第22話 悪役貴族の過去
招待客の最後の一人を見送り、お披露目の夜会は無事終わった。
イレーネという令嬢が喧嘩を売ってきたものの、あれだけ釘を刺しておけば大人しくするだろう。
それでも何かしてくるようならば、遠慮なくグレンに相談し、バージェス辺境伯家という後ろ盾を存分に使わせてもらうつもりだ。
(グレンから話す時間が欲しいって言われたけど………)
おそらく寝る前にささやかな慰労会を開きたいのかもしれない。
とりあえず夜会用のドレスから楽なものに着替え、髪も下ろしてグレンの待つ部屋へ向かう。
すると彼はちょうど飲み物を準備しているところで、小鍋から陶器のカップにホットワインを入れているようだった。
良い匂い。果物の甘い香りが鼻腔をくすぐった。
「夜会が終わって疲れているところ申し訳ない。ただ、君に感謝を伝えたくて呼んだんだ」
「とんでもないことでございます。私もちょうどグレン様に用がありましたので」
ソファに促されて腰を下ろすと、グレンはその隣に座りながらホットワインを渡してくれた。
そんな私の言葉に彼が「用?」と聞き返す。
「イレーネ・ブレアウッド嬢についてです。あのような対応を取ってしまいましたが、よろしかったでしょうか? もし彼女がグレン様と親しい間柄であるようでしたら………」
するとグレンの眉がこれでもかという程歪んだ。
そして彼は私が言い終わるよりも早く口を開く。
「誤解しているようだが、彼女は親戚の一人に過ぎない。向こうは昔から俺のことを見下していたし、『どんなに取り繕ったって女には見向きもされないぞ』と馬鹿にされてきたんだ」
「そうなんですか?」
「ああ。…………いや、だが、もしそう思わせるような行動をしていたら申し訳ない。悪かった」
そう言って、あっさりと謝罪してくるグレンにぽかんとする。
そして「誤解していない」と慌てて首を横に振った。
(…………それにしても、あのイレーネという令嬢はプリシラとは別の意味で厄介な女だったのね)
何も余所者の私をこき下ろすためにあんな嫌味を言ってきただけではないだろう。
グレンを見つめる彼女のじっとりとした視線から察するに、異性として好意があったのではないかと思う。
それでも幼い頃からの身内であるというアドバンテージに胡座をかき、グレンを舐め腐って、彼から「そういった対象として見られていない」と勘違いされたのだろう。
するとその時、黙りこくる私に何か勘違いしたのか。
グレンが静かに話し出した。
「………………その、信じていないようだから話すが、学生時代の頃から、君のことを好いていた。だから、信じてほしいんだ」
「……………………はい?」
ふと顔を上げて見てみれば、彼はワインで酔っ払ったのかと思う程額から顎まで真っ赤にしていた。
それに思わず私もつい素が出てしまう。
「え、大丈夫?」
「いや、言う。勘違いされて関係がぎくしゃくするくらいなら話す。
……………学園の入学試験で、体調を悪くした俺に声を掛けてくれただろう? あの時から君のことを気になって、惹かれていくようになったんだが………」
「入学試験?」
はて、入学試験日に私はグレンに話しかけただろうか?
身に覚えのない話に首を傾げる。
けれどグレンは至極言いずらそうに口をもごもごとさせた後、意を決した様子で話し出した。
「覚えていないか? 髪が腰まであって、黒髪の、女子みたいな………」
「女子? ああ、面接の緊張で座り込んでいた令嬢に付き添っておりました。ずっと顔を伏せていたため分かりませんでしたが、何だかプレッシャーに押しつぶされそうな様子で………」
お昼休憩だというのに食堂にもいかず、中庭のベンチでぐったりと座り込む少女を発見したのだ。
長い黒髪を一つに結んだ、どこか中性的な雰囲気の少女。
午前中の筆記試験を終え、午後からの面接に緊張してしまったのか。食堂で用意された食事も摂らず、一人座り込んでいた。
そんな彼女に私は呑気にも「面接緊張しますよね」とか「無理に話さなくて大丈夫よ。お水持ってきましょうか?」とか言って、彼女の気も知らずしつこく絡んでしまったのだ。
(今思えば大分しつこかったわよね)
しかしそこでふと思い出す。
そういえばあの時の女の子、珍しくスラックスを履いていたな、と。
「………………え!? まさかあの時の女の子ってグレン様だったんですか!?」
「ああ、そうだよ! 君が『同じ女の子同士頑張りましょ』とか『女生徒に対する面接での予想質問を教えてあげるね』とか言っていたのをよく覚えているぞ」
「い、言ってくださいよ! 男だって!」
「女子だと間違えられているんだぞ! 恥ずかしくて言えるわけないだろう! それにあの時、ノルヴァルデン領から王都の学園に到着したのがぎりぎりで、馬車酔いでふらふらになりながら筆記試験を受けたんだ。だから体調も良くなくて、正直言い返す気力も湧かなかったんだよ………」
確かにあの時の少女は本当に体調が悪そうで。
しかし学園の保健医を呼ぼうとすれば、かすれた声で「合否に響いたらどうする」とぜえぜえと言うものだから、酔い覚ましの薬と水を渡して付き添っていたわけである。
「…………まあ、今思えば間違えられてもしょうがないとは思う。当時の俺は声変わりも成長期もまだで、髪も長かったしな」
「どうして髪を伸ばしていたんですか?」
「俺の髪は癖が強いから、長いと重さで癖が収まるんだ。毎朝整えられるのも面倒で長くしていたんだが………あの時君に女子と間違えられて、ようやく切ろうと決心したよ」
なるほど、そういうことだったのか。
