第27話 身に覚えのない余罪
ちょうどカリオストロ伯爵夫人の舞踏会が終わった後だろうか。
フェリクスと離縁せず、まだ屋敷に留まっていた頃。
過去5年間でオズモンド家が生家ルーヴェン家の援助金をどのように使っていたか調べると、ある事実が判明したのだ。
フェリクスの執務室にて隠れて帳簿を調べていると、魔導具工房の職人達への賃金の支払い額があまりにも少ないことに気付く。
基本給与額は支払われているものの、役職手当や残業代、また成果手当等の諸々が記載されていない。
疑問に思い、先代オズモンド伯爵の作成した工房の契約書を引っ張り出し確認してみたところ、契約事項にそういった手当の配付についてはきちんと明記されていた。
しかし帳簿を見る限り、それが正しく支払われている様子は一切ない。
(……………これが事実なのか、確かめる必要がありそうね)
元コック長のサムに魔導具の設計図を入手させるべく、退職した職人達のもとへ遣わせていたのだが───確認すれば、やはりそれは事実だそうで。
彼らの話によると、本来支払われるべき報酬は未払いであり、フェリクスの気分によって仕様や開発スケジュール等が安易に変わることから辞めていった職人は多いようだった。
そしてその内の一人とサムを交渉させ、私名義で代理裁判を行うことを約束し、魔導具の設計のコピーを手に入れたのだった。
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そんなことをぼんやりと思い出していると、フェリクスは口をパクパクさせながら叫んだ。
「う、嘘を言うな! 今日の朝刊で貴様らの悪事が晒されるはずだ!」
「ああ、オズモンド家が新聞社に圧力をかけて偏向記事を掲載しようとしたことですか? 内容が隔たり過ぎていると判断されて、最終的に見送りとなったそうですよ。代わりにその枠をこちらが買い取って、別の記事を掲載させていただきました」
原作小説『トゥルーエンドは貴方と共に』の第二部では、悪役貴族グレン・バージェスから謂われない罪を被せられ、フェリクスとアルテシアが手を取って立ち向かっていく。
その中で冤罪をかけられたフェリクスは、周囲に協力を仰ぎながら裁判に勝っていく───という展開があるのだけれど、その内の一つに新聞社による記事の掲載があった。
原作において記事の内容は至って公平なものであるものの、それを理由に市井にまで同情され、彼は世論を巻き込んで味方を増やしていくのだ。
(でも今回私が色々と動いてしまったせいで、本当に公平な記事が出されるとは限らないのよね)
それに事前にその情報を知っている身として、わざわざこちら側の不利になるような企みを見過ごすわけがなかった。
「だが、イゴールという商人が記事を掲載させると………!」
フェリクスが混乱した様子で声を荒げる。
するとその時、褐色の男が庭園の奥からやって来た。
仕立ての良いスーツに身を包んだ洒落っ気たっぷりの色男。彼は私の隣に佇むグレンに気付くと、まるで親しい知人に会ったかのように声をかけた。
「グレン様!」
「イゴール、君も来ていたのか」
「ええ。今日はグレン様もこちらに招待されていると聞きましたので、ぜひ挨拶をと」
「……………………は?」
そんな彼らの様子にフェリクスはぽかんとする。
一体何が起きているのか、さっぱり分からないのだろう。
このイゴール・ザエカリスという男は、代々バージェス辺境伯家と懇意にする商家の者なのだ。
以前グレンとの会話で挙げられた商人で、つい先日彼との顔合わせを行った。
そしてバージェス辺境伯家で開発した星辰投影機の流通も彼に任せることになっていたのだが………
今回の裁判に当たって『フェリクス・オズモンド卿が新聞社を使ってバージェス辺境伯家の偏向記事を出すかもしれない。そのせいで裁判に負けた場合、星辰投影機はお蔵入りする可能性がある』と相談すれば、「オズモンド家の様子を見に行きましょう」と親身になって対応してくれたのである。
(彼は彼で落ちぶれていくオズモンド家を買い取ろうと動いていたみたいだけど………)
裁判の概要を聞いてオズモンド家に勝ち目がないこと、またそれによってオズモンド家の権威が失墜し買い取っても旨味がないことを理解したのか、バージェス辺境伯家にとって非常に良い働きをしてくれた。
───君がイゴールに会いたいと言った時はただ顔合わせがしたいという意味だと思っていたが………。
