表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

05. 無言のシャッター音

世界一のかっこよさを目指す鳴紫恋。

今日も平和な放課後を過ごすはずだった。

だが――白石ほのかの胸に残る“ざらつき”が、静かに物語を軋ませる。

無言の写真、消えない視線、そして現れた影。

聖地巡礼されるのは俺だけで十分だ!

恋の美学が、再び誰かを守るために動き出す。

あれは、一ヶ月ほど前のことだったと思う。


放課後のチャイムが鳴り終わった頃、

クラスの男子が私に声をかけてきた。


「ほのかさん……ちょっと、話したいことがあるんだ。

 少しだけでいいから、来てほしい場所があって」


特別仲がいいわけでもないけれど、困ったように眉を寄せるその表情に、私は断れなかった。


案内されたのは昇降口の隅。

人通りが少なく、夕陽が斜めに差し込む場所だった。


夕陽が差し込むタイルの床に、

私の影が長く伸びている。


沈黙が落ちるのが気まずくて、

私は先に口を開いた。


「えっと……それで……話って、何ですか?」


彼はびくりと肩を揺らし、

ぎこちなく私の方へ向き直った。


そして、

深呼吸をひとつして――


「ほのかさん……ずっと前から好きでした!

 僕と、付き合ってください!」


声は大きくないのに、

空気が一瞬で張りつめた。


私は思わず瞬きをした。


(……この子、名前……なんだっけ)


席が近かった時期もあったけれど、

特別な印象は残っていない。


なのに――

こちらを見つめるその瞳には、

なぜだか妙な違和感があった。


好意だけじゃない。

もっと別の、

言葉にできない“何か”が混じっているような……

そんな目だった。


胸の奥が、ほんの少しざわつく。


何故だかその視線が、

どうしようもなく怖くなった。


私は胸がぎゅっと縮むのを感じた。

私は丁寧に断った。こういうのには慣れてる。


「……ごめんなさい。

 わたし、その気持ちには……応えられません」


そう言った瞬間、

彼の表情がわずかに揺れた。


そして、続けて彼はゆっくりと口を開いた。


「……もしかして、さ。

 他に好きな人がいるの?」


その問いかけは、

驚くほど自然で、

でもどこか探るようで――

胸の奥がまたざわついた。


(……違う。そういうことじゃない)


私は慌てて首を横に振った。


「い、いないよ。

 ただ……その……お互いのこと、まだよく知らないし。

 そういうのって、急には……」


できるだけ穏やかに、

相手を傷つけないように言葉を選んだつもりだった。


けれど彼は、

私の説明を聞いても一歩も引かなかった。


むしろ、

焦ったように身を乗り出してきた。


「で、でも……!

 知っていけば、変わるかもしれないよね?

 ほのかさんのこと、もっと知りたいし……

 ほのかさんだって、俺のこと……」


声が少し上ずっている。

言葉を急いで繋ぎ合わせているのがわかった。


(……そんなに焦らなくても)


私は胸の奥に小さなため息を押し込み、

できるだけ柔らかい表情を作った。


「……ごめんね。

 わたし、今は誰かとそういう関係になるつもりはなくて。

 勉強とか、部活とか……いろいろあるから」


本当は、

“まだよく知らない相手と急に付き合うのは無理”というだけ。


ただそれをそのまま言うと、

彼を傷つけてしまいそうで。


だから私は、

角が立たない理由を選んだ。


彼は唇を噛み、

視線を泳がせながら言葉を探していた。


「で、でも……!

 俺、ほのかさんのこと……ずっと……!」


必死さが滲んでいて、

見ているこちらが落ち着かなくなる。


(……どうしよう。

 これ以上は、はっきり言わないと伝わらないかも)


私は息を整え、

もう少しだけ踏み込んで言った。


「本当にごめん。

 気持ちは嬉しいけど……

 今は、誰ともそういう関係になるつもりはないの」


彼はその言葉を聞いた瞬間、

ぴたりと動きを止めた。


まるで、何かを悟ったように。


そして――

私が聞きとることのできないほど小さな声で彼がぽつりと何かを呟いた。


「……ああ。

 君も、そういう感じか……」


するとその直後、

今度ははっきりとした声で。


「……じゃあ、いいや」


あまりにも急に、

あまりにもあっさりと。


さっきまでの必死さが嘘みたいに消えていた。


(……え?)


