第28話 この世界で生き残るためには
前半フェリクス視点です。
───君は誰だい? さっきから随分と親し気に話しかけてくるが、私には君のような知り合いはいなかったと思うがね。
怪訝そうな顔をして尋ねるエメルに、フェリクスは石像のように固まってしまった。
誰だ?
一度舞踏会で会ったことがあるだろう。
おまけに魔導具協会の集会に連れて行くと約束してもらったし、手紙だって何通も送っている。
フェリクスはエメルの言葉が信じられず、顔を引き攣らせながら口を開いた。
「カリオストロ伯爵夫人の舞踏会で一度………」
「ああ! アルテシア様のエスコートをしていた方でしたか。申し訳ない。こちらも年寄りなものでしてね。舞踏会後感謝の手紙を送ってくれた上に、娘と文通してくれているアルテシア様となら交流は続いているのだが………」
「いや、私も貴方に手紙を………!」
「はて、魔導具協会の集会への参加の催促だけ何度もしてくるような方のことはすっかり忘れてしまっていたよ。ああ、すまない。君だったのか」
あっけらかんと言い放つエメルに、フェリクスは言葉を失う。
集会の件で魔導具協会に手紙を送っても返って来ず、だからエメル本人に連絡を取ろうとしたのだが、何故それだけでこんなにも冷たく当たられる。
頼りにしていたエメルにこうも突き放され、フェリクスは全身の力が抜けるような感覚がした。
◇
目の前で、フェリクスがあっさりとエメルによって拒絶される。
その光景を眺めながら「きっとフェリクスのことだから舞踏会以降、碌にエメルとのやり取りをしていなかったんだろうな」とぼんやりと思った。
私も忙しいエメルとは限定的なやり取りにのみ留めているが、娘のレイチェルとは文通を通して親しくさせてもらっているのだ。
王都の学園に通い始めたばかりのレイチェル・シードは1年生にして成績優秀な女生徒のみが入会できる『白百合の会』に所属している。
私も一応白百合の会に所属していたこともあり、サロンにおける暗黙のルール等を教えていた。
それもあってエメルは私に対して悪い印象を持っていない。
今回の裁判において「もし過去にグレン・バージェスの魔導具を審査した記録があるなら教えてほしい」と嘆願したところ、ちょうど彼がかつての審査係であり、山のような記録の束から証拠となりうる書類を引っ張り出してくれたわけである。
おまけに星辰投影機の利権の件もあるし、グレンに対しての後ろ盾も快くしてくれた。
(裁判でも証言してくれるという約束も取り付けられたしね)
しかしそんな事情を知らないフェリクスは顔を真っ白にして立ち尽くしている。
自分の知らぬ間に、自分の力だけでは到底巻き返すことのできないことが起こっていることに気付き、為す術もなく混乱しているのだろう。
学生時代は見た目が美しくて、勉強が出来ていれば、それだけで良かったのだ。
尚且つ彼の傲慢さもカリスマ性があると言われ、周囲から好意的に受け止められていた。
学友達からは敬われ、教師からはいずれは落ち着いて素晴らしい紳士になるだろうと期待されていたのだ。
けれど実際は違う。
いくら顔が良くても勉強ができても、それだけでこの魑魅魍魎蔓延る貴族社会でやっていけるわけがない。
生まれ持った素質に胡坐をかくことなく、彼が不得意とする地道な根回しや交渉を、失敗しながらもやっていかなければ生き残れない。
それを怠ったフェリクスはこの社交界では容易に利用され、爪弾きにされるだろう。
するとその時、フェリクスはキッとグレンの後ろにいる私を睨み付けた。
「…………そうか。分かったぞ! どうせグレン・バージェスの作った星辰投影機の利権を盾に商人や魔導具協会を味方に付けたんだろう! 良い御身分だな! お前は何もしていないくせに、男の作った魔導具を利用して俺を陥れるとは!」
イゴールやエメル、そしてグレンを責めるのではなく、見下している私に突っかかってくるあたり器が小さいんだろうなと察する。
そんな彼に何か言い返してもメリットはないし、他の招待客から『元夫に詰られる可哀そうな女』として見られた方が良いだろう。
満身創痍なフェリクスに何を言われたって痛くも痒くもないため黙っていると、それに口を挟んだのはグレンだった。
「? お前はさっきから何を言っているんだ?」
「何?」
「まず星辰投影機を作ったのは俺じゃない。アルテシアだ」
心外そうに話すグレンの言葉にフェリクスが「は?」と声を漏らす。
「アルテシアが………?」
「ああ、原案はアルテシアで俺はただ改良しただけだ。それに何を勘違いしているか知らんが、彼女が寄生して生きているなどということはない」
