幕間 商人との取引
本編に入れることのできなかった幕間のお話です。
時を遡って数ヶ月前。
フェリクスを訴える前に、やらなければならないことが数多くある。
原作通りの展開であればフェリクスは新聞社を使ってバージェス家の評判を落とし世論を味方につけるのだ。
小説で読んだ限り、その新聞記事の内容は至って中立的で客観視されていたものの、それは妻であるアルテシアが「隔たった内容にするのは良くない」と至極真面目に止めたからだ。
思い込みが激しく猪突猛進な節のあるフェリクスは「またやってしまった」と反省し、少しずつ大人になっていくのだが………
(もうフェリクスのそばにアルテシアはいないものね)
この世界線においてフェリクスは私とすでに離縁している。
そのため奴を止めてくれるような者は周りにおらず、そのまま偏向記事を世に出そうとするだろう。
(まあ、あまりにも偏り過ぎると差し止められると思うけど………)
それを止める手段として、グレンか私が新聞社に出向いて事前に圧力をかけるという手もあるが、それをすると頻繁に領地を空けることとなる。
自由に出歩くことが可能で、ある程度交渉のできる人間。
そしてそれに選ばれたのは、代々バージェス辺境伯家と懇意にしているザエカリス商会の代表、イゴール・ザエカリスという男だった。
「───ザエカリス商会代表イゴールと申します。アルテシア様のご評判はかねがね伺っていましたが、まさにそのお噂に違わぬお方! お会いできましたこと、心より光栄に存じます!」
異国の血が混じっているのか、大柄な体躯に褐色の肌。
仕立ての良いスーツに身を包んだ洒落っ気たっぷりのその男は、屋敷の応接間にて小気味良く挨拶をする。
見るからにコミュ強(コミュニケーション強者)である。
そしてそんな彼との挨拶を一通り終えると、さっそくイゴールは喜色満面な笑みで話し出した。
「本日はバージェス辺境伯家の開発した新しい魔導具についてのご相談だとか? すでにお噂は聞いておりますよ! 魔導具協会からも注目されているという富裕層向けの逸品だとか」
「名称はまだ決めかねているが、夜空を室内で投影させる魔導具だ。今は余興用のものしかないが、製品の将来性や展開を含めイゴールからアドバイスをもらいたくてな」
「なるほど! そういったことでしたらお役に立ちましょう!」
「まずは実物を見てくれ」
すると部屋の外から待機していたヤコフが現れる。
ワゴンによって運ばれてきた球体型の投影機をテーブルの上に設置し、応接間の窓のカーテンを閉めた。
そして部屋の明かりを消した途端、投影機が淡く光り起動し始める。
次の瞬間、投影機は光を放ちながら、部屋一面に満天の星々を映し出した。
投影された夜空はゆっくりと回天し、時折ほうき星が流れ落ちる。
光はぼやけることなく鮮明に輝き、まるですぐそこに星々があるかのようだった。
「これは美しい。…………そうですね。まずは『体験』として売り出すのが得策にございましょう。この手の珍しい品は行き渡らせては値打ちが下がります。むしろ人の集まる場へ据え、見せ物として客を呼べば、噂もひとりでに広まりましょう」
「集客は見込めると思うか? 俺はもっと学術的に求められるかと………」
「それもあり得ますが、この目新しさは催しとしても売れるでしょう。またできれば丸屋根の大きな建物にて、ひと目で人の興をそそる造りがよろしいかと。加えて、前触れとして諸侯方へ貸し出しを重ねるが肝要にございます。そのご評判は市井へと流れ、ほどなく広く知れ渡りますから」
今から楽しみですねとほくほくとした顔をしながら話すイゴールに、私とグレンは顔を見合わせる。
この様子なら星辰投影機に、ある程度の利益が見込めると思ってくれていると判断して良いだろう。
その上で私達は彼にとある提案を持ち掛けるために、口を開いた。
「…………だが困ったことに一つ懸念があるんだ」
「おや? 資金ですか? それともこの投影機の貸出先の目星がないとか? それでしたら、このイゴールにお任せしていただければ………」
