第23話 一方その頃、元夫は
フェリクス視点です。
アルテシアと離縁し、ルーヴェン子爵家からの援助が停止してから早数ヶ月。
フェリクスは現状のあまりの悲惨さに打ちのめされていた。
まずオズモンド家の管理する領地には、魔物の瘴気によって汚された土地がいくつかある。
それを浄化するために教会で作られる高価な聖水を大量に購入するか、希少な白魔術の使い手を定期的に雇い、長い月日を経て小まめに浄化魔法をかけていくしかない。
しかしどちらの方法も莫大な費用がかかるため、オズモンド家は金策として魔導具の開発販売事業を始めたり、ルーヴェン子爵家の娘と結婚し、子爵家から莫大な援助を受けていたのだが───
(分かっていたが、こんなにも金がかかるのか…………!?)
税収と事業の売上、そしてルーヴェン家からの援助金で浄化活動を賄っていたのだ。
援助金のみで賄うことができた月には余剰分をオズモンド家の資産として使用したりもしていた。
しかしどうだろう。
ルーヴェン家からの援助が無くなってからは一気に傾き、税収や事業の売上だけでは土地の浄化活動を賄うことは難しくなったのだ。
執事のロレンツに言われ新たな援助先を探すものの、フェリクスのもとに集まるのは、夫に先立たれ莫大な資産を相続した未亡人か、爵位を目当てに近寄ってくる市井の豪商くらい。
夫に先立たれた貴族の婦人はオズモンド家の屋敷に訪れ、フェリクスの顔を舐めるように見つめた後こう言った。
───可愛い顔をしているじゃない。私の三番目の恋人になるのなら援助を考えて差し上げても良いわよ。
そんな老女の言葉にぞっと鳥肌が立つ。
ここまであからさまにコケにされたのは初めてだった。
亡き母親よりも歳の離れた老女の若いツバメになるなんて、フェリクスのプライドが許さない。
そして次に屋敷に現れたのは、王都に構える豪商一族の当主だった。
白髪に褐色の肌をした異国風の男で、胡散臭い笑みを浮かべながらフェリクスに囁く。
───いくらでも援助を差し上げましょう。ただしその代わり、我が一族の者をオズモンド夫人として正式に迎え入れていただきたい。我が一族の女は皆腕っぷしに自信がある者ばかり。フェリクス様の良き奥方として支えられますでしょう。
───また浄化された土地の一部を我が会社に譲渡し、この屋敷全体の使用権も全面的に認めていただくことを希望します。この歴史あるオズモンド伯爵家の権威は非常に魅力的ですので。
「どいつもコイツも舐めやがって………!」
オズモンド家の執務室にて。
書壇の上に並べられる契約書の数々を怒りに任せて床に投げ捨てる。
自分よりも格上の相手がそのような態度を取るのならば、まだ怒りは収まる。身分に縛られる貴族というのは、そういうものだからだ。
しかし、相手は長い歴史を持つ格式あるオズモンド伯爵家よりもはるかに身分の低い者達ばかりで。どれもこれもハイエナのようにフェリクスに群がる様は醜悪だった。
美しい青年と代々受け継がれてきた土地と屋敷を我が物にしようと舌なめずりをし、近寄ってくる奴らに吐き気を覚える。
(ルーヴェン子爵家の時はそうではなかったぞ………!?)
5年前、ルーヴェン子爵家が援助を申し出した時とは全く違った。
アルテシアを妻として迎え入れ、オズモンド伯爵家の一族に加わることを条件に、月にいくらかの援助金を引き渡す。
その際にオズモンド伯爵家がいかに格の高い名家であり、土地の浄化資金を賄うことができないまま消えていくのは惜しいと、ルーヴェン子爵家の当主は告げたのだ。
そういった当たり前の敬意が、何もない。
貴族の未亡人やハイエナのような商人は、フェリクスを、オズモンド伯爵家を何とも思っていないのが現状だった。
「こうなったのも全部アイツが出て行ったからだ………!」
フェリクスの脳裏にアルテシアの姿が過る。
金でフェリクスの妻となったくせに、最後にはフェリクスからの愛は苦痛だと吐き捨てて消えた女。
彼女がこのオズモンド家を去って行ってから、何故かアルテシアの姿を頻繁に思い出してしまう。
アルテシアがまだ自分を愛していた5年間の、何かに耐えるようにしながらも健気に浮かべる笑みが頭からこびりついて離れなかった。
(何で今になって………!)
