第16話 ルーヴェン子爵家にて
数日後、私は生家ルーヴェン子爵家の屋敷に身を寄せていた。
私がフェリクスと結婚していたことで、高位貴族との繋がりを得ることが出来た生家はもうオズモンド家に頼る必要はない。
おまけに私が今までフェリクスから冷遇されていたこと、また今まで社交界に流れていた私の悪評が嘘偽りであり、終いには夫の愛人から毒殺されかけたというゴシップによって我がルーヴェン子爵家は大層同情された。
そしてそれをきっかけに当主である兄のセドリックはオズモンド家に辟易としていた同じ保守派や中立的な立場を表明する高位貴族達との人脈を得て、領地を統治する傍ら政治の中枢にまで食い込もうとしていた。
(きっと兄様のところの次男、三男のことを考えているのね)
兄夫婦には三兄弟の子供がいる。
7歳になる長男はゆくゆくはルーヴェン子爵家の当主になることが決まっており、次男三男達は将来城の役人になることが望まれているのだろう。
そうなれば我が一族の影響力はより増すこととなる。
(あんまり早急過ぎると目を付けられるけど、次男三男が成人する頃を目途に慎重に動いているみたいだから、そういったことにもならないか)
流石兄。虎視眈々と先の出世と一族の繁栄を目論む兄の抜け目のなさが恐ろしい。
「───どうしたの?アルテシアさん。もしかして体調が優れない?」
「あ、いえ、申し訳ありません。義姉様」
ルーヴェン家の屋敷にて。
子供達が家庭教師から授業を受けている間、私も兄の妻であるマーガレット・ルーヴェンから勉強会を開いてもらっていた。
前回オズモンド伯爵夫人としてカリオストロ伯爵夫人の舞踏会に同行したが、あの舞踏会の一回だけで社交界の現状が分かるはずもない。
自分なりに調べてみても限界があり、そういったわけでマーガレット姉様から今の社交界について教わっていたのだ。
「それにしても本っ当に大変だったわね。もっと早くフェリクス・オズモンド卿の悪行について教えてくれたら良かったのに! …………って、普通は言いづらいわよね。ごめんなさい………」
マーガレット姉様が怒ったかと思えば、くるくると表情を変えて反省する。
そんな彼女にくすりと笑みがこぼれた。
「オズモンド伯爵家は次の援助先を探しているそうよ。まあ、簡単には見つからないでしょうけど」
「そうでしょうね」
「ただやっぱりオズモンド家って由緒あるお家柄でしょう? 一応は援助を申し出る所もあるにはあるみたい」
(だろうな)
彼女の言う通り、少ないもののいるにはいるのだ。
夫に先立たれた高位貴族の夫人や王都の豪商など。フェリクスの美貌に目を付けた未亡人や貴族社会への人脈が欲しくてたまらない───資産の有り余った人間達がオズモンド伯爵家に群がっているらしい。
するとその時、部屋の扉がノックされた。
マーガレット姉様が「どうぞ」と声をかければ、部屋の外から一人の使用人が現れる。
「ご歓談中失礼いたします。アルテシア様、お客様がお一人お見えになっております」
「お客様?」
「はい。サムという市井の人間なのですが………」
最初は誰かと思ったが、その名を聞いてピンとくる。
オズモンド家の屋敷に仕えていたコック長のサム。
ようやく来てくれたかと思い、マーガレット姉様に断りを入れ、面会することを許可した。
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「久しぶりね、サム。元気そうで何よりだわ」
「奥様………いや、アルテシア様もお変わりなく」
屋敷の応接間にて。
迎え入れたサムをソファに座るよう促せば、彼は疲れ切った表情をしながらぼやいた。
オズモンド家の屋敷にいた時、彼にあることを頼んでいたのだ。
「頼まれた通り、オズモンド家で開発された魔導具の設計書のコピーを持ってきましたよ」
「ありがとう」
サムの持っていた鞄の中からいくつかの書類が出される。
オズモンド伯爵家の事業で開発される、魔導具の設計書のコピーだ。魔力流路の分岐配置や魔術式の書かれたそれは本来金庫に保管されている。
けれどフェリクスは魔導具工房の職人達にも設計書のコピーを渡していた。
「しっかし骨が折れましたよ。退職した魔導具工房の職人達のリストを見て、こんなにもいるのかって。退職した際、職人達は規定により皆コピーを廃棄するんですが………。
中には旦那様を恨んでいる奴もおりましてね。事情を話せば、快く設計図の再現を書いてくれました」
「お疲れ様。本当によくやってくれたわ」
サムの持ち出した設計書のコピーを眺めながら「うんうん」と頷く。
フェリクスが学生時代、グレン・バージェスという青年の魔導具を盗作したのではないかという疑惑があるのだ。
それが思い過ごしなら良いものの、これがもし事実ならばこの先のグレンの行く末を知っている身としてあまりにも同情する。
何故なら彼は裁判を起こすものの、証拠不十分で敗訴。グレンの対外的な評判が悪いせいで世論もフェリクスの味方をし、彼は社交界から追放されてしまうのだ。
(フェリクスが盗作してないならそれで良いけど………。もし本当にグレンの設計書を盗んで魔導具を作っていたら、事情を知っている者としては見過ごせないものね)
裁判でフェリクスは魔導具の設計書を提出する。
この時に提出した設計書とグレンが学生時代作成した設計書が一致しなかったため、グレンは敗訴するのだ。
けれどもし、裁判で勝つためにフェリクスがわざと設計書を改竄していたら証拠も何もないだろう。
だから退職した職人達には秘密裏にこのことを伝え、魔導具の設計書を手に入れたわけだ。
(少女小説のヒーローがそんなことするか分からないけど…………例えば弁護士とか誰かに唆されたら、フェリクスのことだから自分を正当化して設計書を改竄するかもしれないわね)
社交界の悪役貴族として評判が悪いものの、バージェス辺境伯家へ恩を売って損はないだろう。
何よりフェリクスのあの愚かさで誰かが傷付くのはもう見たくなかった。
(ま、全部仮定の話だけど)
「で、アルテシア様。報酬は?」
「もちろん支払うわ。再就職先も私名義で紹介するわね」
「ありがとうございます!」
今回サムには魔導具工房の退職者行脚をしてもらったのだ。
それは仕事の終えた深夜帯であったり、仕入れ先へ出掛ける際に時間を作って行ってもらった。
援助が打ち切られ当分安定しないオズモンド家へ仕えるよりも、ルーヴェン家の領地にご家族と一緒に転職しないかと誘えば、快く引き受けてくれたのだ。
(サムとも色々あったけど、今回頑張ってくれたからチャラにしなきゃね)
オズモンド家の屋敷に仕えていたが、私からの紹介ということで印象が悪くなることもないだろう。
それをぼんやりと思いながら、数枚の設計書のコピーを眺めた。
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その日の夜、私は兄のセドリック・ルーヴェンに呼ばれた。
彼のいる書斎に向かえば、複数の紙を持って眉間に皺を寄せる兄がいた。
私と同じ銀色の髪に銀縁のフレーム眼鏡をかけた彼は硬質な雰囲気を漂わせている。
そして兄は私を一瞥すると、はっきりと言い放った。
「再婚先が決まったぞ」
「………………はい?」
「王国北方の砦を守るバージェス辺境伯当主、グレン・バージェスがお前との婚姻を望んでいる。良かったな。偏屈そうなジジイじゃなくて」
そんな兄の言葉に私は咄嗟に反応できず、ただ呆然とすることしかできなかった。
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