第26話 俺だけが悪いわけじゃない
フェリクス視点です。
豪商イゴール・ザエカリスの伝手によって王都にある大手新聞社の朝刊の一枠を押さえることができた。
あらかじめ掲載される予定の記事を確認すれば、今回行われる盗作疑惑の裁判の概要が記されており、それはフェリクス・オズモンド側に非常に寄り添った文面であった。
先代から悪評蔓延るバージェス辺境伯家の現当主グレン・バージェスが、学生時代の逆恨みとしてフェリクス・オズモンド伯爵に言われなき冤罪を被せようとしているのではないか。
またフェリクスの元妻アルテシアが離婚後すぐにグレン・バージェス辺境伯のもとへ嫁いだことも書かれており、婉曲に二人が手を組み、フェリクスを陥れようとしているのでは?という示唆もされている。
おまけにアルテシアがバージェス辺境伯家に嫁いですぐ、気に入らない老齢のメイドを解雇させたという記事の信憑性に拍車をかけていた。
一新聞社が貴族に対して名誉を毀損するような内容は出せるはずもない。
しかし豪商イゴール・ザエカリスの圧力により、掲載できるレベルまでに落とし込まれたその記事は───事情を知らない者が読めば、グレンとアルテシアがいかに非道で、フェリクス・オズモンドが哀れな男であるかを都合よく解釈してくれるだろう。
「───これが明日の朝刊に出れば、オズモンド家の印象も多少良くなるでしょう」
オズモンド家の屋敷、その執務室にて。
イゴールが歪な笑みを浮かべながら宣う。
それにフェリクスは魔導具工房の職人の一人に無理矢理書かせた偽の設計図を眺め、ぼんやりと思案した。
(これで本当に誤魔化すことはできるだろうか)
偽の設計図を提出したところで、裁判所にこれまで発売した魔導具を分解し照合されれば終わりだろう
そのため外側の術式や基本構造は一致させているものの、分かりにくい魔鉱石の一部の材質や発生原理(魔鉱石の魔力からエネルギー変換の仕組み)を変えている。
「…………」
設計図を偽装し、偏向記事を世に出す。
フェリクスの中で、これが立派な犯罪であるという事実が想像以上に重くのしかかった。
しかし肥大化したプライドによって潔く非を認めることなどできない。
そんな彼の気持ちを知ってか知らずか、イゴールがあっけらかんと言い放った。
「この記事によって、オズモンド家に同情する貴族は少なからずいるでしょう。事情をよく知らない者、先代バージェス辺境伯に恨みを持っている者、オズモンド家と同じ歴史の長い高位貴族の者………。裁判というのは、法の下に平等だなんて決してありませんから」
「……………平等じゃない?」
「ええ、判決を動かすのは証拠ではありません。はっきり申し上げると、時世と金でいくらでも変わります。貴族が一握りの金を握らせれば、正義なんていくらでも形を変えることができるでしょう? それと同じですよ」
あまりにも残酷な言葉をイゴールが何とでもないような顔をして吐き捨てる。
これまでこういった誤魔化しや嘘を何度もしてきたような商人の態度にフェリクスの表情は自然と歪んだ。
しかし、今となって自分もこの男と同類なのだ。
その事実に不快感が沸き上がる。
「貴方が今やるべきことは、一人でも多く味方を作ることです。味方を作り、バージェス辺境伯よりもオズモンド伯爵を負けさせるのは損だと周囲に思わせることが必須。それによって支援者は増え、使える金の額も変わりますから」
「…………ああ、そうだな」
「それに貴方から事情を聞く限り、前妻のアルテシア様にしてやられたんでしょう? なら貴方ばかりが悪いわけではない」
そうだった。
何も俺だけが悪いわけじゃない。
おそらくグレンとアルテシアが自分を陥れるために手を組み、この裁判を起こしたに違いないのだ。
だから自分はこんな目に遭っているし、このイゴールという商人と同じ穴の狢になってしまった。
それならば多少卑怯な手を使ったって、あの悪党どもが我が物顔で往来を闊歩するよりかは良いじゃないか。
執事のロレンツを信じ込ませるために言った憶測が、段々と事実であるかのように錯覚する。
(いや、もしかしたらこれは憶測ではなく、真実なのかもしれない)
そう思うと、フェリクスの心はわずかに軽くなった。
「そういえば明日、エメル・シード氏による魔導具の品評会が開かれるのをご存知ですか?」
「! そうなのか?」
