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歴史人物浅評  作者: 張任
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雄勇遊尤

歴史上には…特に物語を創られ易い時代には得てして特徴的な敵役が登場する。例えば源氏に対しての平氏の様に。

兎角と人は単純明快な物を好む物で、英雄譚は其の最たる物で在る。魅力的な主人公の活躍は何時の世も人気だ。

そして活躍を起こす為には異なる存在…悪としての敵役が必要不可欠。そんな彼等は英雄の活躍度、そして正当性を増す為に行動や性格を些か誇張される事も少なくない。

結果として件の時代が愛されれば愛される程、主人公に羨望が集まれば集まる程に敵役への嫌悪感も増して行く物。

しかし、時に。相手方の陣営にも英雄勢と同等、若しくは以上の人気を獲得する逸材が現出する事が有る。

歴史上の登場人物で例えを出すならば、此の人物。


曹彰。


三国時代、劉備・関羽・張飛の三兄弟の敵役として忌み嫌われた魏、其の国主たる曹家の人物にも関わらず、民衆から絶大な人気を誇った武将について今回は記そうと想う。


_____________________


「臥龍の異端児」


曹彰は三国時代、治世の能臣・乱世の奸雄と評された曹操の子にして、何かと逸話の多い曹家の麒麟児が一人で在る。

そも親の曹操からしてなのだが、彼の子供には才人が多い。

特に有名なのが芸術・詩文方面で、其の実力たるや数多の歴史的な人物を産み出し、中には最高峰の詩家も飛び出す程。

そんな金剛石の鉱脈が如き一族、其の一員たる曹彰が何の才能も持ち合わせない筈も無く。彼もまた早期から非凡なる力を世で発揮していく。そう。正しく力を、だ。


武。曹彰に秘められたのは最も原始的で、単純明解な才能。


彼は幼少期より膂力に秀で、人間のみならず猛獣と『素手』で格闘する程に凄まじい闘争心を持っており、実際の戦に出る前から世に勇名を馳せていたと言う。

件の曹彰自身も常日頃から過去の英雄を夢見て研鑽を積み、剣術・馬術・弓術などの主要な戦闘技能を高めていた。

しかしだ、彼の身分は主君の実子、おいそれと命を散らし兼ねない戦場へと連れて行くのは人情的・軍規的にも不可能。

父親の曹操も其処を懸念しており、将来の為に多少は政治を識るべきだと学問を推奨するのだが、当の本人は『剣を持ち戦場で名を挙げる事こそが男の本望、博士では無く将軍として世を生きたい』と、まるで聞く耳を持たず。

さしもの英傑・曹操とて彼の性分には攻めあぐね、結局は曹彰の夢を容認し補助する役割へと方針を転換している。


とは言え此れで両者の関係が悪化する事は無く、寧ろ両親から非常に可愛がられる程に良好な人間関係だったとか。


天真爛漫・明朗快活な性格に加え、まるで子供の様に夢を語る能天気さと無邪気さが、親にとっては愛おしく感じる要因と成ったのかも知れない。兎も角として父親の了承も得た彼は、父親と一緒に度々と戦地へ従軍していくので在る。


「荒胆の将帥」


さて、そんなこんなで念願の戦場へと向かう事が出来た曹彰だが、意外な事に彼が実際に闘う様になるのは更に後。

魏が統治していた地にて異民族が大叛乱を起こし、事態を解決するべく討伐の総大将を命じられた時の事だ。

本人の意向が如何で在れ、自身の高過ぎる身分が故に下手に前線に出す訳にもいかず、戦場を観るのみで歯痒い思いをしていた曹彰は此の命を歓び、戦意旺盛で堂々と出陣。

外患の脅威を討ち払わんと闘志に燃えながら進軍するのだが、其の意志が祟ったか相手方の奇襲攻撃に遭ってしまう。

栄光の進撃から一転、絶対絶命の危機に瀕したのだが、此の際は経験豊富な副官が策を擁して打開に成功。

突然の攻撃で混乱する軍勢を鎮め、反対に敵方を撃退出来たのだが、荒ぶる曹彰の魂は奇襲攻撃を切掛に沸点を越え、膨大なる熱量を以って彼の躰を動かし激走を始めていく。


『勝利の機は今、此処に在る。皆、須らく励むべし。』


曹彰は撃退し敗走を始めた敵軍を即座に追討すべきと直感し、軍勢を即座に纏めて攻撃を開始。此の時に皆を奮起させるべく上記の様な言葉を述べ、言葉通り『主君の息子』自ら前線に躍り出て数多くの敵兵を討ち果たした。

此の時に研鑽を積んだ武術で見事な腕前を魅せ、同時に敵方の弓矢を身に受けながらも戦闘を続けたとの記録が残されている。そんな大将の尋常ならざる勇猛、そして一般の兵に過ぎぬ者と共に闘う姿は部下達に畏敬と戦意を与え、曹彰達は数万にも及ぶ異民族の軍勢を散々に討ち破る快挙を果たす。

