↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私を殺した王子の叔父に嫁いだら、契約夫の溺愛が止まりません  作者: 鷹居鈴野


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/51

第27話 助けて、お姉さま

 朝の食卓に、見慣れない手紙が一通のっていた。


 門番が言うには、使いに出た子どもが、銅貨一枚と引き換えに置いていったという。宛名は、私。


 封を切って、一行目を見た瞬間、手が止まった。


「どうした」


 シルヴェスターが、顔を上げた。


「ミレイユからです」


 紙を広げ、声に出して読んだ。


「助けて、お姉さま。殿下が謀反を起こします。三日後の夜、竜騎士団を使って王宮を襲うと決めました。私は殺されます。そう言われました。私を逃がしてくれたら、イゾルデ様の毒の証拠を渡します。今日の夕暮れ、北の礼拝堂で待ちます。誰にも言わないで」


 読み終えても、誰もしゃべらなかった。


 ユリウスが、真っ先に口を開いた。


「罠でしょう、姉上。あの女が、姉上に助けを求めるはずがない。礼拝堂に行ったら、何が待っているか」


「そうかもしれない」


「かもしれない、じゃなくて」


「でも」


 私は、手紙をもう一度見た。


 筆跡は、確かにミレイユのもの。ただし、普段のきれいな文字ではない。線が震えている。最後の「お姉さま」だけ、紙が破れそうなほど、強く書き込まれていた。


 一周目で私を殺した、妹。


 私の血を浴びながら、ハンカチで頬を拭いて、笑った顔。


 忘れていない。許してもいない。


 長いあいだ、殿下の椅子を温めてくださって。あの声が、今も耳の奥にある。


 それなのに、手紙の紙は、何度も握りしめたように皺だらけだった。


「シルヴェスター様。私は、妹を許すために行くのではありません」


「では、何のためだ」


「決着をつけるためです。前の私が殺されたのは、あの子の手のひらの上でした。今度は、私の目で、あの子の顔を見たいのです」


 ユリウスが、ばつの悪そうな顔で頭をかいた。


「姉上がそう言うなら、俺はもう止めませんよ。でも、姉上の髪の毛一本でも傷ついたら、あの女を、骨まで燃やします」


「物騒ね」


「義兄上の口ぐせがうつりました」


「アマリア」


 シルヴェスターが、静かに私の肩に手を置いた。


「無理に行かなくていい」


「わかっています」


「行かないほうが、私は嬉しい」


「でも、シルヴェスター様。罠でないなら、毒の出どころの動かぬ証拠が手に入ります。イゾルデ様を、確実に裁けます。罠なら、受けて立つだけです」


「お前の身重の体を、罠に差し出せというのか」


「差し出しません。守っていただきます」


 シルヴェスターの目が、私をじっと見た。


 長い、長い間があった。


「……わかった。ただし条件がある。礼拝堂には、ユリウスと十人の騎士を先に潜ませる。お前は、決して一人にならない」


「はい」


「何かあれば、すぐに引け」


「はい、約束します」


 シルヴェスターは大きく息を吐いた。


「それと、アマリア。ひとつ、わがままを言わせてくれ」


「何でしょう」


「戻ったら、まず私に顔を見せろ。報告はそのあとでいい」


「顔を見せるだけで、よろしいのですか」


「それだけで、私の寿命が三年延びる」


 真顔で言うのだから、困る。胸の奥があたたかくなって、不覚にも、少しだけ迷いが軽くなった。


「お前の強情さは、誰に似たんだ」


「旦那様に似たのでは? 夫婦は似ると申しますから」


「……夫婦、か」


 殿下は、その言葉を口の中で転がすように、もう一度つぶやいた。


「悪くない」


 笑い合っていると、台所のほうから、星蜜の甘い匂いが漂ってきた。いつのまにか、料理人が星蜜漬けの干し月林檎を包んでいたらしい。


「持っていけ。お前の好物だ。腹が空いては、戦はできん」


「戦ではなく、話し合いです」


「お前が行く場所は、どこでも戦場だ」


