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私を殺した王子の叔父に嫁いだら、契約夫の溺愛が止まりません  作者: 鷹居鈴野


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第31話 玉座の前の裁き

 夜明けの玉座の間は、冷たい石の匂いがした。


 段の上には、国王アルブレヒト陛下。その前に、縄をかけられたルドヴィク殿下とイゾルデ様が膝をつかされている。両脇には、剣を抜いたままの近衛騎士。


 私はシルヴェスターの隣に立っていた。お腹の子を気づかって、椅子を用意してくださったけれど、座らなかった。この目で見届けたかったから。


 前の私が、死んだ夜の続きを。


「父上!」


 殿下が顔を上げた。髪は乱れ、頬に土がついている。それでも声だけは、いつもの傲慢なままだった。


「これは叔父上の陰謀です! 叔父上は王位を狙っている。俺は嵌められたんだ!」


「ほう」


 陛下は肘掛けに頬杖をついた。


「では聞こう。その陰謀とやらの証拠は」


「それは、竜騎士たちが、俺を裏切って」


「ブランシュ・デュヴァリエ。前へ」


 白い竜騎士の礼装に身を包んだブランシュが進み出た。手には、一通の書状。


「第四王子殿下が私に宛てた、竜騎士団出動の命令書です。三日後に王子邸へ集結せよ、との。署名は殿下ご本人、封蝋も殿下の印です」


「そ、それは偽物だ!」


「殿下の目の前で、お書きになったものですが」


 ブランシュは眉ひとつ動かさない。


「ほかに、こんな一言もいただきました。『目障りなら、側妃は全員殺してもいい』。この耳で、確かに」


 玉座の間が、ざわりと揺れた。貴族たちの視線が、殿下から一斉に引いていく。自分の妃を殺してもいいと言った男の隣には、誰も立ちたくない。殿下のまわりだけ、床がぽっかりと空いた。


「次。アンブロス殿」


 祖父がゆっくりと進み出た。白い髭をしごいて、小さな布包みを開く。


「陛下。これは、第一王子殿下の香炉に仕込まれていた灰。そしてこちらは、わしの娘ドロテアの薬湯の残り。どちらも同じ毒、同じ配合でございます」


「毒の名は」


「遅効性の心臓毒。王宮の薬師でも、ごく限られた者しか扱えぬ代物。その薬師が籍を置くのは、イゾルデ様の宮のみ」


 祖父は孫の私に目をやって、ほんの少しだけ、片目をつぶった。


 イゾルデ様の扇が、ぱきん、と鳴った。骨が折れた音だった。


「ば、馬鹿なことを。その医者は、わたくしを妬んでいるのです。陛下、お信じにならないで」


「侍女を」


 引き出されたのは、ヨランダ付きの侍女だった。膝をつくなり、床に額をこすりつける。


「申し上げます。奥様の薬湯に毒を入れよと命じられたのは、ヨランダ様。毒は、イゾルデ様の宮の薬師から受け取っておりました。運んだのは私です!」


「でたらめを言うな!」


 イゾルデ様が叫んだ。


「ヨランダ! お前が勝手にやったことでしょう。わたくしは何も知らない!」


 そこへ、もう一人、縄をかけられた女が引き立てられてきた。


 ヨランダだった。髪を振り乱し、かつて公爵邸で見せていた優しげな顔は、跡形もない。


「イゾルデ様! あなたが言ったんじゃありませんか。『ドロテアが消えれば、お前が公爵夫人よ』と!」


「お黙り、下賤の女!」


「下賤で結構。でも毒を渡したのはあなただわ! ミレイユをあなたの息子に嫁がせるって約束も、あなたでしょう!」


「お前の娘など、最初から捨て駒です! 王子の足もとに転がる石ころ程度の使い道しかない!」


「石ころですって? その石ころの母に、毒を運ばせたのは誰よ!」


 あまりに醜い言い合いに、居並ぶ貴族たちは扇の陰で顔をそむけた。くすくすと、笑いをこらえる音さえ聞こえる。王の側妃ともあろう人が、公爵家の妾と、髪をつかみ合わんばかりに罵り合っているのだ。


 陛下が、静かに片手を上げる。


 それだけで、二人は口をつぐんだ。


「最後に、ひとつ」


 シルヴェスターの低い声が、広間に落ちた。


「第一王子の香炉に毒を入れていた侍従は、翌朝、井戸で死んでいた。井戸に落ちたのではない。落とされた。その夜、井戸の周りで目撃された者は、イゾルデ様の宮の下男。すでに捕らえてある」


 もう、誰も言い返さなかった。


 イゾルデ様は唇を噛みしめ、床の一点を見つめている。殿下は母を見て、父を見た。膝がかたかたと鳴りはじめる。縄の食いこむ手首が、白く血の気を失っている。


 最後に、殿下は私を見た。助けを求める子どもの目だった。


 前の私なら、その目に負けていたかもしれない。今は、ただ見返すだけ。


 すると殿下の目の色が、すっと変わった。


 追いつめられた獣が、最後に牙をむく。そういう顔だった。


「……そうだ。そいつだ」


 殿下が、縄のかかった腕で、私を指した。


「アマリアだ! 父上、この女こそ元凶です! こいつは昔から、俺に色目を使っていた! 叔父上に嫁いだのも、俺の気を引くための芝居だ!」


 広間が、しんとなった。


「腹の子も怪しいものだ! 誰の子かわかったものじゃない! もしかしたら、俺の」


 きいん、と鋼の鳴る音がした。


 シルヴェスターの剣が、鞘から半分、抜かれていた。


 氷の大公の灰色の目から、感情という感情が消えていた。足もとの石の床に、ぱきぱきと白い霜が走る。氷の魔法を使うこの人は、怒ると周りの空気まで凍らせるのだ。霜は壁を這い、玉座の間の魔石灯の灯りが、凍えたように青くまたたいた。国境で幾千の敵を斬ったときも、こんな目だったのだろう。広間の空気が、凍りつく。近衛騎士たちが、思わず半歩さがった。


