滅びへと望む願いと亡国の大英雄
二週間以上遅れてしまい、本当にすみません!
金色の大鳳を切り裂き、迫り来る日輪の剣閃。
咄嗟にクロアは「《傲慢》!」と十二枚の黒い光翼で全身を包み、両籠手をクロスして防御に入る。
「――グウウウッ!?」
黒い光翼を盾代わりに白金の極光を防ぐ。しかし、衝撃までは防ぎきれず小さな悲鳴を上げながら地上に叩き落とされてしまう。
轟音と共にクロアは火山石で出来た黒い大地を転がり、痛みに耐えつつ立ち上がった。
「はぁはぁ……何故じゃ、真名武装状態の《傲慢》が打ち負けたのじゃ!?」
「カカカ、そりゃあお前さんが完璧な状態じゃねぇからじゃよ」
白い宝石を付いた長槍を担ぎながら老人は、呼吸を乱すクロアに近付いていく。
「もしお前さんのクラスが封じられていなければ、負けていたのは儂じゃった。……それにもう勝負はついたわい」
「ジジイ! なにを言っておる勝負はまだ――なぁ!?」
クロアが老人に向かって踏み込もうとする直後。《堕星覇王》の十二枚の黒い光の翼が消え、胸甲に填まる黒い宝石が沈黙するように輝きが失う。
「これは……! まさか活動限界――ッ!?」
「そうじゃ、お前さん達はもう限界なんじゃよ」
さらに老人のその推測を証明するかのように、驚くクロアはガクッと膝をつき地面に倒れた。
「さっきからお前さん、攻撃の威力や動きのキレが落ちておった。おそらく恩恵もなしに鍵の権能を無理に引き出した所為で、肉体の方にも限界が来たんじゃ」
「ぐぅ! 身体を重いのじゃ……よもやここで制約のツケが来たのか!」
顔を歪めるクロア。どうやら自身も気付いていない程、かなりの疲労が蓄積していたようだ。
「そう言うことよ。女神の力なんぞ人ごときが扱える代物じゃねぇ、制約ってのはその為あるもんよ……さて、これでようやくまともに話が出来るわい」
老人は長い白髭を撫でながら、そう答える。
◇ ◆ ◇
制約ってなんのことだろう? と二人の近く、その会話を聞いて白夜は考えていた。
老人が言う制約の意味は分からないけど、どうやら真名武装と呼ばれるあの鍵の形態は、クラスがない状態で力を引き出すと所持者にかなりのリスクが掛かるらしい。
それにしても、
「クロアが言っていた鍵の力を完全に引き出すってこう言うことだったんだ……」
……〈七罪魔王〉は全員、真名武装という形態が使えて、しかも王者級クラス……。
何その無理ゲー? この惨状を眺め、僕はそう思うと頭を抱えそうになった。
……でも、どうしてそんな戦力があるのに魔族は、エノク大陸に攻めてこないんだろう?
ふと、僕はそんな疑問を抱く。
すると、うつ伏せに倒れた状態でも、まだ戦意を失っていないクロアは問いただす。
「話じゃとう! 黒幕の分際でなにを言っておるんじゃ!!」
「だ・か・ら、儂はその黒幕じゃないわい! むしろお前さん身体の方が心配しておるわ」
「うにゅ? 我の身体を心配しておるじゃと……」
老人の言葉に、コッテンとクロアは首を傾げ、すぐにハッとする。
おう、気が付いたか、と老人は笑みを浮かべた。……しかし、
「……ジジイ、貴様! 我の超絶美少女ぶりに欲情を抱いたのか!?」
瞠目するクロアのその一言で、老人はズッコケそうになるのだった。
そしてうつ伏せのままクロアは悔しそうに唇を噛んで、
「クッ、今はろくに動けぬ。こんな老いぼれに我はあんな事やそんな事をされるのか! こんな時に己の魅惑ボディがこうも仇になってしまうとは!」
「アホかッ!! そんな事せんわい! そういうのはもっと胸を大きくなってから言わんかい!」
白い宝石が付いた長槍を脇で支えて老人が手を上下しながらそう言う。
……ごめんクロア。美少女は認めるけど、流石に魅惑ってのはちょっと自意識過剰じゃないかな?
