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色彩のファンタジア ~ 白と黒の英雄讃歌 ~  作者: 小塚 正大
第一章  最弱の白と最強の黒
20/32

白と黒の序曲 《中編》

改稿させて頂きました。

 

 巨大な蛇の魔獣、ミドガルズオルムの放つ圧倒的な存在感に――

 アレはヤバい、と雪妃はそう感じた。

 咄嗟に手に持つ長杖型魔導具(マーリン)を地面を突く。すると、足下に薄い青色の円環。精密な文字と図形の魔法陣が浮かび上がる。


 〝魔法陣〟――術式の制御や安定化、威力強化その他色々(いろいろ)、魔法を使用する上で様々な補助・効果をもたらすマジックユーザー系クラスの代名詞(だいめいし)とも()われる特殊スキルだ。


 その魔法陣の上で魔法の威力を増幅しつつ、私は呪文に多くの魔力を込めて素早く詠唱する。


「氷河よ・防壁となりて・かの敵を阻め――『大氷壁』!」


 ミドガルズオルムがいる地面に魔法陣が浮かぶ。そこから高さ四十メートルの巨大な氷の壁が、魔獣(ミドガルズオルム)の四方を包み込むように生まれた。

 そして氷属性魔法『大氷壁』の中にミドガルズオルムを閉じ込めたのち、「はぁはぁ」と息を漏らしながら私は告げた。


「みんな、今すぐ撤退よ! アレは今の私達じゃ手に追えない相手よ。氷壁がある内に早く!」 

「そこの白魔女の言う通りだっ!? 奴は三十人の白銀(シルバー)級――熟練冒険者パーティーを全滅させた程の魔獣なんだぞ!?」


 這いつくばるシャルバがその大蛇の魔獣――ミドガルズオルムの脅威を訴えてくる。

 それを耳にして私は思った。


 ……最悪じゃないそれ! 此処(カムラン)白銀(シルバー)級冒険者の強さってオルレアン騎士団の精鋭と同じぐらいだったはず。


 それにこの三馬鹿。確か自分達よりも先にカムラン渓谷に探索していた筈だから、言っていることは事実なんでしょう。


 シャルバ達は一ヶ月前――あの騒動が国王の耳に入り、怒りを買ってしまった。その際に三人は国王から罰として、このカムラン渓谷にある貴重な素材を幾つか採集してくるように命令されたらしい。

 ちなみに、罰の内容(素材のリスト)を知るダリアによれば「愚弟(ぐてい)のひん曲がった根性を叩き直すのに丁度良い、おまけに()い社会勉強にもなるな!」と絶賛していた。……一体どんな罰なのよそれ。 


 とはいえ、今はこの状況を打破することが先決だろう。

 頬の一筋の汗を垂らし、私はてきぱきと皆に指示を伝える。


「桃子と蓮花、秋吉君は先行して魔物を排除しながら退路の確保! 直樹君は私の護衛とバカ王子の運搬して、和馬と白夜君は悪いだけど殿(しんがり)をお願い!」

「任せてユッキー!」

「了解!?」

「おい委員長!? お前……」

「……………」

「どうしたの蓮花?」

「ふ、安心しろ雪妃! あんな奴、俺の《正義(ユスティツィア)》で倒してやる!」


 私の指示に、皆はそれぞれの準備をし始める。

 桃子は携帯する砲銃型魔導具アイザック・ニュートンの具合を確かめながら、


「レンカっち、オタ吉! あたしの【索敵】でより魔物が少ない道を突き止めるから、三人で協力して魔物を倒していくわよ!」

「倒すのはいいけどギャル子、その逃げ道に目印を残さないと二人が迷うだろ!」


 秋吉君に指摘され、桃子はきまり悪そうに目を泳がせる。


「うぐ!? わ、忘れていただけでしょ! 目印は今、考え中だったのよ!?」

「なにやってだよ。まったく仕方ないな、ボクの【死霊術】でフォローしてやるから感謝しろよ!」


 秋吉君は勝ち誇る笑みを浮かべた。

 それを見た桃子は悔しそうな表情で拳をプルプル握り締め、


「うぐぐぅ……あんた、絶対さっきのこと根に持っているでしょ!」

「さあ、なんのことだギャル子? それよりも早くスキルを使えよ!」

「………後で覚えてなさい――『索敵』」


 恨み言を呟き桃子は目を閉じて、スキルを発動させる。

 周囲にいる魔物達の気配を注意深く探っているようだ。

 いつもの二人のやり取りねぇ、と眺めている私に、苦笑しながら直樹君が歩み寄ってきた。


「ったくあいつら………で委員長、なんでオレがデブ王子を運ばなきゃいけねぇんだ?

