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病弱な幼馴染を優先する夫に耐えましたが、もう限界です ~今更溺愛されても許せません~  作者: ふくふくまる


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第29話 破滅へ

フェリクス視点です。



 

 エメル・シード主催の品評会からフェリクスは逃げるように後にする。

 

 王都にある馬車を借り、そのままオズモンド伯爵領に着く頃には日はとっぷりと暮れていた。

 屋敷からフェリクスを出迎えた執事のロレンツは、顔を灰のように真っ白にさせた主人の顔で目を見開く。

 

「一体何があったのですか!?」

「一体何が………? そんなもの俺が聞きたい!」

「は、」

「全部全部仕組まれていたんだ! 商人のイゴールからは記事を出すと言って騙され、グレンとアルテシアはエメル・シード卿を唆して俺を悪者に仕立て上げた! 一体何が起きているかなんて俺が知りたいぞ!」

 

 ロレンツの問いを皮切りに、フェリクスは顔を白から真っ赤に染め上げて癇癪を起こし出す。


 白昼堂々あんなにもコケにされたのだ。

 フェリクスにとって見下していたグレンやアルテシアに出し抜かれたのが何よりも癪に障り、激しい怒りに燃え上がる。


 そしてそんなフェリクスにロレンツはしどろもどろ尋ねた。


「仕組まれていた………?」

「ああ、俺を裁判で負かすためにあの商人とグレン達は手を組んでいたんだ。そのせいでこちらが有利になるような記事は掲載されず、代わりに───」

 

 そこでフェリクスの口が止まる。

 ロレンツは魔導具工房の職人達がアルテシアに頼んで起こした代理裁判を知らないのだ。

 

 盗作疑惑の裁判だけでなく、もしこちらの裁判も知ればロレンツは何というか。


 するとそんな主人にロレンツは険しい表情をし、言い放った。

 

「…………あのイゴール・ザエカリスに騙されたというわけですね。ですが、フェリクス様。貴方は無実なのです。魔導具の盗作をしていないのでしたら、設計図を裁判所に提出すれば良いだけです。最初から新聞社を利用して世論を味方に付けようとしなくても良かったんですよ」

「…………いや、そういうことじゃ」

「私は貴方の御爺様であられる先々代オズモンド伯爵より仕えておりました。由緒あるオズモンド家の血を引く者がそんな卑怯な真似をするわけありません。正々堂々冤罪を晴らせばよいでしょう」


 違う。そんなんじゃないんだ。


 ロレンツが取り乱す主人の代わりにひどく落ち着いた表情で言い切るが、フェリクスの抱える問題が多すぎて彼はうわ言のように何度も「違う」とぼやいた。

 

 そんなフェリクスにロレンツは怪訝そうに眉を顰める。

 そしてついにフェリクスは吐き出した。

 

「ち、違う。違うんだ。俺が、グレン・バージェスの魔導具を盗作………じゃなくて参考にしたのは事実で、そもそも罪になるとは思わなかったんだ。大体既に販売されている魔導具の設計なんて皆真似ているだろう。俺だけじゃない。俺だけが悪いわけじゃないんだ」


 フェリクスの言葉にロレンツが絶句する。


 そしてフェリクスはやはり抱えきれなかったのか、そのまま吐露した。

 

「それから…………それだけじゃなく、別の件でも訴えられた。工房の職人達への賃金の未払いが取り沙汰されてバージェス家が代理裁判を起こしたんだ」

「未払い!? どうしてそんなことを!」

「最初は払っていたさ! だが職人(アイツ)らは俺のことを陰で何て言っていたと思う!? 父上の功績を継いだだけの七光りだと!

