第21話 同じ星を信仰する者として
周囲から感じる無意識な舐め腐った視線とグレンの背景、そして彼のもとに嫁いだ私という存在を総合的に客観視した結果───グレンはこの土地に住む者達からうっすらと見下されているのが窺えた。
バージェス辺境伯の悪評の元たる融通の利かない先代領主、グレンの亡父。
そんな彼は領地の統治には問題ないものの宮中の腹読みにはついていけず───それがどれほど大変なものか理解できない北方貴族に下に見られ、息子であるグレンまでも自己肯定感をじりじりとすり減らされてきたのかもしれない。
そしてそれは私に対しても、だ。
都会からやって来た、一度結婚に失敗した貴族の婦人。
こんな女からしか相手にされないのかと、余計グレンを見下す要素となってしまっているのかもしれない。
そういった目で見られるだけなら、まあ良い。
しかし、こうして面と向かって喧嘩を売ってくるのならば話は別。
オズモンド家にいた頃もこういった人間はいたのだ。
アルテシアを冷遇したのは何もフェリクスやプリシラ、そして屋敷の使用人達だけでない。オズモンド家の親戚達も含まれる。
「由緒正しきオズモンド家に嫁いだからといって調子に乗らないように」と敵意を向ける夫人に「フェリクスに愛想を尽かしたら私の屋敷に来なさい。可愛がってあげよう」とセクハラ紛いな言葉を吐く男。
彼らが屋敷に訪れた回数はごく僅かであるものの、確実に心は摩耗していった。
きっと、ノルヴァルデン領でも同じなのだろう。
(ここで舐められたら、一生舐められたままになるわね)
メイドのクロエの時とは違う確かな悪意に、私ははっきりと言い返した。
「───確かブレアウッド家のご令嬢、イレーネ様でしたよね? 貴女は今何て言ったかしら? 『ご経歴に新しい傷が増えないことを祈っております』でしたっけ?」
いくら私でもそれが行き過ぎた嫌味であることは分かっている。
それをあえて知らないふりをして、この会場中に聞こえるように言ってやれば、イレーネという令嬢は忙しそうに視線を動かした。
(馬鹿な女。舐めていた相手にちょっと言い返されたくらいで、こんなみっともなく取り乱すなんて)
顔付きは幼いものの、肌の感じを見るに私とそう歳は変わらないだろう。この狭く寒い土地で甘え育ったのが見て取れる。
「えっと、やだわ。そんなつもりじゃ」
「あら? それじゃあどういった意図であのような言葉を? もしかして悪気なく言ったのかしら」
「そ、そうです! 冗談のつもりで………!」
「まあ、随分とご冗談がお上手ですこと。貴女のご両親に聞いてみようかしら。バージェス辺境伯家の身内として、どのような淑女教育を受けてきたかお聞きしたいわ」
そう言ってみせれば、イレーネは顔を引き攣らせた。
冗談なんでしょう?