口元を手で隠しながら顔をそらす僕も、老人の反論に同意する。
プッツン、とクロアから何かが切れる音が聞こえた。
「よし、今すぐぶっ殺してやるのじゃジジイィィ!」
地面に両手をつき力を込め、クロアは「がるるるっ」と獣のように唸り、必死に立ち上がろうとする。老人はそんなクロアを見つめ、呆れた表情を作った。
「まったく元気な娘じゃわい。儂が心配しておるのはお前さんら、魔族が背負う〝女神の呪い〟のことじゃ。そのせいで魔族はバルク大陸以外の土地でしかまともに生きていく事ができんのじゃろ?」
その問い、ピタッとクロアは動き止めた。
それを聞いていた僕は「え?」と息を飲んだ。
「………何処でその事を知ったのじゃジジイ? それは魔族にとって禁忌の筈じゃ。……知っておるのは〈七罪魔王〉とごく一部の長老達。そして……安住の地を求め、呪いを受け入れて去っていた者達だけじゃ」
クロアが怪訝そうな顔で老人に問い返す。
老人は懐から煙管を取りだし、火を付けて咥える。
「儂は大陸南方の出身でのう。その呪いについては御隠居様にお聞きしたんじゃ」
「うにゅ? 誰じゃその御隠居とは?」
「生憎、御隠居様については儂の口から言えんよ。ただお前さんみたいなヤンチャな奴が来たらバルクに追い返せと頼まれておるだけじゃ」
フゥーと紫煙を空に向けて吐く。
クロアは片眉を歪ませる。あまりにも手際がよすぎて不気味といった感じだろう。
「……追い返せとは、また乱暴な言い方じゃな……しかし、ようわ故郷に素直に帰れと言っておるのじゃなジジイ?」
「そうじゃ。このままエノク大陸に居たところで呪いで死ぬだけじゃ。それにお前さんら魔族は〝約束の日〟までその罪と罰を償い続けているんじゃろう?」
老人の問いかけに、「ああ」とクロアは嫌な事を思い出したのか、むくれる。
「連れ戻しにきた〈強欲〉の爺が説教ついでに言っていた。咎人たる我等の罪と罰が許され、呪いから解放される日のことじゃのう? 我は世代が違うからそんな事言われても意味がよく分からんのじゃ」
「カッカッカ、儂もその事に関しては小耳に挟んだ程度で詳しく知らんわい」
と、愉快そうに笑う老人。二人の会話を耳にして僕は思考していた。
この二人の話からして、魔族は二千年もの間、人々の前に姿を見せなかったのはその呪いせいだったんだろう。
それに、〝平原〟〝大軍〟〝痴れ者〟〝地形を変える大技〟。そして、これまで見てきた状況、食事をしながらクロアが話してくれた内容と合致する。
つまり、今見ている夢は――
「百年前にこの地で起きた出来事なんだ。でも、なんでそんな過去が僕の夢に?
……それにあの人は」
と、僕は腹這いの体勢になったクロアと話す老人の正体について、おおよそ見当をつけた。
「今回の騒動はどうもキナ臭くってのう。儂ですら黒幕の尻尾どころか影すら掴めんかった。……だからお前さん、あの坊主の仇は取ったんじゃ、もう此処には用はなかろう。とっとと故郷に帰りな」
正体を掴ませない黒幕に対する危機感からか、それとも同情なのか、老人はクロアの身を案じて忠言した。
その言葉に対してクロアは重苦しい雰囲気を醸し出す。
「……シロがいない、あの牢獄のような世界に帰れと言うのか貴様……」
「………こんな老いぼれに負け、倒れておる奴に何ができるんじゃ。今のお前さんじゃあ黒幕を見つけ出した所でただ殺されるだけじゃ、大人しく--」
「ジジイ、我を誰だと思っている!」
厳しく口調で老人が睨み付けると、クロアは睨み返し、そう叫ぶ。
そしてクロアはうつ伏せの状態から腕を立て、膝に手を乗せると、
「遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ! 我こそは傲慢を背負いし魔王クロア・ノース=スペルビア!」
高らかに声を張り上げる。その瞳の奥は闘志で燃えていた。
「此の身が呪いで朽ち果てようと、いかなる困難が待ち受けようとも、不敗を受け継ぎし牙で打ち砕く!」