 シルヴェスターは、干し月林檎の包みを私の懐に押しこみ、そのまま襟もとの飾り紐をきゅっと結び直した。指が、少しだけ首筋をかすめた。くすぐったくて、肩がすくむ。


「寒くないか」


「まだ昼です」


「夕刻には冷える」


 昼下がり。庭に、白い影が降り立った。


 ブランシュだ。竜から降りるなり、膝をついて報告した。


「昨日の指名の後、殿下に命じられました。三日後の夜、竜騎士団の全員を、王子邸の庭に集めよと。『私が王になる』と」


「謀反ね」


「はい。王宮を制圧し、陛下に譲位を迫るつもりのようです。私の祖父には、すでに陛下が知らせてあります」


 シルヴェスターが腕を組んだ。


「陛下は、何と」


「『縄がしっかり締まるまで、泳がせよ』と」


「いつものことだ。兄上は、見ていないふりをして、すべてを見ている」


 ブランシュが、私のほうを向いた。


「王弟妃殿下。あさっての夜、私は殿下の手を取るふりをします。そのとき、必ず」


「縄を」


「はい。ご心配なく。竜は、殿下に従いません」


 力強い目だった。


 夕暮れ。


 礼拝堂へは、天馬車で向かった。ロートリンゲン家の馬車を使えば一角獣が引くけれど、今日は王弟家の銀の車体だ。窓の外を、茜色の雲が流れていく。


 向かいの席から、シルヴェスターが、黙って私の手を取った。大きな手のひらが、私の指をすっぽり包む。


「氷の魔法を使う人の手は、冷たいと思っていました」


「冷たいか」


「いいえ。あたたかいです」


「お前に触れるときだけだ。いつもは冷たい」


「ずるいです」


「知っている」


 礼拝堂の少し手前で馬車が降りた。殿下は、最後まで手を離さなかった。ここから先、殿下は丘の下で待つ。礼拝堂の中には、先に潜んだユリウスと騎士たちがいる。それが約束だった。


「アマリア」


「はい」


「戻ってきたら、まず私に顔を見せろ」


「何度目のお願いですか」


「何度でも言う」


 ああ、この人は、本当に怖いのだ。氷の槍を振るう大公が、妻の背中を見送るだけで、指先を震わせている。


 私は殿下の手の甲に、そっと唇を当てた。


「三つ数える間に、戻ります」


 殿下の目が、まん丸になった。耳の先が、赤い。


 背を向けて、礼拝堂へ歩き出す。後ろで、小さな声が聞こえた。


「……二つにしろ」


 北の礼拝堂は、街のはずれの丘にあった。苔の生えた石の壁。割れたステンドグラス。冷たい風が通り抜ける。


 私は祭壇の前に立っていた。


 後ろの暗がりに、ユリウスが隠れている。十人の騎士が、柱の陰、鐘楼の上、あちこちに潜んでいる。


 祭壇の蝋燭は、もう何年も灯されていないのだろう。ひびの入った石の聖母が、うつむいたまま、私を見ている。


 この場所に、前の私は一度も来たことがなかった。ミレイユが、何を思ってここを選んだのかもわからない。


 わかっているのは、お腹の子が、時々とんとんと動くことだけ。


「大丈夫よ。お母さまは、強いから」


 小声でつぶやくと、背中の後ろで、ユリウスが小さく咳払いをした。聞こえていたらしい。


 鐘の音が、鳴り終わった。


 約束の刻限が過ぎる。


 もうしばらく、待った。風が、石の隙間でうなる。


 誰も来ない。


「姉上」


 ユリウスが、暗がりから出てきた。


「やっぱり、罠だったんですよ。帰りましょう」


「いえ」


 祭壇の脇にも、柱の陰にも、人が来た跡はなかった。足跡ひとつ、残っていない。


 そこへ、馬の蹄の音が駆け込んできた。


 イレーネだった。息を切らして、真っ赤な顔で飛びこんでくる。


「奥様! 大変です!」


「どうしたの」


「噂が、王子邸から」


 イレーネは喉を鳴らして、一気に言った。


「今朝、北の門から、馬車が一台出ていったそうです。乗っていたのは、側妃のミレイユ様と、カティア様。殿下が『味方集めの見返りだ』とおっしゃって、辺境の貴族に、二人を貸し出したと」


 貸し出した。


 その言葉が、冷たい水のように、背中を伝った。


 私の手の中で、ミレイユの手紙が、ぐしゃりと潰れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。