第17話 再婚相手は悪役貴族
第17話ですが、描写を見直し、気になる点を修正いたしました(2026/03/17)
兄のセドリック・ルーヴェンが言うに「離縁したばかりであるが、早いところ身を固めておいた方が良いだろう」とのことだった。
「お前のこれまでの境遇には同情するが、そもそももっと早く俺達に報告していればこんなことにならなかったんだぞ」
「ええ、ご尤もです」
「それに早くこの屋敷から出たがっていただろう。嫁ぎ先の候補を収集していたら、バージェス辺境伯家が是非にと名乗り出た。向こうは初婚らしいが、同い年でちょうど良かったじゃないか」
書壇の上に置かれた複数の書類を丁寧にまとめ、神経質そうな雰囲気を纏う兄が肩をすくめる。
そして彼は淡々と続けた。
「ちなみに他にも候補はいるぞ。十年前に奥方を亡くされた60代前半の老父に、遠征続きで婚期を逃した騎士爵の男。ちなみにこの騎士はアルテシアよりも10歳歳上のようだな」
「どうして彼らではなく、グレン・バージェスを?」
「…………調査したところ、奥方を亡くされた老父は過去に奴隷売買をしていたという前科があった。また騎士の男には、遠征先に複数の現地妻がいるそうだ」
そんな兄の言葉に思わず目が遠くなる。
別にもう夫となる男から愛されたいだなんて思ってもいない。互いに愛は無くとも適切な距離感で過ごせるのなら、何でも良いと思っているからだ。
しかし前世の倫理的に奴隷売買をするような好色爺の妻になるなんて絶対に嫌だし、現地妻がたくさんいる騎士なんて変な病気を持っていそうで怖い。
「他の候補はそういった理由で外させてもらった。まあ、グレン・バージェス卿も同じくらい評判は悪いが、どの悪評も信憑性がないからな」
「信憑性がない?」
「ああ、あの悪評は元々グレン・バージェス卿の亡父、先代バージェス辺境伯のもので、それが息子にまで吹聴されるようになったというのが事実だろう」
確かにグレン個人の評判が悪いというよりも、バージェス辺境伯家自体の評判が良くなかったりする。
バージェス家の管理する最北の辺境地で領民達を生贄に悪魔召喚の儀式をしたり、原住民である部族の人達を迫害したりしているのではという悪い噂が蔓延しているが、彼個人を糾弾したものは何もなかった。
「…………グレン・バージェス卿の亡父、先代バージェス辺境伯は人嫌いで有名な領主だったんだ。おまけに辺境で領地を治めているにも関わらず、王都の役人に噛み付いては中央政治に物申していたものだから、現世代の重鎮達には好かれていないらしい」
「へえ………」
「そういったこともあり、先代が亡くなった以降も息子であるグレン・バージェス卿にその悪評は受け継がれてしまったのではないかと推測している」
そう言って締めくくる兄に私も「なるほど」と納得する。
確かにカリオストロ伯爵夫人の舞踏会で会ったグレンは印象が良かった。
兄の言う通り、実際に彼がどういった人かは分からないが、常識的でいらぬ苦労を抱えていそうな普通の青年のように見えたのだ。
そしてそんな彼が何故私との婚姻を望んだか。
それについては何となく分かるような気がした。
(………………おそらくグレンが私と結婚したいのは、フェリクスの情報を得たいからよね)
学生時代からのライバルであり、宿敵フェリクス・オズモンド。私は5年間もの間、そんな彼の妻として過ごしてきたのだ。きっと打倒フェリクスのために、彼の弱点を知ろうと狙っているに違いない。
(使えるものは何でも使おうってわけね)
グレンがそのつもりであるのならば、もちろん私も利用させて頂こう。
私もフェリクスの情報を使って、快適な暮らしをグレンに約束させてみせる。
「かしこまりました。そのお話をお受けいたします」
「そうか。分かった。先方にはそう伝えよう」
まさかこんな早く再婚することになるとは思いもしなかったが、貴族の女として生まれたのならば、政略結婚の駒として扱われるのは仕方がない。