「ええ。私も参加いたしますが、どうです? 行かれますか?」
舞踏会で出会った魔導具協会の役員エメル・シード。
自分のことを気に入ってくれた彼ならば、自身の散々な状況に哀れんで味方してくれるかもしれない。
それに魔導具協会の役員の後ろ盾があると印象付けられれば、裁判もきっと有利に動くだろう。
そんなイゴールの言葉にフェリクスは「もちろん」と頷いた。
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───翌日。
エメル・シードによる品評会は王都にある魔導具協会本部の大講堂で開かれる。
出品者による魔導具の公開展示だけでなく、実演や気に入ったものがあればその場でエメルによる審査が行われるのだ。
祭典のようなもので、魔導具職人や商人だけでなく、一部の貴族達も出入りし、品評会後のパーティーには彼らも招待されていた。
(ここが…………)
その会場にフェリクスは潜り込んでいた。
オズモンド伯爵領から王都までは非常に遠い。
その上メイドだけでなく御者も辞めてしまったのだ。
遠出の準備も馬車の貸し出しも直前に行わなければならず、フェリクスはすでに疲労していた。
おまけにその慌ただしさから、今朝方新聞社から出されるはずの朝刊を確認できずにいた。
予定通りであれば、裁判の概要とグレンとアルテシアへの偏向記事が大きく載っていることだろう。
現に品評会の大講堂にて、参加者達が遠巻きにフェリクスを見つめては何か囁いていた。
(早いところエメル氏に会わなければ)
大講堂の奥にある緑の生い茂った美しい庭園では、現在富裕層向けにエメルが懇親会を開いているらしい。
フェリクスがそれに一人向かえば、ちょうどそこにドレスローブを纏った老齢の紳士が佇んでいた。
───見つけた。
エメルは人に囲まれ、にこやかな笑みを浮かべて挨拶している。
しかし人波が過ぎゆくのを呑気に待ってなどいられない。
フェリクスは足早にエメルのもとへ足を進めようとする、が。
しかしその時、視界の隅に二つの人影が横切った。
「───ッ!」
仲睦まじい様子で腕を組み歩く、とある一組の夫婦。
夜空の星のように瞬く銀の髪を持つ美しい女と影法師のような真っ黒な男が寄り添い合っている。
その姿を見た瞬間、フェリクスの中で燃えるような怒りが沸き上がった。
「アルテシア!! グレン・バージェス!!」
前妻のアルテシアと、憎きグレン・バージェス。
グレンの腕にアルテシアの手が回っている様を見た時、フェリクスの中で張り詰めていた糸がぷつんと切れるような感覚がした。
そんな彼にアルテシアは気付き、目を丸くする。
「フェリクス様?」
何でお前達がここにいる。
お前は俺といた時、そんな顔をしたことがなかったじゃないか。
俺が大変な目に遭っているのはお前らのせいなのに───!
濁流のように次々とどす黒い感情が流れ込む。
呑気な顔をして、自分と別れてさも幸せだと言わんばかりのアルテシアの表情を歪めさせたくて、フェリクスは彼らのもとに近寄って行った。
グレンがアルテシアを背に隠す姿にも苛立つ。
そしてそんな彼らを責め立てるように、フェリクスは口を開いた。
「今日の朝刊はもう読んだか? 辺境に住むお前達には届いていないかもしれないが、あんな記事があってよくもまあ、こんな公衆の面前に出られるものだな」
「? いきなり何なんだ。王都の朝刊ならすでに読んでいるが………」
しかし不愉快そうに答えるグレンにフェリクスは眉を顰める。
記事を読んだ?
なら、どうしてそんな何とでもない顔をしていられる。
するとその時、先程から黙って聞いていたアルテシアが口を開いた。
「もちろん読ませていただきましたわ。貴方が───フェリクス・オズモンド卿が過去に『自領の魔道具工房の職人達に対して不当な扱いをしたこと』の訴訟代理を、バージェス辺境伯家が行なうと決定した記事ですよね?」
「………………は?」
フェリクスの顔がぽかんとする。
そ、訴訟? 代理? 何だそれは。
全く身に覚えのないそれにフェリクスは思考停止する。
先日裁判所から届いた魔導具の盗作疑惑に関する裁判ならまだ分かる。
しかしここに来て新たな裁判が出され、フェリクスは理解することができなかった。
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