↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おとぎ話の、そのあとで。  作者: もちむぎ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/24

第二十二章 治ったあと

第二十二章 治ったあと


 猟師が戻る朝、奈津は帽子を渡した。


 猟師は右手で受け取り、かぶってから、つばの位置を直した。


「これがないと、落ち着かんな」


 左手でも、少しだけ触れる。


 奈津はその動きを見た。


「痛みは、大丈夫ですか」


「ああ」


 猟師は頷いた。


「昨日より、いい」


 着替えを済ませ、捜査局へ預けた服についても確認した。


 袖に残っていた白いものは、まだ何かわかっていない。


「服は、戻ったあとでも返してもらえるんだな」


「はい。返却の方法も、捜査局と確認しています。修繕についても、引き継いでいます」


「頼む。忘れないでくれ」


「はい。記録にも残しています」


 奈津が答えると、猟師は笑った。


「何でも、書いてあるんだな」


     *


 患者来院部屋まで、佐和も一緒に歩いた。


 猟師は自分で歩けた。


 奈津は左側に付き、佐和は少し後ろを歩いていた。


「二人を助けたあとは、どうするんですか」


 奈津が尋ねると、猟師は顔を向けた。


「そのあとの話か」


「はい」


「婆さんが、何か食わせてくれる話もある。赤ずきんが、もう道草をしないと約束する話もな」


 猟師は帽子のつばを押し上げた。


「俺の話は、二人が無事なら、それでいい」


 奈津は頷いた。


 後ろで、佐和が尋ねた。


「猟師さんは、お怪我をされたまま帰ることはないんですか」


「狼を相手にすれば、多少はあるだろうが」


 猟師は左腕を見た。


「今回みたいなのは、初めてだ」


「そうですか」


 佐和は答えた。


 奈津はその声を聞きながら、足元を見た。


 助ける人が、傷つく。


 昨日、思い出した話にも、それがあった。


     *


 必要な確認を終え、猟師は戻っていった。


 最後に振り返り、二人へ頭を下げた。


「世話になった」


「お大事に」


 奈津が言うと、佐和も同じ言葉を添えた。


 見送りを終え、扉を閉める。


 廊下へ戻る途中、佐和が言った。


「間に合うといいですね」


「赤ずきんと、お婆さんのところへですか」


「ええ」


 奈津は頷いた。


「戻る場面は、確認できたんですよね」


「はい」


 佐和は空になった部屋のほうを見た。


「続きを待っている人がいますから」


     *


 午前中の仕事を終え、奈津は物品を補充していた。


 佐和が隣で、処置に使うものを揃える。


 奈津は棚の扉を閉めた。


「佐和さんは、ここに長くいらっしゃるんですか」


 佐和の手は、そのまま動いていた。


「そうですね。三崎さんよりは、ずっと」


「最初から、看護師として?」


 佐和はガーゼをトレーへ置いた。


 奈津を見た。


「どうして、そう思ったんですか」


「ここには、物語から来て、そのまま働く人もいるのかなと思って」


 奈津は少し迷ってから続けた。


「怪我が治っても、戻る場面がない人は、どうなるのか」


 佐和はトレーへ目を落とした。


「そういう人も、います」


「ここに、残るんですか」


「帰る先ができるまで待つ人もいますし、別の過ごし方を見つける人もいます」


 奈津は佐和の手元を見た。


 物品は、使う順番に揃っていた。


「佐和さんも?」


 佐和は答えるまでに、少し間を置いた。


「私は、ここでできることがあったので」


     *


 狸が呼び出しのボタンを押した。


 二人で病室へ向かう。


 ベッドの脇へ落ちたタオルを、狸が取ろうとしていた。


「届かなくて」


「拾いますね」


 奈津がかがむより先に、佐和がタオルを取った。


 新しいものと交換し、狸の手元へ置く。


「ほかに、必要なものはありますか」


「水を、もう少し」


「はい」


 佐和はコップを持った。


 奈津は狸の姿勢を確かめた。


「傷は、響きませんでしたか」


「取ろうとしたら、ちょっと」


「無理に伸びなくて大丈夫ですよ」


 狸は頷いた。


 佐和が戻り、水を置く。


 狸は両手でコップを持った。


「ありがとう」


 佐和は微笑んだ。