イゴールに諸々の相談を持ち掛けようと提案した時、グレンは驚いたように目を丸くしながらも了承してくれた。
するとフェリクスが今にも掴みかかりそうな様子で叫び出す。
「貴様………! 俺を騙したのか!? 今日の朝刊でオズモンド側に有利になるような記事を載せると、昨日言っていたじゃないか!?」
そんな彼にイゴールは「ああ」と懐から新聞を取り出し、広げてみせた。
「もちろん私もそのつもりでしたよ。ここに貴方から依頼された記事を載せる予定でした。しかしやはり検閲に引っかかってしまったようでしてね。その代わりにこちらの記事が載せられたんでしょう」
本来オズモンド家の記事が載るであろう予定だった場所には、フェリクスによる工房職人達へのパワハラや報酬の未払いについて書かれ、その裁判の客観的な内容が載っている。
またそれよりも前に行われるであろうフェリクスの盗作疑惑の裁判についても概要が書かれており、いくら中立的な立場から見てもフェリクスの評判が下がることは確実だろう。
「貴様ら………! 最初から俺を陥れるために手を組んでいたんだな!?」
その通りである。
代わりにイゴールが前に進み出て、フェリクスの耳元で囁いた。
「いいえ、私は確かに貴方の記事を掲載するよう努めましたよ。しかし結果新聞社の意向により却下されてしまったんです。朝刊の大枠を空けるわけにもいかず、ならばといずれ掲載する予定だったバージェス辺境伯家からの記事を載せたに過ぎません」
「新聞社の意向!? どうせお前が圧力をかけたんだろう!?」
「それよりもこのような目出たい場で荒事なんて無粋ですよ。 ほら、皆さん、こちらに注目しております」
イゴールの言葉にフェリクスはハッと辺りを見渡す。
魔導具工房の関係者が大勢いるこの場で、そして職人達に敬意を表する者達が多くいるこの場で、フェリクスに注がれる視線は厳しい。
イゴールもあくまで商人として中立的な立場をとっているが、彼の商家はグレンの亡父───先代バージェス辺境伯に恩義があるのだ。
王都にいる城の役人達によって決められた莫大な通行税の皺寄せを商人達が被ってしまったものの、グレンの亡父の働きよって一部の地方は免除され事なきを得た。
原作小説においてイゴールの登場はなかったものの、もしかしたら裏でグレンを裁判に勝たせようと暗躍していたかもしれない。
するとフェリクスはたじろぎながらも「誤解だ」と叫んだ。
「アルテシア、全てお前が仕組んだことなんだろう! 盗作疑惑の裁判もグレンと手を組み起こし、工房の職人達の代理裁判も俺を貶めるために先導した! 俺をどこまで貶めれば気が済むんだ!」
そんな彼の言葉にわざわざ返すことなどしない。
困ったように眉を下げてグレンに寄り添えば、フェリクスは悪鬼のような形相をした。
そしてフェリクスは近くで様子を伺っていたエメル・シードに声をかける。
「エメル氏! 貴方からも何か言ってください!この女とグレン・バージェスは俺に盗作の疑いをかけた! 工房への職人の扱いも誤解でただ後ほど支払おうとしていただけであり、魔導具の盗作もしていない! 信じてくれ!」
不自然に口角を上げ縋り付くフェリクスに、エメルは眉を顰める。
「貴方なら分かってくれるだろう! そもそもグレン・バージェスが学生時代にその設計図を作ったという証拠もない! 名誉棄損として訴えてやる!」
「証拠ならあるよ」
「え?」
しかしエメルの発した言葉にフェリクスの動きは止まった。
そんなフェリクスにエメルは淡々と述べる。
「グレン氏が学生時代に作成したという証明ならできるよ」
「は?」
「彼の魔導具は彼が学生時代、魔導具協会に送ったものでね。何といったって私が確認していたんだ。だがあれらは駄目だったね。耐久テストの数値が悪く、私用で使うならまだしも製品化には到底無理だろう」
そして追い打ちをかけるようにエメルが続ける。
「もし君があれらを本当に盗作したというのならば裁かれるべきだろう。また規程よりも低い水準で製品を販売したことについても罪は問われるだろうね」
「エ、エメル氏………それは………」
「それから………───君は誰だい? さっきから随分と親し気に話しかけてくるが、私には君のような知り合いはいなかったと思うがね」
そんな彼の言葉にフェリクスはいよいよ動かなくなってしまった。
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