学生時代、グレンと一度も関わったことがなかったためあまり覚えていないのだが、グレンの髪は決して長くなかった。
だから私も「あの時の女の子はいないな」と残念に思っていたのだ。
すると彼はハッとした様子で首を横に振る。
「ち、違う。そういう話がしたいわけじゃなくて…………初めてだったんだ。同年代の子供からそうやって親切にされるのは。
親父の───バージェス家への悪評もあるが………俺自身のひねくれた性格もあって、あまり同年代の奴らと親しくすることができなかったから」
そしてグレンは苦笑しながら続ける。
「学園への入学は生家からの命令もあるが、やっぱり一番は俺を馬鹿にする奴らを見返したかったんだ。それに学園に入るような都会の貴族は、どうせすかした奴ばかりなんだろうと思って斜に構えていたしな」
それに私も思わずくすりと笑ってしまった。
都会の貴族と聞いて、真っ先にフェリクス・オズモンドの顔が思い浮かぶ。そりゃあ、気も合わないだろう。
「だから───入学試験日に馬車の事故による遅延で試験時間ぎりぎりに到着して、体調崩して、面接もどうせうまくいかないんだろうと。どうせ俺みたいな奴は筆記が良くても面接で落ちるんだろうなと落ち込んでいた時に、アルテシアが声をかけてくれたんだ」
「私が?」
「ああ、最初は女子と間違えているし、こんな大事な日によくもまあ他人を気に掛けられるなと卑屈に思っていたが………」
そしてグレンは私の顔をじっと見つめ、穏やかな笑みを浮かべる。
「俺の背中をさすりながら、緊張をほぐそうと色々話してくれたのを覚えている。学園に入学したら、どんなことが学べるのか、そしてどんな人間に出会えるのか楽しみだと」
それは、確かに覚えている。
歴史ある学園の校舎に、美術品のように美しい制服。
そして権威ある教師陣のもとで知識を深められる機会に、まだ合格もしていないというのに胸を高鳴らせていたのだ。
「『もし互いに試験に合格して、学園に入学することができたのなら、友人として支え合っていこう』。そう言ってくれただろう」
グレンの言葉に、あの時の記憶が鮮明に甦る。
あの時は緊張する彼女を励ます意味も込めて言ったが───ここで会ったのも何かの縁で、もしお互いに試験に合格したら、きっと友達として学園生活を送っていくかもしれないと強く思ったのだ。
(………………でも)
しかし、私はあの時の女の子がグレンだとは思わなくて試験に合格できなかったのだと勘違いしてしまった。
───そして私は愚かにも、フェリクスに夢中になってしまった。
勘違いしていたとはいえ「友達になろう」と約束したのに、私は彼にとってあまりにも残酷なことをした。
罪悪感からグレンに謝ろうとする。
しかしそれよりも前に彼は口を開いた。
「あの時の眩い君に強く惹かれたんだ。ずっと気になっていて、いつかまた君のああいった表情を見せてくれたらと願っていたんだが………学園生活が始まって、肝心の君は俺に気付かないし、フェリクスなんかに片思いしていて正直最悪だったな」
「それは………」
「だが、今日ようやく見れた」
グレンが、まるで眩いものでも見るかのように目を細める。
「君のことがずっと気になっていて、今日やはり君のことが好きだと確信した。星空を眺めて顔を輝かせる君は、あの頃と全く変わっていないと。
アルテシアが俺のもとに来てくれて良かったと、今でも心から思っている」
気恥し気な様子もなく満足そうに真っ直ぐ話すグレンに、自然と笑みがこぼれる。
前世の記憶を思い出す前の自分も、前世の記憶を思い出した後の自分も肯定してくれたようで。胸の中で愛おしさが込み上がっていくような気がした。
「……………私は学生の頃と比べて、随分と変わりました。あの頃のように、無償で人に手を差し出すような優しさはもう持ち合わせていませんよ」
「そうか? クロエや他の使用人達の態度を見るに変わっていないと思うが」
不思議そうに首を傾げるグレンに、ついに何も言えなくなってしまう。
するとしばらくして、彼は思い出したように声を上げた。
「あと気になっていたんだが、何故そんなに他人行儀なんだ? 元同級生で夫婦の仲なのに『グレン様』とか………グレンで良い」
フェリクスとの関係の名残で夫となる人にはつい敬称を付けて呼んでしまったが、確かに彼の言う通り元学園の同級生という間柄なのに他人行儀過ぎたなと反省する。
「分かりました。それではグレンと」
「ああ。あとその畏まった話し方も………君が良いのなら、身内に話すように話してほしい」
グレンの言葉に「分かった」と素直に頷けば、彼は少しだけ嬉しそうに表情を明るくする。
そんなグレンについ「かわいい人だなあ」と思ってしまった。
まだグレンに対して愛だの恋だのといった感情があるか分からない。
けれど一人の人間として、この隣に座る人が尊敬すべき大切な存在であるのは確かだ。
それこそ彼の妻として、末永く彼の隣に立ちたいと強く思えた。
そしてそんなグレンにふと疑問が湧く。
どうしてこんなに優しい人が学園時代に孤立していたんだろうと。
バージェス辺境伯家にある悪評や初対面の相手が感じるであろうグレンの卑屈さによって敬遠されてしまうのは分かるが、こうして関わっていくと彼の人となりが分かって決して悪い人間ではないということを知れる。
(人間は多面的な生き物だし、グレン自身私の知らないところでヤバいことをしている可能性だってあるけれど………)
どうしてあんなにも学園で『悪役令息』として扱われていたのか、心底不思議に思った。
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