 三馬鹿なんてあの魔獣の囮にしちまえばいいじゃねぇか」

「私もそうしたいけど、一応アレでもこの国の王太子よ。助けておけば国王に恩が売れるわ。そしたら白夜君に関して譲歩させるつもりよ、蓮花の幸せの為にね」

「へいへい、相変わらず仲のよろしいことで………もっとも、その肝心のお嬢はここに残るつもりだぜ」


 呆れた笑みを浮かべ、直樹君は《ベオウルフ》を背中の鞘に仕舞い、ある方向に顔を向ける。そこには氷壁に《ジャンヌ・ダルク》を構え、戦いに備える蓮花の後ろ姿が見えたのだった。


「………蓮花は私が説得するから大丈夫よ。直樹君も撤退する準備をしてくれる」

「ああ、分かった。あー、それとな」

「どうしたの?」


 頬をポリポリとかきながら直樹君は照れ臭そうに言った。


「……今のオレなら、委員長やデブ王子を二人まとめて運べるぜ。顔色が悪ぃんだからあんまムリするなよ」

「あら、直樹君は意外と紳士だったね」

「茶化すなよ委員長!? お前、無理してあんな大規模な魔法を使ったんだろう?」


 ほんとよく見てるわねえ、と私は観念して今の状態を直樹君に告げた。


「ええ、お陰様で私の魔力はもうほとんど残っていないわ。多分、撤退している最中に直樹君にお世話になるかしら」

「まあいいぜ。ただ和馬の奴が絡んできたら対処を頼むぜ。あいつ最近、調子こいてるし」

「……白夜君から聞いてるわ。でも、今は無視しておいてアレの鼻っ柱はいずれ叩き折る予定だから」


 おっかれえな、と苦笑い浮かべる直樹君。


「じゃあ蓮花のところに行ってくるわね」

「おう、お嬢を頼むぜ!」


 ええ、と返事をする私は、《ジャンヌ・ダルク》を構える蓮花の背後から近づき問いかける。


魔導具(レリック)を構えて何をしているの蓮花? 貴方は桃子と秋吉君の二人と一緒に先行する筈でしょう?」


 振りかえる蓮花、その瞳には決意を炎が揺らいでいた。

 そんな蓮花は私を見据え、


「…………ユキちゃん、私、ここに……」

「ダメよ、蓮花!」


 やはり、と私はその言葉を口にする前に遮った。


「――ッ!? なんでユキちゃん! ここで私が白夜君やカズくんと一緒に魔獣と戦った方が、二人が生きて帰れる可能性が高くなるんだよ!」

「蓮花は私達に死ねって言うの!」

「え?」


 いきなり私に怒鳴られて蓮花は目を丸くする。


「正直に言うわ蓮花、今の私には戦闘に参加できる程、魔力が残ってないし、今でも倒れそうなくらいつらいの。だから逃げる際は直樹君に運んで貰うことになるわ。そしたら前衛は貴方以外いなくなる……この意味が分かる?」


 それを聞いて蓮花は目を泳がせた。必死にこの場に残る理由を探しているようだ。


 ……ごめんさい蓮花、白夜君を助けたい貴方の気持ちは分かるわ。でもこの人選が撤退するための適材適所なの。


 私は目の前で辛そうな表情をする蓮花に心の中で謝った。


 前衛――直樹君、和馬、蓮花。

 中衛――白夜君。

 後衛――雪妃、桃子、秋吉君。


 このメンバーで大蛇の魔獣(ミドガルズオルム)を足止めしながら、無事に生還できる可能性があるのは――聖王具(アーク)を持つ和馬と多才な技能(スキル)を保持する白夜君だけだと私は判断した。