設計とかは全て工房の職人達に任せっきりで、私がやったことと言えばアイディア出しくらいなんだが………。
しかしそれを言う雰囲気でもなく、フェリクスは茫然と私を見つめる。
そしてエメルが呼んだ警備の者により、彼はふらふらとした足取りで会場を後にしたのだった。
・
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今回私とグレンがこの品評会に訪れたのは、主催のエメル・シードによる招待に他ならない。
同じくこの品評会に招待されたイゴールから、今朝の朝刊で盗作疑惑と魔導具工房の職人達の代理裁判の記事が掲載されると教わっていたが………
(まさかフェリクス本人がここに乗り込んでくるとは………)
イゴールの顔をちらりと見る。
想定外のハプニングが起こってびっくりしました、みたいな顔をして他の招待客と顔を見合わせていたが、私の視線に気付くと砂狐のように目を細めた。
きっとこの男がここにフェリクスを呼んだのだろう。
最終的にバージェス辺境伯家につくか、それともフェリクス側につくか。
手を貸すに値するのはどちらか、見極めるためにフェリクスをこの場に呼んだのだろうかと思案する。
(………………いや、イゴールはフェリクスがゴシップ記事を取り扱う新聞社に記事を掲載させるのを止めてくれたし、王都の新聞社にフェリクス側の記事を差し替えるよう進言してくれた)
その時点でバージェス辺境伯家についてくれているのだ。
であれば今回イゴールがわざわざフェリクスをこの品評会に誘い込んだのは、一体何が目的か。
するとイゴールはふと視線をエメルに流す。
そんな彼の様子に私はイゴールの思惑を理解した。
(ああ、なるほど。エメル・シードによる後ろ盾を強固にしてくれたのか)
この場でフェリクスが無様な振る舞いをすると分かっていたのだろう。
それをもって私とグレンが周囲から憐れまれ、万が一にでもエメル氏がフェリクスに支援しないよう───いや、他者がフェリクスへ支援をしないよう、この場をもって引導を渡したというところか。
(わざと泥を被ってくれたのね)
そんなイゴールにくすりと笑みをこぼし、会釈する。
あとで報酬を用意せねばならないだろう。きっとイゴールもそれを見越して立ち回ってくれたのかもしれない。
(むしろそうじゃなきゃ、裏がないかと心配になるわ)
イゴールの好意を無下にしないよう、私とグレンはエメルのもとへ足を進めた。
そしてグレンがエメルに向かって口を開く。
「───エメル・シード卿。この度は我々の裁判に巻き込み、このような場であんな諍いを起こしてしまったこと、誠に申し訳ない。正式に謝罪の場を設けたいのだが………」
「そんな! バージェス卿が気にすることは何もない。悪いのはあの無礼なオズモンド卿だろう? むしろ君もアルテシア殿も散々な目に遭ったね」
エメルが心底同情した様子で言うものだから、私達は「気にしていない」と首を横に振る。
そしてエメルはにこやかに笑みを浮かべながら言い放った。
「裁判の時はぜひ協力させてくれ。いくらでもバージェス卿のために働こう。…………それに今後もし何かあった場合は、私の名前を出してくれ。魔導具協会に所属する者として、君達の力になろう」
「ありがとうございます。……………それから投影機の件についても今後ともよろしくお願いいたします。窓口はぜひシード卿にお任せしたいと思っておりますので」
「ええ、任せなさい」
エメルがどうして私達にこんなにも友好的か。
私が彼の娘であるレイチェル嬢の文通相手というだけではもちろんない。
バージェス辺境伯家で開発された星辰投影機の利権のやり取りをぜひエメル・シードにと頼んだのも一因だろう。
魔導具協会の次期会長候補として、星辰魔道具の市場流通が成功した暁にはその功績をもって候補選に臨むことができ、他候補者から大きく差を付けられるのだ。
ふくふくとしたサンタクロースみたいな雰囲気であるものの、エメルの魂胆を把握している身として何だか狸のようにも思える。
(でも、やっぱり魔導具協会を登り詰める人はそうあるべきよね)
きっともうフェリクスは表舞台に立てないだろう。
原作小説においてグレンは裁判に負け、北にある最果ての領地に引っ込むことになるのだが、この世界ではおそらくフェリクスがその役割を負うのだろうなとしみじみと思う。
けれど全く、哀れむ気にもならない。
そしてそんな私を、隣に佇むグレンがじっと見つめていたのを知る由もなかった。
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