クロアの肌に玉のような汗を垂らしながら立ち上がり、右拳を突き出す。
「それこそが我が道! 我が魂の叫び! 不撓不滅の覇者たる我の生き様よ!!」
不退転の覚悟、どんな困難でも自分で意思で切り開く。
それこそが、彼女が傲慢の魔王に選ばれた理由なんだろう。
僕はそんなクロアに畏怖を覚えつつ、憧れを抱く。
自分にはない芯の強さ、諦めてしまった己自身が欲しかった誇りをクロアは持っていたからだ。
「ならばこそ目を覚ませ《傲慢》! 我の相棒たるお前が、いつまで腑抜けているつもりじゃ!」
クロアの檄に呼応するように《傲慢》の宝石が、再び輝きを取り戻す。
魔王具が応えた事に、クロアは嬉しそうに笑みを浮かべつつ、油の切れたブリキ人形ようにぎこちなく拳を構える。彼女はまだ戦うことを諦めていなかった。
「はぁはぁ……よし! 待たせたなジジイ、さあ、勝負の続きじゃ!」
「……まったく恐ろしいのう。長年、幾人もの強者と戦ってきたが満足に動けん相手に、これ程の畏怖を覚えたのは初めてじゃ」
そんなクロアと相対する老人は彼女が放つ闘気に当てられ、煙管を懐にしまう。
そして白い宝石が付いた長槍をくるりと回し、石突きを向けて構える。
「……ならば、傲慢の魔王クロア・ノース=スペルビアよ。すまんが無理矢理にでも眠って貰うぞ! 目が覚めた時には全てが終わっておるわい!」
そう言って老人はクロアの鳩尾を狙って高速の突きを放つ。同時に老人は手首をスナップさせ石突きにひねりを加える。
それにより石突きは回転、ジャイロ効果によって貫通力が上がり、《堕星覇王》の胸甲に防がれても、クラスを封じられ常人と変わらない今のクロアなら衝撃だけで気絶するだろう。
「く……!」
クロアは避けようとする。しかし彼女の身体は全く反応せず、迫り来る一撃を眺め、
「……また、奪われるのか。シロだけに飽きたらず、今度は師父から受け継いだ誇りを我から………」
瞼をギュッと閉じる。走馬灯のように何かの思い返しているのかもしれない。
「何故じゃ、我はただあの愛おしい日々さえあれば良かった……そんな小さな幸せすら許されぬというのか。ならばッ――」
パッとまぶたを開き、赤い瞳に涙を貯めて、クロアの鳩尾に石突きが穿つ瞬間。
怒り、悲しみ、悔しさを込めた想いを――
「我から家族を奪うこんな世界なんて滅んでしまえばいいのじゃぁぁぁぁぁッ!!!」
天に向かってクロアは吠えた。それは誰も答える筈のない嘆きだった。
――しかし、
『それが貴方の願いなの?』
その嘆きに答える存在がいた。
それは幼い声で、僕にとって何処か懐かしい声でもあった。
そして同時に、《傲慢》の宝石が強く輝き、鮮やかな色の世界から一変。色や音が消え、ありとあらゆるものが停止したモロクロームの世界へと変貌する。
そこはクロアに迫りくる石突きの刺突も、老人も、何もかもが白黒写真みたいに停止していた。
「何が起きたの!?」
突然の事態に僕は驚きの声を上げる。
その停止した世界で唯一、動いているのはクロアと透けた身体で傍観していた僕だけだった。
そして再び、どこからか幼い声が問い掛ける。
『貴方の声は黒の欠片からリリスに届いたよ。だからもう一度聞くね? リリスの世界の滅び。それが貴方の望み?』
「そうじゃ! 小さな幸せすら許されず、嘆き苦しみ続けろと望む世界なんぞ滅べばよいのじゃッ!」
リリスの問いに、クロアは声を荒げながら答える。静止した世界に彼女の荒々しい言葉が響き渡った。
『……違うよ。リリスはただ……異邦人達が望み願った、誰もが幸福で幸せな満ち溢れた色鮮やかな世界を……』
「何が誰もが幸福じゃ! 幸せじゃ! ならば何故、我は不幸なのじゃッ! 何故、我の家族を奪う! 何故、我から大切なものばかりを奪い続けるんじゃッッ!!」
『…………………』
「それどころか先人が犯した罪と罰という名の訳の分からん呪いのせいで、あんな牢獄ような世界に閉じ込められながら生きなければならないんじゃッ!!」