「もう一度、言ってみろ」


「ひっ」


「私の妻と、私の子について。もう一度」


「シルヴェスター」


 陛下の声が、短く飛んだ。


「剣を納めよ。この場で斬れば、あれの思う壺だ。『叔父に口を封じられた』と、死ぬまで言い続けるであろうよ」


 シルヴェスターの指が、柄の上で震えた。私はそっと、その手の甲に、自分の手を重ねた。


「シルヴェスター様。私に、言わせてください」


 長い間があって、剣が、鞘に戻った。かちん、と。


 代わりに、祖父が一歩前へ出て、手の中の帳面を開いた。


「陛下。孫の腹の子の月数について、お聞かせしてもよろしいか。診たのはこのわしじゃ」


「許す」


「懐妊がわかったのは、もう三月も前。月数は、四月と少し。孕んだのは、王弟殿下が契約書を暖炉にくべられた、冬の終わりじゃ。その間の孫は、王弟殿下の屋敷の門から、一歩も外へ出ておらん。門番の記録、侍女の日誌、わしの往診の日付、すべてここに揃っておる」


 祖父は、帳面をぱたんと閉じた。


「ちなみに、孫の婚礼ののち、そこの第四王子殿下が孫の屋敷の敷居をまたげたことは、ただの一度もない。門の外で、孫の弟に襟首をつかまれて放り出されたきりじゃ」


 玉座の間の隅で、誰かが、ぶほっと吹き出した。


 それを皮切りに、笑いが広がった。扇の陰から、袖の陰から、堪えきれない失笑がさざ波のように寄せてくる。


「放り出された、ですって」


「襟首を、ですって」


「それで、どうやって子ができるのです」


「ご自分のお子は、お屋敷の階段で亡くされたというのに」


「色目を使われたくて、必死だったのは、どちらかしら」


 殿下の顔が、首まで真っ赤になった。


「違う、笑うな! 笑うなあっ!」


 私は、にっこり笑って、一歩進み出た。


「殿下。色目を使っていたと、おっしゃいましたね」


「そ、そうだ」


「申し訳ございません。一度も気づきませんでした。殿下のお目は、いつも、妹のほうを向いておられましたもの」


 笑いが、爆発した。


 殿下は口を開けて、閉じて、また開けた。何か言い返そうとして、言葉が出てこない。縄の端が揺れるたびに、体が小さく見えた。


「それに、殿下。叔父上に嫁いだのが芝居だというのなら、結婚式で私に『叔母上』と呼ばされたときの、そのお顔こそ芝居でしたか。たいそう、お上手でしたわ」


「き、貴様あ!」


「王弟妃に向かって『貴様』とは。どなたに習った作法でしょう」


 殿下の口が、開いたまま止まった。


「お母上でしたわね。もう、お会いになれませんけれど」


 シルヴェスターの肩が、わずかに震えた。笑いをこらえている。氷の大公が、人前で。


 陛下が立ち上がる。声は静かなのに、広間の空気がびりびりと震えた。


「ルドヴィク。そなたは、兄に毒を盛った母の罪を知りながら、王位を奪うために軍を動かそうとした。そのうえ、この場で、叔母と、まだ生まれぬ王家の子を侮辱した」


「ち、違います、父上、俺は」


「イゾルデ。そなたは、わが長子を病に見せかけて殺そうとした。王の側妃の位は、本日ただいま剥ぎ取る」


 近衛の長が進み出て、イゾルデ様の髪から金の飾りを抜き、指輪を外し、首の宝石を引きちぎるようにして取り上げた。床に、からん、からん、と宝石の転がる音が響く。


「やめて、触らないで、それはわたくしの」


「生涯、北の塔に幽閉とする」


「陛下! 陛下ああっ!」


「ヨランダ。公爵夫人への毒殺未遂は大罪。同じく北の塔へ。二人で毒の話でもしておれ」


 イゾルデ様とヨランダが、騎士に両腕を取られる。狭い塔の一部屋で、あの二人が顔を突き合わせる。それは、どんな牢よりも長い罰になるだろう。


 ヨランダは最後まで私をにらんでいた。私は静かに会釈を返した。母が飲まされた、長い年月の薬湯の分まで。


「ルドヴィク。そなたは地下牢へ。処分は追って伝える」


 殿下の膝が、がくりと折れた。立てない。騎士が両脇から抱え上げても、足が床を引きずるだけだった。


「父上、お待ちください! 叔父上! 叔父上、助けてください、身内でしょう! 叔母上も! アマリア、いや叔母上、取りなしてくれ! 俺が悪かった、謝る、謝るから!」


 私は、返事をしなかった。


 引きずられていく殿下の声が、扉の向こうへ遠ざかる。前の私の五年が、ようやく少し、軽くなった気がした。


 シルヴェスターが、黙って私の肩を抱き寄せた。


「剣を抜いたのは、少しやりすぎたか」


「いいえ。素敵でした」


「素敵」


「ええ。氷の大公が、私のために怒ってくださるところを、大勢の前で見られました。得をしました」


 シルヴェスターの耳が、うっすらと赤くなった。


 そのとき、扉の外で、衛兵が声を張り上げた。


「申し上げます! 辺境の貴族の一行が、お目通りを願っております! 第四王子殿下のものをお返しにあがった、と」


 陛下の眉が動いた。


「通せ」


 大扉が、ゆっくり開いた。


 泥にまみれた二人の女が、引きずられるように連れてこられるのが見えた。

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