博士と名のつく男の話
さて、みんな寝ちまったことだし俺もやるべきことをしようかね。ガウス博士は… 隣の部屋にいるな。明かりが漏れてる。
「ガウス博士、ちょっといいか?」
「すまんが、今手が離せなくてな。このままでいいなら聞くぞ。なんだね?」
「俺が前世で科学者やってたことは知ってるよな?学園長から少しくらい聞いてるはずだ。」
「ああ、もちろんだとも。それがどうかしたかね?」
「俺が聞きたいのはそこじゃない。あんたのことだよ、ガウス博士。学園長は人間じゃないから突っ込むだけ時間の無駄だろうが、あんたは人間だ。なのにここで科学を研究している。王国管理局の許可が出る前は禁忌だったことを、あんたはなぜやってるんだ?」
何も答えないな。しらばっくれるつもりか?もうちょい突っ込んで聞いてみるか。
「もっと言ってやろうか?魔導士でもないあんたが魔導学園に作られた隠し部屋で大精霊と一緒に禁忌を研究してるのはおかしいって言ってるんだ。ここにいるのが俺だけならあんたが敵だろうが味方だろうが構わない。だが、俺はあの子たちを守らなきゃいけないんだ。だから教えてくれ、あんたが信頼できる人間なのかを。」
ガウス博士は作業の手を止め、こちらへ向き直った。その表情は怒りでも悲しみでもなく、どこか嬉しそうだ。
「君と同じことを50年前のあいつも言っていたよ。まさか2度もこんなことを言われるなんてな。」
「あいつ?」
「学園長だよ。わしとあいつは50年前、俺が教員としてここに来た日に出会ったんだ。始めはなかなか信用してもらえなくてね。女学園に男性教員がー、とか、僕の立場を取られるー、とか言っててさ。」
「学園長は昔から変わんないのな…」
「ある時わしは聞いたんだ。どうすれば信用してくれるのか、ってな。そしたら、『僕が信用しないのはあなたが何も教えてくれないからですよ。僕は生徒たちを守らなきゃいけないんだ。だから、あなたが信用に値する人間かどうかを教えてください。』って言われてしまって。あの時反省したはずなのに、また同じ間違いを繰り返してしまったな。」
そうか、どこか嬉しそうだったのは俺に過去の学園長の姿を重ねてたってわけか。でもなんかやだな、あんなのと一緒にされるの…
「それで結局、何て答えたんだ?」
「ああ、確か… 『俺を信用するかどうかは俺の行動を見て決めてくれ。それだけの仕事はするつもりだ。』って答えたんだ。あの時のあいつの顔、今思い出しても笑えてくるぞ。まぁそのせいで、今もわしはあいつの助手として働かされてるんだけどな。」
「ずいぶんとかっこいいこと言うじゃないか。」
「君の質問に対する答えも、これでいいかな?」
「十分だよ。じゃあ早速だが、一つ頼んでもいいか?3人とも疲れ果てて寝ちまってさ。風邪ひくかもしれないから毛布か何かを貰えるとありがたいんだが。」
「お安い御用だよ。さあ、こっちへ。」
最初は無口なじじいだなと思ってたが、そうでもないらしいな。3人に毛布をかけてあげた後、俺たちは実験室ではなくさらにその奥の仮眠室へ向かった。お互い科学について話し合える相手がいないせいかめちゃくちゃ話が弾んで、俺たちは夜がふけるのも忘れて話し込んでいた。
「うーん… はっ、あれ?ここは…」
「おはよう、カノンちゃん。」
「あ、イリアス君おはようございます。寝起きなんであんまり顔を見ないでください…」
「他の2人はまだ寝てるし、顔でも洗ってきたら?」
「そうですね。行ってきます。ふぁぁ… 眠い…」
カノンちゃんはトイレの方へ歩いて行った。もう8時だし、そろそろこの2人も起こすべきか?あ、勝手に起きた。
「ああ、あたしたちいつの間にか寝てたみたいだね…」
「こんなところで突っ伏して… ちょっと見苦しかったかもな。」
「2人ともおはよう。まぁ疲れてたんだししょうがないと思うぞ?」
「おはよう、イリアス君。あれ?カノンは?」
「カノンちゃんなら顔洗いに行ってるから、2人も行っておいでよ。」
「そうさせてもらうわ。」
2人も席を外した。全員起きたことだし、そろそろガウス博士のところへ挨拶でもして帰ろうかね。
「ガウス博士、起きてるかー?」
あれ?おかしいな、返事がないぞ。つい30分前まで起きてたからまだ起きてると思ったのに。寝てるのか?
「ガウス博士、俺たちそろそろ帰るから挨拶を…」
俺の目には到底信じられない光景が飛び込んできた。体が勝手に震えて力が入らない。目を逸らしたいと思うほど注視してしまうその視線の先には………頭から血を流して倒れているガウス博士の姿があった。
「おい!ガウス博士!しっかりしろ!」
俺は近くに駆け寄って耳元で叫んでみるが、ガウス博士はぴくりとも動かない。
「あんまり得意じゃないが、やってみるしかないか!」
俺はガウス博士の傷口に回復魔法をかけ始めた。緑色の光が患部を包み込む。でも、いくら傷が塞がろうと、失った血液まではどうにもならない。頼む、間に合ってくれ!
しばらくして、ガウス博士がうっすらと目を開けた。
「気が付いたか!いったい何が…」
「イリアス君… 気をつけろ… この学園には裏切り者が… 研究資料を守るのに必死になったばっかりにこのざまだ…」
「誰かに襲われたんだな!?」
「学園長に伝えてくれ… 半世紀の付き合い、楽しかったぞ…と…」
ガウス博士はそのまま目を閉じ、二度と開くことはなかった。彼の体から体温が奪われていくのを感じながら呆然としていると、ドアが開く音が聞こえた。
「ただいま戻りましたー。あれ?イリアス君、どこにいるんですか?そっちの部屋ですか?」
「来るな!!」
「え?え?どうしたんですか?」
「その声はカノンちゃんか… 悪いけど、学園長を呼んできてくれ。いなけりゃ誰でもいいから先生を連れてきてほしい。」
「わかりました!なるべく早く戻ります!」
俺がもっと周りに気を配っていれば… あと10分でも長く話していれば… こんなことにはならなかったかもしれない… せっかく仲良くなったってのに… くそっ!!