私は思わず瞬きをした。


引き下がってくれたことにほっとした反面、

その“切り替わりの速さ”に

言葉にできない違和感が残った。


けれど彼は、

さっきまでの必死さが嘘のように、

ぱっと表情を明るくした。


「そういえばさ、ほのかさんって帰り道どっち?

 俺、最近あっちのコンビニよく行くんだよね」


まるで告白なんて初めからなかったかのように、普通の雑談を始めてきた。


私は一瞬、返事が遅れた。


「え、えっと……私は駅の方だけど……」


「へぇ、そっちなんだ。

 あ、そういえば今日の授業、眠くなかった?

 俺、途中で意識飛びそうだったわ」


彼は笑いながら話す。

本当に、さっきまでの空気が嘘みたいに。


(……なんで急にこんな普通に話せるの?)


胸の奥がざわつく。

怖いわけじゃない。

ただ、ついていけない。


私はぎこちなく相槌を打つ。


「そ、そうなんだ……うん、ちょっと眠かったかも」


「だよね! あの先生、声が眠気誘うんだよな〜」


彼は楽しそうに笑った。

その笑顔が“普通すぎて”、逆に不自然だった。


(……さっきまで、あんなに必死だったのに)


私は少しだけ距離を取るように、

鞄を持ち直した。


「そ……そろそろ行かなきゃ。

 部活の準備もあるし……」


「あ、そっか。

 じゃあまた明日、ほのかさん」


彼は軽く手を振り、笑顔を浮かべて去っていった。


私はその背中を見送りながら、

胸の奥に残ったざらつきを

どう扱えばいいのかわからなかった。


(……終わった、よね。

 きっと、これで大丈夫)


そう思っていた。


けれど。


その日から、妙なことが起き始めた。


ある日の帰り道。

部活帰りの友達と並んで歩いていた。


「ねぇほのか、明日の小テストさ〜、絶対範囲広すぎるよね」


「わかる……あれ全部覚えるの無理だよね。

 私、まだ半分も終わってないし」


「ほのかでも? じゃあ私もう終わったわ」


「いや、きっと大丈夫だよ……」


そんな他愛ない会話をしながら歩いていた時だった。


ほのかはふと、足を止めた。


背中に、

じっと刺さるような視線を感じたのだ。


「……ん?」


思わず振り返る。


自転車置き場、校舎の影、部活帰りの生徒たち。

見慣れた景色が広がっているだけで、

誰もこちらを見ていない。


「ほのか?どうしたの?」


友達が不思議そうに覗き込む。


「……ううん、なんでもないよ。

 ちょっと気のせいだったかも」


ほのかは笑ってごまかした。


でも胸の奥には、

小さなざらつきが残ったままだった。


(……なんだろう、今の)


ほんの一瞬の違和感。

気のせいと言われればそれまで。


だけど、

“誰かがさっきまで見ていた”ような空気だけが、

確かにそこにあった。


次の日の夜。

お風呂上がりで髪を乾かしながら、

私はスマホで音楽アプリを開いた。


「えっ、今日配信だったんだ……!

 このアーティスト、新曲出してたんだ!」


テンションが上がって、

思わず声が漏れる。


「やば……イントロ好き……!」


ベッドに倒れ込み、

イヤホンをつけて目を閉じた。


サビに入った瞬間――

画面の上に通知がひょこっと現れた。


「新規メッセージがあります」


(……誰だろ)


友達かなと思って開く。


見覚えのないアカウント名だった。


「え、誰……?

 あ、間違いメッセージとか?」


軽い気持ちでタップする。


そこには――

無言のまま、写真が一枚だけ送られていた。


文章もスタンプもない。

ただ、写真だけ。


(……は?)


画面を拡大する。


それは、

今日の帰り道の景色だった。


夕方の校門。

曲がり角。

横断歩道。


どれも、

私が“ほんの数時間前までいた場所”ばかり。


「……え、ちょっと待って」


思わず声が震えた。


写真の角度は、

私が歩いていた方向とは違う。

まるで――

誰かが少し離れた場所から撮ったような視点。


(……なんで?

 なんでこんなの持ってるの?)