 おまけに俺がせっかく魔導具を設計したにも関わらず、やれ『資金が足りない』だとか『工数がかかり過ぎる』だとか抜かすんだぞ!? そんな奴らに余分な金を渡せるか!」


 そう吐き捨てたフェリクスに、ロレンツは頭が真っ白になる。

 

 裁判が二件、その上金もない。

 おそらく親戚達も頼りにならないだろう。


 オズモンド伯爵家の現状にロレンツはぐらりと眩暈がした。

 

 そして力なく項垂れるフェリクスに、彼は覚悟を決めたように口を開いた。


「………………まだ、まだオズモンド家に援助を申し出ている方がおります。ドナテラ・マルク子爵夫人です」

「ドナテラ・マルクって…………あの未亡人の老女か!」


 豪商イゴール・ザエカリスの他、オズモンド家に援助を申し出る者はまだいた。

 

 若い頃に夫に先立たれ、莫大な遺産と領地を継いだ未亡人で「援助をする代わりに自分の恋人になれ」と詰め寄ってきた老女。


 何層にも重なる弛んだ贅肉に、老いを隠すように塗りたくられた濃い化粧。むせかえるような香水を纏い、豪奢なドレスを纏った女はまるで魔女のようだった。


 噂によれば若い男娼を屋敷で何人も飼っていると聞く。


 あの女は舐め回すように自分を見つめ、何と言っただろうか。


 ───可愛い顔をしているじゃない。私の三番目の恋人になるのなら援助を考えて差し上げても良いわよ。

 

 それを思い出した瞬間、フェリクスの背筋はぞっと凍った。

 

 絶対に嫌だ。というよりも無理だった。

 

「───そんなこと出来るわけがないだろう!? あの女のツバメになれって!? あんな醜い女のもとで侍るくらいなら死んだ方がマシだ!!」

 

 フェリクスの絶叫にロレンツは険しい顔で首を振る。

 

「ですがこのオズモンド家を守るためにはそれしか………!」

「黙れ!! それともお前が行くか!? 年寄り同士お似合いだろう!!」

 

 フェリクスのその言葉にロレンツの顔がサッと青くなる。

 

 そしてロレンツはしばらく黙り込んだ後、フェリクスに背を向けた。

 

「ロレンツ! どこへ行くんだ!?」

「もう貴方には付いていけません。…………成長し、ゆくゆくは先代のように立派な紳士になってくれるかと思いましたが、貴方のその愚かさではそういった未来が見えないのです」


 まさかここまで愚かだったとは思いもしなかったのだ。

 幼い頃から甘やかされて育ち、時折その片鱗が見え隠れしていたものの、いずれはかつての父親や祖父のように成長していくものだと思っていた。


 しかし、二十を過ぎた青年を再教育するなんて、非現実的なことはもう出来ない。


 冷遇され続けても尚、深い愛情をもってフェリクスに接していたアルテシアの顔がロレンツの脳裏を過ぎる。


 もしかしたら彼女がフェリクスを改心させる、唯一の女性だったかもしれない。

 だからアルテシアがこの家を出た時点で、こうなっていくのは確定していたのだろう。

 

 お暇を頂きます。

 そう言ってロレンツはフェリクスの前から去って行く。


 屋敷にはもう惰性で働いている若いコックのみ。

 おそらく彼も、執事のロレンツが辞めたと聞いたら、早々にここから出て行くだろう。

 

(悪夢のようだ)


 ロレンツを引き止めることもできず、フェリクスはただ呆然と立ち尽くしていた。


 一体どこから間違えたのか。

 

 フェリクスは何だか現実味のない夢を見ているような感覚で、そう思った。



 

 ◇



 

 その日の夜、フェリクスは酒を浴びるように飲んだ。

 もう全てを忘れてしまいたくて、憤りと喪失感に苛まれながら泥のように眠った。

 

 そしてフェリクスは夢を見る。


 もしアルテシアが離縁せず、自分のもとにいてくれたならばどうなっていただろう、と。

 

 夢の中のアルテシアはプリシラの計略を看破し、今まで冷遇してきたことをフェリクスが謝罪すれば、雨に濡れた花のように涙を浮かべながら微笑み、全てを許してくれた。

 