貴女も笑ってごらんなさいな。
扇子を開いてくすくす笑うものの、少し突いただけですっかり大人しくなってしまった女に内心呆れ返る。
おそらく自分を過信しすぎたのだろう。
ちなみに彼女の両親であるブレアウッド家の当主夫妻は用があって夜会に出席していない。だからこそ一人娘のイレーネが代理としてやって来たのだが………
(きっと私が手紙を出さなくとも、今日のことはブレアウッド夫妻の耳に入るでしょうね)
こちらの様子をじっと観察する周囲の招待客を一瞥し、ぼんやりとそう思う。きっと彼らは私がこの空気をどう対処するか見定めているのだろう。
その視線にふとオズモンド家にいた頃を思い出す。
すると招待客の中からグレンが割って入って来ようとするのに気付いた。
しかしそれを手で制する。
(……………今この場ではっきりと、私がこの土地に受け入れるべき人間に値するか証明しなきゃいけない)
そして私は扇子をそっと閉じ、集った人々を見渡した。
それからゆるやかに一歩前へ出て、口を開く。
「───本日は、私めのためにこのささやかな夜会へ足をお運びくださり、誠にありがとうございます」
軽く裾をつまみ、優雅に礼をする。
視線が一斉に私へと集まった。
「他所の土地から参りました身でございますが、本日お越しくださった皆様に心ばかりの余興をご用意いたしました」
そう言い終えると同時に、会場の隅に控えていたヤコフへと視線を送る。
彼はこくりと頷き、他の使用人達に会場の明かりを消すように命じた。
ぱたりと会場の灯りが落ち、辺りは闇に包まれて驚く声があちこちから漏れる。
そしてヤコフが球体の形をした魔導具をカートに乗せて、会場の中央にそれを置いた。
その魔導具が淡い光を帯びて唸り出す。
そして次の瞬間、天井の上に夜空が生まれた。
「まあ…………!」
招待客の内、一人の婦人から声が上がる。
天井に描写された無数の星々が瞬き、深い藍色の夜空がゆっくりと回転した。
まるで夜そのものを切り取って閉じ込めたかのような光景に、招待客は顔を上げて感嘆する。
天球儀の魔導具───小型のプラネタリウムだ。
ノルヴァルデン領の魔導具職人に投影用の魔導具を改造させて作ったものだ。現代日本にはプラネタリウムがあったものの、この世界ではまだ存在しない。
素人であるため設計書は作れないものの、前世の科学館で家庭用簡易プラネタリウムを作ったことがあった。そのアイディアをもとに仕様書を作成し、職人に依頼したわけである。
招待客からほうと息が漏れる。
星の光が柔らかく彼らの顔を照らしていた。
私はその光の下で静かに言葉を紡ぐ。
「…………この北方の地では、一年を通して空に輝く『紅星』が信仰の対象となっておりますね」
ゆっくりと視線を上げる。
星空の中、一際強く輝く赤い星が浮かんでいた。
「実は私の生家ルーヴェン子爵家の領地にも、古くから語り継がれている物語がございます。
遠い昔、ルーヴェン子爵家の祖先が古代戦争から故郷へ帰る際、部隊と逸れて凍てつく荒野を一人彷徨った夜があったそうです」
星々がゆっくりと巡る。
「そんな中、行く手を示したのが───あの赤い星だったと聞いております」
私は扇子で空の一点を示した。
紅星が夜空の中央で動くことなく静かに瞬いている。
「以来私の領地ではあの紅星を『導きの火』と呼ぶようになりました。
道に迷う者へ進むべき方角を示す星。紅星はただの天の星ではなく、それは運命に選ばれた者の行く先を照らす星なのだと言い伝えられるようになりました。
…………そしてこの北方の地でもまた、紅星は人々を見守る存在として信仰されている」
会場はしんと静まり返っていた。
そこで私は兄から贈られた餞別のネックレスを胸元から取り出した。
ネックレスの先で赤く光り輝く鉱石が暗い会場の中で一際瞬く。それに招待客の視線が注がれた。
「遠く離れた土地に生まれながら、同じ星を見上げ、同じ光に祈りを捧げてきた。そう思うと強い縁を感じてしまうのです」
会場で、赤い星だけが一際強く輝く。
「…………同じ信仰を胸に、同じ道を歩みながら、末永くこの地で暮らしていけるのではないかと願っております」
そう語り終えれば、どこからか拍手が聞こえてきた。
会場はゆっくりと明るくなっていき、照らされた招待客の表情がどれも悪いものではないことに安堵する。
この土地には独自の文化と信仰を持つ。
それに対し、敬意を払う者を無下にすることはないだろう。
するとグレンがこちらにやって来て耳元で囁いた。
「…………すごいな。最初から準備をしていたのか?」
