されない。ならば、縋り通すまでだ。


 『・・・今、ここに・・・原初の降誕を・・・』


 詠唱終了前の口元目掛けて突っ込む。それは風神には些細な反抗に写っただろう。もしくは自身と同質の微弱な風如きでは何も為せないのだと気にも留めていないのかも知れない。

 それでも、反抗とはいつだって微笑で矮小な人間を基盤としている。それが振りかざされるのは、神とて例外ではない。


 「―――灸骨炎槍」


 そして神とは象徴であるが故に、自然摂理を忘却する癖がある。


 灸骨炎槍。炎属性上級魔法にして同一区分以下の風属性魔法を吸収して炎に還元し、貫通力を底上げする特性を持ったこの槍は、風神の終式さえも灰燼と帰す。

 欠点としてMP消費が尋常ではないのだが、元より損壊回復を習得しておらず、半身を焼いて現状維持に徹したアルバードにとっては唯一の逆転手段であり、風神にとってそれは最大の異物だった。


 再度の腹部直撃。しかも風神の魔力を喰らって急激に成長した炎槍は、文字通り脊髄を形成し始め、内部神経の一本一本までを灼熱に焦がしてみせた。それは生命体へと至った風神に耐え難い激痛をもたらし、正面への注意を疎かにさせる。


 「喰う側が喰われる気分になるってのはどんなもんだ?案外しんどいだろ」


 顔面を踏みつけにして立つ少年。それはこの場で最弱でありながらも希有な思想だと見初められ、最後まで藻掻き続けた異邦の民。それが風神の軟口蓋に手を当てている。

 風神の魔力は枯渇寸前。終式による消費と炎槍による二重の損失は生命体としての風神を半死半生まで追いやっていた。


 「言ったよな。俺は賭けをしてるって。お前に殺されるのはご免だが、お前があの馬鹿の魔法で殺されるのもご免なんだよ」


 巻き起こる風オープワーク・ウインド。風属性を志す者が最初期に習得する極小規模の衝撃波攻撃。されど、外殻を纏っていない内蔵で放てば、そのダメージは馬鹿にできない数値にまで跳ね上がる。


 「だから俺が殺す。迷宮攻略でも、技術値のため・・・ってのはあるけど、特製つけ麺と替え玉が、お前の背後で微笑んでるんでな」


 右脳の失せた風神の頭蓋が微細にだが震えたのを感じ取る。それは生への執着か、終幕を迎えた喜びによる虚脱なのかはカイトには図りかねることだった。


 「――巻き起こる風オープワーク・ウインド


 ただ、その表情はいっそ不気味なぐらいに穏やかで、それは自身の大脳が爆散するまで、ついぞ消えることはなかった。


 「・・・俺はプレイヤーだからな。お前らの考えも理想も知らねぇよ。ただ、神が最期に救われたツラして果てるってのは随分とまぁ・・・皮肉が効いてると、俺は思うぜ」


 その言葉はポリゴンとなって四散する風神の肉体と共に気化していく。カイトはこの世界の設定や物語を全く把握していない。

 それでも、虚駆魔神が迷宮によって製造され、補填が継続する存在ならば、虚駆魔神とは無間地獄と同義であり、それが今際の際に生命として君臨するという意味はカイトには想像もつかないものだったに違いない。


 だが、それは初日のカイトにとってはキャパシティオーバーに成りかねない情報な筈だ。そして、それを受容するだけの体力は、カイトにはとっくに残されていなかった。


 『congratulations!!』

 『白理迷宮レイドボス《迅駆風神》の討伐に成功』

 『以降現実時間で二週間、白理迷宮は弱体化。さらに終式の魔力余波によって三柱の虚駆魔神に大幅なデバフが加わります』

 『カイトの冒険者としての功績を称え、称号を二段階昇格』

 『アクセサリ《風神百華・一ノ段》を獲得しました』

 『武器《風神の短剣【封刻】》を獲得しました』

 『アイテム《迅駆の純魂》を獲得しました』

 『51254スキルポイントを獲得しました』


 次々と流れ出る表示を半ば鬱陶しく思いながら半身不随の男へと歩み寄る。それは労いではなく、双方承知の上の完全なる煽りと勝利宣言だった。


 「・・・どうだ。俺が止めを刺してやったぜ?俺の勝ちでいいだろ、いいよな?というわけでだ、特製つけ麺と替え玉二杯は奢ってもらうぜ一樹」


 「ほざけ、布石も止めも俺の灸骨炎槍のお陰だろうが。お前こそ俺に感謝してつけ麺の一つでも奢れやコノヤロウ」


 「両者の活躍なくして勝利はなかった、でいいだろ。それよか、さっさと脱出するぞ。弱体化しているとはいえ、この状況下でゴブリンにでも湧かれれば流石にお前らまで庇い切れん。その論争は地上でケリをつけろ、いいな」


 キリカがアルバードを背負いつつ、そう指示を下した矢先には既に、主の弔い合戦とでも言わんばかりに武器を構えた魔物達の姿があった。


 余韻はなし。とにかく今は逃走優先と諭すキリカを先頭に慌ただしくも少年三人は去って行く。それはどれだけ情けなくとも、紛れもない凱旋であり、死にかけながらも到達したカイトにとって、∀RO初の美酒を手にした記念の日を意味していた。


∀ROの素朴な疑問を強制開示するQ&A 第七回


Q:部位破壊の概念ってあんのかよ?


A:存在する。正確には某ゲームと同様に一定以上のサイズをした大型、尚且つ再生能力を保有していない魔物限定だが、肉体の部位を破壊すれば一部使用魔法の封印や切断あるいは破壊による数値固定の持続ダメージなどが発生する。

 ぶっちゃけ、この仕様がなければカイト一行は余裕で敗北していた。特に風神の腹を内臓ごと破壊できたのは大きく、その意味ではキリカの作戦勝ちとも言えるかもしれない。


 ちなみに、迷宮管理者にして結界の維持も担当する虚駆魔神に何故再生能力が搭載されていないのか的な虚駆魔神の諸々の解説については後日発表します。

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