表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獣人族はアホじゃないのだぁ  作者: 雪だるま


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/65

10

 王都キャビア。


 上流階級専用社交倶楽部《白銀宮》。


 ルミナス王国でも特に古い大貴族たちが集まる場所だった。


 巨大なシャンデリア。

 磨き上げられた大理石。

 金縁の肖像画。

 暖炉の火。


 そして鼻につく香水の匂い。


 そこでは今日も、王国の“高貴なる方々”が優雅に酒を飲んでいた。


「……で、その獣人ですが」


 薄く笑ったのは伯爵トルタである。


 痩せた男だった。


 神経質そうな指。

 油で固めた髪。

 冷たい灰色の目。


「本当に王族直属遊撃兵になったそうですよ」


 周囲がくすくす笑う。


「獣が?」


「面白い冗談ですな」


「陛下も老いた」


 ワインが揺れる。


 暖炉の火がぱちぱち鳴った。


 そこにいたのは皆、“本物の貴族”だった。


 数百年の血統。

 土地。

 農奴。

 軍閥。

 王家との婚姻。


 彼らは生まれながらに上に立つ側であり、それを疑ったことなど一度もない。


 だから気に入らなかった。


 レイが。


 あまりにも。


 気に入らなかった。


「魔物を何十体倒したとかいう話もありますが」


 侯爵ビスコッティが鼻で笑った。


 太った男だった。


 首が短い。

 指輪だらけ。

 脂っこい顔。


「どうせ誇張でしょう。下級兵士というものは、すぐ英雄譚を作りたがる」


「ええ」


 子爵パンナコッタが頷く。


 青白い男だった。


 咳をしながら酒を飲んでいる。


「所詮、獣ですからな。野蛮な腕力しかない」


「そもそも」


 女伯爵カンノーロが扇子を揺らした。


「臭そうですわ」


 笑い声。


「確かに」


「獣臭がしそうだ」


「毛だらけなのでしょう?」


 くすくす。

 くすくす。


 非常に嫌な笑い方だった。


 彼らはこういう時、露骨に怒鳴ったりしない。


 もっと陰湿だった。


 遠回し。

 嘲笑。

 “品のある侮辱”。


 それがルミナス王国上流階級だった。


「ですが困ったものですな」


 トルタ伯爵がグラスを回す。


「最近は平民どもがあの獣人を崇拝している」


「英雄ごっこですか」


「実に下品だ」


「まあ平民など、強いものに尻尾を振る家畜ですから」


 また笑い。


 その場の誰一人として、“地方がどれだけ被害を受けていたか”など気にしていなかった。


 彼らにとって地方とは。


 税を運ぶ場所。


 それだけだった。


 人が死のうがどうでもいい。


 むしろ魔物被害で土地が安くなれば買い叩ける。


 その程度の認識である。


「しかし」


 パンナコッタ子爵が目を細めた。


「王族直属というのは不愉快ですな」


「ええ」


「獣風情が王家に近づくとは」


「分を弁えるべきだ」


 その時。


 若い男爵マリトッツォが酒を飲みながら笑った。


「ですが、あの獣人……顔だけは良いそうですな」


「……ああ」


「女中たちが騒いでいました」


「気味が悪い」


 カンノーロ女伯爵が露骨に顔をしかめる。


「最近、若い娘たちが“ふわふわで可愛い”などと言っているそうですわ」


「下品極まりない」


「獣を愛玩動物扱いとは」


「平民は本当に教養がない」


 だが。


 その場の何人かは知っていた。


 王都でも。


 若い女性たちの間で。


 レイの人気が異常なことを。


 強い。

 顔が良い。

 背が高い。

 しかも妙に愛嬌がある。


 そして何より。


 “自由”だった。


 貴族社会の男たちみたいに、陰湿な駆け引きもしない。


 媚びない。

 怯えない。

 空気も読まない。


 だから余計に気に入らない。


 彼らが何十年もかけて守ってきた“格式”を、レイは天然で踏み潰していく。


 しかも本人は無自覚。


 それが最悪だった。


「聞きましたか?」


 トルタ伯爵が笑った。


「先日、王宮で窓を破壊したそうですよ」


 また笑い。


「獣らしい」


「躾もされていない」


「王家もよく飼っていられる」


 そして。


 最も嫌らしい笑みを浮かべながら、ビスコッティ侯爵が言った。


「まあ……」


 酒を一口。


「どうせ長くはないでしょう」


「ほう?」


「獣は賢くない」


 にやり。


「少し持ち上げれば、いずれ失敗する」


「なるほど」


「戦場で死ぬか」


「あるいは王家に疎まれるか」


「どちらにせよ」


 パンナコッタ子爵が静かに笑った。


「我々の席に座れる存在ではない」


 その空気は、腐っていた。


 誰も地方の死者を悼まない。


 誰も魔物被害を気にしない。


 ただ。


 “自分たちの世界に入ってくる存在”が不快だった。


 それだけ。


 その時だった。


 廊下の向こうから。


「のだぁあああ!!」


 全員が止まった。


「……何だ?」


 どたどたどた。


 近づく足音。


 そして。


 ばんっ!!


 扉が開いた。


「のだっ♡」


 銀髪の大男。


 レイである。


 しかも片手に串焼き。


 もう片手に酒。


 完全に酔っていた。


「ここ暖かいのだぁ!」


 貴族たちが凍りつく。


「……な」


「何故ここに」


「のだぁ?」


 レイはきょろきょろ見回した。


「酒場かと思ったのだぁ」


「違う!!」


 トルタ伯爵が怒鳴った。


「ここは選ばれた高貴なる者の社交場だ!!」


「のだぁ?」


 レイは首を傾げた。


「じゃあ何でみんなこんな暗い顔してるのだぁ?」


 一瞬。


 空気が止まった。


 レイは本気で不思議そうだった。


「せっかくお金いっぱいあるのにぃ!」


 どやぁ。


「もっとお肉食べて尻尾振ればいいのだぁ!」


 静寂。


 そして。


 何人かの若い女中が吹き出した。


「っ……!」


「ふふっ……!」


 貴族たちの顔色が変わる。


 真っ赤だった。


 怒りで。


 だが。


 レイは気づいていない。


「のだぁ?」


 串焼きを食べながらきょとんとしている。


 その無邪気さが、余計に彼らの神経を逆撫でした。


 なぜなら。


 彼らが命を懸けて守っている“格式”を。


 この獣人は。


 本気で理解していないからだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