しかも噂によるとアルテシアはあのグレン・バージェスに嫁いだらしい。
その事実にフェリクスはより一層苛立った。
ノルヴァルデン領を治めるグレン・バージェス辺境伯。
王立学園の同級生で、人当たりが悪く、空気が淀みそうな程陰気な男だった。
フェリクスは学生時代、彼のことを蛇蝎のごとく嫌っていたのだ。
成績も優秀で友人にも恵まれていたフェリクスは常に目立っており、グレンはそれをひどく冷めた目で遠巻きに見つめては、いつも孤高を気取って一人でいた。
同じ魔導具の設計に通じる者として最初は気になっていたものの、彼の作る仕様や設計はフェリクスの知識をはるかに凌駕するものであり、初めて他者に対して劣等感を抱いたのを覚えている。
そんな中で、クラスの友人達がグレンを褒め称えたのだ。
───アイツ、すごいよなあ。愛想はないけど、割りと親切だし。
───頭も良いから、勉強も教えてくれるしな。
───それで魔導具の設計もやってるんだろ? この間魔導具協会に作品を送ったって聞いたぜ。
───あ、そういえばフェリクスも魔導具の設計をやっていたよな?
───『趣味』で。
内心腸が煮えくり返りそうだった。
趣味じゃない。
俺の魔導具の設計は亡き父が始めた正式なオズモンド家の事業で、興味はあれど『仕事』として行っているという自負があった。
それこそグレンの方が趣味だろう。
魔導具で有名なノルヴァルデン領の貴族とはいえ、バージェス家が開発に関わることはないと聞く。
しかし小さい頃から魔導具に囲まれ、工房の職人達の仕事を間近で見てきたのだ。
そんな環境にいれば自ずと設計もできるようになるだろう。
奴の実力じゃないくせに、ただ環境に恵まれていただけなのに、何でアイツが………!
───…………お前ら、アイツの上っ面に騙されるんじゃない。バージェス辺境伯家の噂を知らないのか?
そう思った時、フェリクスの口は勝手に動いていた。
人嫌いの先代バージェス辺境伯のことを自身の亡父も嫌っており、奴のせいでプライドをへし折られた貴族は何人もいて、彼らが憤っていたのを思い出す。
それによって事実無根の悪評が今も尚バージェス辺境伯家を苦しめているのは分かっていたが、当時のフェリクスはグレンの評価を貶めることしか頭になかった。
そしてその悪評は学園中に蔓延し、フェリクスの目論見は成功したのだった。
その悪評もあって学年首席のフェリクスが学年次席のグレンを負かすという構図は学園の生徒達にとって『ヒーローが悪を下す』といった見方で捉えられ、気を良くしたフェリクスは何かあるたびにグレンと競い合うようになったのだ。
(…………あのスカした面が悔しそうに歪むのは愉快だったな)
フェリクスの胸が仄暗い優越感で満たされる。
おまけに、学生時代から自分を好いていたアルテシアに、グレンが片思いしていたのも良い気味だった。
グレンの欲しいものを全部手に入れたようで、それはフェリクスを気持ち良くさせたのだ。
───なのに。
「どうしてこうなるんだ………!!」
何もかもうまくいかなかった。
するとその時、執務室の扉がノックされた。
「何の用だ!?」
「お忙しいところ失礼いたします。魔導具協会から便りが………」
現れた執事のロレンスに苛立つものの、彼の手の中に持つ封筒にハッとする。
それをフェリクスは乱暴に奪い取り、切羽詰まった様子で封を破いた。
フェリクスが二代目として執り行っている魔導具事業(オズモンド伯爵領魔導具工房)の製品のいくつかを協会へ提出し、協会認定規格を得ようとしていたのだ。
それがあるだけで魔導具への信頼度はぐっと上がり、商業ギルドや富裕層からも注目される。資金難に喘ぐオズモンド伯爵家において頼みの綱はこの事業しかなかった。
(それに協会への集会参加の件はどうなっているんだ?)
以前舞踏会にて、エメル・シードという協会の役員から集会に来ないかという誘いを受けたのだ。
エメル・シードへ手紙を何通か送ったが返事は来ず、痺れを切らしたフェリクスは直接協会へと連絡したわけである。
しかし………
「な、何だこれは………!」
オズモンド伯爵領魔導具工房の製品全て、規格水準から下回っているため否決。また集会への参加は見送りという旨が書かれていた。
そして現在、ノルヴァルデン領の工房で開発された魔導具に対して新規格の作成と利権の調整によって外部からの客人を招く余力がないと婉曲に記されており、それにまたしてもフェリクスの顔が怒りに歪む。
「ノルヴァルデン領………グレン・バージェスのところじゃないか………!」
その魔導具の噂はフェリクスの耳にも入っていた。
夜空をそのまま切り取ったかのような景色を部屋一面に投影させるもので、星々の輝きや動いていく様を魔鉱石や魔術式によって再現しているらしい。
オズモンド伯爵家の場合、経営も行っているが、バージェス辺境伯家では領地にある工房のオーナーとして資金提供をしているのみと聞く。
しかし、今までノルヴァルデン領の工房は寒冷地における実用品を主軸として製造していたのだ。
こういった目新しく、それでいて貴族向けに適した魔導具の開発にはグレンの手も加わっているかもしれない。
「クソ………ッ!!」
魔導具協会の手紙を破り捨て、フェリクスは怒りに震える。
何もかもうまくいかない状況に、ただただ苛立ちを募らせるのだった。
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