「ええ、こういったサプライズも必要かと思いまして」
兄が渡してくれたネックレス、もとい暗闇において赤く瞬く魔鉱石は随分と役に立った。兄が「うまく使え」と言ったのは、こういったことを想定していたのだろう。
今はもう私に対しても、グレンに対しても見下すような視線は感じられない。
かくして、バージェス辺境伯夫人のお披露目の夜会はお開きとなった。
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幻想的で美しい余興を終えたアルテシアは、招待客の婦人に声をかけられている。
夢物語のような光景に感動したのか、婦人はうっとりとした様子でアルテシアに余興の感想を伝えているようだった。
アルテシア・ルーヴェン。
いや、アルテシア・バージェス。
王都の学園に在籍していた同級生で、最初から美しい少女だった。そして学び舎へと期待を膨らまし、きらきらと輝かせる薄紫の瞳はそれはもう眩かったのを覚えている。
しかし彼女がフェリクス・オズモンドに恋をしてからその瞳の輝きは失せてしまった。
───失せたと思っていた、はずだった。
「どうかしました? グレン様」
「いや………」
(君がフェリクスと離縁して、俺がどれほど嬉しかったか一生知らないだろうな………)
サプライズが成功した時のあの綺羅星が如くの瞳は、あの頃と全く変わっていなかった。
「アルテシア、この夜会が終わった後、少し良いか?」
「? ええ、かしこまりました」
不思議そうにする彼女に笑みが自然と溢れてしまった。
◇
バージェス辺境伯家の屋敷。
夜会の開かれる会場を出た、薄暗く人気のない通路にて。
グレンに少し風に当たってくると誤魔化し周囲を見渡せば、こそこそと会場を後にしようとする令嬢の後姿を発見した。
そしてそんな彼女のもとへ静かに近付き、後ろから声をかけてやる。
「イレーネ様、今宵の夜会は楽しんでいただけたでしょうか?」
「ヒッ」
幽霊でも見たかのような顔をして振り返るイレーネに「うんうん、戦意喪失しているようだな」と察する。
先のイレーネの様子を見るに、都会(王都からしたらド田舎だが)からバツイチの女がいきなりやって来て、一丁前な面でグレンの隣に居座っているのだ。面白くなくて、少しからかってやろうという気持ちがあったのだろう。
それとも、もしかしたらグレンの秘密の恋人で私に嫉妬し、あんな笑えない冗談なんかを言ってしまったのかもしれないが………
(まあ、とりあえず今はそれは置いておいて)
怪訝そうに私を睨みつけてくるイレーネに、最後の牙を抜いてやらねばならない。
今夜はもう何も言い返せないようだが、こういう女は朝起きて元気になったら何を仕出かすか分からないからだ。
「貴女の口から報告しても問題ないですが、今宵のことはバージェス辺境伯夫人として私からブレアウッド家に一筆書かせていただきますね」
「な、何を言って………」
「貴女の冗談がいくら笑えなかったからって、あのような場で晒し者みたいにさせてしまったんですもの。貴女が『どういう内容の冗談』を私に言って、どういった経緯であんな辱めに遭ったか、しっかりとバージェス辺境伯家からブレアウッド家に説明させていただきましょう」
イレーネの両親が娘を溺愛する親馬鹿かもしれないが、釘を刺しておくことに代わりはない。
しかし、彼女の顔がひくりと引き攣ったのを見るに「調子に乗った一人娘が嫁いできたばかりの辺境伯夫人に喧嘩を売った」という事実に対して激怒してくれる親なのだろうと察する。
(これでしばらくの間、大人しくしてくれれば良いけど)
「ああ、そうだわ。学生時代の旧友達にノルヴァルデン領流儀の冗談とやらを教えようかしら。噂は巡りに巡って、貴女の評判に繋がるかもしれないですね」
そしたらきっと、今後彼女の婿探しにも影響が出るかもしれない。それをイレーネも察したのか、顔を真っ青にさせて立ち尽くす。
そんな彼女に私は笑みを崩さず告げた。
「今後ふざけた冗談を言うようだったら、そうすることも厭わないわ」
ご理解いただけたかしら?
そしてイレーネは下唇を噛み締め、顔を青くさせながら去っていく。
(何だか弱い者いじめみたいになっちゃったなあ)
それと同時に「やっぱりプリシラくらいのどギツイ女、そうそういないんだな」と拍子抜けしてしまった。
読んでいただき、ありがとうございました!
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