此の際の戦果は魏内部のみならず辺境の豪族にも影響を与え、何時までも何処までも追い縋る曹彰に恐怖を覚えた余り、到底敵わぬと恐れて恭順を自ら誓いに来る程。


画して曹彰の初陣は叛乱の鎮圧のみならず根本的な部分での問題解決、並びに異民族の服従に依る戦力の増強に物資の獲得と言う大功を立てて幕を閉じる。戦の話は、だが。


念願の勝利を父へ報告しに行こうと向かう途中、褒賞を約束したとは言え無理をさせた兵士達に休息を与えようとして、曹彰は自身の兄が治めている城へと向かう。

其処で彼は兄から、或る助言を受ける事に成る。己の、兄弟の、否…魏と言う国の行末を決める、或る言葉を。


「諸刃たる者は」


命じられた戦を終え、報告をすべく父の許へと向かう曹彰。

漸くと首都に辿り着いた彼を曹操は先ずは労い、次に異民族討伐のみならず服従まで漕ぎ着けた手腕を褒め称えた。

そして褒賞を与えるべく望みは何かと聞くのだが、件の曹彰は何故か頭を振って固辞をする。不思議に思った曹操が理由を聞くと、彼は以下の事を話したと言う。


『私のみの力で成し遂げた事績では有りませぬ。百戦錬磨の部下、並びに精強な兵の助力有っての事。褒賞を与えるのは私などでは無く、彼等こそが相応しいと存じます。』


此の言葉を聞いた曹操はよくぞ立派に変貌った物よと感激し、腕白坊主が稀代の武将へと成長を遂げたと激賞。曹彰のみならず、部下にも褒賞を与える大盤振る舞いを見せた。

そう。此の返答こそが助言された箇所、武働のみで宮中での所作に疎い弟の為にと、兄が施した心ばかりの贈物だった。

果たして目論見は成功を見せ、父は子に感動を、兄は弟に感謝を、そして弟は兄に感銘を受ける良好な結果に終わる。

助言に依り一族の結束が深まり、魏と言う基盤を更に強固にする。彼等の関係は実に理想的と言えた。…此処までは。


220年。父・曹操、死去。此の報より、魏に不穏な陰が忍び寄る。後継者争いと言う、血に塗れた大乱の陰が。


曹操は生前より曹丕、つまりは曹彰の兄を後継者として任命していた。内部分裂で滅びた袁兄弟の様な事態を防ぐ為に。

方策は功を奏し、継承は滞り無く行われた…表面上は。

しかし直近に首都付近での叛乱未遂、指名されたとは言え盤石とは言い難い玉座、何より偉大過ぎる父の後を継ぐ重責は余裕を悉く奪い去り、代わりに猜疑の念を新王に与える。

恐怖、憎悪、憤怒の眼は様々な人物に向けられた。其れは血肉を別けた兄弟、助言を与えた曹彰とて例外では無い。


実績から来る軍部からの圧倒的人気、嘗ての後継候補との親密な関係、そして事情を顧みない言動は大いに警戒される。


叛旗を翻せば軍は彰に付くだろう、己が性分から王に成ろうと想わずとも、周りが果たして黙っているのだろうか。

彼を上に、若しくは彼を利用して他の兄弟を王位に就けんとする臣下も居るやも知れぬ。そして彼に…政に疎い曹彰に権謀術数を見抜く事が出来るとは到底思えない。

腕白坊主の頃で在れば看過も出来ただろうが、しかし曹彰は先の功と立ち振る舞いで一角の将として認められている。

其の様な状況で敢えて見過ごす事は如何に兄と言えども…寧ろ人格を良く識る者だからこそ…出来なかったのだ。


兄が即位してからの数年。件の曹彰は冷遇を受け、己が武勇を発揮する機会を与えられる事も無く、223年に死去。

先の時代を担う人物の突然の死は臣下のみならず、兵士、延いては領地内の民衆にも嘆かれる程だったと言う。


_____________________


曹彰は其の武勇と何処か惚けた性格、そして陰謀渦巻く曹家内に於いて一線を画した豪放磊落さが大いに好まれ、中国では古来から人気武将として世間に愛されてきた。

三国志の創作物が登場した最初期、他の人物が三兄弟と曹操しか登場しない作品でも名付きで活躍もしたと書けば、如何に彼が圧倒的な人気を誇っていたかが良く分かるだろう。

此の様に民衆に好かれ活躍の場を与えられた曹彰だが、しかし、現実での境遇は芳しい物とは到底言い難い。

其れは一重に、余りにも高過ぎる地位が原因なのだろう。


人柄、実績、逸話から来る人気は喜ばしい事で在るが、其れを得た者が王たる自分を脅かす存在と化すならば話は別。


如何な素晴らしき精神も何れ程の美しき出来事も、己が求心力を喪わせるのならば単なる恐怖の一因でしか無い。

曹彰の件もまた主君の子と言う立場が為に、自身の将軍と言う夢を叶えても…道の先に有る君主の姿を配下、民衆、そして家族でさえも幻視したが故に起きた…悲劇なのだろう。

結局の所は父親が危惧した通りに、政を識らずに『覇王の子』を生きる事は不可能だったのだ。実に、悲しい事だが。

大志を抱き、家族を愛し、部下と同じ地で闘う武将。

曹彰が夢見た理想像は、実際に夢物語としてでしか有り得る事は無い。そんな実像と反する不憫さが、若しかしたら彼の人気を支える一因なのかも知れない。

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