元悪役令息、いや悪役貴族グレン・バージェスとの結婚生活がどのようなものになるか全く想像できないものの………フェリクスの情報を引き出すために手酷い扱いは受けないだろう。
(うん、割り切っていこう)
するとその時、兄が「受け取れ」ととあるものを差し出してきた。
「これは?」
「餞別だ。うまく使え」
兄から渡されたのは、真っ赤に光り輝く石があしらわれたネックレスだった。
(ただの宝石では無さそうね)
色合い的に私の外見と少々合わないが、ごく普通のプレゼントとしてこれを渡したわけではないだろう。
そしてその3日後。
あまりにも短いスパンでバージェス辺境伯家から移動用の馬車が迎えに来たのに、私は仰天するのだった。
◇
王国は今、夏真っ盛り。しかし現代日本のようにむわっとした熱気も肌をジリジリと焼く日差しもない。
日がとても長く、空気はカラッとしていて過ごしやすい。
そしてそれは王国の最北に位置するノルヴァルデン領も同じだった。
バージェス辺境伯家に用意された馬車は乾いた土の道をゆっくりと進む。
馬車窓の外では、白樺の並ぶ森とゆるやかな草原が静かに流れていた。干し草の匂いを含んだ涼しい風が吹き込み、遠くの畑では農夫がのんびりと牛を引いている。
今回バージェス辺境伯家に嫁ぐこととなったとはいえ、結婚式は行われない。しかし他家へお嫁に入るということで、隠居した両親から華やかなレースのあしらわれたドレスを着させられた。
馬車による長旅ということで若干苦しいものの「せっかくなのだから」と母が感慨深げに言うのだ。細やかなレースや刺繍を見るに、おそらく母が若い頃、晴れの日に着ていたものなんだろう。
そして長閑な道を通り過ぎ、深く生い茂る黒い森の奥へ進むと、寒さに耐えるよう造られた石造りの灰色の屋敷がひっそりと建っている。
(あれがバージェス辺境伯の領主屋敷ね………って、あれ?)
装飾華美ではない屋敷の外観に「隙間風が吹かないのなら良いんだけど………」と思ったその時、屋敷の外にずらりと人影が並んでいることに気付いたのだ。
馬車の窓から目を凝らして見れば、それは屋敷の使用人で。その一歩前にはグレン・バージェスの姿があった。
どうして屋敷の外で待ち構えているのだろう?
そう不思議に思っていると、いつの間にか馬車は到着し、私はグレンと対面する。
後ろに控える使用人達はオズモンド伯爵家と同じく10名ほど。中にはまだ10代前半くらいの若い(というより、ほぼ子供の)メイドもいて目を丸くする。
「遠路はるばるノルヴァルデン領まで来てくれて感謝する。もう知っているとは思うが、改めて───グレン・バージェスだ。これからよろしく頼む」
「コンラッド領ルーヴェン子爵家から参りました。アルテシア・ルーヴェンと申します。今後とも末永くお願いいたします」
どこか緊張した面持ちのグレンに向かって、当たり障りのない挨拶を返す。
相変わらずグレンの目元には濃い隈があるが、顔色は悪くないのか頬はほんのり赤くなっていて血色が良い。
するとその時、後ろに控えていた使用人の中から一人の紳士が前に出てきた。
よく伸びた背筋にロマンスグレーの髪を丁寧に撫でつけた紳士で、どこか厳格そうな雰囲気を漂わせる。
そんな彼をグレンが紹介した。
「家令のヤコフだ」
「ご紹介にあずかりました。この屋敷の使用人一同を取りまとめております、ヤコフと申します。奥様がこの屋敷にて何不自由なくお過ごしになれますよう、使用人一同、心を尽くしてお仕えいたします」
そして後ろに控える使用人達が思わず見惚れてしまう程美しい所作で頭を垂れた。
通常、貴族の令嬢が嫁入りする際に出迎えるのは屋敷の中で、主要な使用人のみと形式的に決まっている。家令や女官長等といった役職持ちが屋敷の主人と共に挨拶に来るのだ。
しかしここにいるのは、おそらく屋敷に仕える全ての使用人達であろう。でなければ10代前半くらいのメイドの少女もいるわけない。
(私がどんな女か見に来ただけなのかもしれないけど…………)
それでもバージェス家の使用人達が最大限の敬意を以て出迎えてくれるその姿に目を丸くする。