送り主のプロフィールを開く。


アイコンは適当な風景写真。

名前もランダムな英数字。

投稿ゼロ。

フォローもフォロワーもほぼいない。


完全に“捨てアカウント”だった。


「……気持ち悪……」


でも、

「誰ですか?」と送る勇気も出なかった。


既読をつけたまま、

私はスマホをそっと伏せた。


さっきまで聞いていた新曲のサビが、

急に遠く感じた。


その後も、

通知音が鳴るたびに心臓が跳ねた。


けれど、

メッセージは一切来ない。


ただ、

写真だけが淡々と送られてくる。


その無言さが、

言葉よりずっと怖かった。


次の日も。

その次の日も。


私の後ろ姿。

私が立ち止まった場所。

私が振り返った瞬間の道。


どれも、

“誰かが見ていた”としか思えない角度だった。


(……怖い)


でも、誰にも言えなかった。

(言えばよかったのかな。でも……あの時みたいに「嘘つき」って笑われる気がして……

 助けてって言ったら、またあの目で見られる……)


それからも、

写真は止まらなかった。


そして今日――

私に鳴紫くんが話しかけてきた。


「白石、俺と一緒に帰らないか。

 少し話したいことがある」


(……え?なんで……?

 もしかして……助けに来てくれた……?

 そんなわけ……ないよね。

 期待したら、また傷つく……)


「えっ、わたしと……?」


(落ち着いて。

 誰にも頼らないって決めたんだから。

 期待しちゃだめ……)


「鳴紫くんって……モテそうですよね」


(大丈夫、大丈夫。

 普通に話せてる。

 “助けて”なんて言わない。

 言ったら……また笑われる……)


(……でも……

 本当は……誰かに気づいてほしかった……)


鳴紫くんの横顔を見た瞬間、

胸の奥で小さく何かが揺れた。


(……言いたい。

 言えない。

 助けてほしい。

 でも……怖い……)


そんなぐちゃぐちゃの感情が渦巻く中――


「それで確認したかったんだ。

 最近、変なこと……なかったか?」


その言葉は、

ほのかの心の奥に隠していた“本当の叫び”を

まるで見透かしたように響いた。


ほのかは息を呑んだ。


(……どうして……

 どうして、そんなこと……

 聞くの……?)


胸の奥が、

痛いほど熱くなる。


私は唇を噛み、スマホを胸元でそっと握りしめた。

胸の奥がざわついて、呼吸が少しだけ浅くなる。

言うべきか迷いながら、ゆっくりと鳴紫くんの方へ顔を向けた。


その瞬間――

鳴紫くんの真っ直ぐな視線が、まっすぐ私に向けられていた。


(……そんな目で見ないでよ……

 そんなふうに向き合われたら……

 “助けて”って言いたくなっちゃう……)


(……でも……

 鳴紫くんなら……

 もしかしたら……)


胸の奥で、期待が小さく膨らむ音がした。


「……鳴紫くん。

 これ……見てもらってもいいですか?」


声は震えていたけれど、

その震えは“怖さ”だけじゃなく、

“救われたい”という気持ちが混じっていた。


私はスマホを差し出しながら、

これまで誰にも言えなかったことを、

ひとつひとつ説明していった。


「……これが、最近ずっと届いてて。

 誰なのか、わからなくて……」


私は告白されたこと、その後発生している不可解なことまで包み隠さず全てを話した。


話し終えると、

鳴紫くんはしばらく黙ったままスマホの画面を見つめていた。


風の音だけが、二人の間を通り抜ける。


やがて鳴紫くんは、

ゆっくりと息を吐いた。


「……整理するぞ、白石」


その声はいつもの軽さがなく、

状況を正確に掴もうとする“優しい声”だった。


私はその声を聞いた瞬間、

胸の奥がきゅっと締めつけられた。


(……ちゃんと、向き合ってくれるんだ)