「で、でも桃子ちゃんや秋吉君だって、此処に来るまでに魔物を沢山倒しているし、【ステータス】だってすごく上がってるよ! だから、私がいなくても大丈夫だよ!」

「後衛職の二人に、お荷物がいる状態でカムランの街に辿り着ける程、この魔境(カムラン渓谷)生易(なまやさ)しくないって蓮花も分かってるでしょう?」


 私のその指摘に蓮花は言葉をつまらせ、


「うぅ!? で、でもカズくんはともかく、白夜君は私達の中で一番弱いんだよ!? だから、ユキちゃんお願い!」


 目に涙をためて、悲痛な声を響かせる。

 そんな蓮花に、私は安心させる微笑みを浮かべ、


「安心して蓮花、私だって解決策を考えているんだから、そこの三馬鹿のAとB!」

「自分はオルガです、白魔女殿!」

「同じくライクですよ、白魔女! 私はそんな変な名前じゃないです!」


 自分達の近くいたシャルバの取り巻き、大柄の少年(オルガ)小柄の少年(ライク)が抗議してきた。


「今はそんな事どうでもいいから貴方達、一人で動けるかしら?」

「どうでも!? ……いや、今は非常時ゆえに仕方ないか、自分はまだ動けます!」

「私も動けるますが何故、そんな事を聞くですか白魔女?」


 さっきから、なんでこいつら私を白魔女って呼ぶのかしら?

 まあ、見た目が魔女みたいだから呼んでいるのだろう。


「話を聞いていたようだし単刀直入に言うわ。貴方達は殿(しんがり)に参加して(もら)うわ!」


 ビシッと私は取り巻き二人に(ゆび)()し。


「元々、私達を巻き込んだのは貴方達なんだから責任を取って手伝いなさい! 拒否は一切認めないから!」


 私の余りの理不尽な物言いに、絶句する二人。


 ……ここで従わないようなら、私達全員が逃げる為の囮になって貰うわ。


 と、考え睨みつける私に、素早く立ち直ったオルガは地面に転がる自分の槍を拾いあげた。


「………分かった。殿しんがりには自分が参加しよう、ライク! お前はシャルバ様と共に撤退しろ」

「オルガ! お前………済まない」

「いや、ライク。お前も殿(しんがり)を手伝え」

「シャ、シャルバ様!?」


 突然、横から命令するシャルバ。困惑するライクを手を振り招き寄せ、周囲に聞こえないように二人だけ小声で話し合い頷いた後、戻ってきて――


「し、白魔女! やはり私も殿(しんがり)を参加します!」

「………………」


 薄い笑み浮かべたライクは杖をぎこちなく握り締めてそう言った。


 ……明らかに何かを企んでいるわね。


 でも彼を入れた方が白夜君や和馬が生き残る可能性が高くなる。――メリットを考えれば。

 急に心変わりをするライクを疑う私だったが、ピシッと氷壁の一部にヒビが入り、そして断続的に氷壁から聞こえる打撃音に、疑うのを後回しにした。


「………良いわ。貴方は三人の援護して、白夜君! このメンバーのリーダーは貴方に任せるわ!」

「委員長!? ……分かったよ。なんとかやってみる!」


 段々とヒビが広がる氷壁に、槍を構えながら白夜君は頷き肯定する。

 その指示に納得できないのか、和馬が文句を言ってきた。


「雪妃! 撤退なんて必要ない、奴は俺が倒すッ! だから天城に任せる必要なんてない!」


 不機嫌そうに和馬は《正義(ユスティツィア)》を構える。それを目にした私は不安を感じてしまう。

 私が申し訳なさそうに白夜君に顔を向け、


「……白夜君、悪いけどアレの手綱をお願い。最悪、どんな状態でも良いから生きて帰って来てちょうだい」

「はは、大丈夫だよ委員長。もしもの時はこれを使うから」


 白夜君は頬を緩め、腰のアイテムポーチから大きなビー玉を取りだし、私に見せたのである。ビー玉から魔力を感じ、何か魔法を付与されいるのようだった。


「それって魔道具(マジックアイテム)かしら?」

「うん、ゼル爺からもしもの時にって貰った撤退用の魔道具(マジックアイテム)だよ。これがあれば大丈夫だから蓮花は先に行ってて、後で追いかけるから」


 ビー玉の魔道具(マジックアイテム)をポケットに入れ、蓮花に優しい微笑みかける。

 白夜君の微笑みを見て蓮花は頬を赤く染め、恋する乙女の顔で大斧槍(ジャンヌ・ダルク)を握り締めながら素直に頷く。


「白夜君………うん! 私、先に行って白夜君が無事に帰れるように安全な退路を確保して来るね。だから約束して絶対に帰って来るって、その時にあの時の答えを聞かせてくれる?」

「ええっと………うん、約束するよ」


 白夜君が頬を掻きながら首肯(しゅこう)すると、さっきまで泣きそうだった蓮花は嘘みたい上機嫌になる。


「えへへ、そうと決まったらユキちゃん! 早く行こう!」


 と、アッサリと手のひらを返す蓮花。

 それを見て私は笑顔で額に青筋を浮かべる。


 ……さっきまでのやり取りは、一体なんだったのかしらこの子は!