「いや、違う」
そしてグレンに続き、私から彼に説明をする。
「イゴール、貴方は私の元夫について存じていますでしょうか」
「…………ええ、フェリクス・オズモンド卿ですね?」
わずかに眉を顰めながら答えるイゴールに私はそのまま続ける。
「単刀直入に話します。現在バージェス辺境伯家はフェリクス・オズモンド卿に対して二つの裁判を仕掛けようと思っております。1つは魔導具の設計を盗作したという裁判を、もう一つはオズモンド卿の運営する魔導具工房の職人達に代わり、不当な扱いに対する裁判を代理で行おうと考えております」
そう述べれば、イゴールの表情がはっきりと変わる。
同じ主君に仕える身として、貴族間では裁判を行うよりも私闘の方が多いとされる。
それでも裁判を開くということは、私闘よりも裁判において勝つ自信があるということだ。
(まあ、今回はグレンが領民達に余計な血を流させたくないっていうのもあるけど)
「しかし、先程お伝えした通り一つ懸念があります。オズモンド卿を訴えれば、おそらく彼は新聞社に偏向記事を出し、バージェス辺境伯家の名誉を傷付けようとするでしょう」
「…………それは本当ですか?」
「はっきりとは断定できませんが、そういった可能性があると思われます。………プライドが高く、人目を気にするあの人のことならそれくらいはするでしょうから」
そこまで言い終えれば、イゴールも私達の言いたいことを察したのか。
本題は星辰投影機の展開ではなく、フェリクス・オズモンドへの訴訟であるということに気付いたようだ。
(もしこの裁判で負ければ、私達は星辰投影機に構っていられなくなる。開発自体は問題ないけれど貴族が貴族相手に訴えて負けたとなれば面子はない。そんな貴族の開発した魔導具なんて、誰が使いたいと思うの)
するとイゴールはしばらく黙り込んだ後、そっと口を開いた。
「……………かしこまりました。実を言うと私の方でもオズモンド伯爵家にアプローチをかけているところでしてね。没落しつつあるものの、かの家の権威は非常に魅力的ですから、どうにか利用できないかと声をかけていたのです」
「…………あら、申し訳ないわ。貴方からしたらタイミングが悪かったでしょう」
「いえ、逆です。裁判に敗けた場合、オズモンド家の権威は修復不可能なまでに落ちるでしょうからね。なのでここは身を引くのが得策でしょう。先に情報を入手できて良かったですよ」
そしてイゴールは「グレン様の御父様に借りがございますしね」と肩をすくめながら話す。
グレンの亡父は通行税の廃止を根気よく訴えた人物でもあった。そのおかげで一部の領地は免除され、一番割を食うであろう商人達からは感謝されていると聞く。
(ま、裁判が終わればオズモンド家をどうにだってしてくれて良いけど)
ただ今だけは、こちらの味方にいて欲しいだけである。
「それではフェリクス・オズモンド卿が新聞社に偏向記事を出そうとしていないか確認いたしましょう。もし本当にそれを企んでいましたら、出資先の新聞社を紹介し、そこで記事を出すよう誘導します」
「記事は発表しないですよね?」
「ええ、もちろん。記事を出すといって、出させませんよ。そもそも偏向記事なんか絶対に発行できませんので」
はっきりと言い切るイゴールに内心胸を撫で下ろす。
そしてグレンを見ると、彼も満足そうに頷いていた。
「イゴール、よろしく頼む。…………それと並行して、君には星辰投影機のことも任せたい。今後とも世話になるな」
「いえいえ、とんでもない! こちらの方こそ末永くよろしくお願いいたしますね!」
イゴールが狐のように目を細めて笑みを浮かべる。
そしてしばらく、細々とした調整を行い、あらかじめ用意していた契約書にサインを交わす。
この先どうなっていくかまだ分からない。
けれどフェリクスに確実に勝つために、私とグレンは地道な根回しを続けていくこととなる。
読んでいただき、ありがとうございました!




