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ルミナス王国王都――キャビア。
帝国文化の影響を色濃く受けた巨大都市である。
白銀の大通り。
尖塔だらけの教会。
金と赤で装飾された宮殿。
毛皮と香水の匂い。
雪の中を進む馬車列。
そして何より、人が多い。
貴族。
商人。
兵士。
犯罪者。
芸術家。
詐欺師。
あらゆる人間が集まる巨大都市。
その中心。
王宮。
豪奢な謁見の間にて。
「……以上の功績により」
老宰相が書状を読み上げる。
「兵士レイを王族直属遊撃兵へ任命する」
ざわっ。
空気が揺れた。
居並ぶ騎士や官僚たちが一斉にレイを見る。
銀髪。
高身長。
無駄に美形。
そして今。
「のだぁ〜〜〜」
本人は全然話を聞いていなかった。
窓の外の鳩を見ていた。
「太ってるのだぁ……美味しそうなのだぁ……」
「聞け!!」
ガルド団長が脇腹を殴った。
「のだぁ!?」
レイが飛び跳ねる。
「痛いのだぁ!!」
「陛下の前だぞ!!」
「のだっ♡」
レイは慌てて姿勢を正した。
だが三秒後にはまたぼーっとしていた。
謁見の間の人間たちは頭が痛かった。
だが。
誰も逆らえない。
なにせレイは強すぎる。
北方地方の魔物災害をほぼ一人で鎮圧。
しかも被害地域では、
『雪夜の獣英雄』
『白銀の牙』
『ふわふわ救世主』
などという妙に盛られた異名まで広まっている。
王国上層部としても、もはや普通の兵士扱いは無理だった。
そこで生まれたのが。
『王族直属遊撃兵』
という実質“好きに暴れていいから国の敵だけ潰してくれ”枠だった。
なお。
レイ本人は何も理解していない。
「のだぁ?」
宰相が疲れた声で言った。
「つまりお前は今後、王族直属だ」
「直属?」
「陛下命令で自由に動ける」
「のだぁ!」
レイの目が輝いた。
「サボってもいいのだぁ!?」
「違う」
「のだぁ?」
「好きな場所へ派遣される」
「むむっ!」
レイは真剣に考え込んだ。
「つまり美味しいご飯いっぱいなのだぁ!?」
「……まあ地方任務は増えるな」
「やったのだぁあああ!!」
尻尾ぶわぁん!!
風圧で書類が飛んだ。
「またかァ!!」
官僚たちが悲鳴を上げる。
だがレイは超ご機嫌だった。
「のだっ♡のだっ♡」
尻尾ぶんぶん。
「吾輩、偉くなったのだぁ!」
「一応な……」
「つまりお金もいっぱいなのだぁ!?」
「かなり増える」
「のだぁああああ!!」
レイは歓喜した。
「お肉なのだぁ!!」
「本当にそれしかねぇなお前」
ガルド団長はもう諦めていた。
だが。
次の瞬間。
レイは急に真顔になった。
「……むむっ」
「どうした」
「重要なこと思い出したのだぁ」
周囲が少し緊張する。
この男、たまに妙な直感を見せる。
魔物接近。
雪崩。
敵襲。
獣人族特有の勘は異常に鋭い。
なので皆、一応黙る。
そしてレイは。
真顔で言った。
「吾輩、酒場行かないといけないのだぁ」
「……は?」
「お勉強なのだぁ!」
謁見の間が静まり返った。
「情報収集なのだぁ!」
どやぁ。
「練習あるのみなのだぁあああ!!」
官僚たちは頭を抱えた。
「また酒場知識か……」
「絶対変なの吹き込まれるぞ」
「もう遅い」
実際、レイの知識の七割くらいは酒場由来だった。
・追放された時の不貞寝
・“俺また何かやっちゃいました?”
・強者っぽい笑い方
・意味深に窓際立ちする技術
全部酒場で学んだ。
なお解釈はだいたい間違っている。
「のだぁ!」
レイは胸を張った。
「強者は情報戦なのだぁ!」
「誰に聞いた」
「酒場のお姉さんなのだっ♡」
「またかよ」
だが本人はかなり本気だった。
獣人族にとって“学習”は偉業である。
普通の獣人族は、
「知らない」
↓
「まあいいか」
で終わる。
だがレイは違う。
「練習あるのみなのだぁ!」
向上心が高い。
なお方向性。
その時。
若い近衛騎士が恐る恐る聞いた。
「……ちなみに何を勉強するんですか」
「うむ!」
レイは得意げに頷いた。
「最近はぁ!」
どやぁ。
「“実は本気出してませんでした”の練習してるのだぁ!」
空気が止まった。
「…………」
「…………」
「…………」
ガルド団長が遠い目をした。
「お前まだ増やすのか……」
「人気者っぽいのだぁ!」
レイはキラキラしていた。
「あとぉ!」
さらに続ける。
「“俺についてこれるか?”も覚えたいのだぁ!」
「どこで使うんだよ」
「強そうなのだぁ!」
完全に酒場系冒険者の真似だった。
だが。
顔が良い。
しかも本当に強い。
なので妙に似合ってしまう。
これが非常に腹立たしい。
「……陛下」
宰相が疲れ切った顔で王へ向いた。
「本当にこれで良かったのでしょうか」
玉座の王はしばらく黙っていた。
そして。
「……まあ」
遠い目。
「国に向いてるだけマシだろう」
全員が頷いた。
実際その通りだった。
もしレイが敵国へ流れたら終わる。
本当に終わる。
なので多少アホでも囲うしかない。
その頃。
「のだぁ〜〜〜♪」
レイはもう帰る準備をしていた。
「酒場なのだぁ〜〜〜♪」
「待て!!まだ終わってない!!」
「情報収集は急務なのだぁ!!」
どごぉん!!
窓が吹き飛んだ。
「また窓ォォォォ!!」
レイはそのまま王都キャビアの夜へ飛び出していった。
数分後。
王都下町の酒場。
「のだぁっ♡」
レイは常連席みたいな位置に座っていた。
「強そうなセリフ教えるのだぁ!」
酒場の冒険者たちが爆笑する。
「おっ、来たな王都の化け物!」
「今日は何覚えるんだ!?」
「うむ!」
レイは真顔で言った。
「“ふっ……面白いやつだ”を練習したいのだぁ!」
酒場が揺れるほど笑い声が響いた。
そして。
誰もまだ知らなかった。
この男が数ヶ月後、本当に王国最強の遊撃兵として各地を滅茶苦茶に救って回ることを。