だってオズモンド家に嫁いだ当初、誰も私を出迎えてくれることはなかったから。
時間が経って、ようやく執事のロレンツが屋敷から出てきて、入るよう促してきたのを覚えている。
「……………」
「どうした?」
「あ、いえ………」
嫌なことを思い出してしまった。
それを誤魔化すように首を振れば、グレンは不思議そうな顔をする。
オズモンド家の環境が悪かったというのは自覚しているが、屋敷が違えばこんなにも使用人の質が違うのか。
それと同時に、彼らにバージェス辺境伯の妻として認めてもらうには、大層努力が必要だろう。
しかしふと視線を外した時、一人の年老いたメイドと目が合ってしまった。
不健康そうな土色の肌にマッチ棒のように細い老女。私と目が合った瞬間、何事もなかったように視線を下げたけれど、じとっとした目で睨んでいたのは確かだ。
「……………」
「さあ、中へ」
そして私はグレンに促されるまま、バージェス辺境伯家の屋敷に入った。
・
・
・
バージェス辺境伯家の応接間にて。
グレンから屋敷を案内してもらう前に、馬車旅で疲れたろうと小休憩を挟むことになった。
対面のソファに座るグレンはどこか落ち着かない様子で視線を外している。 何をそんなに緊張しているのだろう。 この私相手に固くなる必要なんてないのに。
「どうかいたしましたか?」
「いや、あのアルテシア・ルーヴェンと結婚するとは思っていなかったと………」
あのって、どのアルテシア・ルーヴェンだろう。
フェリクスの情報を得るために私と結婚したくせに何をそんな「想定外です」みたいなポーズで戸惑ってみせるのか。
グレンの考えがいまいちよく分からないものの、もう少し距離が縮まった後に改めて聞いてみよう。
(というか、私こそあのグレン・バージェスと結婚かって感じなんだけどな…………)
重めの黒髪に隈がくっきりと残った目元。どこか陰気そうな雰囲気の青年に「夫としてのグレンってどんな感じなんだろう」と思う。
(フェリクスはかなりやばかったけど、グレンはどうなんだろう)
するとその時、応接間の扉がノックされた。
現れたのは、ふくよかな体型をした中年のメイドと12歳くらいの幼いメイドの少女で。中年女性のメイドがティーカートを押しながら入ってくる。
「失礼いたします。旦那様、奥様、お茶をお持ちいたしました」
「マーサか。ありがとう」
マーサと呼ばれたメイドがグレンの言葉に明るく微笑む。
そして丸いティーポットから飴色の紅茶をカップに注いだ後、こちらのテーブルに差し出そうとするが、それをメイドの少女が「わ、私が」と遮った。
「あら、でも………」
「や、やらせて、ください」
そして少女はマーサと呼ばれたメイドが首を傾げている間にカップを手の中に収める。それから彼女はしばらく思案した後、私の方に足を進めた。
緊張しているのだろうか。
顔を強張らせながら真剣な面持ちでティーカップを持つ少女に、何だかとてつもなく嫌な予感がする。
(……………大丈夫かしら)
紅茶のカップを持ってしばらく、メイドの少女が何かに思案するように固まってしまう。顔色は悪く、何かに追い詰められているように息が荒くなっていく。
そんな彼女の様子に私もグレンも眉をひそめた。
「あの………?」
「───ッヒ」
しかし次の瞬間、少女は驚いたように肩を震わせ手を滑らせた。
カップは弧を描き、中の紅茶が宙を浮く。
「え」
そしてそれは、私のドレスに思いっきりかかってしまった。
読んでいただき、ありがとうございました!
また誤字修正や感想など、いつもありがとうございます。
感想もすごく嬉しくて何回も読み返したり、キャラに対する印象などが書いてあると「そう思いますよね!」と勝手に共感させていただいております。
また評価していただいたり、ブックマークしてくださるのも本当に有難くて頭が上がりません。
現在書き溜め作業+作者の個人的な都合により、しばらく更新は週に一回ペースにさせていただきます。
お手数おかけしますが、よろしくお願いいたします。