 内心イラついたが、現状を考え、その気持ちを無理やり抑え込んだ。

 そこに和馬も白い歯を見せて、


「雪妃、俺は絶対にお前の元に帰ってくる。だから先に行って待っていてくれ!」


 そんな露骨な台詞(せりふ)を言ってきた。


「……………………」

「雪妃、俺は絶対にお前の元に帰ってくる(キラーン)」

「それじゃあ、私達は先に街まで撤退するから白夜君………ライクだったかしら、そいつに気を付けて」


 ウザイくらいアピールする和馬を無視して、私は不安そうに白夜君に忠告する。


「う、うん、なるべく用心しておくよ」

「それならいいわ、白夜君。和馬をお願いね。無茶しちゃ駄目よ」

「白夜君、絶対に生きて帰って来てね!」


 無事を祈り私と蓮花は去っていく。

 その間、和馬はずっと私に熱のこもった視線を送っていた。

 少し歩いた私達は、秋吉君と桃子、シャルバを抱える直樹君に合流する。


「ユッキー、いつでも行けるよ!」

「そう、じゃあカムランの街に撤退するわよ!」

「おい、貴様! もっと俺様を丁寧に運べぇ――痛いぞ!?」

「………おい、委員長。やっぱこいつ、ここに置いていこうぜぇ」


 シャルバを引き連れ、私達は騒ぎながら、森に向かって撤退していく。

 森の中をしばらく進んでいると、後方(こうほう)から氷壁が砕ける音と、


「シャアアアアァァァァァッッ!!!」


 怒り狂うミドガルズオルムの雄叫びが聞こえてきたのである。



 ◇ ◆ ◇ 



 氷壁を砕き、ミドガルズオルムはゆっくりとうねりながら砕いた壁の穴から這い出てくる。そして白夜、和馬、オルガ、ライクの前にミドガルズオルムは威嚇しつつ、その巨体を現す。


 怒り狂う巨大な大蛇(ミドガルズオルム)は口を開けた。人を丸飲みに出来るほど大きさだ

 それを目にした白夜は恐怖と戦慄を覚えた。


「……とっとと倒して雪妃達と合流するぞ! ――『審判を降す(ジャッジメント・オブ)正義の剣(・ジャスティス)』」


 そんな白夜の近くで、和馬は《正義(ユスティツィア)》を地面に突き刺し、魔導技(アーツ)を発動させる。

 次の瞬間、《正義(ユスティツィア)》を中心に橙色のドーム型フィールドが形成と同時に橙色に輝く巨大な光の剣と無数の光剣が空中に生み出された。


「なぁ!? 和馬君! なんで魔導技(アーツ)を――まだ魔獣の能力すら分かっていないのに切り札を使うんだ!?」


 橙色に光るフィールドの中、(まだた)きを忘れた白夜がそう訊くと、和馬はフンと鼻で笑う。


「なにを言ってんだ天城? 魔獣の能力なんて出される前に倒せばいいだろう。

 ………それに俺はお前の命令なんて聞きたくないんだ」

「命令って!? 僕は別にそんなつもりないよ! 僕はただみんなが無事に逃げる為に」


 白夜はそう訴えた。しかし、和馬は胡乱(うろん)な目つきで自分の顔を眺めた。


「みんなの為? 自分の為じゃないのか天城? 誰かに助けられてばかりの弱いお前が、格上である俺よりも上だって見返したいだろう?」

「何を言って!? 僕はそんな思った事なんてないよ!?」


 白夜がそう言うと、「はぁ?」と和馬は苛立ったように叫んだ。


「嘘をつくなよ! だったらなんで強くなろうとする、この世界は力こそが全てなんだッ! 下級(コモン)クラスであるお前がどんだけ頑張ったところで、王者級(レジェンド)クラスであり七徳大聖(トクベツ)な俺に敵うわけがないんだよ! ――こいつみたいに」