『牢獄……』
「そうじゃ! お前の言った色鮮やかな世界なんて存在しない! 世界はぅ、世界は、この世界ように白黒なのじゃ! 我はこんな世界……大嫌いぃぃぃじゃぁぁぁぁぁぁーーーーーーッッ!!!」
モロクロの世界でそう叫ぶクロア。その瞳から涙をぼろぼろとあふれさせる。
そんなクロアを目にした僕は思った。
助けたい、と。
どれだけ強くて、勇ましくても、クロアは普通の女の子なんだ。
だが、此処では自分は何も出来ない。
クロアに触れることも、声を掛けることも出来ないのだ。
どれだけ彼女を助けたいと願っても。
……ならせめて側に、最後までクロアの側にいよう。
ただの自己満足かもしれない。
それでもそれが、今の自分にできる唯一のことなのだ。
そう思い僕は顔を隠すように俯いて泣く彼女の側で見守り続けた。
「だから、お前が幸福で幸せな世界を望むというなら……我に母様、師父、我の愛しいシロを…………返せ」
クロアはそう呟く。最後の方はかすれた声になっていた。
悲嘆にくれていてもクロアも理解しているのだろう。
どんなに願っても彼女が失った大切な人達は帰ってこない。
叶うはずもない望みだとしてもクロアが願ってしまう。
「幸せだったあの頃に、我の家族がいる世界に……やり直すのじゃ」
『そっか、だから貴方の想いはリリスに届いたんだね………うん、じゃあ仕方ないね』
そう間違えたのだ。今、クロアと会話する存在が――
『最後に確認するよ。貴方の望みは?』
「我の大嫌いなこの世界の滅びじゃ!」
『貴方の願いは?』
「我の家族がいる幸せだったあの頃に、大好きだったあの世界へ、やり直すのじゃ」
『……そう、解った』
この世界の時間を平然と停止させる事が出来る、《傲慢》に宿る女神の力。その本来の持ち主に――
『リリスはその願望を叶えるよ。でも今は揺り籃にいるからリリスは無理だけど、
〝到達者〟としての資格を得たクロア・ノース。
貴方に渇望を叶える力をあげる。だから、一緒に謳おう。
汝の望みを叶えるために。汝の願いを叶えるために。
根源に至る門を開ける為の鍵を、リリスと一緒に謳おう』
リリスは躊躇いを感じさせない無邪気な声でそう言った次の瞬間――
涙を流し続けるクロアは――滅びへと導く呪詛を口にし出した。また、それは神を奉る祝詞でもあった。
「我に宿りし堕天の覇王よ、幻想から醒めよ」
『無垢なる女神たる黒の欠片、統べる者たる無色のリリスが命じる』
「我、万象を制し御する御霊を降す神の器と成りて、神座に至れし者なり」
『汝、新たなる器から神意を喚起せよ、運命の刻を無垢なる世界に刻みつけよ』
クロアとリリスの声に呼応して、《堕星覇王》に填まる黒い宝石がドックンドックンと鼓動と共に輝く。
「願わくは、この世に破壊を、滅亡を、終末を、滅びいく世界に――」
『願わくは、この世に再生を、救済を、創世を、新たなる世界に――』
クロアは終わりを呪文に、リリスは始まりを呪文が続く。
二人の相反する想いを謳に込めて、クロアとリリスの言葉が重なる。
「『祝福があらんことを』」
クロアとリリスの最後の一節を唱える瞬間だった。
突如、クロアの身体が発光し、幾何学的な紋様が浮き出ると、それが光の鎖となって彼女を縛り拘束する。
何が起きた! と僕がこの状況に理解する前に事態は進んでしまう。
「根源ーーーーーーーー」
そして《傲慢》の宝石が激しく閃光を発し、黒い光の柱が天へと立ち昇る。
同時にモノクロの世界が色を取り戻し、長槍の刺突を放っていた老人が黒い光の柱に弾かれ、遠くまで吹き飛んだ。
「ぐあっ!? なんじゃ一体、――何が起きた!?」
驚愕した声を漏らす老人は、空中でくるりと姿勢を立て直し、地面に着地。すると、
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッッ!!!!