 ───良いのです。私は貴方のことをずっと愛していました。いつか想いが通じ合うのを夢見ていたから、どんなことをされても耐えられたんです。


 なんて美しい女なんだろう。


 そんなアルテシアに一層愛おしさが募る。

 

 しかし場面が変わり、フェリクスのもとにとある一通の手紙が届いた。

 裁判所からの手紙で、グレン・バージェス辺境伯が魔導具の盗作疑惑でフェリクスを訴えるという内容だ。

 

 ───フェリクス様、グレン・バージェス卿の魔導具を盗作したなんて、そんなことしておりませんよね?


 アルテシアの顔が悲しみによって歪む。


 しかしそんなつもりは全くない。

 ただ参考にしただけで、盗作なんてことはするわけないだろうと本気で思った。

 だからアルテシアに否定し、裁判に勝つと誓えば、彼女はほっと安堵した様子で胸を撫で下ろす。


 そして味方を増やすべく、社交界に顔を出し、あらゆる貴族達から裁判においての助言をもらった。


 ───先代バージェス辺境伯には辛酸を舐めさせられたよ。その息子である今代を打ち負かす気なんだって? 是非とも力になりたいものだ。


 ───盗作したつもりはないんだろう? それなら別に良いじゃないか。詳しくはないが、設計図も書き方次第でどうにでもなるんじゃないか? 多少手を加えたって問題ないさ。


 ───裁判官には贈り物を贈ったか? 流石にそれはしないって? …………そうか。なら新聞社に頼んで、裁判の記事を書けば良い。皆、君の味方をしてくれるよ。


 今思えばバージェス辺境伯家をよく思っていない貴族達が、ていの良い駒にバージェス家を破滅させるよう仕向けていたのだろう。


 夢の中のフェリクスも流石にその状況に違和感を覚える。

 しかし………


 ───君も貴族の男であるならば、これを機に理解した方が良い。どんなに冷酷であろうとも、守るべき者を守り通す覚悟を持つべきだと。


 その言葉にフェリクスは自分がいかに中途半端で、甘やかされてきたのかを自覚する。


 ここで必ず裁判に勝たなければ、アルテシアはどうなるか。


 名誉は傷付けられ、白い目で見られるだろう。

 冷遇された上に、更に社交界では爪弾きにされる。


 自分はどうなっても良い。

 けれどアルテシアのことを考えた時、フェリクスはどんな手段を使っても勝たなければならないと決意した。

 

 そして、裁判に勝った。


 アルテシアがそばにいるだけで、全てうまくいくような心地がした。

 

 きっと彼女が自分のもとにいれば、最良の結果が得られるのだろう。

 フェリクスには無いものをアルテシアが補い、瘴気で汚れた領地の浄化も、裁判も、社交界でのやり取りも全て恙なく行われる。


 アルテシアに嘘をつき罪悪感を抱きながらも、せめて彼女の前だけでは理想とする紳士の姿でいようと決意した。


 魔道具工房の職人達との不和を解消し、アルテシアの兄であるセドリック・ルーヴェンを真似ながら領地運営を最初から学び直す。


 その様子に領民も、ロレンツも、アルテシアも見直した。

 

 そして夢の中でアルテシアはフェリクスの隣に佇み、嬉しそうに顔を綻ばせる。

 

 ───まるで夢みたい。貴方の隣にこうして立てることができるなんて。


 これが現実ならば、どれほど良かっただろう。


 フェリクスはこの時初めて、自分が手放してしまったものの大きさに気付き、ようやく後悔するのだった。




読んでいただき、ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
我儘に育ち両親が他界して権力で好きにできる嫡男は勝手に成長しない。 執事はこの家である程度権限や諌言できる立場にいながら その『唯一フェリクスを改心させられたかもしれない』 アルテシアを支えず伯爵家の…
もしや原作小説の夢だったのでは
手放してしまった?いやいや、そもそも「本当の意味では」手に入れてなかっただろうに
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