第15話 結局お前も同じじゃないか
私はフェリクスのどこが好きだったんだろう。
それを考えた時、ふと学生時代の頃を思い出した。
学年首席で絵画から出てきたような美貌を持つフェリクス。そんな彼とグループワークで一緒になったことがあったのだ。
ガラス球の中に小さな自然環境が再現された箱庭型魔導具を使用した授業で、各班員がそれぞれその環境を維持するために様々な工夫を施していくのだが───フェリクスは授業内容よりもその魔導具の仕組みの方が気になったようで。
楽し気に笑みを浮かべて瞳を輝かせていたのを覚えている。
自信家な彼の、その子供みたいな表情に惹かれたのだ。
自分にもその笑みを向けてくれたらどんなに嬉しいか。
そう夢見がちなことを思ってしまったわけである。
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(───結局それが叶うことはなかったけど)
随分と簡単な理由で惚れ込んだものだなあと自分自身に呆れてしまう。
オズモンド家の応接間にて。
何故自分と離縁するのか尋ねてきたフェリクスに、私はどこまで話そうか考えながら口を開いた。
「…………私が貴方との離縁を決めたのは、カリオストロ伯爵夫人による舞踏会が終わった後。フェリクス様の私に対する態度が明らかに変わったのがきっかけです」
フェリクスの疑問に対してそう答えてやれば、彼はピンと来ていないのか、怪訝そうな顔をするだけだった。
そんな彼に私は何だか虚しくなりながら続ける。
「一度離縁を撤回したことがあったでしょう? あの時私は名ばかりの妻として、この屋敷で不自由なく暮らすことが出来ると思ったから撤回したんです」
「どういうことだ?」
「私は………フェリクス様のことをもう何とも思っておりません。むしろ………」
そう言い淀むと、フェリクスは怪訝そうに首を傾げた。
そして「何だ。はっきり言ってみろ」と言うものだから「それじゃあお言葉に甘えて」とはっきりと告げる。
「貴方のことが、生理的に無理になってしまったんです」
それを聞いたフェリクスはぽかんとする。
その美しいかんばせから、きっとこれまで「生理的に無理」だなんて言われたことがなかったんだろう。
個人的に異性に対して「生理的に無理」という言葉は失礼すぎるし、そんな簡単に使って良いものではないと思う。
しかしこの際だ。
フェリクスに引導を渡す意味で正直に話してしまおう。
「お、俺が生理的に無理とは………」
「今まで冷遇し辱めてきたというのに、掌を返したように愛を囁く。───まして『自分が愛してやれば、アルテシアは許してくれるだろう』という魂胆が透けて見えてしまい、その図々しさに辟易としてしまうのです」
私の言葉にフェリクスが何も返せないのか固まる。
というより本来ならばこんなこと、わざわざ言うまでもないだろう。
今まで散々冷遇してきて、ちょっとプリシラのことが嫌になると別の女に惹かれる。人としてそれはどうかと思うし、そんな相手から「愛している」と言われても信用できない。
それにフェリクスは自分が「愛してる」と囁けば、簡単に靡くと思っているのだ。彼からそう思われているのも心外だった。
フェリクスのことをもう何とも思っていないとはっきりと告げているにも関わらず、無意識に「アルテシアはまだ自分のことが好きなはず」と思っていそうなのが………
(正直きついのよね………)
「愛してもいない、むしろ憎んですらいる相手からの愛は苦痛でしかありません。 だからフェリクス様がプリシラ様を愛し、私を名ばかりの妻として据えるならば『まあ、良いか』と離縁の撤回に応じたんです」
そうはっきりと言ってやれば、フェリクスの顔は段々と俯いていった。
顔に影がかかり、彼が何を考えているのか分からない。
するとフェリクスはそのままぽつりとこぼした。
「………俺が、君を愛したのが間違いだったと言うのか」
何だか悲壮感に満ちたその一言に「はい」と頷いてやる。
正直こんなことまで話すつもりはなかったが、ここまで言わないと分からないのかもしれない。
(……………というか、この人は本当に私のことを好きなのかしら)
正直それに対しても信用することができなかった。
小説ではアルテシアの愛を受け止め、フェリクスも彼女を愛するという結末で終わったけれど………
(私はもう、小説のアルテシアじゃない)
前世の記憶を思い出し───余計な知識がインストールされて、フェリクスに対しての愛も冷めた可愛げのないアルテシアなのだ。
そんな女を彼は本当に愛しているのだろうか。
プリシラの醜悪な正体が露見された今、ただ拠り所が欲しいだけなんじゃないだろうか。
するとその時、フェリクスが俯いたまま口を開いた。
「……………俺の気持ちを、よくもまあ、さも汚らわしいものだと言えたな」
「………………はい?」
「お前の俺に対する愛だって、歪んでいただろう………!」
様子のおかしいフェリクスに一瞬呆けてしまう。
しかし次の瞬間、フェリクスは堰を切ったように話し出した。
「気付いていたさ。お前が学生の頃から俺のことを好いていたのを。特に話しかけることもなく、遠目からよく俺のことを見ていたよな」
いきなり何を言い出すのだろう。
しかし彼は眉間に皺をよせ、心底軽蔑したような表情で言い放った。
「お前だって相当だろう! 俺の気持ちがプリシラにあると分かっていながら、援助を持ち掛け、俺の妻の座に居座ったんだろう! 自分のものにならないからと金で解決しようとしたお前にとやかく言われる筋合いはない!」
「な、」
「少しでもお前を愛そうとした自分が恥ずかしい………! お前のような性格の悪い女なんて、今後一切誰からも愛されないだろう! ───今すぐこの屋敷から出て行け!!」
顔を真っ赤にして怒鳴り散らすフェリクスに私は茫然とする。
私はフェリクスを手に入れるためにオズモンド家へ援助を持ち掛け、政略結婚したわけではない。生家であるルーヴェン家が勝手に決めたことだ。
それに彼の妻となれることに喜んだのは事実だが、最初に思い浮かんだのは、フェリクスとプリシラに対しての罪悪感だった。
だから決してフェリクスを自分のものにしようとしたわけではないし、当たり前だがただの令嬢である私にそんな権限はない。
けれど………
(そっか。だからフェリクスは私を冷遇していたのか)
プリシラとの仲を引き裂き、金で自分を買った女。
その大義名分を掲げて、私を蔑ろにしたのだろう。
(それに、まあ、性格が悪いのも本当のことよね)
その一点に関しても否定することができない。
この先の人生において、愛する誰かと添い遂げることを特に期待はしていない。だからフェリクスの言葉も「こんな女、好きになる方がおかしいわよね」と納得できてしまう。
しかし何故か心臓が切り刻まれたかのように胸が痛んだ。
「…………ええ、分かりました。それではフェリクス・オズモンド卿。今までお世話になりました」
彼に言い返す気力もなく、ぼんやりとしたまま踵を返す。
(私もフェリクスに色々言っちゃったから、仕方ないわよね)
これ以上一緒にいても、互いを傷つけ合うだけだろう。
「……………───アルテシア………ッ!」
フェリクスが何か言いかけているのに気付いたが、私はそのまま気付かないふりをして応接間を出て行った。
これをもって、私はフェリクスと正式に離縁することとなった。
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