 和馬が腕を降り下ろすと、空に浮かぶ無数の光剣の一つがミドガルズオルムに突き刺さる。それを合図に次々と橙色の光剣が刺さっていく。

「シャアアアァァァ!?」と悲鳴を上げるミドガルズオルム。

 やがて、無数の光剣が身体中に串刺した状態で地面に倒れ、動かなくなった。


「おおお!? さすがは〈正義(ユスティツィア)〉様だ! あのミドガルズオルムを一撃で倒すとは」

「ああ………そうだな。だがしかし、この程度の相手に白銀(シルバー)級の冒険者達が?」


 和馬が魔獣を瞬殺した事に、オルガとライクは喜び騒いでいた。


 そんなミドガルズオルムを、チラリと確認し和馬は《正義(ユスティツィア)》を引き抜くと、魔導技(アーツ)から生み出された光剣が全て消えた。

 そのまま和馬は白夜に《正義(ユスティツィア)》を突き付け、


「これが俺とお前の力の差だ………天城。一度だけ言う、この国から去れ。下級(コモン)クラスであるお前はいずれ俺達の足手まといになる」

「――ッ!? 確かに僕は下級(コモン)クラスで弱いけど、それでも必死に修練して強くなった! そのお陰で多くのスキルを使える。だから、みんなの足手まといになんてならないよっ!!」


 白夜の訴えに、和馬は《正義(ユスティツィア)》を突き付けながら首を横に振る。


「いいや、もうなってるだよ天城。多くのスキルと言っても所詮は下級(コモン)クラスのスキルだろう? それにこの国の価値観(天職階位至上主義)じゃ、どう頑張ってお前の居場所なんてないんだ」


 図星を突かれ、グゥと押し黙る。


「だから、無理せず別の国でやり直せば良いじゃないか? 今の天城にはそれができるだろう?」 


 そう優しく語りかける和馬。だがその言葉は――

 何故か自分の心に響いてこなかった。


「…………確かに和馬君の言う通り、今の僕ならオルレアン王国でなくても他国で生きていける」


 それなら、と和馬は嬉しそうな表情をする。

 そこに顔を伏せる白夜は自分の中にある想いをぶちまける。


「それでも! 僕はみんなの側に居たい! 直樹、秋吉、ジャン、ジルバート、ゼル爺、ダリア、桃子、蓮花、雪妃(・・)、此処で出来た掛け替えのない仲間達と一緒に居たいんだ。もちろん和馬君も――え?」 


 そう反論して顔を上げると、和馬がわなわなと肩を震わせ、増悪(ぞうお)を宿す目で白夜を睨み付けていた。


「雪妃だと……! お前は蓮花だけじゃなく雪妃までも俺から奪うつもりか天城ッ!?」 

「え? え? な、何を言って!?」


 なんのことか分からず白夜は戸惑ってしまう。


(なんでここで委員長が出てくるの!? それに蓮花とはまだ恋人でもないのに)


 どうも和馬は壮大な勘違いをしているようだった。


「「――ッ!?」」


 その和馬あまりの豹変ぶりに、白夜だけじゃなくオルガやライクすらも、そんな彼から距離を取った。


「人が優しくしてりゃぁつけ上がりやがって! 目障りなんだよ天城! 弱くて何もでない癖に――」


 喚き散らす和馬は段々とヒートアップしていく。


「学校の時だってそうだ! 地味で存在感がないのに、なんで蓮花や雪妃はお前ばかり味方するだよ! さっきの事だって普通、リーダーは聖王具(アーク)に選ばれた俺だろう。なんでテメェなんだ、天城ッ!」


 ハアハアと息を切らせた和馬。貯まっていた不満を吐き出したお陰で、少し落ち着きを取り戻していた。


「……だから、失せろよ。俺達の前から、お前の居場所なんて初めから無かったんだ」

「――!? 僕は………」


 和馬の言葉が、白夜の胸に突き刺さり、左手で痛む胸を押さえる。

 それでも呼吸が乱れ、いまにも泣き出しそうだった。

 何も言い返さない白夜に、和馬は心底、失望したような眼差しで見つめてくる。


「………ここまで言われたのに何も言い返せないだなお前。やっぱり蓮花を守れ……」


 和馬が何か言っているようだが、今の白夜の耳には入ってこなかった。


(……また、そんな目で僕を見る)


