第25話 たとえどんな手を使ったとしても
フェリクス視点です。
由緒あるオズモンド伯爵家の屋敷は荒れていた。
落ちぶれていくフェリクスのもとから、使用人達が次から次へと逃げて行ったのだ。
残ったのは執事のロレンツと、どうせ辞めたところであのオズモンド家に仕えていたという経歴から再就職は見込めないだろうと惰性で働くコックのみ。
そのため屋敷の中は所々埃を被っており、籠城するかのように閉じられた窓のせいで空気は淀んでいた。
そしてそんなオズモンド家の屋敷にて、一枚の書面の前にフェリクスは声を荒げる。
「───バージェス辺境伯家から訴えられるだと!? どうしてそんなことが起こる!?」
今朝方、裁判所から手紙が届いたのだ。
訳も分からぬまま封を開けると、そこにはフェリクスを訴えるという内容で。混乱する頭を何とか動かしながら読み進めていくと、そこには現在販売している魔導具の内、2点の設計がグレン・バージェスの過去作品を盗作しているのではというものだった。
どういうことだ。
訴える?
自分を?
何故?
しかしそこでフェリクスはハッと思い出す。
学生時代、グレンが一体どのような研究をし、どういった魔導具を開発しようとしたのか気になって───彼が使用していた研究室から勝手に設計書を盗み見たことがあった。
動植物を育てる温室の気温を一定に保つことのできる『育成恒域機』。
豪雪地方において屋敷周りの雪を溶かす『地熱喚起機』。
最北端に住むグレンが思い付きそうな実用性の高い魔導具で、その設計や魔術式にひどく惹かれたのを覚えている。
そしてフェリクスは卒業後、それらから着想を得て魔導具を開発したわけだが………。
たかが学生風情のアイディアを参考にしただけで、まさかこんな大事になるとは思いもしていなかったのだ。
「フェリクス様、今すぐ取り下げるよう交渉しては………」
「グレン・バージェスに頭を下げろというのか!? できるわけないだろう!」
執事のロレンツの言葉にフェリクスは激昂する。
フェリクスの肥大化したプライドがそれを本能的に拒絶するのだ。
学生時代から見下していた男に頭を下げるぐらいなら死んだ方がマシだと。
しかし現状そうも言っていられないのを、流石のフェリクスも実感していた。
(これまでの評判に加え、もし裁判にも負けてしまえばどうなるか。オズモンド伯爵家への信頼は更に地に落ち、最悪領地が没収されてしまう可能性もある)
学生時代に自分を持て囃していた旧友達は蜘蛛の子を散らすように去って行き、親戚達も瘴気で汚れた領地の運営なんてしたくないと押し付けてきた輩ばかりであるため役に立つはずがないだろう。
(このままでは本当に破滅するぞ………!)
するとその時、ロレンツが口を開いた。
「……………この裁判を利用することはできないでしょうか?」
「は? 一体何を………」
「裁判に勝てば、名誉棄損でこちらからバージェス辺境伯を訴えることができます。フェリクス様は盗作などしておりません。であれば、これは勝てるはずの裁判でしょう」
ロレンツがフェリクスをじっと見つめながら話す。
まさかそんな愚かなこと、しているわけあるまいな?
険しい顔をしながらも、どこか縋るように言うロレンツにフェリクスは硬直する。
そして彼は咄嗟に頷いてしまった。
「…………あ、ああ! そんなことするはずないだろう!」
「そうですか! ならば、この裁判は勝てるでしょう! 設計図を裁判所に提出すれば、自ずと冤罪であることが証明されるでしょうから」
ほっと安堵するロレンツにフェリクスの頬が引き攣る。
額には脂汗が滲み、そのプライドの高さによってとんでもない虚言を吐いたことを自覚する。
同時にもう後戻りはできないと、自分の首を絞めてしまった。
そしてフェリクスは混乱しながらも、頭の中でぐるぐると今後どうすれば良いか思案した。
(…………設計図は新しく書き直せば良い。仕様書と設計図は別なんだ。設計図にまでは書かない根本的な仕様や仕組みを追記し、設計思想や原理が違うと言い張れば、裁判所を誤魔化せるんじゃないか………?)
(裁判官だって技術者じゃないんだ。専門家に金でも掴ませて有利な証言をさせれば問題ない)
(それに、その盗作が疑われている魔導具は本当にグレン・バージェスが学生時代に設計したのか? …………その設計を学生時代に行ったという明確な証拠や証明はできるのか?)