怖かったはずなのに、

誰にも言えなかったはずなのに、

鳴紫くんが真剣に受け止めてくれる、

そのことが何よりも嬉しかった。


言葉にならない安堵と、

未だに誰にも打ち明けられていない“過去の痛み”が胸の奥でぶつかり合って、

私はそっと視線を落とした。


「……はい」


その返事は、

ほんの少し震えていた。


恋は指を折りながら、

淡々と、しかし慎重に言葉を並べていく。


「まず――告白されたのが一ヶ月前」


ほのかは視線を落としたまま、

小さく「はい」と答える。


「で、そいつに断りを入れた日から、

 “無言の画像”が届き始めた」


恋はスマホを軽く持ち上げ、

画面に映る写真をほのかに向けた。


「帰り道の写真。白石が通った直後の景色。

 角度的に……撮ったやつはかなり近くにいたはずだ」


ほのかの肩がわずかに震える。


恋はその反応を見て、

少しだけ声を柔らかくした。


「わかる、モテるのも案外困りもんだよな。

 だけど安心しろ、今すぐ犯人とっ捕まえてやっから。

 聖地巡礼されるのは俺だけで十分だ」


ほのかは目を見開き、言葉が出てこなかった。

(あぁ……この人は、なんて暖かいんだろう)


胸の奥に溜まっていた重さがふっと軽くなり、

ほのかはこらえきれず――


「……ふふっ……!」


と、小さく弾むような笑い声を漏らした。

それは作ったものじゃなく、

胸の奥から自然にこぼれた音だった。


「……頼りにしてます、鳴紫くん」


その言葉は、

自分でも驚くほどまっすぐで、

心の底からのものだった。


恋はその笑顔と声を受けて、

一瞬だけ目を細め――

すぐに表情を引き締めた。


「で、だ。普通に考えて怪しいのは、その告ってきた男だよな?

 同じクラスってことは……俺の知ってるやつか?」


「はい。おそらく、鳴紫くんとも面識はあるかと……名前は――」


ほのかが口を開いた、その瞬間。


「おい、お二人さん。お取り込み中悪いけどよ」


低い声が割り込んだ。


校門の影から、ニタニタ笑いの二人組がゆっくり歩いてくる。

街灯に照らされた影が、地面に長く伸びた。


恋は反射的にほのかの前へ一歩出た。

肩越しにほのかを庇うように立つ。


「おう、何の用だよ?

 こっちはお前のおっしゃる通り“お取り込み中”なんだ。手短に頼む」


不良の一人が顎をしゃくる。


「そこの女、白石ほのかって言ったか?

 ちょっと来てもらおうか。話があんだよ」


その声には、明らかに“ただ事じゃない”匂いがあった。


恋がほのかに小声で尋ねる。


「一応聞くけど、君の知り合い?」


「い、いいえ……全然。なんで私……?」


恋は不良たちに向き直る。


「って言ってるけど?彼女に何の用?」


「ある人に頼まれてんだよ。

 ちょっと話すだけだ。

 あんまり時間ねぇから、素直に来てくれたら助かるんだけどな」


恋は鼻で笑った。


「奇遇だな。俺も“ある人”から彼女の護衛を頼まれてんだよ。今日のところは引き返してくれると助かる」


不良たちの目つきが鋭くなる。


「それは困るな。

 俺たちもタダで帰るわけにはいかねぇんだわ。

 ほら、早く来てくれよ、女」


恋は肩越しにほのかへ視線を送る。


「君、本当に人気だね。どうする?

 おそらくだけど……あいつらの雇い主が、君に画像送りつけてる犯人だろうね」


ほのかは唇を噛みしめた。


「これ以上、鳴紫くんに迷惑はかけられません。

 それに……どなたかは存じませんが、

 私を守ろうとしてくださっている鳴紫くんの依頼主にも……」


恋は小さく息を吐き、ほのかの言葉を遮るように言った。


「俺のことはどうでもいい。迷惑なんて思わない。

 それに――あいつは、君が傷つく方がよっぽど迷惑だろうよ」


ほのかの胸が熱くなる。


不良たちが苛立ったように舌打ちした。


「おいお前、話が長ぇんだよ。

 さっさとどけって」


恋はゆっくりと首を回し、拳を握った。


「仕方ねぇ……本日2戦目か。

 手がかりの方からわざわざ出向いてくれたんだ、歓迎してやるよ」


夜風が一瞬止まったように感じた。


恋の足が、静かに前へ踏み出す。

ご一読ありがとうございます。

読んでいただいたあなたはヒーローです

気軽にコメントお待ちしております♪

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