 元の世界。努力する自分に期待しておきながら勝手に失望していた連中と同じ目で。

 天才の()(紅葉)に比べられていた時の辛い記憶(トラウマ)が甦ってくる。

 和馬のその眼差しに逃れようと、白夜は目を逸らす。

 すると、倒した筈のミドガルズオルムのギョロりとした目が合う。


「……え?」


 傷だらけのミドガルズオルムはゆっくりと頭部を上げ、和馬の背後を取ると喉を膨らませる。

 白夜は復活したミドガルズオルムに気付いていない和馬に呼び掛ける。


「和馬君! 後ろ!?」

「はぁ? 後ろがどうし―――なぁ!?」


 和馬が後ろに振り向いた瞬間、ミドガルズオルムの口から紫色の息を吹きつけられた。その紫色の息を吸い込んだ和馬は――


「ゴホッ! ゴホッ! この程度で――」


 咳き込みながら《正義(ユスティツィア)》を構えようとするが、


「ゴフッ!? ……え? 血、まさか毒―――オェエエェェェ!?」


 猛毒の息によって和馬の口から血を吐き、地面に膝をつく。

 同時にその紫色の息――猛毒を浴びた周りの草や地面が腐り果てていく。

 咄嗟に白夜は片腕で口を塞ぎ、猛毒の息を吸い込まないようしながら、ミドガルズオルムに目を向ける。


 そこには身体の傷が徐々に塞がっていき、無傷の状態となったミドガルズオルムの姿があった。


「傷が!? まさかこいつの能力って再生能力だったの!?」

「おまけにこの猛毒の息もですよ。ハリボテ勇者、道理で白銀(シルバー)級の冒険者が全滅する訳です」

「ああ、ライクの言う通りだ。本来ならあの毒息を直撃を受けたなら即死するが」


 白夜と同じように口を片手で塞いだライクとオルガが近寄ってきた。

 この二人は、和馬と距離を取っていたお陰で、猛毒の息から(まぬ)れていたようだ。


「〈正義(ユスティツィア)〉様はまだ生きておられる。流石は王者級(レジェンド)クラスだ……だが、このままではいずれ………」


 そう言ってオルガは振り向き、徐々に顔色を悪くし(ひざまず)く和馬と獲物を弱るのを待つミドガルズオルムを見据えた。


 ゴックンと、白夜はツバを飲み込んだ。


『ライクだったかしら、そいつには気をつけて』


 そこに、雪妃の忠告が白夜の頭によぎる。


(……委員長、ごめん)


 心の中で、自分の身を案じてくれた彼女に謝った。


「………ライクとオルガだっけ、悪いけど和馬君を助けるために僕に手を貸してくれる?」


 白夜がそう言うと、ライクが問いかけてきた。


「……具体的にどうするですハリボテ勇者?」

「オルガ君、君は槍を持ってるから【加速】は使えるよね?」


【加速】――自身を移動速度を瞬間的に倍の速さに上げるスキルである。


「ああ、可能だ」


 オルガは頷き肯定する。


「なら僕が魔獣の気を逸らすから、オルガ君はその間に和馬君を助けて。ライク君は防壁系魔法で壁を作ることは?」

「……出来ます」

「じゃあオルガ君が和馬君を助け出した後、僕が合図したら防壁魔法をお願い」


 そうお願いすると、難しい顔をしつつライクはある提案をする。


「ハリボテ勇者………魔法を使うタイミングはこっちに任せて貰えませんか?」


(……確かに、魔法を使うタイミングを(はか)るなら彼の方が適任だろう………)