(それこそいくらでも偽装できるだろう。第三者による証拠がない限り、証明はできない)
設計図を故意に偽造するのは犯罪であると分かっている。
しかし自分が破滅間際であるのを自覚した時、そんな悠長なことは言っていられなかった。
自身の立場を守るために、どうすれば助かるか。
どうすれば自分が『被害者』でいられるか。
視線を彷徨わせながら必死に考える。
そしてフェリクスはぽつりとこぼした。
「……………そもそも、この裁判は最初から仕組まれていたんじゃないか」
「仕組まれていた、ですか?」
「ああ。アルテシアと離縁後、彼女はすぐにバージェス辺境伯家に嫁いだろう? おかしくないか? アルテシアがグレン・バージェスに嫁いですぐ、オズモンド伯爵家に対して裁判が行われるなんて」
怪訝そうにするロレンツに、フェリクスはそれがさも事実であるかのように語る。
それにロレンツはまるで全て繋がったかのようにハッとした。その様子に、これでロレンツも自分のことを信じるだろうと安堵する。
(そもそも何で俺がこんな目に遭わなければならないんだ! むしろ俺は被害者なんだぞ!)
アルテシアがこの屋敷を出て行かなければ、自分への愛に応えていればこんなことにはならなかったのだ。
裁判を起こしたグレンだけでなく、アルテシアに対しても燃えるような怒りや憎しみが湧き上がる。
「…………新聞社から一枠買い取り、こちらが有利になる記事を書かせよう」
由緒ある貴族の青年が悪女に騙され、破滅していく様はひどく同情されるだろう。
裁判の判決に考慮されないかもしれないが、憐れんだ他家の者達が後ろ盾になってくれる可能性もあった。
するとその時、執務室の扉がノックされる。
見れば困った顔のコックと、彼に連れられて案内されたらしい褐色の男───現在オズモンド家に援助を申し出ている豪商、イゴール・ザエカリスが胡散臭い笑みを浮かべて佇んでいた。
イゴール・ザエカリス。
先代代表が外国出身の妾に産ませた混血児であり、その商才から他の兄弟達を差し置いて今代代表となった男。
そんな彼の登場にフェリクスの顔が歪む。
「お前は………!」
「この人、どうしても旦那様に会いたいとわざわざ屋敷の裏口から入ろうとしてきて………」
そう言ってコックはそそくさと執務室から退散していく。
そして残されたイゴールは呆気に取られるフェリクス達を前に優雅に一礼した。
「大変申し訳ございません。突然の訪問さぞ驚かれたことでしょう。ただ私の耳にオズモンド家がグレン・バージェスに訴えられたという噂を聞きましてね。居ても立っても居られず、馳せ参じた次第でございます」
「な、俺達でさえも裁判のことをさっき知ったばかりなんだぞ!?」
「バージェス辺境伯のノルヴァルデン領にも支社がありましてね。グレン・バージェスが近々貴方を訴えようとしていると情報を掴んだわけです」
あっけらかんと言い放つイゴールにフェリクスは絶句する。
しかし気を取り直し、口を開いた。
「…………で、何の用だ」
「ぜひ裁判のお手伝いをしたいと。もし今回の裁判で負けるようなことがあればオズモンド伯爵家の権威は地に落ちますから。私もそれはどうしても避けたいのです」
「お前の申し出は断る。お前の力がなくとも、あらゆる手段を使ってこの裁判に勝ってみせる」
「新聞社に偏向記事を載せるとか?」
フェリクスの企みをイゴールはあっさりと看破する。
そして彼は肩をすくめながら苦笑した。
「裁判に訴えられた貴族がよくやる手ですからね。しかしそんな金、今のオズモンド家にどこにあります?」
「それは…………」
「そもそもそんな貴族の企みに手を貸すような新聞社なんて、金のない末端しかおりません。記事を掲載しても、単なるゴシップとでしか捉えられず、世論を味方につけるのはまず無理でしょう」
確かにそんな記事を取り扱ってくれるのは、ゴシップ記事ばかりを取り扱う金のない新聞社しかいない。
するとイゴールはフェリクスに優しく囁いた。
「けれど私なら王都の大手新聞社に伝手があります。私の手を借りた方がよろしいのでは?」
「…………何が狙いだ」
「いいえ、特に。ただ裁判に勝った暁にはオズモンド家のご紹介にて、尊い方々が参加される催しに是非招待されたいと」
そんなイゴールの言葉に、フェリクスはオズモンド家の領地の一部を譲渡するよう提案されなくて内心ほっとする。
裁判に勝てば、オズモンド伯爵家はバージェス辺境伯家に陥れられた悲運の貴族として見られ、蔓延していた悪評は払拭されるだろう。
その償いとして社交界から一気に貴族主催の催しに招待されるだろうが、イゴールはその恩恵を受けたいとのことだった。
「…………………分かった。手を組もう」
「それは良かった! ちなみに私の所にバージェス辺境伯家からクビになったというメイドの老女がいましてね。
アルテシア・バージェスのせいで長年仕えていた屋敷を追われることになったと言っておりましたので、その証言もあれば面白い記事が書けるでしょう!」
機嫌良さそうに話すイゴールにフェリクスは眉を顰めながらも、渋々と頷く。
そんな彼を執事のロレンツは心配そうに見つめているが、もうフェリクスには後がなかった。
どんな手を使っても、勝つしかないのだ。
たとえそれが卑怯な手だとしても、今の自分にはそれしか道はないのだから。
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