低い音を響かせながら地面が激しく揺れ、黒い大地が裂けた。更に、ドゴーン! と轟音を響かせ、地表が隆起し始める。このクレーター全域に大規模な地殻変動が起きた。
そして裂けた箇所、その暗い地の底から赤、桃、青、緑、紫、黄、橙、茶、白、灰、黒、金、銀、銅――視認可能なほど高濃度のマナのオーロラと無数の蛍火が溢れだす。
青空に暗く厚い雲が覆い、その黒い光の柱を起点に渦を巻き。十四色の煌めく蛍火が黒い光の柱に吸い込まれ、巨大な光の御柱へと形成していく。
黒い光の御柱から六対十二枚の翼と逆十字。傲慢の紋章が浮かび上がり――数秒後、光の柱とともに弾け――
『オオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォッ!!』
天に轟く程の咆哮。彼女の願いがこの世を滅びへと導く存在を世界に誕生させた。
背中に六対十二枚の黒い翼、赤く光る眼、黒いモヤで出来た全長一五メートルを超える人型。そしてその胸元の部分に半ば融合したクロアが虚ろな目をして光の鎖に雁字搦めに囚われていた。
そんな禍々しい化け物が僕と老人の前に降臨した。
――しかし、
「違う……アレ、失敗してる!」
初めてあの化け物を見た筈の僕が呟く。
もし、〝神〟と呼ばれる存在がこの世にいるなら、それは完全なる存在の筈だ。
だが、あれは違う。アレは意思のない力だけの人型。ただひたすら世界に災厄をもたらすだけの不完全な魔神。
何故か自分の胸の奥からそう訴えているように感じた。
すると、そんな僕の言葉を肯定するみたいに長槍に付いた白い宝石がピカピカと輝き、目を見開く老人に危険を知らせる。
「なんじゃ、スー? 何? 異物か何かが干渉して神成に失敗、暴走しているじゃとう!?」
そう知らされた老人は改めて、その異形の魔神をじっと眺める。
赤く輝くその瞳に宿すのは、殺意も敵意もなく――ただ破壊する。そんな意思しか宿っていなかった。
「確かに、アレには理性と言うものは感じん。むしろ本能だけの存在にみえ……ッ!?」
『世界……滅シ………ヤリ直ス……』
魔神が途切れながらそう呟き、一歩踏み出すと、大地が脈動し、地割れが広がり、周囲の地形を変化していく。ついに魔神が世界を滅ぼすために動き始めたのである。
「……これは流石に儂一人じゃ無理じゃのう。援軍を――むっ!?」
そう言って老人はこの場から離れようとした時、魔神の胸元――光の鎖に囚われたクロアの虚ろな目から溢れる涙を目撃して足を止めた。
――するとそこに、
『一人ハ……モウ……嫌ジャ……母様……師父……シロ………』
魔神から発する囚われたクロアの本音。それを聞いた老人は神妙な面持ちで問う。
「…………スー、あの暴走状態が続いたら、あの子はどうなるんじゃ?」
すると槍に付いた白い宝石はしばらく沈黙した後、ピッコンと宝石を閃く。
「そうか………はあ、やれやれじゃ」
老人は深い溜息を吐くと、懐から薄い水色の液体が詰まった試験管を取り出す。
あれは確か、魔力を回復する効果がある魔力回復薬。
「……儂は子供が好きでのう。特に子供達の笑顔は未来への希望と思っておる。だから、儂は帝国との戦争に反対したんじゃ。もう国は十分、豊かだと無駄に戦う必要ないとな」
老人がそう愚痴りながら、それを飲み干し、空の試験管を地面に捨てた。
「戦争が起きれば、人は死ぬ。そうして一番被害に遭うのは力のない子供達じゃ。親を失い、住む場所を失い、路頭に迷う。この世の中、子供が一人で生きていくことが出来ん。……儂はそれを防ぎたかった……だが、結果はこれじゃ」
パッリン、とガラスが割れる音を響かせ、老人は魔神と向き合う。
互いの距離は約百メートルぐらいだ。
「戦力を多く失った以上、この国は遠からず滅亡するじゃろう。ならば、滅びゆく国の大将軍として儂は最後ぐらい泣いておる子供一人救ってやるわい。それが聖王具--」
かつてカムラン渓谷に向かう前、僕は渓谷にある鍵についてジャン達から聞いたことを思い起こす。
百年前、エノク大陸北方では〝六十年戦争〟と呼ばれる戦乱の時代。
とある大国がある小国が所有する至高の宝を求めて、戦争を仕掛けたそうだ。
かの小国の戦力では、大国に対抗出来ずに滅亡に危機に瀕していた。ところが、ある日。その国にふらりと一人の武芸者が現れた。
彼はかの国の至宝に選ばれ、大国との戦争に参戦。並み居る英傑達を打ち破り小国に勝利をもたらし、小国だった国を大国へと成長させた――今なき亡国の大英雄。
「《希望》に選ばれし七徳大聖――アルサス・カーディフの流儀じゃ!!」
またの名を〈千変槍仙〉アルサス。
ミルトスの歴史に名を残す英雄であり、そして――
歴史上、十人しか現れなかった王者級クラス――《赤城王》でもある。
「すまんがスー! くだらん陰謀に利用され、泣きじゃくる迷子の小娘を救う為に、儂の我儘に付き合ってもらうぞ!」
《希望》の宝石が、任せろというみたいにキランと光る。
アルサスは魔神に対し《希望》の矛先を寝かせ、身体を斜に構えた。
今、僕の眼前にいる老人は――ある意味、自分達の先輩に当たる人物だった。
最後まで読んで頂き有難うございます。次回、《赤城王》の能力が明らかに。ある意味でクロアと因縁があります