 奈津は、その顔を見ていた。


 困っていると、来てくれる。


 紙の裏に書いた魔女も、そういう人だった。


     *


 休憩に入る前、奈津は院長へ声をかけた。


「少し、お聞きしてもいいですか」


「どうしました?」


「続きを語られなくなった人についてなんですが」


 院長は椅子を勧めた。


 奈津は座り、膝の上へ手を置いた。


「怪我をして、ここへ来たあと、誰も続きを読まなかったら、その人はどうなるんでしょう」


「戻れる場面が残っている場合もあります。ただ、その人物の話が、そこで終わっていることもあります」


「病院へ運ばれました、で終わったら?」


 院長は奈津を見た。


「その先が、語られていないんですね」


「はい」


 奈津は携帯電話を出した。


 祖母と描いた絵を開く。


「子供のころ、私が作った魔女なんです」


     *


 院長は、紙の表と裏を見た。


 奈津は、祖母と設定を作ったことを話した。


 その日は、物語へ出すところまでは決めなかった。


 後日、母が読み聞かせの中へ登場させた。


 魔女は赤ずきんや子やぎたちを助け、その代わりに大怪我をした。


 病院へ運ばれ、怪我は治る。


 そこで話が終わった。


 母がなぜそう語ったかは、話さなかった。


 今、院長に聞きたいことには、必要なかった。


「その魔女も、ここへ来たんでしょうか」


 奈津が尋ねると、院長は写真から目を上げた。


「可能性はあります」


「絵を描いただけでは、存在しないんですよね」


「設定として用意された人物と、物語の中で行動した人物は、違います。お母さまが語ったことで、その魔女の出来事が生まれたんでしょう」


 奈津は頷いた。


「傷が治ったら、帰れると思っていました」


「子供の三崎さんには、そこまでで安心できたんですね」


「はい」


 院長は携帯電話を奈津へ返した。


「その先を語らなかったことを、三崎さんが今、全部背負う必要はありません」


 奈津は画面へ目を落とした。


「でも、今ここにいるなら、知りたいです」


     *


 院長は少し考えた。


「三崎さん。その魔女に、心当たりがあるんですね」


 奈津はすぐには答えなかった。


 佐和の名前を口にしたら、何かが変わる気がした。


 似ている。


 優しい。


 病院で働いている。


 それだけで、同じ人だと言ってよいのだろうか。


「……似ている方がいます」


「どなたですか」


「佐和さんです」


 院長は驚いた声を出さなかった。


 机に置いた写真を、もう一度見た。


「佐和さんとは、そのお話をしましたか」


「祖母を魔女にした絵があるとは、伝えました。でも、怪我をして病院へ来たことは、まだ」


 院長は頷いた。


「まず、本人に尋ねましょう」


 奈津は顔を上げた。


「聞いても、いいんですか」


「ご自分が作った人物かもしれないと伝えることはできます。ただ、佐和さんにも、話したいことと、今は話したくないことがあるでしょう」


「はい」


「答えを急がず、聞いてみてください」


     *


 午後、佐和と二人になる時間は、なかなかなかった。


 処置に入り、戻れば電話が鳴った。


 別の患者の着替えを手伝い、配膳が始まる。


 奈津は絵の写真を、何度も見なかった。


 携帯電話はロッカーへ置いたままだった。


 それでも、佐和が患者へ声をかけるたび、紙に描いた魔女の顔が浮かんだ。


 佐和は、いつもどおり働いていた。


 奈津が来る前から、この病院でそうしていたのだろう。


     *


 夕食のあと、佐和が休憩室でお茶を飲んでいた。


 奈津は入口で足を止めた。


「今、少しお話ししてもいいですか」


「ええ」


 佐和は隣の椅子を示した。


 奈津は座り、携帯電話を出した。


「昨日の、祖母と描いた絵です」


 画面を佐和へ向ける。


 佐和は、すぐには手を伸ばさなかった。


 黒い帽子。


 丸い眼鏡。


 後ろでまとめた髪。


 小さな袋。


 しばらく見てから、佐和は静かに言った。


「残っていたんですね」


 奈津は携帯電話を持ったまま、佐和を見た。


     *


 佐和は、奈津へ目を向けた。


「おばあさまが、取っておいてくださったんですか」


「はい」


 奈津の声は、小さくなった。


「佐和さんは、この魔女なんですか」


 佐和はコップを机へ置いた。


 底が触れる音が、思ったより大きく聞こえた。