 少し不安げだったが白夜は頷き、


「……うん、お願いするよ」


 その提案を受け入れた後、白夜は二人から離れ、ミドガルズオルムに気付かれないように側面に移動した。

 オルガは持っていた槍を棄てて、いつでも走れるように。

 ライクは雪妃達が作った退路の側で魔法陣を展開し、詠唱をする。


 そして槍を片手で持ち、白夜はいつでも投擲できるように構え、


「じゃあ、始めるよ――『投擲』!」


 白夜の手から放たれた槍は真っ直ぐに、ミドガルズオルムの右目に突き刺さる。


「シャアアアアァァァ!?」

「今だ! オルガ君」

「おおおお! ――『加速』」


【加速】によって一時的に素早くなったオルガは、ぐったりと意識がない和馬をお姫様抱っこで救い上げた。その後、急いでライクの方へ駆け出す。


 そして白夜も駆け出そうと一歩、踏み込んだその時だった。


「火炎よ・防壁なりて・敵を拒め――『ファイアウォール』」


 ライクの魔法が発動。炎の壁がお姫様抱っこで和馬を運ぶオルガの後ろの地面から吹き出す。

 全てを赤く染め燃やし尽くそうとする赤壁が、ミドガルズオルムの追撃を遮った。

 この窮地から脱出する絶好の好機(チャンス)が訪れる。


 ただし――


「うそ、なんで! まだ僕が残ってるのにっ!?」


 ――――白夜、一人を取り残して……。


「ライク、キサマァァァァッ!」


 立ち尽くす白夜の耳に、炎の壁の向こうからライクとオルガの言い争う声が聞こえてきた。


「これはどういうことだっ! まだ向こうに彼が残っているんだぞ!」

「落ち着けオルガ!? これはシャルバ様の(めい)であり最善の策なんだ!」

「策だと? それにシャルバ様の(めい)といったい?」


 炎の壁が木々に燃え移り始める。周りから黒い煙が立ちのぼり、焦げ臭さが充満する。


「い、今はそれよりも此処(ここ)から逃げるぞ! ほら、〈正義(ユスティツィア)〉様を早く治療せねば死んでしまう……オルガ、お前にだってハリボテ勇者の命と〈正義(ユスティツィア)〉様の命、どっちが重いのか分かるだろう?」


 そんな中、ライクが焦った声で言った。

 しばらく沈黙するオルガ。そして気まずそう口調で、


「………確かに、〈正義(ユスティツィア)〉様の方が大切だ―――だが」

「……その〈正義(ユスティツィア)〉様は彼を消えることを望んでいたんだぞ。なら囮にしたとしても問題ないだろう? それでもまだ不服なのか?」

「……………………いや、ない」


 長い沈黙の果てにオルガが肯定する。ただその声音は不承不承(ふしょうぶしょう)という感じだった。


「……すまんなライク、行こう」

「ああ! 早くしないと彼が魔獣に食われしまうからな」

「…………………済まない」


 オルガがそう最後に言葉を残し、燃え盛る壁の向こうから二人の気配が遠退いていくのであった。

 二人に囮にされ、立ち止まる白夜。そこに、


「シャシャシャアァァ」


 ミドガルズオルムは嘲笑うかのように、大きな口から二又に別れた長く赤黒い舌をチョロチョロと出し、見つめてくる。


「…………………」


 白夜はポケットに手を入れ、周囲をゆっくり見回す。


 前には、炎の壁。周りの木々に激しく燃え広がり退路を塞ぎ通る事ができない。

 右には、潰れた右目が再生したミドガルズオルムが居座り待ち構えいる。

 左には、森があるがスキル(【予感】)が警鐘を鳴らす、逃げてもすぐに追い付かれるだろう。


(――なら残りは………)


 奥歯を噛み締め、震える手を握る、恐怖で乱れた呼吸を整え、決意を固めた。


「………僕は生きてみんなの元に帰る、そう蓮花と約束したんだ! 我が身に・素早さを――『スピードアシスト』」

「シャアァ?」


 支援魔法を掛ける白夜を不思議そうに眺めるミドガルズオルムに、


「だからお前になんかに食われってたまるか、食らえ!」


 ポケットからビー玉――ゼル爺が作った魔道具(マジックアイテム)《閃光玉》を取りだし投げつける。

 ミドガルズオルムの鼻先に当たり、弾かれた瞬間。

 ドッカン! と《閃光玉》から強烈な光と大きな爆音を響かせた。

 《閃光玉》、それはかつて白夜が元の世界にある兵器―― 閃光手榴弾(スタングレネード)の原理を教え、ゼルが再現した魔道具(マジックアイテム)だ。


「シャアアアァァァァ!?」


 閃光で目を焼かれ、暴れまわるミドガルズオルム。


「今だ――『加速』!」


 その隙を突いて白夜はスキルを使いカムラン渓谷の奥へ、猛然と走り始めた。


 

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