「そうです」


 奈津は絵へ目を戻した。


 母が送ってくれた、古い紙。


 子供の自分が描いた服。


 祖母が描き直した口。


 それが、今、隣に座っていた。


「私が……作った」


「おばあさまと、一緒に」


 佐和は答えた。


「そのあと、お母さまが、私の話をしてくれました」


     *


 奈津は携帯電話を机へ置いた。


「怪我をしたんですよね」


「はい」


「ここへ、運ばれた」


「ええ」


 佐和は、自分の左腕へ右手を添えた。


 奈津はその仕草を見た。


「傷は、治りました」


 佐和は言った。


「三崎さんが聞いたとおり、ちゃんと治してもらいました」


 奈津は息を吐いた。


 そのことに、安心してしまった。


 けれど、佐和は続けた。


「治ったら、また誰かを助けに行くと思っていたんです」


 奈津は顔を上げた。


「赤ずきんでも、子やぎでも。困っている子のところへ」


 佐和は写真を見た。


「そういう魔女に、していただいたので」


     *


「戻れなかったんですか」


「次に何をするのか、わかりませんでした」


 佐和は静かに答えた。


「呼ばれるのを待っていました。しばらくは」


 奈津は、猟師を見送った朝を思い出した。


 続きを待っている人がいる。


 佐和は、そう言っていた。


「そのうち、ここで手伝うようになりました」


 佐和は自分の手を見た。


「物を取る。水を持っていく。痛いところを支える。できることから」


 奈津は、狸の落としたタオルを拾う佐和を思い出した。


「ここにも、困っている人はいますから」


 佐和は微笑んだ。


 その顔は、絵の魔女に似ていた。


     *


 奈津は何か言おうとして、やめた。


 ごめんなさい。


 そう言えばよいのか、わからなかった。


 子供だった。


 病院が本当にあることも、登場人物がそこで待っていることも知らなかった。


 それでも、話を途中で置いたのは自分たちだった。


「……私、忘れていました」


 奈津は言った。


「怪我が治ると聞いて、安心して。そのあと、おばあちゃんが亡くなって」


 佐和の目が、奈津へ向いた。


「亡くなられたんですか」


「はい」


 佐和は黙った。


 やがて、写真へ目を落とした。


「そうだったんですね」


 奈津は、その声を聞いていた。


 佐和は、祖母が亡くなったことを知らなかった。


 続きを語る人がもういないことも、知らずに待っていた。


     *


 廊下で呼び出しの音がした。


 佐和は反射的に顔を上げた。


 すぐに別の看護師の声が聞こえ、佐和は椅子へ座り直した。


 奈津も、廊下へ向けていた目を戻した。


 机には、魔女の絵がある。


 白い粉の出る、小さな袋。


 奈津はその部分を見た。


 猟師の袖。


 子やぎの服。


 佐和は、自分の物語で子やぎたちを助けた。


 奈津は口を開きかけた。


 けれど、まだ聞けなかった。


 佐和が魔女だったことと、患者を傷つけた相手だったことは、同じではない。


 そう、頭の中で確かめた。


     *


「写真、送っていただけますか」


 佐和が言った。


 奈津は顔を上げた。


「はい」


「自分の顔を、こんなふうに見るのは、久しぶりなので」


 奈津は頷いた。


 佐和は紙の裏を見た。


 優しい声。


 困っている子を助ける。


 魔法の粉を、ひとつまみ。


「おばあさまの字ですね」


「はい」


 佐和は、指で画面には触れず、その文字を見ていた。


「私の続きも、考えてくださったでしょうか」


 奈津はすぐには答えられなかった。


 祖母なら。


 祖母だったら。


 そう考えかけて、やめた。


 もう、祖母には尋ねられない。


「私は、考えたいです」


 奈津は言った。


 佐和が顔を上げた。


「佐和さんが、これからどうしたいかも、聞いて」


 佐和はしばらく奈津を見ていた。


 それから、小さく頷いた。


「……今度は、私にも聞いてくださるんですね」


 奈津は机の上の絵へ目を落とした。


 子供のころは、優しい魔女にしたかった。


 強い魔女にしたかった。


 助けてくれる魔女にしたかった。


 魔女自身が何をしたいのかは、一度も尋ねていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。